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追っ手を撒く

 信じられなかった。

 まさか、ディルハードがあんな事をするなんて。

 これからお仕えする事になるはずだった美貌の王子が、まさかあんな……。

「……っう」

 王宮にはふさわしからざる簡素な身なりでみすぼらしいバッグを抱え、泣きながら外に向かって歩く女。

 明らかに尋常でない雰囲気を感じて、人々が遠まきにこちらを眺めている。

 しかし、自分の事に手一杯で周囲に構う余裕はなかった。

 後ろから、こちらに駆けてくる足音が聞こえた。

 最接近したそれは、慌てた様子でセリフィスの肩を掴む。

「セリフィス!」

 ガイザーヴの声に、彼女は振り返った。

「一体何があったの!?」

「ガイザー……ヴ」

 心底こちらを心配している少年を見て、セリフィスの表情が歪んだ。

「何があったかは知らないけどさ」

 にこ、とガイザーヴは笑う。

「とりあえず、退城はちょっと早いんじゃないかなぁ?詰め所においでよ、ゆっくり話そう?」

 ガイザーヴの耳が、城からやって来る足音と呼び声に気づく。

「セリフィス様ーっ」

「お待ち下さーいっ」

 セリフィスにも聞こえたらしく、その顔にはっきりと怯えが走った。

 ガイザーヴは舌打ちし、問答無用でセリフィスを抱え上げる。

 羽のように……とはさすがに言えないが、自分といくらかしか違わない身長の割には軽い体だ。

 口許に手を宛てて悲鳴を押し殺すセリフィスの仕草から、再従兄は一体何をやらかしたんだと思う。

 まずは追っ手に見つかりにくい場所に身をひそめ、彼らをやり過ごした。

「……ウスラバカんとこに行きたい?」

 小さな声で尋ねると、セリフィスは首を横に振る。

「じゃ、ますます詰め所においでよ。あそこなら人払いができる……絶対、ウスラバカの手の者は部屋に入れさせないからさ」

 そう言うと、彼女はこっくり頷いた。

「じゃ、背中に回って……城内は追っ手があふれてるだろうし、城外から詰め所に行くから」

 言われたセリフィスが後ろに回ると……ガイザーヴは、彼女をおんぶした。

「!」

「暴れないでね」

 警告すると、ガイザーヴは歩き出す。

 人の注目を浴びるのは落ち着かないが、仕方ない。

「あ、あの……」

「黙って」

 城の方からやって来る追っ手をかわしながら、ガイザーヴは近衛騎士詰め所のテラス下までやって来た。

 指を咥え、短いが鋭く口笛を吹き鳴らす。

 ややあって、何かが落ちてきた。

 きっちり纏められた、鉤付きのロープだ。

 ガイザーヴはロープを解き、鉤の付いた方を振り回し始める。

「ちょっと乱暴だから、辛抱してね」

 そう言ってから、ロープを飛ばす。

 二階テラスの柵に見事引っ掛かった鉤の具合を確かめると、ガイザーヴは外壁を苦もなく登攀し始めた。

 二階のテラスには、違うロープがぷらぷらと風に揺れている。

 柵に登って今使っていたロープを回収すると、ガイザーヴは三階から垂れているロープを掴んだ。

 またしても、やすやすと登攀していく。

 そして、三階のテラスに到着した。

 そこには、ロープを落としてくれたのであろう青年がいる。

「隊っ長!」

 青年の顔に、心の底からの呆れが見えた。

「どこの世界に三階から飛び降りた揚句、こんな女性を連れ帰る近衛騎士隊長がいるんですか!」

「騒がないでよもう」

 セリフィスを下ろしたガイザーヴは小指を耳の穴に突っ込み、青年のお小言を欝陶しがる。

「マジな話だからさ。人払いを頼むよ」

 それを聞いた青年の表情が、ぴくりと引き攣った。

「……王子殿下の手の者が、城内でずいぶん騒いでいるようですが」

「そこも含めてさ……ねえ、バルザルダイン」

 その声は、あくまで甘く。

 その表情は、あくまでもにこやか。

 なのにセリフィスは、肝が底冷えするのを感じた。

「君は一体、誰に忠誠を誓っているの?」

 バルザルダインと呼ばれた青年は、傲然と顎を反らす。

「聞かれる事すら心外な疑問ですな」

「そう?」

 二者の間に行き交う圧倒的なプレッシャーは、セリフィスの胃が痛め付けられそうだ。

「我々近衛騎士隊一堂、忠誠はガイザーヴ・エゥロ・マスファリフェス殿にのみお誓いしております。次点で国王陛下、なれば王子殿下など眼中にございません!」


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