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−四章−〜沈黙の町〜


「……ここが、ルネサンス……ですの」

「へ……へぇー……」

ガーネットとニックスがポカンとした顔で感想を漏らす。二人がこんな風に漏らすのも無

理は無い。アルベルト卿から聞いた話では、商業都市として栄えており、多くの人や情報

が行き交う場所だという事だったからだ。それが今眼前に広がるこの都市は、人影もまば

らで、活気が無い。

「私、もっと垢抜けた都会的雰囲気漂う、エレガントかつエッセンシャルな所とばかり思

っておりましたのに!」

エレガントやらエッセンシャルやらは意味不明だが、ガーネットが落胆の色を隠せないで

いる事だけは良く分かる。この町の様子には、いつも冷静沈着なサードも驚いているよう

で、町の様子を見て眉を顰めていた。

「それにしても……何か変だ。俺が前に来た時と、大分違っている」

「え!?サード(ん)、ここに来た事が!?そ……そうでしたのね」

ガーネットのサードに対する呼び声の微妙な空白と、眉間の皺を一層深くしたサードの様

子が気になったが、あえて気が付かなかった振りをしておく。とりあえず町の入り口にこ

のままいてもしょうがないと言うティーシェルの意見に賛同し、町の中に入り、宿を目指

す事にした。歩き出そうとしたその瞬間、辺り一帯に女性の悲鳴が響き渡った。

「キャァァァァーッ!」

「悲鳴!?行ってみよう!」

「あぁーん!待ってぇー」

「おいおいおい!置いてくなってぇー!」

「……下らん」

「サードの言う通りだよ!悲鳴に関わるとロクな事が無いなんて、子供でも知ってるよ!

どーせ、魔物とかいるんだろ?こんな所。ありきたりなんだよね。それに昔から言う様に、

君子危うきに近寄らずって諺があって……」

「……ティーシェル、舌咬みますわよ」

ラフィストが真っ先に駆け出し、声のした方へと向かう。それに勢いよくニックスとガー

ネットが続いて走り出す。駆けて行った皆の様子を見て溜息をつき、いかにも面倒臭いと

ばかりにゆっくり後ろからサードとティーシェルが小走りで続く。真っ先に悲鳴の場所に

着いたラフィストが目にしたのは、二十歳位の女の人が数人の男に囲まれている所だった。

「助けて!」

そう叫ぶ女の瞳が一瞬鋭く光ったような気がしたが、まずは女性を助けるのが第一な為、

女性を庇う様に彼女の前に剣を構えて踊り出る。続いてこの場に現れたニックスとガーネ

ットが、女性に怪我はないかと尋ねる。

「何だ貴様!俺達の邪魔をするなら容赦はせんぞ!!」

「それはあんた達の方だろ!女性に手を上げようとして何て事を言うんだ!」

「……女性?貴様、そいつは―――……」

「ラフィストー!警備隊相手に何やってんの!」

やっと追いついたティーシェルが、ラフィストに向かってぜいぜいと息を切らせながら叫

ぶ。その後ろにはちゃんとサードも着いてきている。女性の顔をじっと見ていたサードが、

不機嫌な顔をより一層不機嫌にし、女性を睨み付ける。

「こいつ……血の臭いがする」

視線を女性に据えたまま、サードが呟く。

「当たり前だ!そいつは、ヴァンパイアだ!」

「えぇぇぇぇー!ヴァ、ヴァンパイアー!?」

ラフィストとガーネットとニックスの三人が顔を見合わせ、大声を上げる。すると、再び

女性の瞳が不気味に光り、みるみるうちに姿が変わっていく。

「ふ、あはははは!何だ、もう少しだったのに!そうさ、私はヴァンパイアさ。だが考え

てごらん?人間は生きる為に獣を殺すのに、なぜ私達はそれをしてはならないのだ?……

人間はつくづくおかしな生き物だ。……ふん、もう用は無い。今日の所は引き上げてやる」

そう言い残すと、ヴァンパイアはフッと姿を消してしまった。俺とガーネットとニックス

は未だに顔を見合わせて目を点にしている。

「あいつが現れてから、活気が無くなっていったのか?」

サードの言葉に対し、警備員はこくりと頷き、今のルネサンスの現状について語りだした。

「あの女も元は人間だったんだ……だが、ルネサンス市長に夫を殺され、恨みに恨んでヴ

ァンパイアになってしまったのだ。そして、市長に復讐しようとしてルネサンスを……」

「いっその事市長の首差し出せば?楽になるんじゃない?」

ティーシェルは無関心といった感じで、ぶっきらぼうに言い放つ。それは流石に拙い、と

ガーネットやニックスが必死に口を塞ぐ。

「君達も襲われないように気をつけるんだぞ」

そう言って警備隊は忙しそうにその場から立ち去っていった。警備隊の人達は僕たちが巻

き込まれないようにと気にかけてくれたのかもしれないが、あのヴァンパイアは元々は人

間。俺には放っておく事が出来そうに無い。

「ま、確かにわざわざ巻き込まれる事も無いし。さっさとこんな町出てくに限るよね!」

「……」

「ラフィスト、お前何黙りこくって……」

ニックスが怪訝そうな顔つきで黙りこくっているラフィストの顔を覗き込む。

「どうやら……そのまさか、のようですわね」

「この事件ッ!俺達に出来る事は無いかな!」

―――と、皆が予想していた通り、ラフィストは目を輝かせて言い放った。

「嘘だろ……」




その日の夜、他に泊まっている客もいないのか人気の無いホテルの一室で、作戦会議を開

いていた。そこには至る所に魔除けが施されている。そして何故かニンニクまでもが部屋

にぶら提げられていた。あまりの臭さにティーシェルが顔を顰め、ハンカチで鼻を覆う。

ガーネットも、ニンニクを部屋に吊るした張本人のニックスを、涙目で睨んでいる。サー

ドは流石に鼻を覆ってなどはいないが、眉間の皺がいつもより深い事より、やはり臭いが

きついのかもしれない。吊るした本人であるニックスは、至って平気な顔をしているが。

「く、臭いけど……まずは作戦を立てよう!」

この異様な臭いにより、一向に誰も口を開かなさそうな雰囲気だった為、ラフィストが先

陣を切って会話を切り開く。

「だがどうする?力ずくでヴァンパイアを倒す事は容易いが、お前はそれでは不服なのだ

ろう?言いだしっぺはお前なんだ。責任もって作戦を考えろ、いいな」

サードはこんな所で足止めをくらった事もあり、非常に機嫌が悪い。にべも無く言い切ら

れてしまった為、彼の助言は当てにしない事にした。

「市長がキーパーソン、ですわね。でも……なんで市長は彼女の夫を殺したのでしょう?」

「確かに……まずは情報を手に入れるのが、先かもしれないな。それに、ヴァンパイアの

目的を知っておいた方がいいと思う。被害が大きくなる事を、防げるかもしれない」

「なら、やっぱり市長に事情を聞くのが一番だね」

「流石に……この人数で追いかけるのは迷惑ですわよね」

「だ、そうだ。……後はラフィスト、お前が適当に決めろ」

「じゃあ、俺とガーネット、ティーシェルの三人で市長の所へ行こう。ガーネットやティ

ーシェルが頼めば、話だけでも聞いてもらえそうだし。ニックスとサードは悪いけど、図

書館で事件についての記事とかないか調べてみてくれ。夕方の六時にここに戻って、それ

から集めた情報を纏めてみよう!」

「なら部屋割りは、明日行動を共にするメンバーでいいよね?……ガーネット、まさか“男

とは一緒の部屋に寝れない”なんて、言わないよね?」

「あ、当たり前ですわ!」

そう言うとガーネットはさっさと隣の部屋へ、荷物を持って歩いていく。まぁ、男と二人

っきりじゃないし、いつヴァンパイアが出るか分からない中で一人って言うのも、逆に危

険だしな……そう割り切ってラフィストもティーシェルを連れ立って隣の部屋に行く事に

した。

「ニックス、サードおやすみ。明日はお互い、頑張ろうな!」

「ラフィストー、俺を置いていかないでくれー……」

「五月蝿い、もう寝るぞ!」

サードと二人なのが嫌なのか、ニックスがラフィストに泣きついている。それをサードが

乱暴に引き剥がし、ラフィスト達に早く行けと促した。ラフィストが部屋に戻ると、疲れ

ていたのかガーネットは既に夢の中だった。ベッドの横に荷物を置き、整理していると隣

のベッドに腰掛けて、同じく荷物整理していたティーシェルが喋りかけてきた。

「明日は六時に起きて、僕が市長にアポイントとってくるよ……ガーネットはどうせ使え

ないだろうしね。ラフィストはガーネットと一緒に、質問する内容でも考えといて」

「悪いな、ティーシェル……じゃあ、今日はもう寝ないとな」

ラフィストはベッドの横に剣を立てかけると布団に潜り込み、眠りについた。




「ラフィスト、ガーネット!アポイントとってきてあげたよ!」

質問する内容を紙に書き出し、ああでもないこうでもないと言っていた俺達の所に、ティ

ーシェルが戻ってくる。

「まぁ、ティーシェル!素晴らしいですわ!……でもよくそんな簡単にいきましたわね?」

「ふふ……“市長”なんて弱みだらけだからね」

妖しげにティーシェルがクスリと笑う。その笑みは、何かいけないものでも見たような気

がするくらい、少し怖かった。

「時間はいつなんだい?」

「昼の一時。まだ時間もあるし、町でも見てこない?」

「そうですわね、何か分かる事があるかも……」

紙を折りたたんでポケットにしまい、念の為にと武器を手に取り部屋を後にした。




「ラフィー、まずどちらから行きましょうか?」

ガーネットがアイスクリームを美味しそうに食べながら言う。いつの間に買ったんだろう、

と思ったがとりあえずガーネットの問いに答える為、そうだなぁと考える。

「……っていうかさ、そのアイスなんだよ。それに、大丈夫な訳、それ!屋台のなんだろ?

腹壊しても僕は知らないからね!」

考えているラフィストの横で、ティーシェルが信じられないといった顔でガーネットに食

って掛かっている。ガーネットは美味しいですわよ、と至って暢気だ。その様子に呆れて

声も出ないのか、ティーシェルは眉を顰めて黙りこくってしまう。

「まぁまぁ、二人とも……。まずはあの女の人の家に行くのが、良いと思う。近所の人に

も何か聞けそうだしね」

「彼女の家……どこなのかしら?」

「まずはそこからか……あ」

こそこそと道の端を歩いている人を見つけたので、ラフィストはその人に聞いてみようと

声をかける。一瞬ビクッとしたが、ラフィスト達がヴァンパイアでない事が分かると、彼

女の家について教えてくれた。その人に聞いた通りに行くと、ちょうど町の裏に当たる所

に出た。表通りよりも暗く、治安も悪そうだ。

「……あそこか?」

「そうらしいですわね」

ラフィスト達の視線の先にあるその家は、小さな家だった。辺りには全くといっていい程、

人影がない。見ていても埒があかないので、閉じこもっている隣の家の人に話を聞く事に

する。

「あの、すみません……」

家の住民はドアを少しだけ開け、中からチラッとこちらを伺う。そして返事と共に、ドア

が開かれ中へ入るように促された。ラフィスト達を招き入れてくれたのは五十代半ばの女

性だった。すすめられた椅子に腰掛け、ラフィストは話を切り出す。

「あの……隣の家の人の事、何かご存じないでしょうか?」

相手は暫く黙っていたが、悲しそうに目を伏せた後ゆっくりと口を開いた。

「ヴァンパイアになった、あの子の事……だろう?」

「はい」

「あの子は優しい子だったよ……見ず知らずの人でも放っとけなくて助けちまうくらい。

それが市長に殺された旦那さんなんだけど、それはもう仲が良くてね。なのに、どうして

こうなっちまったのか……」

「……」

「あんた達、旅の人だろう?行きずりの人にこんな事頼むのは筋違いかもしれないが、お

願いだよ!あの子を……エミリを助けてやっておくれ!」

そう言うとその人は顔を伏せ、わっと泣き出した。この町には悲しい想いが渦巻いている。

これ以上、こんな想いをする人を増やしてはならないと、そう思った。




今三人は市役所の市長室の前で、約束の時間になるのを待っている。時間になり、通され

た部屋は正しく豪華絢爛で、少しばかり成金趣味であった。だが、趣味はともかく調度品

からは、かつてのルネサンスの繁栄ぶりが伺え知れる。

「いやはや……私が市長を務めさせて頂いております、ラドルフ=アルテイムです」

ゆったりとした、大きな椅子に座っていたのは、背は小さいが、腹の出た六十代後半男で

あった。何かに緊張しているのか、冷や汗をかきまくりである。

「早速だけど、僕達の質問に答えてもらうよ……市長?」

ティーシェルが市長に向かって、ニッコリと言い聞かせるように言葉を発する。そのティ

ーシェルの表情を見た市長は、一瞬体をビクッと揺すり、こくこくと何度も頷く。

「あ……あの。エミリさんのご主人の事について知りたいのですが」

ラフィストの言葉を聞いた市長が、みるみる顔を青くしていく。……やはり市長は何か隠

していると確信したが、市長はなかなか口を開こうとはしなかった。返事の遅さに焦れた

ティーシェルが市長をジロリと睨み、さっさと言えとばかりに机を蹴る。

「……あれは、アンカースの近衛隊長だった。だが、王のやり方についていけず、城を抜

け出したらしい。……さ迷い歩き、このルネサンスの近くの森に倒れていた所をエミリに

助けられたのだ」

「それで?殺した理由にはなってませんわよ」

「彼は、アンカース王国について詳しい内部情報を知っていた。だからアンカース王国は

彼を殺せと言ってきた。……勿論最初は断った。だが……」

「さしずめ“ランツフィートの二の舞になる”とでも言われて、脅されたってとこかな?

大量の金貨と一緒に、ね」

市長は驚いた形相で、ティーシェルの顔を凝視する。

「……そうだ。民の命には代えられないし、何よりその時は金が欲しかったのだ。……今

思えば、酷い事をしたのかもしれん」

「今、後悔しても……遅いんです」

確かに民の為、という気持ちもあったのかもしれない。けれど、一時の欲によって人の命

を奪った事実をラフィストは許せなかった。その想いを込めて、じっと市長の目を見つめ

ると、市長は視線から逃れるようにフッと目を伏せた。

「……私がこんな事言えた義理じゃないが、エミリを助けてやってはくれないか?それが

私の命と引き換えになろうとかまわん。頼む……」




「あーあ、また振り出しですわぁ……」

市庁舎からの帰り道を、三人はのろのろと歩いている。

「でもエミリの夫が、アンカースの者だって分かっただけでも収穫だね」

「結局、エミリの目的って何なんだろうな……」

「知りたいか?」

「え?」

返るはずの無い返事に驚き、後ろを振り返る。そこにいたのは、まぎれもなくエミリだっ

た。三人は急いで相手と距離を取り、戦闘体勢に入る。

「別に構える必要は無い。お前達とやりあおうなんて思ってなどいないからな。私は、夫

を生き返らせる為に悪魔と契約をした。仲間になって、大量の贄を捧げれば生き返らせて

くれると、奴はそう言っていた。……あの時お前達が間に入らなければ、贄は集まった!」

「まさか……これから」

「生贄になった人の家族はどうするんですの!そんな事して、あなたの夫が喜ぶとは思え

ませんわ!」

ガーネットの言葉に、エミリの姿が人間に戻っていく。その目から涙が一筋頬を伝い、地

面へと吸い込まれる。

「そんな事……わかってる。だけど、愛してるの……彼を」

それだけ言うと、エミリは苦しみだし、その姿は再びヴァンパイアへと戻っていた。

「だから、今度は邪魔をさせない!」

「……ラフィスト、事が事だ。放っておいたら大勢の人が死ぬかもしれない。悪いけど、

やらせてもらうよ!」

「ティーシェル、やめろ!」

ラフィストの静止より早く、ティーシェルは杖を向けて炎の塊をエミリへと放つ。しかし、

炎の中に人影は無く、エミリは既に逃げた後であった。エミリは無事だ……そう確信し、

ラフィストは思わず安堵の息が漏れた。

「……ラフィスト。言っとくけど、僕は間違った事をしたとは思ってないよ。いつ町の人

が生贄にされても、おかしくないんだから」

「わかってる。……でも、出来れば彼女を人間に戻してあげたいんだ」

ラフィストの言葉にティーシェルが諦めたかのように溜息をつくと、頭を振った。

「ふぅ……甘いね、君は。まあ、いいや……乗りかかった船だし、彼女を人間に戻す呪か

何か、探してあげるよ」

「すまない」

「とりあえず、宿に戻って二人に報告しませんこと?」

自分一人放っておかれた事に腹を立てているのか、少し不機嫌な顔をしたガーネットが二

人の腕を引っ張る。分かりやすいガーネットの機嫌に、ラフィストとティーシェルがプッ

と噴出すと、ますますガーネットはぷくーと頬を膨らます。

「何だか二人とも、感じ悪いですわ……」

そう言うと、ガーネットはくるりと背を向け、ずんずんと宿へと戻っていく。そのガーネ

ットの後ろをラフィスト達が小走りに歩き出す。宿に着き、扉をノックしてサードとニッ

クスの部屋に入ると、二人はもう既に話し合いを始めていた。ラフィストとガーネットは

サードとニックスが話し合っている近くに行き、話し合いに混じる為その場に腰を下ろす。

ティーシェルだけは一人皆から離れたところに座り、本を開き読み始める。

「何か、わかったのか?」

「おう!図書館での調査と、聞き込みのお陰でな!ヴァンパイアの夫の名前はセクルード

ってんらしいんだが、どうやらこいつ元アンカースの野郎らしくてな。んで、どうやら手

記を残してるらしいんだ!……どこにあるかまではわかんねえけどな」

「きっと、エミリが持っているんですわ」

「……エミリ?」

誰だと言わんばかりに、サードがガーネットに問いかける。ヴァンパイアの名前だと説明

すると、納得したのか、はたまた興味が失せたのか適当な相槌だけを返してきた。その頃

になって漸く一人本を読んでいるティーシェルの存在に気が付いたのか、ニックスが大声

を張り上げる。

「ティーシェル!お前も本なんか読んでないで、話し合いに加われよ!」

「う・る・さ・い・な!……あのね、そのエミリを人間に戻す呪文を覚えてるの。邪魔し

ないでよ!それに、会話の内容なら頭にちゃんと入ってるから心配は要らないよ」

「人間に戻すって……マジか!?」

「俺がティーシェルに頼んだんだよ。それが、一番いいと思ったから」

本を閉じ、ティーシェルが皆の輪に近寄ってくると徐に口を開いた。

「……馬鹿はほっといて。彼女を元に戻すには、まず彼女を使役しているヴァンパイアを

倒さなければならない。勿論、その場に彼女がいられても困る」

「つまり、囮役と戦闘役か」

「ふふ……サードは話が早くて助かるね。どっかの馬鹿と違って」

「おい、さっきから聞いてりゃ人の事、馬鹿馬鹿って……っ!」

「否定はしませんのね……ニックス」

ニックスがティーシェルの毒舌にむきになり、その隣でだから付け込まれるとばかりにガ

ーネットが呆れ返る。

「なら俺とティーシェルで誘き寄せよう。その間に三人で使役しているヴァンパイアを倒

しに行ってくれ。倒したらティーシェルがエミリを人間に戻すから、直にこの爆弾で合図

を送って欲しい」

「おそらく、そいつはエミリの家のどこかにいると思う……大抵は契約を交わした所に潜

んでいるからまず間違いない」

「なら後で、場所を確認しなければな」

「あら、私が覚えてますから大丈夫ですわよ?」

だから不安なんだと言わんばかりに、サードがガーネットの方を見る。確かに、ガーネッ

トはエミリの家に行く時はアイスを食べるのに夢中になっていたし、その気持ちは分から

なくは無い。ほぼ十中八九覚えていないだろう。サードは既に覚えていないものとみなし、

部屋の引き出しから町の地図を取り出して、ティーシェルにエミリの家への道筋を聞いて

確認している。

「あ、ラフィスト」

「何?」

サードと地図を眺めていたティーシェルが、ラフィストにこいこいと手招きする。

「明日、僕らはエミリを誘き出さなくちゃいけないだろ?そこで!明日はこの広場で、君

に芸をしてもらうから!!」

「げ、芸だってー!?」

「エミリが言ってたじゃないか、まだ贄が必要だって。だから、芸をして人を集めて、エ

ミリを誘き寄せる……ふふ、完璧だね」

「でも……そんなに上手くいくの?」

「いく!っていうか、いかせてみせる!」

「ティーシェルも……芸をするんだよね……?」

流石に一人で見世物をするのは避けたい。そう思い、ラフィストは恐る恐る伺う。そんな

ラフィストに、ティーシェルはまさかとばかりに目を見開く。

「何言ってんの?僕はパンピーを守るっていう使命があるの。呪文も大変なんだ。あの呪

文は弱すぎても駄目だし、強いと本体を消してしまうからね!……と、言う訳で呪文に集

中したいから一人でよろしくね」

「ラフィー……芸なんて出来るんですの?」

「まさか……」

「全く使えないね……よし、歌だ。歌でいく。適当に武勇伝でも語っとけ!」

拒否は許さんとばかりに、ビシッと言い切られ、ラフィストは観念したかのように溜息を

つく。

「それより、一つ気になる事がある」

サードの言葉に皆の視線が彼に集まる。

「エミリの夫、セクルードの葬式がまだだと町で聞いた……未だに葬式が執り行われてい

ないなんて、おかしくないか?」

「確かに……これは、何かあるかもな」

市長はセクルードの事を殺したと言っていたが、実際に死体を見た訳ではなかった。もし

かしたら、人々の与り知らぬ所で、何かが起こっているのかもしれない。

「なるほど……」

「ん、何か分かったのか?」

ティーシェルの呟きを聞き取り、ニックスがティーシェルに話しかける。

「別に。何でもないよ」

訳知り顔だが、追求を許さないといった雰囲気を放ちながら、ティーシェルがさっさと部

屋を後にする。その後に続き、ラフィストとガーネットも部屋へと戻っていった。




次の日の朝、ラフィストはティーシェルに朝の四時に叩き起こされた。本人は事前の確認

をする為だとか言ってはいたが、ラフィストの歌がどんなものなのか気になった、という

のが本音だろう。それというのも、さっきから何回もティーシェルの前で歌を披露してい

るからだ。しかし、歌えど歌えどティーシェルは顔を顰めるばかりなので、ラフィストと

しても何と言ったらよいか分からないでいた。

「……ラフィスト。君って奴は、満足に歌の一つも歌えないの!?」

「し、仕方ないじゃないか!……俺だってまさか、こんな事をする羽目になるとは思って

も見なかったんだから!」

自分の歌の下手さ加減は自分で良く分かっている。そこに更にこてんぱんに言われ、ラフ

ィストはすっかり弱腰になってしまっていた。

「だ、大体……人の事を言う前にティーシェルの方はどうなんだよ」

「―――……ティーシェルは、武術以外はパーフェクトですわよ」

ベッドからもぞもぞと顔を出したガーネットが、眠たそうに呟く。どうやらラフィストの

声によって、起きてしまったようだ。

「まぁね。だてに司教の息子なんかやってないって」

ほら、さっさと続けると言わんばかりにティーシェルが練習を催促するが、ガーネットが

これ以上聞かされては堪らないとばかりに耳を塞ぎ、口を開く。

「ですけど、歌がこんな具合でしたらエミリだけではなく、市民まで逃げていくような気

がしないでもありませんわ……」

ガーネットの止めと思われる言葉に、歌うのを止めラフィストは一人いじけ始める。その

様子に流石のティーシェルも諦めたのか、別の打開策を考えてる。

「うーん……ラフィスト。君、何か特技って無い訳?」

「いっその事、サードかニックスと交代させてはいかが?」

「サードに特技があるとは思えないし、ニックスは個人的に嫌。っていうか、絶対に作戦

に支障をきたす」

「困りましたわね……」

二人が真剣に悩み、相談している間ラフィストは必死になって、故郷でやっていた事を思

い出していた。妹のジュリアと一緒になって遊んだ日々……町の仲間と夢中になってはま

った事。これらの思い出を思い出すうち、一つ思いついた事があった。

「あ……あったかも」

「え、何!?何でもいいから言ってみて!」

ラフィストの言葉にティーシェルが必死になって食いついてくる。ガーネットの方も興味

津々といった感じだ。

「昔さ、俺の町に旅の一座がやってきて、マジックがはやってさ。友達と専門分野を決め

て、マジシャンの真似事なんかやったりして……―――」

「あのね、昔話なんかどうでもいいから。で、何が得意なの?」

昔の思い出に浸りかけていたラフィストを、ティーシェルが現実へと呼び戻す。

「俺の専門はカードでさ!あ、今ちょっとやってみるな!」

うきうきと懐から、ラフィストがカードを取り出す。

「何だか随分と準備がいいですわね……」

ラフィストの浮かれた様子に気味悪がっているティーシェルに、ガーネットが耳打ちする。

「ガーネット、悪いけどカード切ってもらってもいいかな?」

不思議そうにカードを切るガーネットを、ラフィストは満面の笑みを浮かべてみている。

その笑みに、ティーシェルが更に顔を引きつらせた時、カードを切り終えたガーネットが

ラフィストへとカードを渡した。

「カードには、何の仕掛けも無いよな?―――……いくぞ!」

バラバラに投げたカードが、ピーンと一直線上に空中を浮いている。ガーネットは驚きの

あまり、目を丸くしてその光景を眺めている。

「す、凄いですわ!ラフィー!」

「まあ、こんなもんかな。……どう、ティーシェル?」

ガーネットの反応にやった、と思いながらもいまいち反応の薄いティーシェルの顔色を伺

うように、ラフィストはティーシェルの顔を覗き込む。

「……ラフィストにしては、まあまあなんじゃない?とりあえず、これでいこう」

「じゃあ、予定通り八時に作戦開始だな」

「じゃあ、それまでカードの練習でもしててよ。……僕はちょっと出かけてくる」

「どこに行くんですの?」

「ま、ちょっとね。七時半には戻るし、心配しなくていいよ」

と言うと、薄手のマントを羽織り、杖を手に取るとティーシェルは部屋を出て行った。




「確か、この辺りだったかな?」

サードの話を聞いた後、こっそり宿を抜け出し調べた場所にティーシェルは立っていた。

ここはセクルードと親しかったという、友人キルギスの家だ。こういう時は存分に社会的

地位を使うところだよね、と一人考えながらドアをノックする。

「―――ごめんください。カダンツの司祭の者ですが」

思った以上に素性を名乗ったのが功を奏したのか、扉はあっさりと開かれた。

「入るなら、早くお入り下さい」

こそこそと、何かを隠すような態度にこれは何かあると直感する。相手の反応を鋭く観察

し、色々な事態に備えたが、結局テーブルにつくまで何も起こらなかった。わざわざお茶

を入れてきたキルギスが、テーブルについたのを見計らって話を切り出す。

「聞きたい事がある……君、セクルード将軍を匿っているんじゃない?」

秘密の確信に触れられ、動揺したのかキルギスの肩がほんの少し揺れる。

「安心して。僕は敵じゃない……彼を、セクルード将軍を助けるために来た」

ティーシェルの言葉に、キルギスがばっと勢いよく顔を上げる。

「じゃ、じゃあ!彼を助けてやって下さい!彼は……」

「それは構わないけど、まずは彼の元に案内してくれるかな?」

意を決したようにキルギスが立ち上がり、部屋にある棚をずらす。すると、そこから地下

への階段がのびていた。

「こちらです」

キルギスに促され、ティーシェルは杖を手に取り、地下への階段を下っていった。

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