ごめんごめん
「勝手にすればいいでしょ!」
つい数分前まで、偉そうに語っていた姿はどこへやら。
電柱に拳をぶつけて、きっと俺を睨みつけてくる。逆鱗に触れるようなことを言ったこちらが悪いのかもしれないが、ここまで分かりやすく怒られると、恐怖感が一気に薄れた。
彼女がとんでもない声量で暴言を吐いてくれたせいで、周囲の注目を集めてしまったのが気になるが、まあ、無視しておこう。
「えっと」
「うるっさい! さっさと用件を言えばいいでしょ! この変態!」
「……」
子供か……。
言えばいいのか黙ればいいのかどっちだよ。
あと、変態じゃない。
「……」
とはいえ、支離滅裂になる理由がこちらにはまだ分かっていない。
さっき、俺が口にしたことが、おそらく椎谷先輩の琴線に触れることだったのは容易に想像できるが、そこまでしか理解できない。ほんの数文、喋っただけで、どうしてここまで激昂したのか。
今までの椎谷先輩を考えると、たとえ核心にちょっと触れたところで、てきとーにはぐらかされそうなものだ。なにか、触れてはいけないものに触れた、ということなのだろう。
それらを踏まえて、俺が椎谷先輩に聞くべきことは――
「先輩、一つだけでいいです」
「なに?」
「椎谷先輩が、荒らしをしている理由を、教えてください」
「……」
今度の変化も、分かりやすかった。
椎谷先輩は、イライラしていた表情をさっと消して、じろっと俺を見つめてくる。
「……答えたくないって言ったら、どうする?」
今まで聞いたなかで、一番真剣な声音で、尋ねてくる。
聞いて欲しくない質問だったのは、それだけで分かった。
だから、
「諦めます」
俺も、真剣に答えた。
この期に及んで、まだ隠しておきたいことなら、無理に聞こうとは思わない。
もう、先輩自身が認めたのだ。椎谷先輩は、荒らしはよくない、してはいけないと十分理解している。なのに、実際にはやっている。それも、人が迷惑だからやめてくれと、真っ向から言っているのに、だ。
きっと、簡単には話せないような事情が、あるのだろう。
「……」
そんな気持ちを込めて、先輩の目を見返した。
「なら、答えない。以上。じゃあね!」
「ちょっ!」
またも、がしっと肩に手を置いて引き止めた。
「なに?」
「いえ、なにというかですね……」
「だって、答えなくていいんでしょ?」
「そう言いましたけどね、そんな軽く――」
「はあ? そんな軽く言ってるように見える? 漫画の読みすぎで頭のなか変になってんじゃないの? ここでわたしが感動的な話でもしたら丸く収まるのかもしれないけど、そんなこと知らないし」
「……」
それはそうかもしれないけど……。
まさか、本当に答えないとは思わなかった。
肩に手を置いたまま、じと目で見ていると、先輩はぶつぶつと言った。
「ったく、面倒くさい。本当に、面倒くさい……」
どっちがだよ。
そして、しょうがないとでも言うように、俺の手に、自分の手を重ねた。
それから、ポツリ。
「これ、セクハラだよ? 思いっきり、ブラの紐触ってるでしょ?」
「……」
「……」
「あの――」
ちょっと、本気でイラッとしたので、文句を言おうとしたら、
「ごめんごめん、分かってるよ。これだけ迷惑かけて、無茶苦茶なことやって、しかも最初に取り決めしてたのに、今更逃げるなんて、卑怯だよね……。でも、ちょっとくらいは許して。あまり、人には言いたくないことだから」
歪な笑顔で、先にそう言われてしまった。
どっちが面倒くさいんだよ、と心のなかで、もう一度突っ込んだ。




