−三十三章−〜ダークエビル〜
突然の変貌に、ラフィスト達は言葉を失った。先程まで戦っていたロイド王子は、確かに
人の姿をしていた。だが今は、恐竜のような硬い皮膚に、黄色に光る不気味な目。そして
長い尾を引き摺っている獣だ。
「なっ……」
「これじゃまるで……化け物ですわ……」
ロイド王子が上を向き、耳障りな声で大きく嘶く。その声で我に返ったラフィストが、ダ
グラスをキッと睨んだ。ラフィストの目は怒りの色を宿しており、身体中から憤怒を露に
している。
「彼に……何をしたんだ!」
「ククク……融合の呪の反作用とでも言おうか?―――それともこれは、相乗効果と呼ぶ
べき、かな……」
その瞬間、ラフィストは体中の血がカッと熱くなったのを感じた。人の命を弄んで笑って
いるこの男が、どうしても許せなかった。
「貴様……―――殺す!」
冷静さを欠いたラフィストが、ダグラスに突っ込んでいく。サードが無闇に突っ込むなと
ラフィストに喚起するが、ラフィストの耳には届かない。
「フッ……愚かな」
バッと突き出された手から、ラフィストに向かって黒い衝撃波が放たれる。衝動に任せて
敵の懐に飛び込んでいったラフィストは無防備だ。拙いと思った時にはもう遅く、衝撃波
はラフィストの目の前まで迫ってきていた。
「ラフィスト!」
襲い掛かるであろう衝撃に備えてラフィストが目を瞑った時、ラフィストの前にニックス
とキルトが躍り出る。そして無防備なラフィストを庇う為に後方へ突き飛ばした。飛ばさ
れたラフィストが前方を見た時には、ニックスとキルトは既に体中を真っ赤に染めていた。
「ニックス!キルト!」
地面についた身体を起こし、二人の元に走りよる。
「……ラフィー、無事か」
「……こん、馬鹿が!もっと、冷静でいなきゃ……駄目だ、ろ」
「ニックス、キルト……すまない。俺が……俺が……―――っ!」
考えなしに突っ込んだ自分を庇ってくれただけでなく、二人はラフィストを励ましてくれ
た。ボロボロで一杯一杯だろうに、自分の事は後回しにして。それに比べて、何て自分は
弱いのだろうとラフィストは思った。あれほど皆を守りたいと思っていたのに、今自分は
守られている。大事な人達を守る、本当の強さが欲しい。そう思った刹那、ラフィストの
目に闘志が宿った。
「ラフィー、危ない!」
ロイド王子の瞳が光った事に気が付いたマキノが叫んだ瞬間、獣と化したロイド王子の口
から、灼熱の炎が放たれる。このままではラフィストは避けられても、倒れている二人は
確実に巻き込まれてしまう。ティーシェルが慌てて結界を張ろうとし、アデルとサードが
二人を後方に下げる為走り出す。しかし、ラフィストは剣を握って突っ立ったままだ。
「ラフィー、何やってるの!避けなさい!」
せめてラフィストだけでも無傷で、とナディアが叫ぶが、ラフィストは炎を避けようとは
せず、代わりに一歩前に出て、すっと剣を構えた。炎がラフィストを飲み込むと思った瞬
間、ラフィストが構えた剣を振り下ろす。綺麗な軌跡を描いた剣は、灼熱の炎を切り裂い
た上、ロイド王子をも吹っ飛ばした。
「ラフィスト、大丈夫か!」
「サード……それにアデルさん、二人を頼む」
サードがラフィストに何かを言いかけるが、ラフィストの身体に纏う闘気の変化にきがつ
くと口を噤む。そして、意識を失った二人を抱えて、ガーネットのいる後方へさがってい
った。二人と入れ替わりに、ナディアとマキノがラフィストの傍に駆け寄ってくる。
「ラフィー、一斉に仕掛けていくわよ」
「ティーシェルまで回復に回ってるから、ちょっち攻撃手が少ないけどね」
武器を構えて臨戦態勢に入った二人を、ラフィストが手で制止する。
「ラフィー?」
「二人共……あいつは、俺一人でけりをつける」
「何言ってるのよ!」
「これはお笑い種ですねぇ。貴様一人で片付ける?……まぁ、いいでしょう!そんなに死
に急ぎたいなら、一番に殺して差し上げます!―――本当は、貴様だけはじっくりいたぶ
って、最後に殺したかったのですが、ね。……まぁ、貴様の存在は邪魔以外何者でもあり
ませんし、グレイスの希望をこの手で断ち切ると思えば、気分も晴れるというもの……」
「父さんの……のぞみ?」
後方で、ガーネットと一緒に二人の回復に当たっていたティーシェルが、言葉を漏らす。
「何だ、お前達は何も知らないのか。ならば、冥土の土産に教えてやろう……奴はな、コ
イツが使える創世の剣で、世界崩壊を防ごうとしているのだよ。破壊と再生を司る剣で世
界樹を倒せば、新たな世界樹が再生される。そうすれば世界の理も崩れる事無く、世界崩
壊を防げるって寸法だ……何より、それが正の世界樹との約束だから、守ろうとしている
のだろう。……だが!既に正の世界樹は消え、今存在するのは負の世界樹なのだ!世界崩
壊は世界樹の意思、即ちそれは自然の摂理!―――……それを防ぐなど、可笑しな事。そ
う思わぬか?」
「おかしくなんか……無い!」
蒼天の間に、ラフィストの声が響く。
「生きたいと願って……大切な誰かを生かそうと願って、何がおかしいんだ!」
「おかしいですね……世界樹の正の意識が消え、負の意識となった時から、世界の破滅は
決められていた事だ。全ての弱者が消え、選ばれた者だけが生き残る……これが、これか
らの世界なのですよ!」
「そんな世界、残された者は幸せになれない……」
ティーシェルが寂しそうに言った。
「そうよ!そんな事、誰も望んじゃいないわ!」
声を荒げて、ナディアも続く。
「……周りを見て、誰もいないのは寂しいよ」
父親の事を思い、マキノが呟く。
「クッ……そのちっぽけな思想は流石人間、といった所か」
「黙れ!お前に……そんな事を言う資格は無い!」
「ヴ、ヴ……―――」
ラフィストが叫んだのとほぼ同時に、先程吹き飛ばしたロイド王子が声ならぬ声を上げる。
呻きながらヨロヨロと近寄ってくる姿は、とても苦しそうに見える。目の鈍い光は、まる
で涙を流しているように思えた。
「ロイ……ド王子?」
「ヴ……ヴヴ……ヴ……」
「何をやっている、ロイド!早くコイツを始末しろ」
「ラ、ラララ……ラフィスト」
ロイドが発した言葉に、ラフィストがハッとする。確かに今、彼はラフィストの名前を呼
んだ。もしかしたら、少し意識が戻ったのかもしれない。
「ロイド王子!」
「お、おおお……お願……い……いい、だ。ぼ、僕を……ころ、ころころ……殺して……
く、れ……―――」
「ロイド王―――」
「何を言っている、ロイド王子!……気が迷っているだけです。こやつらを殺せば、すぐ
にそんな物なくなるでしょう」
ラフィストの言葉を遮るように、ダグラスが言葉を重ねる。その口調はまるで赤子をあや
すかのような物言いだ。発せられた声は猫撫で声だが、毒味を帯びたような声で、言葉の
内容とは違い、彼にロイド王子を心配している様子は全く無い。
「ダグラス!」
「も、もう嫌だ……人を殺すのは……だから、殺し……」
ここまで言うとロイド王子は再び苦しみ始め、咆哮する。目に再び黄色い光が宿ったかと
思うと、ラフィストに殺到してきた。ラフィストは苦い表情を浮かべながら、ロイドの攻
撃を剣で受け止めながら凌ぎ続ける。彼も自分と戦っているのだ。そう思うと、一刀のう
ちに切り伏せる事など出来なかった。
「ククク……そうだ。憎々しいフレッドなんぞ、殺せ、殺してしまえ!」
「くそ!……何とかならないのか!」
ロイド王子とラフィストの激しい攻防に割って入る事も出来ず、仲間はただ見守る形にな
っている。各自、一生懸命自分に出来る事を模索するが、出来る事が思いつかない。些細
な事でもいい、何か役立つ事を、と一同は歯をかみ締めた。傷ついた二人を回復している
ガーネットが、ジッとラフィストを見つめる。そんなガーネットに、隣にいるティーシェ
ルが声をかけた。
「ガーネット……光魔法は、君の得意分野だ。光属性の補助的大魔法、使う気ある?」
「光?何の魔法ですの?」
ガーネットは回復の手はそのままに、視線だけティーシェルに向ける。
「強力な呪い解除の呪だよ……リリース・カーズっていうね。要領は攻撃魔法と一緒でね、
相手の魔法防御を上回らないと効かないんだ……それに負担が大きいし、相手に免疫が出
来るから一回しかチャンスは無い……―――同じ一回なら、光属性の君が使うべきだろ?」
ティーシェルに向けていた視線を、再びラフィストに向ける。ラフィストは、ロイド王子
を切れなくて苦しんでいる。成否ではなく、ガーネットは少しでもラフィストの力になり
たかった。
「ティーシェル……私、やりますわ!ううん、やらせて欲しいの!」
「そうこなくっちゃ!」
ティーシェルはサッと印を結ぶと、自分の身体からガーネットの身体へ、呪を移していく。
ガーネットの身体が一瞬淡く光り、またその光が消える。ティーシェルはこれでよし、と
呟いた後、顔を上げた。
「二人の傷は僕が直す。君は、ラフィストを助けてあげて」
「わかりましたわ」
一歩前に出て、杖を掲げる。ガーネットは瞳を閉じて精神を研ぎ澄ませると、リリース・
カーズの詠唱を始めた。
「我、汝をその呪から解放せし光を今解き放つ。翼よ、天に舞い……光を其に導け!リリ
ース・カーズ!」
杖から強烈な光が迸り、ロイド王子を包み込む。
「グ……グググ……グァァァァ!」
ロイド王子と対峙していたラフィストが、光に包まれているロイド王子を、剣を構えたま
ま伺っている。最初は悲痛な叫びだったが、次第にその声は安らいだ声へと変化していく。
ダグラスはその様子を苦々しく見ている。術者を止めようにも、既に呪文は放たれた後な
ので無意味だ。それにどうやらダグラスは、光魔法に介入できないようだ。王子を包む光
が消失すると、そこには人の姿に戻ったロイド王子が倒れていた。それを見て、床にへば
るガーネット。額には大粒の汗が流れている。精神力をかなり消耗したのか、どことなく
顔色も悪い。
「ガーネ……」
その時、さっきまで開かなかった扉が開き、誰かが中に入ってきた。
「あの、ちょっと儀式の事で質問が―――……」
後ろにいるガーネットに声をかける為、振り返ったラフィストの視界に入ってきたのは、
紛れも無く妹のジュリアだった。
「ジュリア!来ちゃ駄目だ!」
「……?お、王子!」
ラフィストの言葉も、今やってきたジュリアには意味を成さない。それどころか倒れてい
るロイド王子に気が付いたジュリアは、彼の方に駆け寄り始めた。ダグラスはそんなジュ
リアの手を掴み、自分の方へ乱暴に引き寄せる。
「ダ、グラス様?」
ジュリアは、自分の手を掴み上げるダグラスを見上げる。そして、醜い笑い顔を浮かべた
ダグラスを見た瞬間、ジュリアの顔が驚愕から恐怖に変わった。
「ジュリアァァ!」
「ハハハハ!……これでも、これでもまだ歯向かう気か?呪文が使えるか?フフ、ジュリ
ア、いい子だ」
「い、嫌……」
ただ睨むだけで、一向に自分に向かって攻撃してこないラフィストを見やると、ダグラス
は満足そうにほくそ笑む。そしてゆっくり宙に手を上げ、呪文の詠唱を始めた。
「ダ、ダグラス様?一体、何を……」
「暗黒の雲母より生まれ出でし、紫微の輝き……。惨禍の墓標となりて、其を導く……ト
ラジック・ストーム!」
「!いけない、ラフィスト!さがって!……―――アブソリュート・プロテクション!」
ラフィストがロイドを抱えて下がったと同時に、ティーシェルが結界を張る。が、少し衝
撃が走る。しかし、ヘル・バーンの時よりは、遥かにダメージを食らっていない。
「全く、最上級のシールドを使う羽目になるとはね……―――」
「ティーシェル、あのクソ野郎は何とかならないのか?」
気絶したロイドを床に横たわらせ、ラフィストが小声で話す。
「……あの状況じゃちょっとキツイけど、方法が無い訳じゃない」
「本当か!」
ティーシェルが、軽く頭を下げる形で肯定する。
「キルト……動けるかい?」
「ああ、何とか……―――」
さっきまで気絶していたキルトが小声を出す。
「僕が隙を作る……君はまだ気絶している振りをして、僕の合図と共にダグラスの後ろ肩
に当たるように、ライジング・サンを投げて欲しい。その瞬間を見計らって、ラフィスト、
君が彼女を助けるんだ」
ばれない様こちらに視線を向けず、淡々と作戦を話すティーシェルに、わかったと小さな
声で返す。ティーシェルはキルトが気絶していないのがばれない様、ナディアにキルトの
前にいてくれるよう頼むと、ダグラスの方へ歩き出した。
「あの子、隙を作るって……どうする気かしら」
「とにかく今は、ティーシェルを信じよう」
自分の方へ近づいてくるティーシェルに気が付いたダグラスは、右手にダークネス・ボル
トを構えたまま、ティーシェルへと視線を向ける。自分に対して攻撃できないと思ってい
るのだろう。顔は終始、醜い笑みが浮かんでいる。心にある余裕ゆえ、ティーシェルが何
をしようとしているのか興味を持ったらしく、ダグラスはティーシェルに話しかけてきた。
「……おや、ティーシェル様……如何致したかな?」
「ねぇ、ダグラス。取引しないかい?」
「……取引、ですと?」
ピクリと、ダグラスが眉を動かす。
「うん、僕はこんな所で死にたくないんだ……―――」
「ティ、ティーシェル!」
いきなりの事に驚き、ラフィストが身を乗り出しかかる。が、ティーシェルはそんなラフ
ィストを冷めた目線で一蹴する。その目は、出会った時以上の冷たさだ。余りの冷たさに、
作戦なのか、それともと一瞬頭によぎる。しかし、ラフィストは頭を振ると、ティーシェ
ルを信じるって言ったじゃないかと、何度も頭の中で繰り返した。
「おやおや、仲間割れですか……意外と脆いものですね、人の絆とやらは……―――それ
とも、容易く裏切れる所がいい所なのか?」
「絆なんてどうでもいい。僕にはそんなの関係ないしね。……それに、この旅だって好き
好んで参加した訳じゃないし」
「ティーシェル、貴様!」
余りの物言いにきれたサードが、ティーシェルに掴みかかる。ティーシェルは乱暴にそれ
を振り払うと、軽く魔力を当ててサードを吹っ飛ばした。
「大体ね、神様の血を引いてるこの僕が、よく今まで君達と一緒に入れたのか不思議なく
らいだね!」
吹っ飛んだサードを見やり、この位の衝撃で吹っ飛ぶなんてザマないね、本当とティーシ
ェルがハッと鼻で笑う。吹っ飛んだサードは、殺気を放ちながらティーシェルを睨みつけ
た。今にも切りかかって行きそうなサードを、アデルが落ち着けと諭す。サードとティー
シェルのやり取りを黙ってみていたダグラスは、ニヤッと笑った後手を叩き始める。最初
は罠かもしれないと様子を見ていたようだが、サードの放つ殺気と、ティーシェルの容赦
ない魔力の波動に、疑いを消したようだ。
「ふむ……世界樹もあなたを望んでいてね、生かして連れてくるように言われていたのだ
が……痛めつける手間が省けましたね。―――……いいでしょう!いや、良き判断をなさ
る!やはり選ばれた民は違いますな」
「という訳で……悪いね、皆。バイバイ」
クスリと笑ってから、ティーシェルがダグラスの方へ歩き始める。距離が近付くにつれ、
ダグラスの顔に気味の悪い笑みが、色濃く浮かび上がってくる。どうやら、事が上手く進
んでいる事に悦を感じているらしい。右手の魔法もかき消し、ジュリアを掴む力も弱くな
っている。その瞬間、ティーシェルの目が一瞬細くなる。ティーシェルの後ろ姿を見てい
たキルトが目を見開くと、さり気なくライジング・サンを投げた。
「ククク……これで後は心置きなく殺すだけ……悪いなぁ、ラフィス、ト」
ダグラスの身体が微動に揺れる。手の力が抜けたのか、ジュリアがふらりと前のめりに倒
れこむ。ティーシェルが今だ、ラフィストと叫ぶよりも早く飛び出したラフィストが、倒
れこむジュリアを抱えて、床を転がっていった。
「ジュリア!……大丈夫か?」
ラフィストが優しく笑いかけ、ジュリアの頭を軽く撫でる。
「ええ……ありがとう、ございます」
「悪いけど、君につく気は無いよ。……ああ、サード。さっきは悪かったね」
憤怒に打ち震えているダグラスに前半の言葉を、思いっきりやられてブスッとしているサ
ードに後半の言葉をそれぞれ言う。更にダグラスに対しては、あっさり騙される方が悪い
んだよ、と付け加えるのも忘れない。
「き、貴様……甘くしてやれば図にのりおって!よくもこの私を騙しおったな!……痛め
つけるなど生温い!全員、皆殺しにしてやる!」
みるみるうちに、ダグラスの姿が豹変していく。赤い目をした、全身漆黒の竜だ。
「な……何なんだ、一体!」
「こ、この姿は……ダークエビル……―――!」
ティーシェルがその場に立ち尽くしたまま、息を呑む。
「ダークエビルだって!」
「闇の災い……その意を込めて呼ばれているドラゴンだよ。創世神フレッドによって倒さ
れ、魂は封印されたはずだけど……」
その時、ティーシェルの身体が真横に飛ぶ形で薙ぎ倒される。
「そう、君のお父上が封印されたお陰で、復活できたんだよ。あの時の戦いで肉体は無く
してしまったから、こうして他の奴の身体を乗っ取ってだが。感謝しなくてねー……君と、
君のお父上には!」
「うわぁぁぁ!」
「ティーシェル!」
ダグラスが今度は尾で、ラフィストに向かってティーシェルの身体を払いのける。普段は
軽いはずのティーシェルの身体が、何倍もの重さになってラフィストに襲いかかった。漸
く勢いが止まり、ラフィストが受け止めたティーシェルを見た時には、口から血を流して
グッタリとしていた。
「ティーシェル……」
「ククク……大人しく言う事を聞かないから、悪いんだ」
「この!」
素早く印を切り、ナディアが炎をダグラスに放つ。
「小賢しい奴等め!」
カッと口から吹雪を吐き出し、ナディアの炎をかき消す。
「魔法が駄目なら、直接攻撃するまでよ!」
「いくら竜皮が硬かろうと、それを上回る攻撃をすれば問題ない!」
マキノが三節坤で、サードが魔法剣でダグラスに殺到する。ナディアが呪文を詠唱し、そ
れをアデルが剣に宿してく。そして、マキノやサードの後に続いていった。しかし、どの
攻撃も外皮に多少の傷を与える程度で、決定打にはならない。
「くそ……きりがないな」
ダグラスの余りの堅さに、アデルが舌打ちする。マキノも、サードも繰り返して攻撃して
いる事もあり、すっかり息が上がってしまっている。ナディアも既に大魔法を何発も放っ
ているし、ダグラスに魔法攻撃は、効果が見込めそうも無い。ガーネットは皆の回復を絶
えずかけ続けている状態で、既に限界ギリギリであるし、キルトはまだ立てそうに無い。
ニックスやティーシェルに至っては、未だに意識が戻っていない。ダグラスは尾でマキノ
とサードをなぎ払うと、一気に片をつけてしまおうと身体から黒い稲妻を発し始めた。ナ
ディアが急いで結界を張り、稲妻に備える。しかし、稲妻は結界を打ち破り、ラフィスト
達に襲い掛かってきた。体力のあるアデルとサードが、咄嗟に怪我人がいるガーネットの
元に行き、彼等を稲妻から庇う。結界を通したとはいえ、そのダメージは決して浅くは無
い。それでも比較的軽症なマキノと、重症だがアデルとサードが何とかしようと、尚も立
ち上がる。そんな仲間の前に立つと、ラフィストは静かな声で言った。
「皆……さがっててくれ。後は、俺がやる」
「はぁはぁ……お前、一人じゃ……幾らなんでも無理だ」
剣を支えに立つのがやっとなサードが、ダグラスを見据えながら呟く。アデルも同じ考え
のようで、支えにしていた剣を地面から引き抜くと、ふらつく足でそれを構えなおす。マ
キノも三節坤を構え、いつでも突っ込めるように準備している。
「いや、大丈夫だ。……俺、あいつには負ける気がしないんだ」
ラフィストが、仲間に向けてフッと微笑む。そして、ダグラスに向き直ると、叫んだ。
「ダグラス……俺がこの剣で、お前を裁いてやる!」
「やれるものならやってみるがいい!」
ダグラスがドスドスと地響きを立て、突進してくる。構えられたラフィストの剣から、眩
い程の光が迸り始めると、ラフィストは剣を上段に構えなおした。ラフィストの姿を見た
ダグラスが動きを止め、驚愕に目を見開く。
「そ、その技は!」
ダグラスの脳裏に、一億年前の戦いが思い起こされる。あの時、最後に見た光の竜。その
技を放った時の構えが、これではなかったか。刹那、ラフィストの剣から絶対的な死を感
じ取ったダグラスの身体に、恐怖が走る。
「神技、デバインディッド!」
目にも止まらぬ速度で剣が振り下ろされ、衝撃波が巻き起こる。衝撃波に続いて、光の竜
を模した光弾がダグラスの巨体に刻み込まれた。続けざまに地面を蹴り、ラフィストがダ
グラスの頭上に飛び上がる。
「や……やめろ……―――」
「はあぁぁぁ!」
蒼天の間に、ラフィストの剣が唸りを上げた。ダグラスは断末魔の叫びを上げ、ラフィス
トが地に降り立つと同時に、床に倒れこんだ。
「や……った、のか?」
真っ白だった頭が、次第にクリアになっていく。ダグラスをもう一度見やると、ピクリと
も動く気配はない。感覚がなくなるまで握られた剣が、ラフィストの手から落ちる。ガラ
ンという音が響いたのを皮切りに、仲間の間にどよめきが起こった。
「やった、な!」
「ラフィー!」
後から聞こえる愛しい声。ラフィストが振り返ると、ガーネットがその胸に思いっきり飛
び込んでくる。目からはポロポロ涙が零れている。
「ラフィー、ラフィー!」
「うん……皆、生きてる。勝ったんだ、俺達が」
そう言うと、ラフィストはギュッとガーネットを強く抱きしめた。その光景を、ナディア
がティーシェルを起こしながら見ている。アデルはサードの肩をポンッと叩き、キルトは
目を覚ましたニックスと、お互いに拳を軽く当てている。マキノは良かった、と自分のハ
ンカチをグッショリぬらしていた。






