お前と同じ
綾瀬さんの爆弾発言を受けて、場が停滞した。
俺と真は思考停止状態。
黒鳥さんは知っていたのか、口をへの字に曲げて黙り込む。
椎谷先輩は目を瞬かせた。
「ま、そういうことだから、一旦ここは退いてくれないか?」
「……は?」
一拍遅れて、椎谷先輩は「意味分からないよ?」という顔をする。
「ふん、言い方が悪かったか? なら、こう言い直そう」
綾瀬さんはキッと睨みつけて、言う。
「お前と同じ土俵に立って話し合えるってことだよ。この意味、分かるだろ?」
なんのことだが分からなかった。
だが、椎谷先輩は察したらしい。
しっかりと回答する。
「……過去、同じ土俵に立っていた、というだけでしょ? 頑張ればなんでも許されるとか、一生懸命作り上げたモノは汚されるべきではないとか、そういう綺麗ごとが好きな仲間と一緒にいるあなたと、同じ土俵にいるとか思われたくないけど?」
「残念、相当違うな」
対する綾瀬さんは、クスリと笑う。
椎谷先輩と同じような笑い方だった。
「あたしは別に、一生懸命作り上げたモノは汚されるべきではないとか、そういう綺麗ごとを掲げているから、こいつらと一緒にいるわけじゃねえよ?」
「は? ちゃんと話は聞こうね。そんなことは言ってないよ。そういう綺麗ごとを言っている人と一緒にいるという時点で相容れないって言ってるの」
「ほう? それならそれで結構。なら、ここから去ってくれないか? 相容れないんだろ? ならここにいる意味はないよな?」
「どうして? 相容れないから去らなくちゃいけないという理論はどこから出てきたの? 相容れなくても、いても構わないんじゃない?」
「自分の嫌っている人間と一緒にいたいと言い出すとは、これまた酔狂な人間だな。あたしなら絶対無理だ」
「いたいなんて一言も言ってない。あなたたちの相手をするのは楽しいからね。いたいと思う理由はそれだけだよ」
「なるほど。楽しい、か……。なら、一つ聞くが、今、しているこの会話は楽しいか?」
「さあね。答える必要がある?」
「ないな」
綾瀬さんも、椎谷先輩も、笑顔のまま、睨み合っている。
会話の内容が、俺や黒鳥さんがしていた時とは明らかに違う。互いに互いの言ったことの揚げ足を取り、互いのしたいこと、思うことを実行しようとしている。相手に分かってもらおうとか、逆に相手のことを理解しようとか、そういった感情がない。ただ、面白がって会話をしている。そんな感じだ。
「わたしからも一つ、質問いいかな?」
「どうぞご自由に」
「あなた、この会話を他のメンバーに聞かれて大丈夫なの?」
「ん? ああ、別に構わないだろ。むしろ、お前に立ち向かっているという点で評価されるんじゃねえの?」
「ああ、そっか。そうなるのかもね」
「だろ?」
「仲間のために頑張りました、とかいうの、いかにも好きそうだもんね。この人たち」
「あたしもそう見えるか?」
「さあ? あなたはこっち側に近い気がするけどね」
頬が引きつった。
この二人、息が合っているように見える。
たぶん、決定的に違うことは、会話をしているようでしていない、ということ。
普通、会話をする際には、相手にこんなことを伝えたいとか、分かって欲しいとか思って会話をする。聞き手はそれを受け止めて、理解しようとする。だから、会話が成立する。
けれど、今の二人は別に相手のことなどどうでもいいと思っている。ただ、自分のしたいことを実行するために、心の上っ面で話しているだけだ。
「……」
もしも、どちらかが、理解してもらおうと会話したなら、こじれるのだろう。
まったく理解しようとせず、ただ自分の意見をずけずけ言うだけの人間と、相手のことを少しでも理解しようと語りかける人間が話し合えば、ぶつかるのは必然だ。噛み合うわけがない。
だが、どちらもが無関心。
どちらもが相手のことを、そこらに転がっている石ころかなにかだと思って話せば、噛み合うのかもしれない。上っ面同士がぶつかっても、互いの感情が揺れることはなく、どう会話が進んでも、意味はない。
「ま、このまま続けたところで意味はなさそうだし、退散しますか」
「それは、負けを認めて出て行くってことか?」
「別に。勝負してたつもりなんてないし、そもそも、そっちだってまともに取り合ってないでしょ?」
にやり。綾瀬さんは笑う。
「ただ、そっちの三人よりは話が合いそうだとは思ったよ」
「そりゃどうも」
「なんであなたみたいな人間がこんな一生懸命頑張れば~みたいな、胸くそ悪くなる人間と一緒にいるのか分からないけどね」
「その点については議論しない方が良さそうだと思うがな」
「確かにね」
傍から見ていると、意気投合しているように見えなくもない。
「じゃあ、またそのうちに」
ばいば~いと適当に手を振って、椎谷先輩は出て行く。
綾瀬さんは、それを無言で見送った。
直後、
「あー、疲れた~」
今までの凛とした雰囲気はどこへやら。
綾瀬さんはイスを無造作に引いてどっかと腰を下ろす。
「ったく。ああいう手合いと直接話すのは面倒くさすぎる。ネット内でのことなら無視の一択なんだがな……」
ぶつぶつと文句を言いながら、綾瀬さんはバッグからペットボトルに入った清涼飲料水を取り出し、ごくごくと飲み始める。
なんというか、今までと雰囲気があまりにも違いすぎる。




