プロローグ
「王宮に上がらないか?」
父の持ち掛けてきた話に娘……セリフィスが最初に思ったのは国王の後宮に自分が召し上げられるのか、だった。
「いやいや、陛下ではなく王子殿下の侍女としてだ」
娘の顔色を見て、父は慌ててフォローする。
そろそろ五十の声を聞こうかという国王だが、つい先日王妃の喪が明けてからは自らの後宮に若い娘を大勢召し抱えて酒池肉林を楽しんでいるという。
政略結婚で愛情のカケラもない夫婦関係だったから仕方ないと父は言うが、セリフィスにとっては理解しがたい話だった。
そしてその対極にいるのが国王の一粒種、ディルハード王子である。
今年で二十二歳を迎えた王子は大変な美丈夫で、現在は女に現を抜かす国王の代わりに政の全てを取り仕切っている。
国王がそういう事を楽しんでいる反動なのか、王子には浮いた噂が一つもない。
それよりも、多忙だから身の回りの世話をする人物が欲しいらしい。
しかし。
「どうして私に、そんなお話が?」
娘の素朴な疑問に、父は唸った。
はっきり言ってしまえば、父親はうだつの上がらない貧乏騎士である。
早くに妻を亡くしてからというもの家事は娘に任せきりだから、彼女が王宮に上がった後は……この家が想像するだに恐ろしいカオスに陥る事は確実だ。
なのにどこからかそんな話が降って湧いて、当の父は前向きに検討しているらしい。
話そのものは、貧乏騎士の娘にとっては名誉にあふれている。
王子の侍女ともなれば下手をするとお給金は父より多いだろうし、十八を迎えた自分に王宮勤めの経験はどこかに嫁ぐ事になった際、十分に箔が付く。
「それは私にもよく分からないのだよ」
ため息混じりに、父は打ち明けた。
「ただ、推論はできる。まず、私があまり偉くない事」
下級貴族より貧乏な家の娘なら、血生臭い権力闘争を引き起こさない安全圏にいられるはず。
「そしてもう一つ。お前の容姿ではないかと、私は踏んでいる」
言われたセリフィスは、思わず自分の頭を触る。
胸の上辺りまで伸ばした金髪は、国内でも珍しいとは言い兼ねる。
どちらかというと普通からやや細身くらいの体型も、ごくありふれたものだ。
胸は……まあ、一般的なレベルで備わっていると思いたい。
顔立ちは好みが分かれるだろうが、そう悪いわけでもないはず。
「その目だよ。私が言いたいのは」
父の言葉に、セリフィスは納得がいった。
彼女の目は、とても印象深い。
例えるなら、素晴らしく凝縮された傷のないエメラルド。
亡き母譲りの瞳の色は髪とは違い、国内では非常に珍しい。
「他にも何人かにお声が掛かったらしい。が、侍女に要求される能力が横並びなら、殿下が興味を示される話題性のある人物を選ぼうという流れなんじゃないかなと思う」
父は、小さく笑った。
「どうせ出世コースからは外れている身だ。断った所で、干される心配はない……お前の好きにしなさい」
セリフィスはしばらく考え込み……やがて、頷いた。
「分かりました。その話、お受けします」