−三十七章−〜最終決戦〜
「……我の邪魔をするのは誰じゃ。お前は……そうか、グレイスめが我の邪魔立てをしよ
うと、そちらを寄越したのか」
突如目の前に現れた女性が、ラフィスト達を見据えて言った。
「お前は……」
「おめーは何者だ!」
一歩前にズイッと踏み出し、ニックスがラフィストの言葉を遮って女性に突っかかる。こ
の状況で考えられる答えは一つしかないだろうに、ニックスはわかっていないらしい。そ
んなニックスを見て、サードとティーシェルが脱力している。
「ニックス……。君って、本っ……当に馬鹿!」
「ここまでくると、怒る気も失せるな……―――」
「ほう、そちらは気付いているようじゃな。我は世界樹……世界を司るもの。即ち、全て
の源である。……わかったか?愚かなる者よ」
「な、にー!」
世界樹の物言いにいきり立ったニックスが、突っかかっていく。世界樹は身体から風圧の
ような物を放つと、いとも容易くニックスを吹き飛ばした。
「愚者に話す事など無い。我は今忙しいのだ……邪魔をするな」
「ニックス!」
マキノとガーネットが急いでニックスに駆け寄る。幸い怪我は深くなく、軽く地面とぶつ
かった程度であった。心配する二人に、ニックスは大丈夫だと答え、立ち上がる。
「時にラフィスト。今一度選択権を与えてやろう……生き残り、世界再生後の民となるか、
今この場で我に殺されるか。選べ」
「俺達はこの世界を守る為にここにきたんだ!答えは決まってる!」
創世の剣を構える。ラフィストが戦闘体勢をとったのを見て、仲間達も一斉に戦闘体勢に
入った。それを見た世界樹は、無表情のまま、ふむと呟いた。
「あくまで我と戦うと言うのじゃな?ならば、我から行くぞ!」
「うわっ!」
凄まじい衝撃が、ラフィスト達を襲う。それでも世界樹は、掌を前に突き出しただけだ。
たったこれだけの動作で、衝撃波を生じさせたのだ。身体中に無数の切り傷が走り、一行
の身体が根に当たって転がりながら、地面にぶつかる。
「……この調子だと、回復が間に合いませんわ……っ!」
ガーネットが必死に回復魔法を唱えて皆にかけるが、直に第二撃、三撃が放たれてしまい
一向に回復の意味を成さない。ティーシェルもガーネットと同時に回復をかけながら、皆
に防御を高めるシールドを張る。そんな中、体勢をいち早く立て直し、ラフィストが世界
樹へと詰め寄った。
「愚か者め……人間ごときが我を斬る?冗談も大概に……」
手をラフィストの方に向け、指先を軽く上へ上げる。それと同時に、ラフィストの身体が
ひとりでに宙へ浮く。
「うわっ!」
「しろ」
指先をクイッと下に向けると、ラフィストが落下する。
「ラフィー!」
ガーネットが急いで駆け寄ろうとするが、キルトにそれを止められる。回復手のガーネッ
トが前に出るのは危険だからだ。ガーネットは離れた所から呪文を詠唱すると、ラフィス
トに回復を施していく。
「いくぞ、キルト!ニックス!ぼさっとするな!」
アデルに貰ったとっておきの魔石を大剣に装着し、サードが世界樹へ向かっていく。それ
と共にキルトがライジング・サンを投げ、ニックスが気孔弾を放つ。そこに、マキノが三
節坤でダメージを与えた。三人の攻撃に割って入る形でサードが世界樹に接近し、右腕を
切り落とした。もう一撃加えようとサードが剣を返すと、世界樹が左手でそれを受け止め
サードごと後方に投げ返した。そして左手の人差し指を落ちた右手に向けると、指先から
炎が放たれた。落ちた右腕が一瞬にして灰になる。
「フン……この位のハンデはくれてやってもよいが……それでは気に食わんのだろう?」
そう呟くと、世界樹の身体が淡い色に包まれていき、あっという間に右腕が再生した。
「我は全ての源……分かるか?お前達は、我には勝てぬ。そうだ、世界は我が前に平伏す」
「くそ!」
折角与えたダメージが一瞬にして無になってしまい、サードが悔しそうに歯軋りする。
「サード。そういえばアデルさんから貰った魔石、炎も何も出ねーな?一体何の魔石だ?」
「分からん!だが今は戦いに専念しろ!」
「死ね」
世界樹の手から、同時に五つの炎が出てサードに向かって放たれる。猛スピードで迫って
くるそれに避けようが無いと思ったサードは咄嗟に剣を前に、防御体勢をとった。しかし、
サードに当たると思ったそれは、サードではなく剣に飲み込まれていく。
「そうか……これは相手の攻撃を吸収し、増幅させる魔石なのか!」
世界樹から吸収した炎の上に、氷の魔石を使えばかなりの攻撃力が期待できる。そう思っ
たサードは氷の魔石を発動させ、剣に伝わらせていった。
「ティーシェル、ナディア!俺とラフィストが時間稼ぎをするから、呪文詠唱しろ!」
二人が呪文詠唱を始めたのを見計らい、再び世界樹とやりあっているラフィストを手助け
する為飛び出していく。
「サード!」
「ラフィスト!協力していくぞ!」
「ああ」
ラフィストとサードが、交互に技を繰り出していく。しかし技は一向に決まらず、避けら
れてばかりだ。目配せして渾身の一撃を二人同時に繰り出すと、世界樹が両手を剣に変形
させ、易々とその攻撃を受け止めた。
「くっ……」
「ふ、む。他とはレベルが違うな……―――面白い!暫くはお前達相手に遊ぶ事にする!」
二人の剣を同時になぎ払い、サードの肩とラフィストの胴に向かって剣を繰り出す。二人
は間一髪の所で避けると、再び間をつめて世界樹に剣を繰り出していく。
「す……ごい」
「おい、こら!ニックス、マキノ!ぼけっとしてねぇで、俺らも加勢するんだよ!」
二人を促しながら、キルトがライジング・サンを投げる。それに続いてニックスとマキノ
が攻撃を仕掛けていった。
「流星天地破甲弾!」
「はぁぁぁぁ……やぁ!」
三人の攻撃が綺麗に決まった事で、一瞬世界樹の動きが止まる。その一瞬の間に、ラフィ
ストとサードは剣に全ての力を集め、振り下ろした。
「ぐっ……―――邪魔だ!」
「キルト、ニックス、マキノ!」
ラフィストとサードの攻撃をくらいながらも、世界樹はその手から攻撃を放つ。放たれた
光は、キルトやニックス、マキノに直撃する。吹っ飛ばされた三人の下にガーネットが駆
け寄ると、そのダメージの深さに眉を寄せた。
「酷いですわ……ライトフェザーグライドでも、完治するのに時間がかかりそうですわね」
世界樹に傷を負わせる代わりに三人が大ダメージを負ったが、ラフィストとサードが付け
た渾身の一撃は、またもやあっという間に消え失せてしまった。もう一度攻撃を、とラフ
ィストとサードが剣を構えなおす。
「くそ……こっちが疲弊する一方だな」
ラフィストが呟いた独り言が聞こえたのか、世界樹がニヤッと笑う。そして再び手を変形
させた剣で切りかかってきた。どうやら二人を交代ごうたい相手する事にしたらしく、二
人がかりで折角隙を突いても、腕を盾に変形させられてしまい全て防がれてしまう。決め
手にかけていた時、背後から声が聞こえた。
「ラフィスト、サード、さがって!」
「特大なのプレゼントしてあげるわ!」
ラフィストとサードが剣を跳ね返し、後ろへ飛びのくと、ティーシェルとナディアの手か
ら合成魔法が放たれた。
「リアクション・エクスプロード!」
「……これは合成魔法合体の、反合成か……」
世界樹が右手を上げた途端に、魔法が消え去る。
「我に魔法は効かぬ」
上げた右手をゆったりとした仕草で二人の方へ向けると、光を放った。
「きゃぁぁぁぁ!」
「ナディア!」
軽く五、六メートル以上は吹き飛ばされ、ナディアが後方にあった根に衝突する。ティー
シェルが叫び声を上げると、その場からヒールをかけた。
「……おかしいな……我は貴様にも光を放ったはずなのだが……?」
くるりと向きを変え、ティーシェルの方を見やる。その時、世界樹の右腕から血が滴り落
ちる。世界樹は右腕に視線をやると、そこを不思議そうに眺めた。
「しかも魔法は効かぬはずの我に傷が……―――」
「余所見をするな!」
サードが隙だらけの世界樹に、剣を振り下ろす。
「静かにしろ……」
易々と一撃がかわされ、サードの身体が掌圧によって吹き飛ばされる。
「サード!」
「う……む、お主の顔には見覚えがあるぞ……―――はて、誰であったか」
一瞬にして、ティーシェルの前へと移動する。サードの方に気が逸れていたとはいえ、突
然目の前に現れた世界樹にティーシェルが身体を強張らせる。
「のう、フレッド……いや、ラフィスト。教えてはくれぬか?こやつを……」
首を掴み、上へとティーシェルを持ち上げて指差す。
「ティーシェル!」
「ティーシェル……は……あ、グレイスの子供か?ククク……似てないのう、全く」
そう言うとティーシェルの方を見て、首を掴んでいる手に力を込めていく。
「く……ぁ……」
「ティーシェル。今一度聞く。我の為に力を使うか?」
「つ……かわないって……言ったら?」
ティーシェルが苦しいだろうに、余裕ありげに尋ね返す。
「この首をへし折る。お主は味方に欲しい奴じゃが、敵にはまわせん」
おそらくルーンによって、魔力の質が根本的に異なった物になった事が原因だろう。ティ
ーシェルは薄れる頭でボンヤリそんな事を思っていた。だから大抵の魔法は効かないし、
世界樹にダメージを与える事が出来るのだ。
「ティーシェルを放せ!」
ラフィストがティーシェルを助けようと、切りかかっていく。しかし、もう片方の手によ
ってなぎ払われ、逆にラフィストが体勢を崩す形となった。その時、ラフィストの耳にザ
シュッという音が聞こえる。ティーシェルを掴んでいた左腕が切り落とされたのだ。それ
と共に、ティーシェルが地面へと放り出される。
「ゲホッ……ゲホォ……」
ティーシェルが咳き込む中、世界樹が無言で後ろを振り向いた。その視界に、先程掌圧で
吹き飛ばしたサードが入る。左腕を再生させながら、世界樹はサードを睨みつけた。
「貴様か……生かしておくと厄介になるかもしれん。だから……―――死ね」
再生させた左手をサッと上げた数秒後、サードの身体に無数の深い傷が刻み込まれる。叫
び声を上げ、サードがついに倒れこんだ。傷はかなり深く、辛うじて意識がある程度で一
目見て瀕死だと見て取れる。まだ息がある事に気が付いた世界樹が、更に追撃をかけよう
とする。させるかとばかりにラフィストが飛び出し、世界樹に切りかかった。ラフィスト
と世界樹が応戦している間に、ティーシェルが咳き込みながらもワープの印を切って、サ
ードをガーネットの元へ転送した。
「サード!大丈夫ですの?ああ、回復が間に合いませんわ!」
「大丈夫……だ……それより、他の奴を回復しろ……!」
「で、でも……」
「早く!俺はこれで充分だ」
腰のポーチを弄り、その中から回復の魔石を取り出す。魔石で得られる効果のキュアでは、
とてもサードの傷は回復しそうに無い。それどころか魔石を使う精神力さえ危うい感じだ。
「サード、ガーネットに回復してもらいなさい!」
先程までガーネットの回復を受けていたマキノが、サードを諭す。ティーシェルも後ろに
下がり、後は僕が治療するから心配するなと付け足した。ガーネットがサードに回復魔法
をかけ始めると、ティーシェルがマキノとニックスとキルトの三人にグロースヒールをか
ける。回復を受けた三人はそれぞれ武器を手に立ち上がると、前線へ向かった。
「ラフィー、ゴメン!もう大丈夫!」
「俺もだぜ!」
マキノが三節坤で殴りかかり、それと入れ替わるようにニックスがナックルで殴りかかる。
そして絶妙のタイミングでキルトのライジング・サンが入り、攻撃手が増えた事によって
出来たチャンスに、ラフィストが攻撃を加えていく。
「ハ……雑魚が幾らかかってきても同じ事よ。そうだな、やはり大きいのから順に潰すか」
そう言って左手でラフィスト達の攻撃を一手に防ぎながら、右手でサッと印を結ぶ。そし
てその手を、まだ苦しそうにしているティーシェルの方に向けた。
「ティーシェル!」
「なっ……!」
「潰れろ」
「ダメーッ!」
世界樹の印が解かれ、呪文が放たれた瞬間、ナディアが飛び出した。自分に覆い被さるナ
ディアが、まるでスローモーションのように見える。そんなティーシェルの脳裏に、私が
あんたを守るのと言ったナディアの言葉がよぎった。次の瞬間、今までに無いくらいの大
量の光が放たれた。
「っ……!」
思わず瞑ってしまった目を、ティーシェルがゆっくりと開く。そして目の前の光景を見た
ティーシェルは声にならない声を上げた。ナディアがティーシェルを庇い、彼の頭を抱え
ながら血みどろになっていたのである。
「あ、あ……ああ……」
「だい、じょう……ぶ?」
「ナ、ナディ……」
「よかった……」
「この小娘、余計な事を……」
ナディアが薄く微笑んで、力なく倒れこむ。ティーシェルは目を見開き、彼女の姿を見て
いるだけだった。そこに激昂した世界樹が、再び手を剣に変え殺到してくる。
「直に潰してくれる……」
世界樹がティーシェルの前に立ち、剣を振り下ろそうとする。その時、違和感を感じたら
しい世界樹の注意が足元に逸れた。倒れこんでいるナディアが、ティーシェルを殺させま
いと必死に足首を掴んでいたのだ。その様子を、まるで汚らわしい物でも見るかのように、
世界樹が睨む。そして放せと、乱暴にナディアを足蹴にした。ラフィストはその隙を見逃
さず、剣を振り世界樹の手の剣をなぎ払う。
「邪魔をするな!」
「ティーシェル!今のうちにナディアを……!」
「……う、うん」
呆然としていたティーシェルが我に返り、ナディアの身体を抱えて後方へさがる。
「ティーシェル……」
「ナディア、喋らない方が……―――」
「私は、いいの……大丈夫。それより、皆を助けてあげて……」
微笑むナディアに、頷く。
「ガーネット、ナディアを……よろしく」
「ええ……」
ガーネットにナディアを託し、ティーシェルが詠唱を始める。カオスはまだ使えない。最
大限の威力で放つには、まだ早すぎるのだ。カオスとまではいかないが、少しでも大きな
ダメージを与えられるよう、今使えるうちの中で最高の呪文を詠唱した。
「古の光の筋の集結、その輝きは太古の水鏡により増していくだろう……浄化の光を彼の
者に注げ!ホーリー!」
一筋の光が世界樹に直撃し、辺りを焦がしていく。近くにいたラフィストにも、その光の
熱が伝わってきた。
「っ……凄い!」
余りの熱に、ラフィストがティーシェルの近くまでさがる。
「禁呪文の中でも、最高ランクの魔法だからね」
少しはダメージを与えられればいいけどという期待を込めて、眼前に広がる光の柱をティ
ーシェルがじっと見守る。すると、光の中から聞き取れない程の声が聞こえた。その声に、
え、と呟くと、眼前の光がどんどん集約していく。先程まで世界樹を焦がしていた光は、
世界樹の右手に集められていた。それも増幅させられているらしく、右手に集まるパワー
が大きくなっていく。
「つまらぬ……な」
「何!」
右手に膨大なエネルギーをためたまま、世界樹がポツリと呟く。
「ラフィストにティーシェルにサード……だけじゃな。我に傷を負わせたのは……―――
弱者は、不愉快じゃ」
そう言うと、世界樹がスッと後ろにさがる。何をするのかと思いラフィストが剣を構える
と、世界樹は右手のエネルギーはそのままに何もせず見ているだけだった。
「どういうつもりだ……?」
「時間をくれてやるからさっさと回復せい……」
ラフィストは世界樹の右手を気にしつつも、千載一遇のチャンスだと思いガーネットとテ
ィーシェルの二人に皆の回復を促した。淡い光に包まれ、瀕死だったサードやナディアに
至るまで、全員の傷が見事に癒えた。ラフィストがもう一度右手を垣間見ると、先程より
光の大きさが小さくなっていた。しかし、その分輝きが増したように思える。
「よいか……?」
「ああ」
行くぞ、と皆に声をかけラフィストが踊りかかろうとすると、世界樹の左手がバッと前に
突き出される。その仕草に、思わずラフィスト達は動きを止めてしまった。
「まぁ、待て」
制止の声と共に、右手の光がラフィスト達に向かって放たれる。その光はラフィスト達の
身体を貫いていった。眩しさの余りに目を閉じるが、襲い掛かってくる痛みが無く、身体
にはダメージが全く無い。今のは何だったのだろうと思っていると、ガーネットの叫び声
がラフィストの耳に届いた。