今回はまだ
「で、問題は、あの椎谷という人間をどうやって止めるかということだが……。なにか意見あるか?」
「……」
「……」
喋らない綾瀬さんはともかく、全員が沈黙した。
「なんでもいいんだがな」
「と、言われましても……」
「だよな」
がりがりと頭をひっかく黒鳥さん。
「私たちはこれまで、広範囲に呼びかけるようなことをしてきたが、それはあくまで話の分かる人が相手の場合だ。少し収まったとはいえ、真君の三度目の動画でも、荒らしにかかってきた人間はいたし、興味の失せた人間は見ていないだろう。今回のように、真っ向から批判されるとどう反応すればいいのか、正直よく分からん」
俺も、同意見だった。
荒らしに対して、一番効果的な対応は無視することだと言われている。何故か。
荒らしをする人間は、『かまって欲しい』人が大半だからだ。
面白半分、という言葉が正しいだろう。人が嫌がっているところを見て楽しんだり、反論してくる人間を嘲笑ったり、そういうことをして楽しんでいるのだ。だから、無視してしまえば、荒らしをしている人間は面白くなくなり、いつかは自然になくなる。
「荒らしに対して反論するのは、ぶっちゃけ悪手だ。だが、だからとて、無視を決め込んでしまっては、私たちの目的としていることはいつまで経っても達成できないだろう」
「そこが痛いところですよね。反論すればするほど、相手は盛り上がりますし、どうにかできないかと頑張れば頑張るほど荒れる。むしろ、無視をしている人たちにとっては、反論する側も荒らしの一部になるわけですから、動きようがないですよ」
無自覚の荒らし。
ネット内でそう呼ばれる行為だ。荒らしに対して反論する行為は、荒らしを加速させるだけで、荒らしをしている人間とほとんど変わらないと言われている。荒らしに対して反論する行為を無自覚の荒らしと言うのだ。
荒らしを積極的に行っている人間は、『荒らしをしている』という自覚があるため、無視を決め込まれるとそのうちつまらなくなって消える。だが、無自覚に荒らしてしまっている人間はそうもいかない。
「荒らしをなくそうとしている私たちが荒らしの一部になってしまっては本末転倒だ。とりあえずはスルーするべきか?」
「それが対処法としては最善だと思いますけど、根本的な解決にはなってませんよね」
「ならどうする?」
荒らしをしないでくれと呼びかけるだけならまだいい。
そこを荒らされても、下手に反応しなければ、自然消滅するだろう。もしかしたら一定の効果は出るかもしれない。
ところが、こうやって個人的に攻撃された場合、撲滅しようとする側はどうすればいいのか答えが出ない。無視しても、どこか他の場所で同じことが繰り返されるだけなのだ。
「よっし、完成っと」
「お、できたか?」
二人で話し合っていると、真がタンとエンターキーを押した。
「一応は。言われた通りに直しました」
再度、くるっと画面をこちらへ向けてくる。
タイトルも、説明文も、コミュニティと同じ内容になっている。これならば、たとえ広められても、問題は起こらないだろう。
「真君はどう思う?」
黒鳥さんがそのまま話を振ると、真はうーんと首を捻る。
「俺は荒らしをする人の気持ちなんて考えたことありませんし、そういうのはたぶん黒木先輩とか芽依の方が詳しいと思いますよ」
そう言ってから、ただ、と付け加える。
「今回はまだ無視でいいんじゃないですか?」
「ん? どういうことだ?」
「今回は、荒らしの相手と直接接触できるわけじゃないですか。なら、相手がこの先どう動くのか様子を見てみるのも一つの手ではないかと思っただけです。椎谷先輩の言葉には、カチンと来ましたし、ふざけんなって思います。けど、今のところ実害が出ているわけじゃないですし、変に反撃すると、余計調子に乗るだけじゃないですか?」
いつも感情に任せて動く真にしては珍しく、全うな意見だった。
その通りかもしれない。
荒らしをしてくる人間がどういう人間なのか、今回ははっきりと見えているのだ。名前や年齢、性別まで分かっている。ならば、もう少し様子を見て、相手の出方を窺う。その上で、必要であれば動く。やろうと思えば、直接接触することも可能なのだから、問題が起こったら直に話し合うこともできるだろう。




