あたしも、昔
「……」
四人が四人とも、一斉にそちらを向いた。
「あら? えっと……間が悪かった、かな?」
よっぽど、俺たち全員、恐い顔をしていたのだろう。
おそらく、面白がってやろうと来たはずの椎谷先輩は足を止めて、逆に後ずさりした。
「お前、AMIRUって名前でモコモコ動画に登録している。そうだな?」
「え? あ、う、うん」
「生放送を荒らしたのも、動画を荒らしたのも、お前で間違いない。そうだな?」
まさか椎谷先輩ではない人間の仕業とは考えにくいが、確認する必要はある。
黒鳥さんは、嘘は絶対に許さないという口調で問いかける。
「いや、原因を作ったのはそうかもしれないけど、てきとーな言葉に乗る方も悪いんじゃ――」
「間違い、ないんだな?」
「……」
黒鳥さんは押し寄せる激情を言葉に乗せる。
もう、怒りは隠さない。
取り繕おうとさえしない。
ただ、怒気を込めて問う。
「いや、そのー、なんと言いますか……」
詰まる椎谷先輩に、黒鳥さんはつかつかと近寄っていく。
「もういい。用がないなら、出て行け」
「けど、その……」
来るべきじゃなかったという表情の椎谷先輩だが、彼女にもプライドがあるのだろう。
このまま、簡単に引き下がれないという感じだった。
「いいから、出ていけって言ってるんだよ」
爆発寸前。
黒鳥さんは拳をぎゅっと握りしめ、最後通告だと言うように、椎谷先輩をねめつける。
「……」
聞くまでもなかったが、椎谷先輩が原因であることは確定した。一刻も早く出て行って欲しい。はらわたが煮えくり返っている。どんな形のものであれ、人が一生懸命やったモノを鼻で笑うような行為は、人として、やってはいけないと思う。
「これが、本当に最後だ。出て行け」
「……」
椎谷先輩は、なにも言い返さなかった。
恐くて、反応できなかったのかもしれない。
だが、反抗の意思は動かないことで表現していた。
部屋から、出ていかなかった。
「……」
黒鳥さんは一度俯き、そして――
「このっ!」
拳を振り上げた。
「ちょっ! 黒鳥さんストップ!」
「先輩待った!」
慌てて駆け寄り、真と二人で抑えた。
コンマ数秒動くのが遅かったら、椎谷先輩は今立っている場所にはいなかっただろう。
「やめてください! ここで暴力を振るってどうするんですかっ!」
「気持ちは分かりますけど抑えてください!」
俺と真が抑えて、なお黒鳥さんは暴れ続けた。
「離せっ! 一発殴ってやらなきゃ気が済まん!」
「離しません!」
女性の体に抱きつく形になってるとか、そんなことを気にしていられなかった。
俺と真は必死に黒鳥さんを押し留める。
黒鳥さんは、一番、今回のことに熱意を注いでいて、なにかある度に喜んでいた。
気持ちは痛いほど分かる。
けれど、暴力で解決することだけは、避けなければならない。
と――
「うわ、本気でキレ始めたよ……。ここまでくると笑うしかなくなるね~」
俺と真が、なにがなんでも止めるという姿勢を見せたことで安心したのだろう。
椎谷先輩が得意の煽り文句を言い始める。
「なにそんなに頑張っちゃってるんだが……。キモイよ?」
「椎谷先輩、やめてください!」
心から、叫ぶ。
黒鳥さんを抑えきれなくなるとか、そういうことではない。
俺や真に、抑える気がなくなってしまうということ理由だ。
「本気になっちゃって馬鹿じゃないの? 生放送の時だって他のリスナーのこと考えてた? あんな露骨に食いついてくるとは思わなかったよ。頑張ればなんでもできると思ってる? そういうの、違う意味で鳥肌が立つよ。モコモコ動画革命団とか、寝言は寝て言えって感じだよ」
椎谷先輩はクスクスと、嘲笑の笑みを浮かべる。
「……」
なんかもう、本当に、黒鳥さんを抑えなくて良いような気がしてきた。
こんな人間、殴られてしまえばいいと思った。こんな人間をどうして自分たちが必死で守らなければならないのだろうと、そう思ってしまった。
「あっ」
だから、一瞬、力が抜けた。
「っ!」
黒鳥さんはその僅かな隙に抜け出し、殴りにかかる。
ここから止めに入るのは不可能だ。
なにより、無理をしてまで椎谷先輩を守る必要なんて――
「やめろこの馬鹿っ!」
黒鳥さんの拳が、椎谷先輩の頬に当たる直前。
誰かが、黒鳥さんを逆に殴り飛ばしていた。
「こんな阿呆に拳を向けてどうするつもりだ。……怒るのは大いに結構。だが、目的を見失うな。お前がここで退場したらこの先、どうなるっていうんだ。ちょっとは考えろ」
黒鳥さんと同じか、それ以上に堂々とした声音。
それでいて、澄んでいて、透明感のある不思議な声色。
「こういう奴らの撲滅を掲げているっつっても、改心だけが方法じゃねえのは分かってるだろ。こういう手合いが相手の場合、無視するのが一番効果的なのは全員が理解してるはずだ。ムカツクことには変わりないが、必要以上に構うな」
がさつで、女性らしい喋り方ではない。
しかし、この場で、こんな喋り方をして、しかも黒鳥さんに真っ向から意見を言える人物など、たった一人しかいない。
綾瀬葉月が、喋っていた。
「さて、椎谷あみる」
言うだけ言って、彼女は黒鳥さんを無視して椎谷先輩と話し始める。
黒鳥さんは呆然とした様子で、綾瀬さんを見つめていた。
綾瀬さんは椎谷先輩ににやっと笑いかけて、言った。
「実はな、あたしにはお前の気持ちがある程度分かるんだ」
一瞬、耳を素通りした。
ちょっと待て。
なにを言い出すんだ?
椎谷先輩の気持ちが分かる?
この最低野郎の気持ちが?
「どういうこと?」
椎谷先輩にとっても、予想外の言葉だったのだろう。
怪訝な視線を向けてくる。
「なに、簡単なことだ」
綾瀬さんは、しれっと言った。
「あたしも、昔荒らしをしていたからな」




