入城と別れ
「や」
気楽に片手を上げて、ガイザーヴは入口を通り過ぎる。
「殿下のご用向きで、新しい侍女を連れて来ましたー。入りまーす」
少し歩いたガイザーヴはセリフィスが立ち止まっているのに気づき、振り返って手招きする。
「おいでよ。大丈夫、いきなり切り掛かったりしないから」
にこ、と警戒心のない笑みがその顔に浮かぶ。
陽気で人懐っこい少年は、セリフィスに向かって手を差し延べた。
「これからはあなたも顔パスできる身分なんだからさ、そんなに恐がらなくても平気だってば」
ガイザーヴはすっと近づいてセリフィスの手を取り、優しく城内へ導いた。
「そいじゃ、行きがてらに少し解説しとこうか。まずはそこが一般兵士の詰め所」
ゆっくり歩きながら、ガイザーヴは説明する。
「グラウンドを挟んであっちに見えるのが、騎士隊の隊舎。訓練は合同で行う事も多いから、こんな並びになってる」
都の中心部を占めるだだっ広い敷地の中にはこれほどのものが詰め込まれていたのかと、セリフィスは感心するしかなかった。
「……急な話で、親父さんに挨拶してなかったっけ。ついでに行こう」
ガイザーヴの足は、騎士隊舎に向かう。
隊舎前では年かさの騎士達が、年若い騎士達を指導していた。
年かさの方に、父が混じって指導している。
「父様!」
思わず声をかけると、父は目を見開いてこちらを向いた。
「やあ、騎士殿」
悪戯っぽく瞳を輝かせて、ガイザーヴが一礼した。
「実は殿下のたっての頼みで、セリフィスの王城入りの日付が繰り上がっちゃってさぁ。ご息女の身柄は俺がちゃんと守るから、お目こぼししてくんない?」
気楽な言葉に、父の顎ががくんと落ちて戻らなくなる。
「何だったらあのウスラバカの横っ面に、俺が本気のパンチを三発くらいぶち込んであげるしさ」
「い……いやいやいやいやいや!」
慌ててそれを拒否した父は、何か言いたそうに娘を見た。
「セリフィス……」
「父様……」
娘の唇が、言葉を紡ぐために開かれる。
「とりあえず今日のお夕飯は用意できなかったから、どこかで食べてきてね。掃除は済ませてるから、三日くらいは綺麗なままのはずよ。いちおう叔母さんにお世話を頼んだから、どうしようもなくなる前に相談してね」
唇から漏れ出たのは別れではなく、自分がいなくなった後の指示だけだった。
ガイザーヴを始め、愁嘆場を予測していた人間はカラッとした別れに驚いてセリフィスを凝視する。
「……てっきり俺、涙々で抱きしめあってさようならかと思ったんだけどな」
騎士団の演習場から離れると、歩きながら少年はそう呟いた。
「別に今生の別れでもないんですから……半年くらいお勤めしたら、休暇の一つや二つは下さるでしょう?」
そう言ったセリフィスの顔に、愁いが差す。
「最も、休暇をいただく前にクビという可能性もありますけど」
あはは、と心底面白がっている笑い声がガイザーヴの唇から漏れた。
「それはないない保証する。あなたはきっと、ウスラバカのいいパートナーになれるよ」
少年は、見えてきた城の最上階……三階にあるテラスを指差した。
「あそこが俺達近衛隊の詰め所。そして、近くにはもちろん王子の私室……あなたの勤務場所がある」
「あそこが……」
いよいよだと思い、セリフィスは喉を鳴らしたのだった。