三葉
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「友達がね、亡くなってるの」
開口一番、椎谷先輩は言った。
いきなりなんの話だと思ったのは言うまでもない。
けれど、次に続いた言葉で、なんとなく察することができた。
「自分の容姿も、得意なことも、全部否定されて、死んじゃったの」
腰を落ち着けて話したいとのことで、俺と先輩は少しだけ移動した。
その際、後ろから視線を感じたが、とりあえず無視しておいた。
先輩と二人、駅からちょっとだけ離れたところにある公園のベンチに座っている。
「……」
友達が亡くなった、それも、容姿と得意なことを否定されて、と、なれば自殺だろう。
しかも、モコモコ動画に関係しているということは、荒らしによるもののはずだ。
「三葉は、小学校の頃から、ずっとダンスが得意で、自分で振り付けを考えて踊ったりしてた。プロのレッスンを受けてるとか、そういうのは全くなくて、ずっと独学で続けてたの」
椎谷先輩の、今は亡き友人、三葉さん。
彼女のことを、椎谷先輩は無表情で、語る。
「素人のわたしや、周りの子たちから見た感じだと、すごく上手いと思ってた。それに、女の子から見ても、可愛いって思える容姿で、みんな、三葉のことを褒めてた。ダンス上手いね、すごく可愛いねって、ちやほやされてた。きっと、彼女自身も、それが自信になって、続けていたんだと思う」
小学生なんて、そんなものだ。
誰かに褒められるのが嬉しくて、頑張ろうとする。逆に、頑張ったのに褒められないとすぐに飽きる。嫌になる。逃げる。それでも宿題なり、部活なりをやり続けてみようと言うのが保護者であり、先生だ。
嫌々やっていたものはすぐ忘れるし、負担になる。
逆に、褒められて続けたものは自信になり、得意なものへと昇華する。
三葉さんの場合は、それがダンスと、自分の容姿だったのだろう。
「中学生になってからも、ずっとそれは続いてた。一部では『可愛いからって調子に乗って』とか言われていたみたいだけど、圧倒的に支持してる人が多かったから、気にしてなかった」
付け足すように、「もちろん、わたしも」と言う。
「小学校の一年生からずっと一緒にいたわたしは、彼女を応援していたし、もしできることなら、アイドルにでもなればいいんじゃないかなって思ってた。ダンスだけじゃなくて、自分の容姿も一生懸命磨いて、誰からも認められるような、そんな存在になろうとしてた。あ、成績とかはあんまり良くなくて、わたしが教えてあげたりしてたんだけどね」
くすくすと、懐かしむように笑う。
本当に、仲が良かったのだろう。
「でも、確実に成績は落ちていって、三葉はわたしと同じ高校に行こうとしたんだけど、落ちたの。それで、別々の高校に行くことになった。当たり前って言えば当たり前なんだけどね。ダンスと容姿を磨くことを第一にしてたから、成績が追いつかなくなってもしょうがないよ。三葉もそこは認めていたし、わたしも『違う高校に行っても、頑張ってね』ってくらいにしか考えてなかったから……。
高校に入って、二ヶ月くらい経った頃だったかな? 三葉から電話がきたの。取るに足らない、内容だった。ただ、互いの近況報告をして、それで終わり。けど――」
一瞬、詰まって、
「あの時、三葉がくどいほど、ダンスとか、自分の容姿のことを尋ねてきたの。そのことに、疑問を抱かなかったのは、ずっと、後悔してる」
椎谷先輩は、そう言った。
膝の上に置かれた手が、いつのまにか握られていた。
「それから、連絡がぱったり途絶えた。今思えば、あの時の電話は、わたしに、自分が窮地にいることを、気付いて欲しいっていうサインだったんだと思う」
椎谷先輩は俯き、髪の毛で顔を隠してから、言葉を紡いだ。
「半年後、三葉は、自殺したよ。……全部、聞いた話になるけど、入学した直後から、三葉はクラスで浮いた存在になってたみたい。察せなかったわたしも、他の友達も馬鹿だと思うけど、中学までは、小学校からの仲間もいて、彼女のダンスとか容姿に賭ける気持ちはよく分かってた。だから不用意なことは口にしなかったし、そういうことを言う人間はむしろ部外者だった。けど、高校はそうじゃない。ほとんどが見知らぬ他人として接してくる。入学して数日で『可愛いからって調子に乗ってるやつ』ってレッテルが貼られたみたいなの。ダンスも独学でやってただけだから、ちゃんとレッスンを受けている人からすれば、そこまでのレベルでもなかったみたいだしね……」
よくある話、と言ってしまえばそれまでかもしれない。
女の子の容姿というのは、男のそれより重要な意味を持つ。容姿が良ければ、その分、妬み嫉みがあるだろう。本人の性格によっては、容姿がどうであろうと関係ないのかもしれないが、三葉さんは、そういうタイプではなかったはずだ。小学校の頃から、褒められ続けたせいで、調子に乗ってしまっていた部分があったのかもしれない。
それを、周囲が良く思わず、結果として、いじめのような形に繋がってもおかしくはない。本人は一生懸命やったことでも、不当な評価をされてしまうこと、ちょっとした行き違いで本来されなくて良いはずの言葉をかけられてしまうことは、世の中には多くある。
「でもね、それでも、三葉は自分の容姿やダンスをやめなかったし、諦めなかった」
「あれ? そうなんですか?」
てっきり、自殺の原因はその学校でのいじめが原因かなと思ってしま――違う。
それじゃあ、モコモコ動画には繋がらない。
「確かに、学校でのことが引き金になっているのは事実みたい。けど、三葉を自殺まで追い込んだ本当の原因は、モコモコ動画の荒らしなの。……三葉は学校で思ったような評価が得られず、それどころか除け者扱いされたのが嫌だったみたいで、自分の居場所を作ろうと探した、と思う。これは推測だけどね」
「じゃあ、それで見つけたのがモコモコ動画ってことですか?」
「そう。モコモコ動画は、容赦がないと言ってしまえばそれだけだけど、言いたいことをはっきりとコメントできるシステムになってるでしょ? だから、もしそこで良い評価が得られれば、って考えたみたい」
そういう側面も、ある。
モコモコ動画は、自分の特技、分かりやすく言えば、歌や踊り、ゲームの腕前等々を評価してもらう場としてはちょうどいいのだ。相手の顔が見えていない分、思ったことをそのままコメントできる。
それが荒らしに繋がったりしているからなんとも言えないのだが、しかし、評価された場合に関しては絶対的な自信になる。
「だけど、結果は惨敗。どころか、後から見せてもらったけど、酷い有様だった。自分で考えた振り付けで、踊っているところを撮影してアップしてたんだけど……。中途半端に容姿が良かったのが災いしてか、『可愛ければなんでも許されると思ってるのか?』とか『ダンスクソだな』とか、酷いのになると、その可愛いっていうことに嫉妬して、『なに言ってんの? ブスじゃん』とか『可愛い(笑)』とか、もう滅茶苦茶書き込まれてたよ」
「……」
「三葉は、学校でも、モコモコ動画でも批判の嵐に晒されて、自分が頑張ってきたことを根こそぎ否定されたの。だから……」
自殺、という道を選んでしまったのか。




