願わくば
「じゃあ、あとは予定通り、適当に練習します」
その後は、玉が増やしたり減らしたり、それからドSさんのコメントに返答したりしつつ放送した。
やってみると、一枠三十分という時間はあっという間だった。
もっと長く感じるかと思ったのだが、コメントを読んで、それに返して、ジャグリングをしてと流していたら、時間が進んでいた。
「ご視聴、コメントありがとうございました。今回はテスト放送なのでこれで終わりたいと思います」
〈おつ:ドS〉
〈おつです:黒鳥〉
〈お疲れ~:シン〉
ずっと放送に来ていてくれた三人からお疲れコメントをもらい、終了となる。
「……つっても、疲れることには変わりないな」
放送終了直後、その場に腰を下ろした。
短く感じたと言っても、それは体感的な話だけだ。
生放送だから、多少のミスは許されると言ってもいいかもしれないが、逆に言えば、撮り直しが効かないということだ。やはり個人的には動画を撮って、それを投稿することより、気疲れしてしまう。
「ん?」
ふと、綾瀬さんに目をやると、カタカタとキーボードを叩いている。
近くまで行き、なにをしているのかと覗いてみる。
「あー、悪いな。全部任せちゃって」
どうも、生放送をするのに必要なソフトの調整をしてくれているらしい。今の放送で、一番画面をしっかり見ていたのは綾瀬さんだ。なにか不具合や改善点があるなら、彼女に任せるのが良いだろう。
「……」
相変わらず無言だったが、問題ないというように、首をふるふると振った。
筆談するまでもない。結構、綾瀬さんて、感情表現してくれるんだな……。
「……」
「なに?」
綾瀬さんは突然、ぐいっと机脇に置いてあった俺のスマホを突き出してくる。
受け取り、画面をみると、着信中。
生放送中に妙な音が入ってしまわぬよう、マナーモードにしていたせいで気づかなかった。
「先輩か……」
出ると、先輩は開口一番、
「すごいじゃないかっ!」
褒めちぎってきた。
「さすが、私が見込んだだけのことはある。テスト放送で一人コミュニティに登録させるなんてなかなかできないぞ?」
興奮冷めやらぬ調子で話しかけてくる。
「……」
ちょっと、笑ってしまう。
綾瀬さんもだが、一緒に活動してみると、先輩も第一印象とは違った面が沢山ある。当たり前のことではあるが、先輩も、綾瀬さんも人間なのだ。
きっと、自分が大失敗してしまった生放送を、自分が見込んだ人間が上手くやり遂げてくれたことが嬉しいのだろう。
「私とは大違いの結果だな。私や真君も一緒に盛り上げていたとはいえ、十分すぎる結果だ」
「そうでもないですよ」
いつも偉そうで、不敵な笑みを浮かべている先輩からの賛辞は嬉しい。
だけど、だからといって、手放しで喜んではいけない。
「まだテスト放送の段階です。今、綾瀬さんが改善してくれているみたいですけど、やっぱりちょっと直すとこがあったっぽいですし。それに、あのドSさんという人が来てくれたのも単なる偶然でしょう。そこまで褒められるものではありませんよ」
「む……。確かに、そうだな」
「それに、綾瀬さんが隣でサポートしてくれているから、なんとかなってるだけです。先輩の時とは状況が違いますよ」
素直に、思ったことをそのまま口にすると、先輩は少し落ち着いたらしく、コホンと咳払いをする。
「ふむ。それもそうだな。とにかく、生放送の方はこの調子でやってもらえれば構わない。葉月の都合と芽依君の都合が合った時にしか放送できないから、頻繁に、というわけにもいかんだろうがな」
「一週間に一度放送できればそれで良いんじゃないですか?」
「ああ。そんなところだろうな」
普段の、落ち着いた先輩モードに戻ったかな?
「そうだ、芽依君」
「なんですか?」
「葉月と話させてもらえないか?」
「あ、構いませんよ」
言われて、俺は綾瀬さんに「先輩が話したいって」とスマホを渡した――ところで、ちょっと待てと思う。
綾瀬さんと話したいって……。
喋るのか?
「……」
なんとなく、気になってじーっと見ていると、綾瀬さんは立ち上がり、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「先輩とは喋ってるのな」
わざわざ出て行ったということは、喋るということだろう。
「……」
気になったが、影からこっそり聞き耳をたてるなどという、変態行為はしないでおこう。
たぶん、いつか生の声を聞ける日が来るだろう。
「あとは、真の動画投稿か」
俺の生放送が終わり次第ということだったから、もう少し待っていれば投稿されるだろう。
初めての生放送は、十分な結果を残せた。
真の二度目の挑戦はどうなるか。
綾瀬さんがチェックしているはずだし、前回よりは良い動画になっているはずだ。
願わくば、荒れることがありませんように……。




