赤い瞳は夢を見る
晴れ渡る空と、温かな日差し。
花は咲き乱れ緑濃い山々と共に目を楽しませてくれる。
我は、この日を待ちわびていた。
何年もかかってやっとこの日を迎えた。
我は、この日のため、ただ生きてきたのだから。
数人の人間が我の元に向かってくる。皆白い装束に身を包み、うつむき加減に歩いている。
その中に、一際存在感のある者がいる。
輝く金色の髪に、今日の朝摘み取られた沢山の花を冠とし、全身に浮かぶ赤い紋様が程よく透ける白い高価な装束には、控えめな装飾が施されている。
そっと、我を見上げるように見たその瞳は、この世のすべての色を写した虹色。
恥ずかしいのと緊張が読み取れるその表情は硬く、視線が彷徨って頼りなげに見えた。
「銀さま、こちらが巫女にございます」
一人の老人が我に巫女を示しながら言う。我は何も言わずに頷いた。
巫女は大きな瞳でそっと我を伺い見た。その瞳と視線が合うと、慌てて目を逸らされた。
「ほら、ご挨拶をなさい」
老人に窘められ巫女は少し膝を折り、小声で言った。
「はじめまして、銀さま。不束者ですが…どうかよろしくお願いいたします」
我はもう一度、黙って頷いた。
老人や他の者たちは、巫女を我に託すと、ゆっくりともと来た道を帰っていく。
その様子を見送る巫女は涙ぐみ肩を震わせた。
不安げに揺れる虹色の瞳は、我には美しく見えた。
後に巫女にそのことを言ったときは「ひどい方ですね」と、拗ねられてしまった。
我は巫女に向き直り、その桜色の頬に触れた。巫女は驚いて目を見開き身体を強張らせた。
「怖がることはない。我はお前の夫となるのだから。…しかしまぁ、鬼の下に輿入れをしたのだからそれも仕方ないことか」
「お気を使っていただいて申し訳ありません」
巫女は我を見上げると、緊張した表情ではあるが、笑った。
大きな瞳が細められ、ばら色の唇が弧を描く。その姿はなんとも愛らしいものだ。
「私はずっと銀様にお会いしとうございました。生まれた時から銀様に輿入れすることは運命と教えられ、そのために生きてまいったのです。ですから、今日は私はとても幸せなのです」
その顔に嘘や虚勢は感じられない。
「鬼が怖くはないのか?」
「怖い?そのように思ったことはありません。もちろん、親や兄弟とはなれるのは悲しいことですが、私が輿入れをすることで、皆が幸せになれるのならば何も怖くありません」
そこで言葉を切ると、巫女はうつむきそっと我の手を取った。
細い指が我の指に絡められる。とても温かい指だ。
「銀さまはとても優しいお顔をなさっています。だから、私は…今とても幸せなのですよ」
再び我を見上げたその顔に、もう緊張したそれではなく、心の底からあふれ出る笑顔になっていた。
「我は、お前を大切にする。子孫を残すことも大切だが、我らの関係がよくなくてはそれも叶わぬのだから」
言葉が足りない自覚はあった。でも、我にはこれ以上うまく言うことは出来ない。
このような時は自分の性格が嫌いになる。
しかし巫女はそんな我の小さな憂いも、その微笑で綺麗に拭い去ってくれた。
そして再び、深々と我に頭を下げ、「よろしくお願いします」と言った。
我は銀。
すべての鬼を統べる者。
子孫を残し、鬼の血を後世に残すことを役割として、何度も生まれては消える存在。
天上の巫女を愛し、愛されることが我の幸せ。
静かに生きたかった。
慎ましく、穏かに。
長い我の、命が失われるその時まで。
ただ、それだけなのに。
許されない我は、一体何のために生まれてきたのか。
銀は、アオの炎の中で思い出していた。
その昔、穏かに過ぎていった日々のことを。
そして、意識は空に放たれた。
もう二度と、生まれてくることはない。




