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−エピローグ1−


ワープによって一瞬のうちにグランの船に戻ると、丁度甲板に出ていたグランがラフィス

ト達に走りよってくる。

「キルトー!生きて帰ってきたんだなー!」

再開を喜ぶように、グランはキルトの頭を抱え込むと、再開を喜ぶように己の拳でグリグ

リする。キルトも痛えなこの野郎、と文句を言いつつもそれを振りほどかないのは、こそ

ばゆい気持ちがあったのかもしれない。このようなやり取りを続けながら、グランは視線

だけラフィスト達の方へ向けると、これからツァラの港に戻ればよいのか尋ねた。彼にア

ンカースに向かって欲しいと告げると、グランは了解の返事をし、操舵室へと戻っていっ

た。キルトがその隣を歩き、二人で泊まれる港について話し始める。これからはただ、ア

ンカースまでのんびりと向かうだけだ。何て平和なのだろうと、ラフィスト達は思う。

「……海が、穏やかだな」

「何かこういうの……落ち着くわね」

「でも、この旅も……終わりですわ」

「まあね。でも、会えない訳じゃないし?」

「そうだな」

眼前に広がる穏やかな海を眺めながら、各々の気持ちを呟く。暫く甲板でそうやってぼん

やり海を眺めていると、船が動き出した。それと共にラフィスト達の眼前の景色も、少し

ずつ彩りを変えていった。海が様々な色に、キラキラと輝く。頬を撫でる潮風が、とても

心地良い。時折聞こえる海鳥のさえずりが、美しく響き渡る。世界に元の輝きが戻ってき

たのだと、ラフィストは感じていた。




一向は何事も無くアンカースに到着すると、グランと別れて城下町を歩いていく。元凶で

あった魔導士がいなくなったとはいえ、相変わらずアンカースの城下町は未だ活気が無く、

閑散としたものだった。すぐに元通りになるのは無理だろうが、これから先この城下町に

も活気が戻る事だろうと、ラフィストは思う。

「もっと勇者って、人々に歓迎されるもんだと思ってたぜ」

ラフィストと異なり、ニックスが素直に不満を漏らす。そんなニックスの背をバンと叩き、

マキノが笑って慰める。

「いーじゃん、こーいうのもさ!世界を救ったのは、確かよ?」

「皆、御苦労だったな」

城の前に到着すると、城門の前で、グレイスとテレーズの二人が出迎えてくれていた。二

人はラフィスト達に労いの言葉をかけると、優しい笑みを彼らに向けた。

「グレイスさん……あ!ジュ、ジュリアは!」

「落ち着け、ラフィスト君。あの後、彼女は大分混乱してしまってね……今プギューのス

リープガスで眠っている所だ。城内で休ませているから、起こしに行ってくるといい……

君は、充分に役目を果たした。これからは君の想いのままに、生きるといいだろう」

「ラフィー、行ってあげてくださいな」

ガーネットや仲間達に口々に諭され、ラフィストは軽く頷いてその場を後にした。もうこ

れからは、何のしがらみに囚われる事も無い。兄妹の空白を埋める時間も、充分にある。

そう思うと、自然と足取りが軽くなる。そんなラフィストの背を見つめ、それぞれがこれ

からの己が身の降り方に、想いを馳せていく。

「これからの生活かぁー……。ニックス、あんたはやっぱり……」

「学校、だよな!」

「そ……だね!」

今までの生活を再開させようとニックスとマキノが話している横で、テレーズがティーシ

ェルの手を取り、微笑みかける。

「ティーシェル、よく頑張ったわね……」

「母、上……」

テレーズはゆっくりと我が子を引き寄せると、しっかりとその胸に抱きしめた。そこにグ

レイスが近寄り、そっとティーシェルの肩に手を乗せる。寄り合う親子の姿を少し羨まし

く思いながらナディアが眺めていると、その視界の隅に城の中に駆けて行くサードが映る。

「サード、どうしたのよ……って……あー、アデルか」

ナディアの声にも振り返らず一目散に城に駆けて行ったサードは、城の中を駆けずり回り

アデルの姿を探す。すると薄暗い部屋の中に、それらしき姿を見つけた。彼の名を呼ぶと、

部屋の中の人影が自分の方に振り返った。部屋の中からサードの方へ歩み寄ってくる彼の

姿は、紛れも無くアデルのものだ。

「おー!サードじゃないか!よく頑張ったな!」

暢気そうに笑うアデルに向かって、サードが突進する。これは予想外だったらしく、アデ

ルはその当たりをもろに受ける。

「ゲフ!い、痛いじゃないかー!ゲホッ!」

「ハハ……ハハハハハ!ハハハ……」

「何だよ、サード……失礼な奴だな。フフ……ハハ……!」

彼らの笑い声が、辺り一帯に響き渡る。

「はー、おかし……こんなに笑うのは久々だよ。あ、あの魔石は役に立ったかい?」

「ああ、凄く。……ところでアデル、やる事って?しかも、食料庫で……」

「おー、そうだった。んーと……だね」

徐に後ろの袋に手を伸ばし、サードの眼前に突き出す。そしてにんまりと笑いながら、こ

れ何だ、とサードに問いかけた。突然のアデルの問いに、サードが頭に疑問符を浮かべて

いると、アデルはチッチと手を振ってサードは相変わらず鈍いなと言う。自分は鈍かった

のだろうかとサードが自問自答していると、アデルが質問の答えを述べた。

「食料に決まってるじゃないか」

「でも、何の為に……」

「はあ?旅するんだろう?今までの旅の続きだよ。この三日間の間に、城内外での戦後処

理はロイド王子と共に済ませてあるし、旅の許可もちゃんととってある。―――……まぁ、

男二人ってのも何とも哀しいがねぇ。今、他の隊員はいないが……」

「ああ。俺は別に満足だ」

お互い顔を見合わせ、笑みを浮かべながら軽く拳を合わせた。




「ティーシェル……やはり、考え直さないのか?」

ここに残ると言うティーシェルに対し、何度もグレイスが問いかける。

「うん……やっぱり僕は、カダンツの司祭だしね。今更よく知りもしない神界に行くって

いうのもなんだし」

それに、と付けたし、チラリとナディアの方を見る。

「ナディアが、傍にいるしね」

「ティーシェル……」

二人の様子を複雑そうに眺めてから、グレイスがゆっくりと頭を振り再度口を開いた。

「わかった……もはや何も言わん」

「ティーシェル、いつでも遊びにいらっしゃい……勿論その子もつれて」

少し寂しそうにそっぽを向き、ムスッとするグレイスの隣でテレーズが微笑む。そして続

けざまに、あなたが私達の息子である事に変わりはないのだと告げた。

「ああ、そうだ。ラフィスト君に伝えておいてくれないか。創生の剣は、再び神界におい

て封印しておくと」

「わかりました」

「では、また会える事を祈っている……」

「素敵な大人になってね」

そう言い残し、二人はその場から姿を消した。ティーシェルの横で、ナディアがポツリと

行っちゃったねと呟く。それに対してティーシェルは、いいんだよ、と言った。

「だって、いつでも会えるんだから」

こう言い切り、ふわりと笑う。その笑みにつられて、ナディアの顔にも笑みが浮かぶ。

「ナディアには、色々手伝ってもらうからね」

「何よそれ」

先程までの笑みが消え、ナディアの眉間に皺がよる。

「ん?うちにいる限りは当たり前でしょ?」

彼の言葉に眉間の皺をより一層深くし、大きく口を開いて抗議をしようとするが、口から

出てきたのは怒声ではなく溜息と苦笑だった。もう、仕方ないわねと告げると、彼女はに

っこりと微笑んだ。




皆がそれぞれのおもいに浸っている時を見計らい、キルトは踵を返して一人アンカースの

城下町を歩いていた。自分がやるべき事はもはやないし、彼らと関わる事ももう無いだろ

う。グランには既に話をつけてあるから、彼はまだ港で待っているはずだ。後は、船に戻

ってアンカースを発ち、このまま姿を眩ますだけだ。そう思って鼻歌交じりに歩いている

と、背後から誰かに呼び止められた。

「キルト……何処へ行くんですの?」

キルトには振り返らずとも、この声の主が誰だか分かった。ばれない様注意は払ったつも

りであったが、そう上手くはいかなかったらしい。振り返り、その人物と向かい合う。

「姫君か……誰にも気付かれないように行こうと思ったんだが……」

「?」

「失敗だな」

ニヘッと、顔に愛想笑いを浮かべる。

「誤魔化さないで」

愛想笑いを浮かべたキルトに、厳しい目を向けるガーネット。彼女は人の汚い部分を知ら

ない。自分自身の心に偽る事無く、いつだって真っ直ぐだ。だからこうも強く、眩い光を

瞳に宿しているのだろう。まるで自分とは正反対だと思い、さっと目を逸らす。いつも何

処かに逃げ道を用意している弱い自分に、その瞳を直視する事は憚られた。ほんの少し自

嘲の笑みを浮かべながら、キルトは口を開く。

「トレジャーハンターに戻って、旅に出るのさ。それが元々俺の仕事なんだし、当然だろ?」

口から出たのは、ただの口実だった。仲間だ何だ偉そうな事を言っておきながら、その実

強い繋がりを持つ事を一番恐れていたのは、他の誰でもない自分だ。繋がりや想いが強け

れば強いほど、それを失った時の喪失感は計り知れない。もう二度と、そんな想いをする

のはごめんだった。だから、離れられるうちに離れようと思った。それなのに、その繋が

りがまだ、目の前にいる。ここで彼女を突き放して、断ち切るのは簡単だ。幼い彼女を突

き放すだけの術を、キルトは持っている。しかし、彼女の瞳がキルトにそうさせなかった。

「何故……キルトはトレジャーハンターなんかに……?」

「……そういや、トレジャーハントの目的言った事無かったな。なった理由は、前にサー

ドとアネさんに言ったけど」

キルトは不思議だと思った。彼女は理屈じゃなく別の部分で、彼女よりも口が達者なキル

トから、言葉を引き出している。こういった己のありのままをさらけ出させる力は、一種

の才能だと思う。彼女の想い人であるラフィストにも、そういった所がある。この二人が

共に歩めば、きっとグラン王国は良い国になるのだろうと、頭の片隅でぼんやりと思った。

「幻の霊鳥、ルーの羽と、伝説の秘宝、オーガニックルビーを探してんだ。一応後者の方

は見つかったんだが、前者はまだ……な」

「その二つを、どうするんですの?」

「羽飾りを作って、ある人にあげるのさ……まぁ、そいつはもういないけどな」

「それって……」

「そう、無意味だろ?別段、意味があって探してるんじゃない。これは俺の自己満足なん

だ……あの人への未練を断ち切る為の、ケジメでもあるけどな」

「キルト……」

「じゃ、そろそろ行くぜ姫さん!ラフィストと仲良くしろよ」

くるりと踵を返し、今度こそ振り向かずに歩き出す。そんなキルトの背に、ガーネットが

大きな声で叫んだ。

「キルト!また、皆で会いましょう!―――……二年後。そう!二年後に世界樹の島で!」

振り返らず、キルトがどんどん歩いていく。ガーネットはその背に、何回もキルトと名を

呼び続けた。キルトの右手が上がり、その手が振られる。諦めに似た表情が浮かんだガー

ネットの耳に、覚えとくよという言葉が届いた。きっと、それが彼の精一杯の誠意なのだ

ろう。その言葉を最後に、彼の姿はガーネットの視界から掻き消えた。

「約束……ですわよ」

キルトの耳に届く事が無いと分かっていながら、ガーネットは彼に向かってこう呟いた。

彼女は信じていた。自分達は離れていても繋がっている。今は別れたとしても、いつかま

た、再び会う日が訪れる。その想いは、きっとキルトにも伝わっていると。




城内の長い廊下には、ラフィストの足音だけが響いている。その音は、最初はゆっくりで

あったが、少しずつ早くなる。そのリズムが、これからの日々を待ち遠しく思うラフィス

トの心情を、切に表していた。廊下の角を曲がると、突然ラフィストの眼前にもの凄いス

ピードで何かが飛び出してくる。急な事に避けられるはずも無く、ラフィストはそれと顔

面激突してしまった。

「うわっ!」

「プ……プギュー……」

反動で後ろに倒れたラフィストが前を見ると、そこにはプギューが申し訳無さそうに鳴き

ながらフワフワと浮いていた。苦笑しながら立ち上がると、プギューの頭をポンッと叩い

てやる。微かにプギューを呼ぶマキノの声が聞こえたので、ラフィストが行ってこいと一

撫ですると、プギューは再び猛スピードでその場から去っていった。プギューを見送った

後、ラフィストはジュリアがいると聞いた部屋の中に入る。ベッドで眠っているジュリア

にそっと近づき、ラフィストは優しく呼びかけた。

「……ジュリア」

「……んっ……」

ジュリアの瞳が、ゆっくりと開かれる。

「ジュリア、おはよう……大丈夫だったかい?」

「お、お兄ちゃん!夢じゃない……んだよね?消えたりなんか、しないよね?」

「勿論さ……これから沢山、話をしよう」

ぼろぼろ涙をこぼし始めたジュリアをそっと抱きしめてやると、それを皮切りにジュリア

はえんえんと泣き始めた。今まで心の内に抑えていたものがあふれ出したのか、ラフィス

トの頬にも自然と涙が伝う。暫くそのまま抱きしめた後、自身の涙をジュリアに見えぬよ

う袖口で拭い、ラフィストは指の腹でジュリアの涙をそっと拭ってやる。そして、ジュリ

アにニッコリと笑いかけた。

「ジュリア、行こうか」

「うん!」

ジュリアに仲間達を紹介してやろうと、ラフィストはジュリアの手を取った。気の良い仲

間が多いから、きっとジュリアも話が弾む事だろう。部屋を出て廊下を歩きながら、仲間

の中にはあのニックスもいるのだと、ジュリアに教えてやった。懐かしい名前に、ジュリ

アの顔から笑顔がこぼれる。ジュリアと二人、話しながら歩いていると、その途中でロイ

ド王子とばったりと出くわした。

「あの、ラフィスト……」

「……ロイド王子」

「改めてお礼を申し上げます……この度は本当に、ありがとうございました」

ロイド王子に深々と頭を下げられ、ラフィストは思わず恐縮してしまう。

「いえ、俺は何もしていません。貴方が強い意志と、優しい心を持っていたから……貴方

を助けたのは、貴方自身です」

「そんな……―――」

「それより王子。これからは王子が王となって、この国を立て直すのでしょう?……お一

人で、大丈夫なのですか?」

ラフィストの言葉に、ずっとロイド王子の傍にいたジュリアが、心配そうな目でじっと彼

を見つめる。しかしラフィストの心配を余所に、ロイド王子の返答は迷いなどなく、確固

としたものだった。

「私は大丈夫です。いつかはアデルとサードが旅から戻ってきますし、それまではカダン

ツの司教のアルベルト様が御力を貸して下さると……それに、私はこの国が好きですから。

この国の為なら、いくらでも頑張れます」

どうやら、ラフィストが心配するまでも無いようだった。彼の決意を聞き、心配そうに見

ていたジュリアが安心したように笑う。どちらとなく手を出すと、ラフィストとロイド王

子は固く握手を交わした。

「これから発たれるのでしょう?せめて、お見送りだけでもさせて下さい」

「ロイド王子……ありがとうございます」

見送ってくれるというロイド王子と三人、城内を歩き城門前まで出ると、そこでは仲間達

が話をしているようだった。ニックスが真っ先に気付き、ラフィストの元へ駆け寄ってく

る。ニックスがジュリアに声をかけている時に皆の顔をさっと見渡すと、ラフィストはい

ない人物がいる事に気が付いた。

「……あれ、キルトは?」

「さあ?」

知らないと言った後、その辺にいるんじゃないかとニックスが返す。他の皆に聞いてみて

も、返ってくるのは生返事だけだった。流石に気になり始めた仲間達が周囲に目を走らせ

始めると、ガーネットがポツリと口を開いた。

「キルトなら……もう行ってしまいましたわ」

「え?」

「もう行ったってどういう事?」

「……トレジャーハンターに戻ったという事か?」

突然の事に皆が疑問符を浮かべる中、サードが落ち着いた様子でガーネットに聞き返すと、

ガーネットはコクリと頷いた。

「ええ、幻の霊鳥の羽を探しに……一応、引きとめはしたんですけど」

「駄目だった、か」

今いないという事は、そういう事なのだろう。そう思い、ラフィストはふぅっと一つ溜息

を漏らす。その事実に、他の仲間も複雑そうな表情を浮かべる中、でも、と力一杯叫びな

がら、ガーネットが更に言葉を続けた。

「二年後に、また皆で世界樹の下で会いましょうと、言っておきましたわ!―――……で

すから、私達も」

「……そうだな」

「二年後、か……。うっしゃー!それまでにもっともっと強くなってやるぜ!」

ニックスがガッツポーズをし、叫ぶ。

「じゃあ二年後に、女の子以外の皆でフォートレスの大会に出るっていうのは?」

「んんー?いいのかよ、ティーシェル!お坊ちゃまなお前がそんな事言って!……はっき

し言って、勝ち目は無いぜ〜?」

「は?何言ってんの!カダンツに帰ったら、修行や新しい術を作ったりするに、決まって

るでしょ!僕の優勝だね」

ははんと鼻で笑いながら、ティーシェルがニックスの言葉に非を唱える。その瞬間、一同

の間に笑い声と、ニックスの苦虫を噛み潰したような声が響き渡った。

「……二年後か。楽しみにしている」

サードがアデルに声をかけ、荷を肩にかける。そして、そろそろ俺達も行くと、ラフィス

ト達に告げた。

「……ラフィスト。また二年後に、一戦交えよう」

「サード……ああ!今度は負けない!」

不敵な笑みを残し、サードとアデルが去って行く。

「サードー!頑張れよー!」

ニックスの大きい声が、響き渡る。それに続くかのように、他の仲間達もサード達の姿が

見えなくなるまで別れの言葉を叫び続けた。サードの姿が見えなくなった途端、ニックス

を中心に他の仲間達がワイワイと騒ぎ始める。ラフィストはその様子を笑ってみていたガ

ーネットの手をそっと握ると、ガーネットに向き合い、話し始めた。

「ガーネット……グラン王国に帰ったら、君のお父さんに言おうと思ってる事があるんだ」

「何……?」

ガーネットが息を呑む。少しの沈黙が下りた事で、二人の間に緊張が走る。

「ガーネット……君を、俺に下さい……って」

「ラフィー!」

目に涙をいっぱい浮かべ、ガーネットがラフィストに抱きつく。ラフィストは彼女の身体

を抱きしめると、その耳元に囁いた。

「ガーネット、好きだ。―――……やっと、言えたね」

「私も、私も大好きよ!ラフィー!」

「いよ!御両人!」

「おめでとー!」

いつから聞いていたのか、先程まで騒いでた仲間達が次々に祝福の言葉をかける。二人は

真っ赤になりながらも、満面の笑みを浮かべてその言葉を受け取った。

「いーなー。私にもいつか王子様が……」

ラフィスト達の幸せそうな笑顔を見てマキノがポツリとこう呟き、一人空想の世界へ旅立

つ。それは、隣にいたニックスの耳にもちゃんと届いていた。それを聞いたニックスは、

ロイド王子に近付いていく。

「王子!ちょっ……耳を貸してくれ……じゃない。貸して下さい!」

「は、はい?」

ニックスは不思議そうな顔をするロイド王子を手招きして、ほんの少し屈ませると、その

耳にそっと耳うちする。

「あ、あの!その……アンカース産のルビー、持っていらっしゃいませんか!」

「はぁ……ルビーですか……」

「声がでかい!」

実際には、ロイド王子より耳うちしているニックスの声の方が大きいのだが、そうと気付

いていないニックスは急に驚き、ロイド王子の耳元で叫ぶ。突然耳に入ってきた大音量に

ロイド王子が頭を抱えると、彼らのやり取りに気が付いたマキノが近くへと寄って来た。

「だ、大丈夫?王子さん!ちょっとー、ニックスゥー!何すんのよー!」

「う……すみません!」

慌ててニックスが謝る。そんなニックスにロイド王子は気にするなと述べると、自身が身

につけているブレスレットを外して、ニックスに手渡した。

「へ?」

「どうぞこれを持って行って下さい」

「い、いや!こんな高そうな……」

「いいんですよ。あなた方にはいくら礼を言っても、言い足りない位なのですから。これ

位、取っておいて下さって構いませんよ」

「わー!ありがとうございます!」

最初は遠慮していたニックスだったが、ロイド王子の言葉でありがたく受け取る事に決め

たらしい。ニコニコ笑いながらブレスレットを受け取っていた。そんなニックスを、マキ

ノが嫌そうな顔でジッと見つめている。

「ちょっとー……さっきから聞いてたら……何よ、ニックスったらはしたないわねー」

「いい!マキノ、ほら!」

ニックスは急に向きを変え、ブレスレットをマキノに差し出す。その行動が予想外だった

らしく、マキノはニックスをポカンとした表情で見ていた。

「その、ルビー……欲しいんだろ?」

黙り込んでいるマキノを伺うようにニックスが尋ねるが、マキノは一向に口を開こうとは

しない。そのやり取りを遠目から眺めていたティーシェルとナディアは、心の中で何て馬

鹿な男と毒づいた。どんなにちっぽけな物でも、本人からの贈り物に価値があるのだ。い

くら高価なルビーでも、こんなプレゼントではロマンの欠片もないだろう。どうなる事や

らと周囲が眺めていると、マキノがそっとルビーのブレスレットを手に取った。

「本当は、ニックスのを貰いたかったんだけど……貰い物じゃなくて!……ったく、ロマ

ンの欠片も無いのね!」

マキノの言葉に、ニックスがあからさまに肩を落とす。そんなニックスの姿を見てマキノ

は苦笑すると、更に続けた。

「……でもそこがニックスらしいわ。うむ、このルビーはあずかろう!」

「あず……かる?」

「そ。ニックスが自分の力で手に入れたルビーをくれるまで、ね。あー……それと、私に

言いたい事は?」

ニックスの顔が赤くなったり、青くなったりする。マキノにばれていた事実にニックスが

ドモリ始めると、顔を真っ赤にしながら口を開いた。

「好ーき……でだぁ……」

マキノの反応のなさに、ニックスの顔が赤から青へとどんどん変化していく。少しの沈黙

の後、マキノは笑ってもう少し痩せたらね、と答えた。ニックスはその意味を理解した途

端、急に元気になって辺りを飛び回り始める。それをキリが無いとばかりに、ティーシェ

ルが杖で小突いて止めに入った。

「嬉しいのは分かったから、少し落ち着きなよ。……ああ、それと一国の王子から物をせ

びり取ったのは、君が最初で最後だろうね……」

「なっ!……わ、悪かったな!」

「ははは……さ、そろそろ俺達も帰ろう!……ロイド王子、それではまた」

「ラフィスト。……ええ、また会いましょう」

ロイド王子に見送られながらラフィスト達がワープした場所は、トラートだった。久々に

見る故郷の風景に、ニックスがうおー、と叫んでいる。その横では、女の子三人がそれぞ

れ別れを惜しんでいるようだ。

「ラフィストも、もっと強くなれよ!」

「ニックス、お前もな」

「ま、僕の足元には及ぶ位になってよね」

「な!……お前、最後までそんな調子だよな……」

ニックスの言葉で気を悪くしたのか、ティーシェルが僅かに眉を寄せる。手招きでガーネ

ットとナディアを呼び寄せると、簡潔に別れを述べてさっさとワープで行ってしまった。

「あっ!……いっちまいやがった……―――」

「ニックス!」

「何だよマキノ」

振り向いた所を狙い済ましたかのように、マキノのデコピンが当たる。

「ボーっとしてるヒマ、ないでしょ!ほら、修行するわよ!」

「お、おう!」

二人にとって、これからが全ての始まりであり、スタートなのだろう。己が求める強さも、

恋も全てはまだ始まったばかりなのだ。

「二年後、応援してあげるから優勝しなさいよ!」

「任せとけ!」

青い空の下、二人は一斉に走り出した。

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