−五章−〜闇の影〜
「はーい。寄ってらっしゃいみてらっしゃい!世にも不思議なマジックショーが始まるよ」
こんな事を言いながら客寄せしている自分の姿が映っているショーウインドを見たラフィ
ストの口から、思わず溜息がこぼれる。アンカースの調査の為に旅立ったはずの自分……
それが何故、今こんな事をしているのかと思うと何やら切なくなってくる。
「ラフィスト!まだ全然集まってないじゃないか!もっと声出して!」
人の気も知らず、ティーシェルは暢気なものだとラフィストは思う。ラフィストがどんな
に恥ずかしい思いをしようが、所詮は他人事なのだ。だからそんな事が言えるんだろう、
とやり場の無い怒りすら感じる。
「そんな事言ったって……やっぱり恥ずかしいし……」
「今は、そんな事言ってる場合じゃないだろ?ったく。……もう、しょうがないな。ちょ
っとは手伝うか」
そう言うと、ティーシェルはスタスタと歩き出し、どこかへ行ってしまった。暫く、客引
きをしながらラフィストが待っていると、ティーシェルが大勢の男を連れて戻ってきた。
勿論芸を見に来てくれたらしいが、可愛い子に頼まれちゃ断れないなどと口走っている事
から、何やら不穏なものを感じる。
「―――……ティーシェル、何言ったんだよ?」
「ふふ……どうせ引っかけるなら、どうでもいい男共の方が万が一の事態になっても大丈
夫だと思ってね。ちょっと上目使いで、観に来てくれますか?って言っただけだよ」
などと、髪をかきあげながら平然と言ってのける。その様子に、ラフィストはとてつもな
く恐ろしさを感じ、冷や汗をかく。
「とりあえず、作戦を開始しよう。よろしくね、ラフィスト」
ラフィストに声をかけた後、ティーシェルは集まった人の中に紛れ込んだ。ラフィストが
カードショーを始め、初めは静かだった人達が賑やかになった頃、影が一つ広場に向かっ
て歩いてきた。
「……ここか」
エミリの家へと向かった三人は、エミリの家に入るとエミリが使った契約の道具などを探
し始めた。家はずっと誰もいなかったからか埃っぽく、それらしき物を探すのに難航する。
エミリの部屋の一室を調べていたサードが、部屋の隅の埃が比較的少ない事に気付き、他
を探していた二人を呼び寄せる。
「どうしたんですの?」
「ん、見つかったのかー?」
「見ろ……ここだけ埃が新しい。おそらく……」
サードが手を伸ばし、そこに触れると少しずれたような音がする。サードとニックスの二
人で床の石を外すと、下り階段が現れた。
「多分ここだ……かすかに邪念が感じられる」
明かりを持ってこようと、サードが台所へ向かおうとするが、それをガーネットが静止す
る。何やら呪文を詠唱し、掌大の大きさの光を出した。
「この程度の明かりなら、呪文で何とかなりますわよ」
「なるほど……便利だな」
サード、ニックス、ガーネットの順に、狭い階段を一人ずつ慎重に下る。すると、小さな
小部屋に辿り着いた。小部屋の隅に何かの台があり、その上に何やら光る物がある。
「契約の石って、これか?」
「おい、待て!」
ニックスが光る石に触ると同時に、眩しい光が迸り石から何かが飛び出してくる。光が止
んだ後に三人の視界に飛び込んできたのは、エミリではないヴァンパイアであった。
「ようこそ。君達が次の餌……かな?」
「……お前が、エミリの使役者、か」
「くく……まぁ、そういう事になるかな。おっと、まずは活きのいい餌は大人しくさせね
ばな!……闇の使者が見せるは汝が為の墓標なり……故に汝、美の幻影の中で永遠の時を
過ごすがいい……ダーク・イリュージョン!」
すると、辺り一帯に黒い湿ったような重たい霧が立ちこめる。サードはとっさに口を塞ぎ、
霧を吸わないようにすると二人の姿を確認する。ニックスやガーネットの瞳は心なしかと
ろんとしており、視点はどこか違う所を彷徨っている。
「うふふ……美味しそうですわ〜」
「―――!幻を見せる呪かっ!おい、しっかりしろ!」
サードがガーネットやニックスの頬を何度か叩くが、二人の反応は無い。それどころか、
毒気を持つ霧にやられてみるみる顔色が悪くなっていく。
「心地良い幻を見ながら死ぬ。痛い思いをするよりはいいだろう」
僅かに吸ってしまった霧で朦朧とする意識の中で、ヴァンパイアの気を何とかそらそうと
サードが渾身の力を込めてヴァンパイアを狙う。それがかすり傷程度だが、ヴァンパイア
に当たった事で霧が弱まると、他の二人が正気に戻る。
「あ、あら?……ショコラは?」
「に、肉!俺の肉が!」
「馬鹿、戦闘中だ!」
サードの言葉にハッとし、ガーネットが慌てて回復魔法をかける。すると、ほのかに暖か
い光に包まれ、毒によって奪われた体力が戻ってくる。
「よっしゃー!次はこっちの番だぜ!……いくぜ、閃光八卦拳!」
ニックスがヴァンパイアとの間合いを取り、技を放つと無数の閃光が当たり一面に迸る。
それはヴァンパイアに直撃したらしく、ヴァンパイアは苦しそうによろめいている。
「やったぜ!」
「……っ!いや、まだだ!」
突如ヴァンパイアの手が伸び、ニックスの首を掴みあげる。サードが剣でヴァンパイアの
手を切り落とすが、支えを失った形になったニックスが、地面に叩きつけられるように落
ちる。ガーネットが急いで回復を施すが、まだかなり苦しいらしく咳き込んでいる。片や
ヴァンパイアの方は既に切り落とされた腕まで回復しており、ダメージらしきものを感じ
られない。
「……くそ、キリが無いな」
ヴァンパイアの様子を見て、ガーネットが二人を呼び寄せ囁く。
「あれじゃ、いくらやってもキリがありませんわ……ですから、光魔法のオーラを使おう
と思うんですの。ヴァンパイアは闇の眷属……きっと効果がありますわ」
「よし、俺達であいつをかき回す!ガーネットはその間にそれを使え」
一斉にサードとニックスが飛び出し、ヴァンパイアへと切りかかる。ヴァンパイアの集中
が二人に言った事を確認し、ガーネットは呪文を詠唱し始める。
「無数の叫びは光の中で神への祈りに変わるだろう。光の十字架が今、汝を切り照らす…
…オーラ!」
手で切った十字が光を放ちながらヴァンパイアに向かって放たれる。
「そ、それは……ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ!」
「よーし、今度こそやったぜ!」
ヴァンパイアが灰になった事を確認し、ニックスが喜びの声を上げる。サードが光を失っ
た契約の石を手に取り、剣で石を叩き割る。叩き割られた石は、鈍い音を立てて割れたか
と思うと、あっという間に砂へと変化した。
「これでいいですわ。早速合図を送りましょう」
エミリの家の外へ出て、合図を送ると三人はラフィスト達がいる広場へと走り出した。
「!」
三人の合図に気が付いたティーシェルは、ラフィストに合図を送る。しかし、ラフィスト
は気付いていないようだ。
「な、何やってんだよ!―――……でも、ここで民衆が騒ぐよりはいいか。―――我奏で
るは天からの旋律、その軌跡は死魔の呪縛から汝を解くだろう……」
きょろきょろと辺りを見回り、エミリの姿を探す。すると、人ごみの後方にエミリらしき
人影がみえた。民衆を一気に贄にしようとしているのか、手に力を集約させているようだ。
あまり時間がない事を悟り、詠唱しながら人ごみをかき分け、ティーシェルはエミリに気
付かれないよう近づいた。
「ふふ……これで、彼が戻ってくる。―――っ!?」
エミリは自分の体の周りに光が集まっている事に気付き、光を振り払おうとする。そのエ
ミリの眼前にティーシェルが現れ、杖をエミリへと向けた。
「エクス!」
ティーシェルの言の葉と共に、光が集約しエミリの体を包み込む。エミリは甲高い叫び声
を上げて、もがき苦しみ地に伏した。エミリの声に周囲の人が異変に気付き、何だと集ま
ってくる。その間をすり抜け、ラフィストがティーシェルに駆け寄ってきた。
「ティーシェル!……どうだ!?」
「……力加減も、これで良かったはずだ」
エミリを包み光が弱まるほどに、エミリの呻き声が弱まっていく。そして光が完全に消え
た時、人間の姿に戻ったエミリが倒れていた。ピクリとも動かないエミリを心配して、ラ
フィストが駆け寄り、抱え込んだエミリの頬を軽く叩く。
「エミリ……エミリ」
「―――……ん」
エミリの瞳がうっすらと開かれ、視線が周囲を彷徨う。まだ現状が良く分かっていないら
しく、少しぼんやりしている。
「わた……し?」
「大丈夫?」
「え、ええ」
「ふう、もう大丈夫だよ」
エミリの様子を見て、ティーシェルが断言する。最初は事情を理解できていなかったよう
だが、ラフィスト達のやり取りでエミリがヴァンパイアから人間に戻ったという事が理解
できた周囲から、どっと歓声があがる。観客の向こうから、ラフィスト達を呼ぶ声が聞こ
える。おそらく別行動していたガーネット達が戻ってきたのだろう。
「どうですの!上手くいきまして!?」
「ああ、見ての通り大成功だよ!―――……それより皆、怪我はないかい?」
「ふん、当たり前だ」
「ふふ……素直じゃないね。っと、そろそろかな」
ティーシェルの謎めいた言葉に疑問を感じた一同が首をかしげた時、一人の男が走りなが
ら駆け寄ってきた。
「エミリ、エミリ!」
「え……セク、ルード。セクルード……なの?」
死んだはずの彼が現れ、エミリは戸惑いの色を隠せない。だが、嬉しさのあまり顔を真っ
赤にしてぽろぽろと涙を流している。
「そうだよ。もう、君を一人にはしないから……」
ひしと抱き合う恋人達をみて、一同は良かったと呟く。ニックスなんかは感動して、もら
い泣きまでしてしまっている。
「あ、でも一体どういう事なんですの?」
「簡単な事だよ。彼は、セクルードは死んじゃいなかったのさ。セクルードの処刑は石化
し、粉々に叩き割った後アンカースに送るというものだった。だけど石化させられて粉々
に叩き割られる寸前だったセクルードの石像を、こっそり隠したん人がいたんだよ」
「ふ〜ん」
ニックスだけが納得した顔をする。後は、如何にも不服そうな、納得していないような顔
でティーシェルの方を見ている。
「というか、何でティーシェルがそんな事知っているんですの!」
「処刑方法なんて、市長さん言ってたっけ?」
「誰だ、その隠した人間とやらは」
と、各々が疑問に思っている事を矢継ぎ早に口に出す。
「蛇の道は蛇ってね。こんぐらいの事、いくらでも調べる方法はあるのさ。因みに、セク
ルードの石像を隠したのは、友人のキルギスって人だよ。彼は役所勤めだし、そういった
事も隙をみて出来ると思ったからね……ちょっと問い詰めたら、あっさり教えてくれたよ」
彼のちょっとはちょっとじゃない気がしたが、彼がそういうのだから取り合えずそういう
事にしておこう。
「あ、じゃあもしかして今朝出掛けたのって……」
「ふふ……ご想像にお任せするよ」
スタスタと、エミリとセクルードの方に向かって行ってしまったので、言いたい事はまだ
まだあったが、それらは飲み込む事にした。
「本当、自己ちゅーなんですから!」
「チームワークってもんが、欠けてんだ!」
「というか、勝手だな」
多分ティーシェルもこの三人に、こんな事は言われたくないだろうなぁとも思ったが、今
回ばかりは彼らと同意見なのでラフィストは苦笑いを浮かべた。ラフィスト達もティーシ
ェルに続き、エミリ達の所へ行くとラフィスト達に気が付いたエミリが頭を下げる。
「事情はお聞きしました……本当に、ありがとうございました」
「はじめまして。私はアンカース王国元近衛隊長の、セクルードです。皆さんが私やエミ
リを助けて下さったそうで……ありがとうございます」
「いえ、いいんです。僕達がしたくて、した事ですから」
「いや、お礼がしたい。ですから明日の夜、一緒に夕食をとりませんか?」
セクルードの申し出をありがたく受ける事にして、セクルード達と別れたラフィスト達は、
食料などの買出しに行く事にした。エミリが元に戻ったという知らせはもう広くに広まっ
ているらしく、少しずつ商店などが開き始めたからだ。カダンツの時はサードが勝手に買
出しに行ってしまった為、こうして皆で一緒に買出しに行くのは初めてだ。大人数で買い
物に行くのは初めてらしいガーネットなんかは、既にはしゃぎまくっている。
「きゃー、みてみてサード。この店、安いですわよ!」
ガーネットに御指名されたサードが近付き、ガーネットの手の品を見る。
「安すぎる!……ほら、こことか見ろ。こういう品が悪いのは駄目だ!」
ガーネットは一瞬しゅんとなったが、もう次の瞬間には違う店ではしゃいでいる。色々と
珍しいのかな、とラフィストとニックスは二人で笑う。ガーネットは暴走してるし、サー
ドやティーシェルはそのフォローをしているので、ラフィストとニックスは置いていかれ
たような状態だ。ちょうどいい機会だったので、ラフィストはニックスにホールスを出た
後どうしていたのか聞いてみる事にする。
「ニックス、お前トラートに引っ越してから大分経つよな……今まで何やってたんだ?」
「んー、学生かなぁ」
「学生!?な、何の!」
「格闘技だよ、格闘技。トラートは村だけど武術が盛んだろ?俺さー、トラートに着いて
ピンときたんだよ!俺にはこれしかないって!」
「へ、へぇー……」
「そういうラフィストこそ、何やってたんだ?」
「家事手伝い」
「プッ!アハハー!何だよそれー!」
ひとしきり、大きな声を上げて笑った後、ニックスはあっと声を上げてラフィストの腰の
剣に目をやる。
「そういえばよ、お前その剣で大丈夫なわけ?何も考えずに出てきたんだろ?自分に合っ
たの、買った方がいいんじゃないのか?ほら、サードに見てもらうとかしてさ!」
「……そうだな」
家に置いてあった祖父さんの剣を勝手に持ってきたものの、ラフィストにとっては少し大
きめで重たい物であった。例えるならば剣を扱っている、というより剣に振り回されてい
るといった感じだ。
「ラフィスト、剣買うの?」
二人の間からひょっこり顔を出したのはティーシェルだ。さっきまではサードやガーネッ
ト達と一緒にいたのでは、と突然の出現に驚く二人だが当の本人は構わず話を続ける。
「確かにこれじゃ、ラフィストの体格にはあってなさそうだね……よし、僕も一緒に見て
あげるよ」
「……ありがとう、ティーシェル」
「な、何だよ……どうしたんだ?」
「やっぱ、優しいなー、と」
ラフィストの言葉にティーシェルが顔を真っ赤にし、な、な、としどろもどろになる。
「つかお前、いつもそんな風なら良いんじゃねえか?ツンケンしないでよー」
「う、五月蝿いよ!ニックスの癖に!―――……あーもー、とにかく見るよ!」
前を行くサードの元にティーシェルが駆けて行き、何やらサードと話している。黙って話
を聞いていたサードが二、三回相槌をうつと、ラフィストの所へやってきて腰に差してあ
る剣を手に取り眺め始めた。
「成る程……確かに名剣だが、お前には合ってないな。確かあっちに武器屋があったはず
……よし!ラフィスト、買いに行くぞ」
「じゃあ俺とガーネットは、他の買出しに行ってるわ」
「あ、おい!余計な物まで買うなよ!」
サードの忠告を聞く前に、ニックスとガーネットは広場へと走っていく。二人のはしゃい
だ様子を見て、残された形になった三人は示し合わせたかのように同時に溜息をついた。
「いらっしゃい!何にするんだ?うちはいい品ばかりだよ!」
威勢のいい主人がラフィスト達を出迎える。その勢いに、ラフィストはおろか、サードや
ティーシェルまでも完全にひいてしまっていた。
「こいつに合う剣はあるか?」
サードがラフィストを指で指すと、主人がまじまじとラフィストの方を眺め始める。
「ふーん……あんさんがねぇ」
「あ、あの……これが前に使ってたやつなんですが」
「……あんた、今までよくこれで戦ってきたねぇ」
武器屋の主人ともなれば、武器を見る目は一流なのかラフィストと剣の不釣合いをすぐに
見抜き、変に感心していた。
「あんさんに合いそうないい剣が、ちょうど入ってきたんだ。ちょっと持ってみるかい?」
武器屋の主人はそう言うとカウンターの裏に引っ込み、何やら一振りの剣を持ってきた。
その剣を手に取り、ラフィストが剣を振るってみるとちょうどいい重さで、とても手に馴
染む物であった。
「どうだい?限定品だから多少値は張るけど、少しでも良いもん持っていた方が良いぜ」
「因みに、いくら位なんですか?これ」
「うーん……ざっと“5000ギル”といったところだな……―――」
「ご、5000ギルー!?」
それだけあれば、一年は充分余裕で諸国を旅する事が出来るほどの金額だ。王から幾分か
路銀を貰っているとはいえ、そんな金あるはずがない。
「この町に活気が戻ったのは兄さん達の活躍のお陰だし、出血大サービスで2500ギル
までならまけても良いぞ?」
こんな所で人助けが役に立つとは、と思ったがそれでも2500ギルという金額は、おい
それと出せる金額ではない。ラフィストはどうするべきか悩み、サードの方を伺うと、サ
ードもまた顎に手を当てて考え込んでいるようだ。
「2500ギルか……これでいい?」
後ろで黙って見ていたティーシェルが懐から財布を取り出し、主人にお金を払う。
「ティ、ティーシェル!……ごめんな。俺の剣なのに」
「お前、金を持って出てきたのか?」
ラフィストはティーシェルに払わせてしまった事を気にしていたのだが、サードとしては
ティーシェルにお金を払わせた事よりも、そっちの方が気になるらしい。
「当たり前じゃないか。取り合えず50000ギルと宝石があれば、旅に困らないだろ?」
「50000ギルも!?……同じ金持ちでも、どっかの誰かとは大違いだな」
サードが裸同然で城出してきたガーネットに、嫌味を言う。
「ティーシェル、本当にありがとな。大事に使うよ」
新しい剣を腰にさし、その上に手を重ねる。これからも頑張れよ、という主人の声を後に、
ラフィスト達は店を後にした。
「ラフィスト、お前本当に嬉しいんだな」
「うん。ティーシェルの優しい一面も見れたし」
「金は出世払いかー?」
「出世、は無理かも。でも、これで俺の剣の腕がもっと上達して、皆を守る事が出来たら
な……とかって思ってさ!」
「そうだな!」
「で、次はどこに行くの?」
ティーシェルが心なしか顔を赤らめて、皆がいる真ん中にばさっと地図を広げる。
「そうですわね……流石に情報も無いまま、アンカースという事はありませんしね。サー
ド、どこか良い町はなくって?」
「そうだな」
地図を覗き込み、サードが考え込む。そしてサードが地図のある場所を指し示そうとした
時、ニックスが横から遠慮気味に口を挟んだ。
「あ、あのよー……」
「何だ」
皆が地図から顔を上げ、視線をニックスへ向ける。
「思ったんだけど、さー……次の大陸とか行く前に、この大陸でやり残した事とか、結構
あると思わないか?」
「確かに……」
サードが頷く。
「で、さ……俺、この大陸離れる前に、忘れ物を取りに行きたいんだ!」
「はぁぁー?忘れ物ー?」
「そ、そうなんだよ……無くちゃならないんだ」
しゅんとするニックスに、皆困惑する。
「お前の故郷は、どこなんだ?」
サードの問いかけに、ニックスはトラートだと答える。
「トラートといえば大図書館で有名な所だね」
あそこの書物はまだ網羅してないから興味深いんだよね、とはティーシェルの弁。
「トラートってどこにありますの?」
ガーネットが尋ねると、サードがルネサンスの北東を指し示す。そこはちょうど山岳地帯
に当たる所だ。その山岳地帯はあまりの難所な為、侵略価値が無いとされて自治を認めら
れているという場所だ。
「ここからですと、結構ありますわね。ですけど、行ってみてもよろしいんじゃなくて?」
「本当か!?」
ガーネットの言葉にニックスが喜ぶが、サードやティーシェルは渋い顔だ。
「ま、確かにあそこの蔵書には興味あるけど、ここからだと結構距離もある。僕達は仮に
も調査団なんだし、一個人の事情で時間を浪費するのは良くないんじゃない?」
「確かにな。それに、セクルードの話如何によっては、急を要す必要があるかもしれない」
「出来れば……行ってやりたいんだけどな」
ラフィストが呟く。―――それというのも、実は昨日の夜にニックスの話を聞いたからだ
った。宿に人が泊まっていなかった事もあり、大浴場ではラフィストとニックスの二人し
かいなかった。最初は他愛も無い話をしていたが、次第にニックスの歯切れが悪くなり、
しまいにはニックスはもごもご喋り始めた。
「……なぁラフィー。その……」
「何だよ?」
「ラ、ラナは元気!……か?」
「ラナ?ああ……それが?」
「……ならいい。あの町も変わったんだろうな」
そこまで言うとニックスははー、と息を吐き出す。
「何だよ急に……何かあったのか?変だぞ、お前」
ラフィストが問うと、ニックスは所在無さ気に視線を彷徨わせ、しばらく黙りこくってい
たが、意を決したのか視線だけをラフィストに向けて尋ねた。
「お前、さ……好きな子とかー……いないの?」
ニックスの突然の思いがけない問いに、ラフィストは思わず浴槽で溺れそうになった。
「ゲホッ!し、死ぬかと思った……」
「わ、悪りぃ」
「好きな子、ねぇ」
一瞬、頭の中にある人物の顔が浮かんだが、振り払うようにブンブンと頭を振る。ニック
スはそんなラフィストには気付かずに、話を続ける。
「俺さ、トラート出てきたの、一緒に格闘技習ってる奴の勧めがあったからなんだ」
「そいつって。もしかしてお前の……」
ニックスの意外な話に、ラフィストの顔がにやける。そんなラフィストの視線から逃れる
様に、ニックスは水面をじっと見つめながら言った。
「実は、村を出る時に渡したい物があったんだ。……でもその日の限って、そいつ稽古休
んでさ。結局、別れの挨拶もしてないんだ」
「心残り……なんだな?」
「まぁ、な。……でも、仕方ないよな!」
気持ちを誤魔化すかのように、ニックスは手で水飛沫をあげる。
「お前……本当にそれでいいのか?もう、二度と会えないかもしれないんだぞ!」
「……」
「俺も応援するからさ!……言うだけ言ってみないか?次はトラートに行こうって!」
「だけど、よ!私情挟む訳にはいかないだろ。……俺達には大事な役目があるんだ。……
あ、俺もうあがるわ!―――……言っとくけど、今の話内緒だぞ!」
ニックスが勢いよく湯船から飛び出し、脱衣所の方へ向かっていった。
次の日の夕暮れ時、ラフィスト達はエミリの家へと向かった。エミリの家の前に辿り着く
と、セクルードとエミリが仲睦まじくラフィスト達を出迎えてくれた。セクルードにすす
められて家の中に入ると、テーブルの上には美味しそうな料理が湯気を立てて、立ち並ん
でいた。
「うわお!うっまそー!」
「たいした物じゃないですけど、召し上がって下さい」
頂きますと大きな声で叫ぶと、ニックスは早速目の前の料理に手をつけ始める。ラフィス
トも折角だから頂こうとした時、料理をまじまじを眺めていたガーネットとティーシェル
の二人に声をかけられた。
「これ、何?」
二人が同時に指差したものは、一般的に味噌汁と呼ばれるスープであった。
「それは、ルネサンスの近くにある島国で飲まれている、味噌汁という名のスープですよ」
ラフィストの代わりにセクルードが二人に説明を施す。
「二人とも、飲んだ事無いの?」
正体を知った後も眉を顰め、訝しげな顔で匂いをかいだり、じっと眺めたりしている二人
にラフィストが問いかけると、驚いたような声で答えが返ってくる。
「当たり前じゃないか」
「私はキャビアのスープ以外、飲んだ事がありませんから……」
世間知らずという面ではそっくりなんだなぁ、と思わず感心する。二人はひとしきり眺め
た後、味噌汁に口をつけると、存外気に入ったのか美味しそうに飲んでいた。食事が終わ
り、食後のお茶を飲み始めた時、話題はついにアンカース王国の事になった。
「例の沈んだ島は、アンカースの誰かの仕業なんでしょ?……誰?」
ティーシェルの問いに、セクルードは姿勢を正し話し始めた。
「―――……まずは、順を追って話そうか。ある日、アンカース王国に三人の兄弟がやっ
てきた。一番上の兄は政治や武術の心得があり、歳からすると二番目に位置する女は美し
い美貌の持ち主だった。一番下の弟はとても魔術に長けていた。王は女を気に入り、この
兄弟も王の片腕として仕える事となった……。女は、王との間に一人子を儲けて死んだ。
それから月日も経たない内に、女の兄弟も流行り病で亡くなってしまった。王は愛する妻
と、信頼の置ける部下を同時に失い嘆き悲しんだ。王の側近であった父が、自分は無力で
あると、まだ幼かった私に愚痴を零したほどだ……そんな時だった、あいつが現れたのは」
「あいつ……?」
「あいつはダグラスと名を名乗り、巧みに王に取り入った。……そして、生まれたばかり
の王子と死んだ三兄弟を融合させたのだ!」
「死んだ人間と融合させるなんて……」
「しまいには王を洗脳し、ダグラスは自らの手で王子を育て上げた。―――……王子が十
三歳を迎え、全ての準備が整った時が、ちょうど今から七年前……これが、何を意味する
かわかるだろう?」
「ランツフィート……侵略」
「その目的は、何かに必要だったらしい“特別な乙女”を手に入れる事だった……その子
はまだ、たった7、8歳位だったらしい」
7、8歳という言葉にラフィストが反応する。当時のジュリアもその位の年齢だった、と
ふと思ったからだ。
「次に奴がした事は、世界樹の封印だ。こちらの目的は解からないが、恐らく島に近付か
れてはまずい事があったのだろう。自らが育て上げた王子を使って、島ごと海に沈ませた。
……ダグラスの力は、今や恐ろしいまでに増大している。私は国を憂い、同士と共に奴を
倒そうと試みたが……結果は言わなくてもわかるだろう」
「話は大体解かりました……それで、そのダグラスを倒すにはどうすればいいんですか?」
ラフィストが質問すると、皆に緊張が走ったのがわかった。
「私と、同志達が奴と戦ってわかった。―――……奴に並の攻撃は効かない」
セクルードの答えに、しばし沈黙が流れる。
「しかし、トラート村の大図書館に、幻の鉱石の在り処を印した地図があるらしい……そ
れから作った武器ならば、おそらく……」
「こりゃ否が応にも、トラートに行かなきゃならなくなったな!」
ニックスを思い、ラフィストが声をかける。
「私が君達に教えられるのは、ここまでだ。大して役に立てなかったかも知れないが、君
達の旅の無事を祈っているよ。それと、これを持って行くがいい」
そう言ってセクルードがラフィスト達に差し出したのは、手記のような物だった。
「ここにはアンカースの城内図も描いてある。―――きっと役に立つだろう」
「セクルードさん……ありがとうございます」
宿に戻ったラフィスト達は、明日に備えてミーティングをしている。トラートに行く事が
決まったせいか、やけにニックスが嬉しそうな顔をしている。
「そういえばトラートは山の方でしたっけ……ティーシェル、ワープは出来ませんの?」
「トラートなんていった事ないし、無理だよ」
前はニックスのトラート行きに賛成していたが、かなりの難所だとニックスから聞いたガ
ーネットが嫌そうな顔をしている。しかし意外にもティーシェルに嫌がっている様子は無
かった。
「ティーシェルは嫌ではありませんのー……山登り」
「嫌?何で??未知の魔道書に出会えるかもしれないんだよ!それなのに嫌な訳ないじゃ
ないか!!」
心はすっかりそちらに飛んでいるのか、ティーシェルは目をきらきらと輝かせている。
「おい、早く寝るぞ!……山は寒いから、各自しっかり準備しておけよ」
サードに部屋を追い出され、ラフィスト達は部屋に戻った。ガーネットやティーシェルは
早々に眠りに着いたが、ラフィストはセクルードに聞いた少女の話が気になって、なかな
か瞳を閉じる事が出来なかった。ジュリアはもしかしたら生きているのかもしれないと、
とうの昔に諦めた希望を抱いて……―――