表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/41

−三十四章−〜創世の剣〜


「……終わった、んだよな」

ラフィストが、自分に言い聞かすようにこう呟く。

「いや、違うよラフィスト。これが、始まりなんだ」

「ティーシェル、もういいのか?」

ラフィストがティーシェルにこう返すと、ティーシェルはお陰様でねと答えた。そして、

フラフラした足取りで蒼天の間を歩き始めた。視線を彷徨わせる様子から、何かを探して

いるらしい。

「ハニー、何してんの?」

「……母さんの、魂」

「ああ、そうか。持っていく約束だもんな」

さっきまで倒れこんでいたキルトやニックスの二人も、立ち上がって探し始める。

「ラフィスト、俺達はダグラスの死体にないか確認しよう」

「そうだな」

女性陣も手伝うと言ったが、流石に彼女達に死体を触らせるのは憚られたので、死体を調

べるのはサードとアデルとラフィストだけでやると告げ、彼女達には周囲の探索を頼んだ。

ラフィスト達は、声を掛け合ってダグラスの死体をひっくり返して血の中などを丹念に探

し始めた。女性陣も他のメンバーが探していない所にそれぞれ散って行き、探索を始める。

入口付近を捜していたマキノが、状況を理解できず、呆けているジュリアとロイド王子に

気が付いて、彼らに駆け寄っていく。

「ジュリアちゃん、ロイド王子。大丈夫?」

「はい……えっと、あの……ありがとうございました」

「助けて頂いて、感謝しています。それより……」

「ん、何?」

そう言うとロイド王子はゆっくり立ち上がって歩き出し、何気ない壁の飾りをいじり始め

る。そして最後に、台座の奥にある絵を180度回転させると、ガコンという音が響き渡

った。続いて聞こえ始めた歯車の様な音が止むと、カチッという音と共に台座の真ん中か

ら見事な細工が施されたオーブが出てきた。

「これは、ダグラスが持っていた物なんです……僕はここに隠すのを、たまたま見ていて

知っていたのですが……」

「おそらく魂ってこれの事だよな」

ラフィストがロイド王子から受け取り、マジマジと眺める。続いてサードが手を拭いなが

ら、ラフィストの手の中にあるオーブを覗き込む。

「死体に何も無かった所を見ると、そう言えるな。……また中にルーンか。古代人は芸が

細かいな。ティーシェルのルーン聖石といい、このオーブといい」

「サード……」

「とりあえず、オーブも見つかった事だしグレイスさんの所へ戻ろうぜ」

「そうですわね。ジュリアちゃんも、王子も一緒に皆で、ね」

「はぁ……」

ニックスやガーネットの言葉に、二人は少し気の抜けた返事を返す。ラフィスト達は扉を

開けると、激闘の地を後にした。




再び鳳凰の間に入ると、グレイスがラフィスト達を出迎えてくれた。グレイスはサッと印

を結ぶと、ラフィスト達の傷を癒す。彼の呪文によって、戦いによって付いた傷や疲れが

完全に消え去った。

「無事で、何よりだった……」

「グレイスさん」

グレイスが、ラフィストの方へ視線を向ける。彼の視線を受けたラフィストは、グレイス

にオーブを手渡した。グレイスは受け取ったオーブをジュリアに手渡すと、鳳凰の間の奥

に連れて行って、儀式をするように促した。ジュリアが言霊を唱え始めたのを確かめて、

グレイスが再びラフィスト達の元に戻ってくる。

「ティーシェル……ルーン聖石が無ければ、私は創世の剣の封印を解く事が出来ない。…

…使ってくれないか?」

「父さん……」

ティーシェルは一瞬皆の顔をチラリと見たが、頷いてルーン聖石を外した。そして何やら

詠唱を始めると、ルーン聖石が輝きだす。詠唱が終わり、ルーン聖石が粉々に散ったと同

時に、グレイスの右手の甲にルーンの呪が浮かび上がった。

「ラフィスト君、待たせたね……こっちへ来たまえ」

グレイスの言葉に応じ、ラフィストが少し歩いてグレイスの前に立つ。しかし、グレイス

は右手を翳して魔力を高めているままで、一向に何かする様子が無い。焦れたラフィスト

は、グレイスに尋ねた。

「あの……創世の剣は何処に?」

「ここだよ」

そう言った途端、ラフィストの身体に変な感触が走る。余りの気味の悪さに、ラフィスト

は感触が走った所に視線を下げた。ラフィストの視界に映ったのは、自分の身体の中に入

り込んだグレイスの手だった。

「ラフィー!」

思わず叫んでしまった仲間達の方にグレイスが視線をやり、大丈夫だと告げる。それでも

不安そうな顔をしている彼らに、グレイスは説明を施した。

「創世の剣は、ラフィスト君……君の魂の中に。そしてその封印を解く鍵は、私の右手の

甲に施されたルーンの呪なのだ。この二つが合わさる事で、封印が解ける」

ラフィストの身体と、ラフィストの身体に入り込んだグレイスの右手がカッと光る。眩し

さに目を閉じた瞬間、ラフィストの身体を何かが走り抜けていった。

「もういいぞ」

目を開けたラフィストに、グレイスが右手に握っている創世の剣を手渡す。

「これが……―――」

創世の剣、皆で追い求めてきた剣。剣についた宝玉が、ラフィストに何かを伝えるように

光りだす。その宝玉に触れると、頭の中が一気に真っ白になった。

「ラフィー?どうしたんですの!」

突然倒れた事に驚いたガーネットが、ラフィストに駆け寄る。グレイスは静かに、と言う

と創世の剣を握ったままのラフィストを、ベッドに横たわらせた。

「おそらく、創世の剣が彼に何かを伝えているのだろう……直に目が覚める。ジュリアの

儀式もまだかかるし、君達も少し休んでいなさい」

彼が目覚めないと、色々話しようも無いしと説得され、皆は休む事に決めた。グレイスは

右手を掲げると、サッと印を切り人数分の椅子を作り出す。その椅子に座ってニックスや

マキノは完全にくつろぎ体勢に入り、サードやアデルは剣を磨き始めた。キルトも先程の

戦闘で多用したライジング・サンを磨いている。ガーネットとティーシェルとナディアの

三人は、一瞬にして椅子を出したグレイスの呪文に対して、便利な魔法だと語り合ってい

る。その横で、所在なさげにしていたロイド王子にグレイスが今まであった事を説明し、

融合の呪の反動が出ないよう、彼に呪を施し始めた。




ラフィストの意識が覚醒した時、目の前で創世の剣が浮かび上がっていた。創世の剣はく

るりと向きを変えると、一面真っ白の空間に宝玉から光を放った。そこに、様々な映像が

映し出されていく。グランやフォートレス、ツァラ、アンカースといった大国同士の戦争。

その大国に踏みにじられていった、人々の嘆き。人が人に向ける恨み、憎しみ、悲しみと

いった負の感情。様々なものが、ラフィストの頭の中に一気に押し寄せてくる。人の声が

頭の中で響く度、ラフィストはもう止めてくれと心の中で叫んだ。何故、争わなくてはな

らないのか。何故、過去を受け止めるのが自分でなくてはならないのかと。そんなラフィ

ストの脳裏に、ガーネットの笑顔が浮かぶ。ラフィストはその笑顔が何かを知っていた。

ガーネットの笑顔は、彼にとって愛その物だ。彼女がいるから、自分は勇気を振り絞って

立ち上がる事が出来るのだ。その時、ラフィストの中で一つの結論が生まれた。人は、愛

するが故に争いをするのだと。争いは、感情によって生まれるのだと。そう結論付けた時、

創世の剣は一組の男女を映し出した。

「誰だ?」

映し出されたのは、金髪の青年と、エメラルド色の髪の少女だった。映し出された二人は、

笑っていた。そこに、一人の青年がやってくる。彼の顔には見覚えがあった。少し若い感

じだが、創世神グレイスに間違いないとラフィストは思った。

「フレッド」

「兄上」

「フレッド、そろそろ戻れ。……世界樹、眠る時間だ。また次に目覚めた時に、フレッド

と話したらいいだろう」

グレイスが視線を合わせるよう、しゃがみ込んで世界樹に話しかける。世界樹は、自身の

頭にかけられた花冠をとると、それをグレイスの頭に被せた。

「グレイス、それフレッドが教えてくれた。それはとても綺麗だ……私は、それが好きだ。

フレッドはそれを被ると、幸せになれるといっていた。そしてお前がいつも疲れた顔をし

ていると。……お前は、幸せになったか?」

「ぷ……ぷぷ……」

グレイスの頭に花冠を乗せた理由を説明する世界樹の後ろで、フレッドが必死に笑いを堪

えている。仏頂面をした自分の兄が、可愛らしい花冠を被っているのがミスマッチで、可

笑しくてたまらないのだろう。フレッドの様子に一瞬眉を顰めて視線をやった後に、グレ

イスは世界樹の頭に優しく手を置き微笑んだ。

「私にはフレッドがいる、お前もいる……幸せだ」

「そうか。……フレッド、おやすみ。次も、起こしにきてくれるか?」

「ああ。また、一緒に話そう世界樹」

世界樹が、大きな木に手を触れる。するとそれまで少女を形作っていた物が、その大きな

木の中に吸い込まれていった。フレッドが大きな木に触れ、おやすみと呟く。グレイスは

頭の花冠を外すと、その木の前にそっと置いた。

「兄上」

「フレッド、二人の時は畏まるな。……兄さんでいい」

「……兄さん。世界樹は、俺達のような名が欲しいといっていた。名があって、初めて一

個体として存在するように感じると、言っていた。……名を、与えてはいけないのか?」

「駄目だ」

「何故!」

フレッドが激昂して叫ぶ。グレイスは静かに立ち上がると、フレッドの腕を強く握った。

力の強さに、フレッドが顔を顰めるとグレイスは手を離した。

「さっきお前が言った事が理由だ。名は、一個体としての存在を与えてしまう。感情を持

ってしまう。今のお前のように怒ったり、憤ったりする。それじゃ駄目なんだ……世界樹

は、世界そのものだ。世界樹が怒るたびに雷が鳴り、嘆くたびに雨が降る。それでは世界

は成り立たない……それ位、お前にもわかるだろう?」

「だけど、それじゃあ……」

「フレッド。私はお前の、その真っ直ぐな気性が好きだ。だが、お前はまだ若い……それ

ゆえ持ち合わせている気性でもある。成長すれば、見えてくる事もあるだろう……視野を

広げて、本当に世界樹にしてやれる事を考えてやれ」

フレッドに戻るぞ、と告げるとグレイスは踵を返して歩き始めた。その後ろ姿をフレッド

がただジッと見つめながら呟いた。

「兄さん……貴方は、遠い」

ここでラフィストが見ていた映像がブツッと途切れ、違う場面が映し出される。ダークエ

ビルが現れたという報が精霊の町に入り、フレッドに後の事を託してグレイスが飛び出し

て行った。一人でダークエビルを倒すつもりなのだろう。創世の剣を手にしたフレッドが、

町の人々が非難している神殿の入口に立っていると、そこに金髪の女性が駆け寄ってきた。

「フレッド」

「テレーズ……危ないから、中にいるんだ」

「グレイス様は、どこなの?どうしてここにいないの?」

テレーズと呼ばれた女性が、取り乱した風に頭を振る。フレッドは彼女の肩を掴んで、落

ち着けと揺さぶった。テレーズの瞳から、涙がポロポロと零れ始める。その瞳に、精気な

ど全く感じられなかった。

「私、本当にあの方が好きなの……貴方と同じ位の私は、妹のようにしか思われてない事

だって知ってる。でも、好きなの。……お願いよ、フレッド。あの方を死なせないで……

助けて……お願い、お願い」

テレーズの言葉はもはや懇願に近く、意味を成していなかった。いつもしっかりしていて、

綺麗なテレーズ。自分の理想であり、愛しい存在のテレーズ。その彼女が、形振り構わず

自分に縋っている。そうさせる自分の兄が、羨ましいと同時に憎らしかった。何より、彼

女の願いを叶えようと、兄を助けに行くであろう自分が嫌だった。気が付いた時には、フ

レッドは町から離れた森の中にいた。森を抜けて丘に出ると、そこには黒い竜と、ボロボ

ロになりながら戦う、自分の兄がいた。兄の姿がフレッドの視界に入る。次の瞬間、フレ

ッドから出たのは、悲痛な叫び声だった。

「兄上!」

フレッドの声に、グレイスがハッとした顔をして振り向く。グレイスは体中の至る所に傷

を負っており、左目からは血を流している。ダークエビルもかなりの傷を負っているとは

いえ、明らかにグレイスの方が満身創痍だった。グレイスの姿を見た瞬間、フレッドの中

からさっきまで渦巻いていた蟠りが消えていく。代わりに芽生えたのは恐怖だった。初め

からグレイスに意見して二人で戦えば、こんな事にはならなかった。そうしなかったのは、

心のどこかに兄を疎ましく思う気持ちがあったからだ。その心が、唯一無二の兄を殺そう

としていた。その事実に、フレッドは恐怖したのだ。

「フレッド、何故来た!お前は町にいろと……」

「俺も戦う!俺だってもう子供じゃない、戦えるんだ!」

「いいから帰れ!ここは私が命に代えても何とかする……だから、お前は幸せになれ。お

前は私と違って、人を大切に思う気持ちを持っている」

「それじゃ、駄目なんだ……兄上。誰一人欠けたって、幸せにはなれないんだ。……だか

ら、一緒に帰ろう―――……兄さん」

グレイスを庇うように、フレッドがダークエビルの前に立ち塞がる。そして創世の剣を構

えると、フレッドはダークエビルに突っ込んでいった。

「クク……威勢のいい小僧ですねぇ。すぐに兄上のように、ボロボロにしてあげますよ」

ダークエビルが、長い尾でフレッドを攻撃してくる。フレッドは尾の攻撃を、創世の剣を

前に出す事で防ごうとした。すると、創世の剣が光を放ち始めた。身体の前に突き出した

形になった剣が、ダークエビルの尾を切り裂いていく。

「グギャァァァ!」

「な、何だ今のは……」

突然の光に、フレッドが呆然とする。グレイスに創世の剣を持っているように言われてそ

の手に持つようになってから、こんな事は一度として無かった。

「創世の剣が……主と認めたのか」

「俺が、この剣の……?」

グレイスの言葉に、未だに光り続ける剣をフレッドが見つめる。そこにダークエビルが怒

り狂った視線を、ギョロリと向けた。そしてその大きな口をカパッと開いた。

「その忌々しい剣ごと死ね!」

「フレッド!」

ダークエビルの口から、灼熱の炎が吐き出される。グレイスによって発動された結界がフ

レッドを包み込んだ事により、フレッドに炎が達する事は無かった。フレッドはスッと剣

を上段に構える。地を蹴り、宙に飛び上がるとダークエビルに向かって剣を振り下ろした。

光を纏った剣は、ダークエビルを深々と切り裂いていく。

「な、何故……」

「やった……兄さん、やった!」

ダークエビルがズンという音と共に、地に倒れる。フレッドは地面に足を付くと、地に膝

を付けた兄の下に駆け寄り、抱き起こした。その時のフレッドの目に入ったのは、今まで

で一番優しい眼をした兄の顔だった。父親の顔を、フレッドは知らない。兄に育てられた

に近いフレッドにとって、兄は畏怖と羨望の対象でしかなかった。そんな兄を、フレッド

は今一番近くに感じていた。兄の優しい眼は、これから兄ともっと分かり合えるだろう。

そんな想いをフレッドに抱かせた。そう思うと、フレッドの目から自然と涙が零れてきた。

「フレッド、泣く奴があるか……」

「兄さん……一緒に帰ろう。帰って、沢山話をするんだ」

グレイスを支えて、フレッドが精霊の町に戻る為に背を向ける。その瞬間、地に伏せたダ

ークエビルの眼がギラリと光った。

「ククク……お前ら二人とも、生きて帰すか!死ね!」

ダークエビルの身体から、黒い光が二人に向かって飛ばされる。理屈じゃなかった。フレ

ッドの体は自然に動いていた。瀕死の兄を後方に投げ飛ばし、その前に立ちはだかるよう

に立っていた。黒い光が止み、後ろに飛ばされたグレイスが前方を見た時、その視界に入

ったのはどんどん石化していくフレッドの姿だった。

「フレッド!」

「来るな!」

重い身体を引き摺りながら、グレイスがフレッドに駆け寄ろうとする。それをフレッドが

大声を出して制止した。

「触ったら、兄さんまで石化するかもしれない……駄目だ」

「クク……二人は仕留め損ねたが、一人は消してやったぞ……グッ」

「フレッド!……何故私を助けたのだ!お前を、お前を生かす事が、私の望みだったのに

……私はお前が助かればそれで良かったのに」

涙の流れない瞳の代わりに、左目からとめどなく血の涙が流れ続ける。まるでそれは、心

の傷が流している血のようだった。

「兄さん……兄さんは俺の事を、人を大切に思う気持ちがあるって言っていたけど、俺は

そんな事無いと思う……俺の心はいつも、兄さんへの劣等感や羨望、嫉妬で溢れかえって

いた……一番大切な事に気付いたのだって、つい今さっきだ」

「誰だって、そういった思いは持っている……大切なのは、自分の心を認める勇気なんだ。

お前は、その勇気を持っていたじゃないか」

「そうか。……やっぱり、もっと早く話してればよかった。そうすれば、きっと……」

今日と同じ日に死んだとしても、それまでもっともっと笑いあっていただろう。そう言お

うとしたが、それが声になる事は無かった。声帯がもう石化しているのだ。意識があるの

も、後僅かだろう。最後にフレッドの脳裏に浮かんだのは、眠りについている世界樹の事

だった。どうやら起こしに行く事は出来そうにない、本当は兄さんに内緒でこっそり名前

をあげるつもりだったんだとフレッドは思った。ヴァイオレットからとって、ヴィオレットと名付けるつもりだった。小さな幸せが、少しでも君に訪れるようにと。もう一つの花

言葉が愛という事は知らず、フレッドの意識は完全に消えた。

「創世の剣……お前は、これが見せたかったのか?」

石化したフレッドを見つめながら、ラフィストが呟く。ラフィストの問いかけに答えるよ

うに、創世の剣がまた別の場面を映し出す。世界樹が眠りから眼を覚ました所だった。皮

肉にも、世界樹はフレッドの死によって、憎しみと絶望という感情が芽生えた。感情に任

せ、赤子を殺そうとする世界樹からテレーズが赤子を守り、グレイスが自身を礎として、

世界樹と共に眠りについた。そして、眠りに付く直前グレイスは世界樹に告げた。

「世界樹……負の感情は、お前自身を殺していくだろう。そうなれば、フレッドの事もお

前は忘れ去ってしまう……その前に、正のお前が残っている間に、お前をフレッドの所へ

私は導く。……約束だ」

グレイスの言葉を最後に、双方の瞳がゆっくり閉じられていく。瞳が完全に閉じられた時、

創世の剣が見せていた映像も消え失せ、その場は元の真っ白い空間に戻った。そして、創

世の剣が地面にカタリと落ちた。ラフィストは再び剣を拾い、宝玉をそっと撫でた。今の

映像はきっと、前の持ち主であったフレッドが、自分の想いを伝えたくて見せたのだろう。

確かに愛ゆえ人は憎しみ、争う。だが、愛があるからこそ希望があるのも事実なのだ。

「創世の剣……フレッド。……世界樹を、助けてあげたいんだな」

それも一種の愛なのだろう。フレッド自身は、最後まで気が付く事は無かったが。ラフィ

ストはその想いを胸に刻み、再び目を閉じた。




ラフィストが目を開けると、そこはベッドの上だった。仲間達はすぐ傍に座っている。ど

うやら、そんなに長い事眠っていた訳ではないらしい。ベッドから起き上がると、仲間達

が一斉に駆け寄ってきた。

「ラフィー、大丈夫ですの!」

いの一番に駆け寄ったガーネットが、ラフィストに声をかける。心配層な顔をしているガ

ーネットに笑顔を見せると、ラフィストはグレイスの元に近付いた。

「見ました、全部。フレッドの、願いも」

「そうか……」

そう言うと、グレイスはティーシェルの頭についているサークレットを外し、それを床の

上に置いた。サークレットを壊すようにグレイスが頼むと、ラフィストは創世の剣をサー

クレットめがけて振り下ろした。二つに割れたサークレットは、砂のように消えていく。

一瞬、ティーシェルの身体にルーンの呪が鮮やかに浮かび上がった。

「この力、この魔力……今までとは、違う」

「それはそうだ。ルーンは我々、神族にしか扱えない代物……よって人間界では俗に禁呪

と呼んでいるらしいがな」

「禁呪とルーンは、延長線上に位置していましたのね」

感心したように呟くガーネットに、グレイスが頷く。それゆえ、人の身で禁呪を使用する

と死に至るのだと付け足した。

「―――……ティーシェル、このルーンを持っていけ……どんな呪かは、継承すればわか

る。カオスという名の呪文だ」

グレイスがティーシェルの手を取り、その手の上に、自身の手を重ねる。グレイスの身体

から発せられた光が、ティーシェルの身体へと移っていく。ティーシェルの額に、ルーン

模様がスッと浮かび上がった後、身体の発光は消え、額に浮かんだルーン模様も消えた。

「君達の様子からすると、大体の事はダグラスから聞いたのだろう。もうじきジュリアの

儀式が終わる……それを済ませてから、残りを話そう」

ジュリアのいる奥の方へラフィスト達が行くと、ジュリアの身体が輝きに溢れ、暖かい光

を放っていた。オーブの光もどんどん強くなっていく。グレイスが何かの印を切った途端、

ジュリアの隣が光りだして何かが現れた。目の前に現れたそれは、精霊の町で見た水晶に

入ったテレーズだった。水晶にひびが入り、テレーズの体が露になる。ジュリアの詠唱と

共に、オーブの発する光がテレーズの身体の中にどんどん吸い込まれていった。

「闇の彼方に在りし光を今一度ここに呼び戻さん……リターン!」

ジュリアの詠唱が終わりを告げた時、オーブは最大限の光を放った。余りの眩しさに、そ

の場にいた全員が目を閉じる。そして次の瞬間、オーブの砕ける音と共にテレーズの目が

開かれていった。

「ここ……は……」

「テレーズ!」

「グレイス……っ!」

熱い抱擁を交わす二人。グレイスの頬に、涙が伝った。その様子を見て、ラフィスト達の

中にも、熱いものがこみ上げてくる。ニックスなんかは、完全にもらい泣きをしてしまっ

ており、えんえん泣いていた。

「グレイス……ティーシェルと、封印は?」

「ここにいる。封印ももう解いて、呪文も継承させた」

「そう……なら」

「ああ……もう時間が無い」

「時間が無いだって?」

ラフィストがグレイスの元へ詰め寄る。

「ダグラスに、世界樹は今負の世界樹であると教えられただろう?負の世界樹は、一億年

前に世界を破壊しにかかった……天地崩壊の呪で」

「天地崩壊の呪?」

「魔力の過多によって天地の均衡を崩し、崩壊させる呪の事です」

テレーズによって、説明が補われる。グレイスが首を縦に振り、更に話を進めた。

「一億年前は、私の身体と共に封じる事で何とか発動を防ぐ事が出来た……だが私が目覚

めた今、世界樹はこの呪を使い、世界を一瞬にして消し去ろうとするだろう。勿論、そん

な事はさせたくない……大切な物全てが無くなってしまう」

「その為に、私が貴方達を呼んだのよ……あの時」

「あの時?」

テレーズの言葉に首を捻っていたサードが、ハッとした様な面持ちを見せる。そして、テ

レーズに視線を投げた。

「この声……どこかで聞き覚えがあると思ったら……!」

「何だぁ、サード?」

ニックスがサードの方に不思議そうな顔を向けるが、サードはお構い無しに話を続ける。

「ティーシェルが倒れた時と、世界樹の中に入った時……あの時の声は、あんただろう?」

「その通りです。今までずっと、あなた方を見守って参りました……清く、美しい心を持

つ貴方達がここまでたどり着いてくれて、とても嬉しく思います」

テレーズが柔らかい笑みをサードに向ける。しかし、すぐにその表情は引き締まり、グレ

イス、とテレーズはグレイスに呼びかけた。

「天地崩壊の呪は、三日かけて行う呪だ。……つまり、早くて」

部屋が一瞬、唾を飲み込む音が響くほど静まり返る。

「後……三日後におサラバか……―――」

「そう、だから時間が無いの」

「ラフィスト君」

グレイスが改まってラフィストに向き直る。

「約束通り、ジュリアの記憶を……戻そうか?辛い想いをするだろうが……」

グレイスの言葉に、ラフィストは一瞬躊躇する。しかし、やはりジュリアには自分との想

い出を、覚えていて欲しかった。グレイスの言葉に、一つ頷く事で返事を返す。ラフィス

トの答えに、グレイスはジュリアに向かって指先から呪を放つ。呪が身体の中に入り込ん

だと同時に、ジュリアが絶叫を始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ