ガイザーヴの正体
王子は大変な美丈夫と聞いていた。
絵姿ならば、何度か見た事もある。
しかし実物は、予想も想像も遥かに凌駕していた。
みっちりと書物や巻物が詰め込まれた、背の高い本棚がずらりと並ぶ部屋。
向こう正面にある大きなガラス窓から差し込む陽光が降り注ぐ執務机に陣取り、上等な羽ペンを走らせている姿はまるで一幅の絵のようで。
シルバーブロンドが陽射しに透けながら頬に落ちかかってくるのをたまに跳ね退ける仕草すら、信じられないほど様になっている。
「ウスラバカー、侍女殿をお連れしたよー」
そう呼ばわったガイザーヴは、そのまま歩いていって執務机に腰掛けた。
「正規の手順を色々すっ飛ばして連れてきたからね。見ての通りに着替えもさせてないから、しっかり教えてあげてよ」
バッグを机の上に置き、少年は机から降りる。
「それじゃ、俺はここまで。後は我が親愛なる再従兄殿が面倒を見てくれるよ」
ガイザーヴの台詞に、彼女はあっと息を飲む。
武芸にも秀でた王子が精選し、一癖も二癖もある連中が集まった王子付きの近衛騎士隊。
彼らを纏め上げるのは王子の再従弟、弱冠十六歳のガイザーヴ・エゥロ・マスファリフェスだと思い出したからだ。
血の赤に付き纏うのは、『軍神』『鬼神』『守護神』『狂戦士』。
噂では十になるかならずの頃に今は藩属となった隣国との合戦でデビューし、見事に大将首を上げてあちらを敗走させたとかさせないとか。
その合戦後に隣国が併合されたのは紛れもない事実なわけで、セリフィスとしては疑う理由はなかった。
しかし今、その気持ちは大いにぐらついている。
直接見知ったガイザーヴは、あまりに無邪気だった。
「セリフィス?」
無垢な瞳に覗き込まれ、彼女は我に返る。
「ガイザーヴ閣下……」
王子の再従弟だが身分の低い女性との間に生まれた庶子であるガイザーヴは王位継承権争いを蚊帳の外から見守る立場であり、王族の一員だが殿下ではなく閣下の称号が与えられている。
そこまで思い出してそう呼んだセリフィスだが、ガイザーヴは不本意そうに眉をひそめた。
「名前だけでいいよ。お父上にもあなたを守るって約束したし、堅苦しいのは嫌いだし」
首をかしげて、彼はセリフィスが自分の名前から称号を取り外すのを待った。
「……ガイザーヴ」
「なぁに?」
嬉しそうに目を細めて、彼は返事をする。
「道案内、ありがとうございました」
ふふふ、とガイザーヴは笑った。
「うん。それじゃあね……俺はたいてい近衛騎士隊の詰め所にいるから、気軽に遊びにおいでよ」
ばいばいと手を振って、ガイザーヴは部屋を出ていった。
「全く、騒がしい男だ」
低く深みのある美声が頭上から降ってきて、驚いたセリフィスはそちらを見遣る。
右手にバッグを持ったディルハード王子が、真後ろに立っていた。