冗談はともかく
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「改心って……。それこそ何様って話になりませんか?」
「改心っつってもそんな大仰なものじゃないさ。ただ、私たちが今までしていたように、穏便に、説得するだけの話だ。人が一生懸命になっていることを気持ち悪いだの、馬鹿だのアホだの言わない程度に、な」
「……」
なにか、押しちゃいけないスイッチを押してしまった感じがする。
言っていることと表情がまるで合っていない。穏便に説得とか言っているのに、表情は次に会ったら叩きのめしてやるという感じだ。
「まあ、必要とあらば、実力行使も辞さないつもりだがな」
「実力行使?」
「暴力を振るうとか、そういう野蛮なことじゃない。こう見えて私はそれなりに情報収集できる人間でな。名前も学年も分かってる。あいつの弱みを調査して、それを種にちょっと可愛がってやるだけだよ。これ以上なく、平和的に、解決させてみせるよ」
「……」
「いやー、あいつも大変だな。ネット上で叩きにくるならまだしも、素顔を晒して、面と向かって罵倒してくるとは……。私を敵に回すとどうなるか、一度くらいは知っておいてもらった方がいいと思う。これからのMDKの活動としても」
「……あの、それって分かってもらうとかでなく、単純に恐怖で縛り付けるだけじゃ?」
「なにか問題でも?」
ギラリ。睨まれる。
椎谷先輩が言ったことは、完全に地雷だったようだ。
「……」
俺の生放送が上手くいったことや、真の動画が評価され始めたこと。コミュニティ登録者が少しずつでも増えていることに、黒鳥さんは一番喜んでいた。このなかで、最も、情熱を注いでいるのは彼女だろう。
黒鳥さんが作った動画を見れば、よく分かる。
動画編集は相当な時間がかかるのだ。俺や真がやったように、単純に撮影して、そこに文字を加えたりする編集作業は、実はそこまで時間がかかっていない。今は動画編集用のソフトが多くあるし、文字を入れたりするだけなら、短い時間でできる。
しかし、アニメの動画を切り取ってつなげたり、曲に合わせて画像を表示させたり、オリジナルで画像を描いたり、そういう作業は物凄く時間がかかるのだ。
「冗談はともかく」
けれど、黒鳥さんはそこで終わらせた。
「あのバカ女のことだから、最悪、噂を広めにかかるぞ。おそらく、それは阻止できないだろうな」
まだ怒りが収まっていないだろうに、黒鳥さんは話を進める。
怒り浸透中でも、目的を見失ったりはしない。さすがだと素直に思った。
遅かれ早かれ、こういう事態にはいつか直面していただろう。ここで、下手なことをして事態を悪化させるようなことだけは避けなければいけない。
黒鳥さんは、ちゃんと理解している。
理解した上で、怒っている。
「まずは、真君が作ったブログだが、どんな感じになっている?」
「え? あ、こんな感じです」
黒鳥さんの言葉を受けて、真はノートPCを回転させる。
黒鳥さんが私用で持ってきているPCは二つある。共同で使えるようにしてあるものと、黒鳥さん専用のものだ。普段、ここでPCを使って作業する場合は、共同のモノを使わせてもらっている。
「ふむ……」
真が作っていたというブログを皆で覗き込む。
「名前の変更と、学校名の削除、あとは……説明文も変えた方がいいだろうな」
真が作ったブログは案外、しっかりとした内容になっていた。
きっちりとしたレイアウトで、ごちゃごちゃしていない。手を加えられていないと言っても良いかもしれないが、シンプルで見やすかった。動画を投稿したことや、生放送をしたことなど、本当に日記のようだった。
黒鳥さんも、言及することが思ったより少なかったようで、若干驚いていた。
「MDKの主戦場はモコモコ動画だ。なにを目的としているのかはコミュニティの説明に合わせるべきだろう」
「ですね。椎谷先輩の様子を見る限り、広める時、煽りそうですからね」
ブログの説明欄にはモコモコ動画の雰囲気を変えたいということがそのまま書かれていた。決して悪いわけではないが、現在の状況を考えると、コミュニティの方と統一するべきだろう。
「幸い、特に荒れてないし、こちらに注目する人はほぼいないようだ。すぐに変えてくれ」
「了解しました」
真は頷き、PCの画面に向かう。




