−三十二章−〜魔戦士〜
窓の外が薄っすらと白み始めた頃、ラフィストの意識は覚醒した。今日は皆でアンカース
に行く日だからか、緊張で早く目が覚めてしまったらしい。隣のベッドで寝ているティー
シェルを起こさぬように静かに身支度を整えると、ラフィストは外の空気を吸いに宿の外
に向かった。宿の外に出ると、ひんやりとした空気を感じる。少し冷たい外気はラフィス
トに心地良さを与えた。心地良さに身を浸して何気なく歩いていると、いつの間にかかな
りの距離を歩いていたらしい。気が付いたら、広場の先にある森まで来ていた。葉につい
た朝露が、日の光によって輝いている光景が眼前に広がっている。その様子にしばし目を
奪われていると、背後から声がかかった。
「ラフィー?」
声の方に目を向けると、そこに立っていたのはガーネットだった。
「どうしたんだい、ガーネット?」
「何だか緊張して目が覚めてしまって……それで、散歩していましたの」
「はは、俺と一緒だ」
笑いかけると、ガーネットも笑顔を見せる。ガーネットの優しい声が、些細な仕草が、笑
顔が好きだ。しかし、全てが終わったらガーネットはきっと国へ戻るのだろう。そしてい
つかは彼女も誰かと結ばれる。これからアンカースで起こる事以上に、彼女が自分の傍か
らいなくなってしまうのが、ラフィストには堪らなく怖かった。
「ラフィー?」
ラフィストの笑顔が消えた事を不思議に思ったのか、それとも黙っているのを不思議に思
ったのかは解からないが、ガーネットが不思議そうな顔でラフィストを見上げる。そんな
彼女の手を取り、ラフィストはギュッと握り締めた。いきなりの事に驚いたのか、ガーネ
ットは途端に顔を真っ赤にする。
「ラ、ラフィー?」
「ガーネット、全てが終わったら……君に、聞いて欲しい事があるんだ」
じっと彼女を見つめながら、自分の言葉を彼女に伝えた。ラフィストの真剣な表情に、緊
張してしどろもどろになっていたガーネットにも落ち着きが戻る。ガーネットは返事の代
わりとばかりにラフィストの手を握り返すと、自身の想いを伝える為口を開いた。
「私もね……ラフィーに、伝えたい事があるの。全てが終わったら……聞いてくれる?」
「ああ」
「ふふ……何が何でも、今日は頑張らなければなりませんわね」
「そうだね」
森に二人の笑い声が溢れる。うっすらと白む程度だった空は、もうすっかり朝の風景を彩
っている。そろそろ仲間達も起きてくる頃だろう。二人は手を繋いだまま、来た道を戻り
始めた。
支度を整えた仲間達が、人気の無い宿の裏に集まっている。何だかんだ言って、アンカー
スに乗り込むという事もあり緊張しているのだろう。皆どこかそわそわしている。ガーネ
ット、サード、ニックスにティーシェル。マキノに、ナディアに、キルトに、アデルさん。
順々に仲間の顔を見ていくと、今までの旅の思い出が次々とラフィストの頭の中に思い起
こされていく。ガーネットは城を飛び出し、無理矢理この旅についてきた形だったが、ど
んなに辛くても決して弱音を吐かなかった。そして、ラフィストはそんな彼女の姿に惹か
れた。サードの最初の印象は、最悪だった気がする。一匹狼で、協力するという姿勢など
見られなかったが、今ではそんな事は無い。この旅では、幼馴染であるニックスにも再会
できた。中身は相変わらずだったが、変わらないものもあるのだと思うと、ラフィストは
嬉しく思う。ティーシェルも冷たい、自分勝手な奴だと最初は思っていた。だが旅する間
に、彼の優しさを知る事が出来た。マキノの明るさは、仲間達にとって癒しだったと思う。
それに、個性的な仲間の緩和剤のような存在だ。ナディアはサバサバした性格で、皆を引
っ張っていってくれた。最近色々あったが何か吹っ切れたようで、以前時々見せた寂しい
顔が消えた気がする。一番印象の強い出会い方をしたのはキルトだ。まさか、盗みにやっ
てきた奴と一緒に旅をする事になるなんて、あの時は全く考えてもいなかった。一緒に過
ごした時間は短いが、俺達の事をしっかり考えてくれているキルトは、大切な仲間の一人
だ。サードが探していたアデルさんも、目的の為とはいえ俺達に協力してくれている。手
が触れている腰の剣は、キルトのじいさんであるディーテさんが作ってくれた物だ。俺達
の無事を祈ってくれている、フォートレスのディレス王子にフォートレス王。元アンカー
ス将軍だったセクルードさんに、その妻のエミリさん。色々な出会いと別れを繰り返して、
今自分はここに立っている。そう思うと、身体の奥から力が漲ってくるようだった。
「ラフィスト、緊張してんのか?」
「ニックス……いや、違うよ」
朝に抱いていた緊張はもう無い。今までの出会いが、ラフィストを強くしてくれた。
「皆、ここまできたら後はもうぶつかるだけだ。アンカースにつけば、何かあるかもしれ
ない。だけど……何が起こっても、やれるだけ頑張ろう」
ラフィストの言葉に皆が頷く。彼らからそわそわした感じが消えた。そして皆で一つの円
になると、その中央に握った拳を出してコツンと合わせた。
「―――大丈夫ですわ、私達は。……だって、何よりも強い信頼という絆で、結ばれてい
るんですもの」
「そうだね」
「虎穴に入らずんば、虎子を得ず。……なら、飛び込むまでだ」
「サード、何だそれ?」
「ふふ……ニックスはアホだね」
「ティーシェル!お前はいつも一言余計なんだよ!……それに、お前は知ってんのかよ?」
いつものようにくってかかるニックスに、大きな成功に、危険はつきものって事だよ。勉
強になった、とティーシェルが軽く流す。変わらない光景に皆がプッと噴出す中、ニック
スだけがバツの悪い顔をする。
「こーら、ニックス!機嫌損ねてるんじゃないの!」
「そうよ。そんな調子じゃ、いざって時誰かさんを守れないわよ?」
「別に機嫌損ねてなんかねえよ!ってかナディア、お前も一言余計!」
「ほれほれ、落ち着けってマッチョ。マキノちゃんやアネさんの様なレディに、声を荒げ
るもんじゃないぜ」
「ぐっ……」
「あはは……よし、行こうか!」
ラフィストがワープを促すと、それまで笑っていたみんなの顔が引き締まる。地面に描か
れた魔方陣から光が巻き起こると、ラフィスト達の姿は光に包まれ、消えていった。
ラフィストやティーシェル以外の皆は見知らぬ場所の為か、皆キョロキョロ周りを見回し
ている。ガーネットがここはアンカース城のどこにあたるのか尋ねると、ティーシェルが
王座の真下にある、鳳凰の間だと答えた。
「待っていたよ」
何の気配も感じなかったのに、急に背後から声がかかる。バッと声のした方を振り向くと、
後ろにはグレイスが立っていた。
「そんなに警戒しなくてもいい……何もするつもりは無い」
「なら、創世の剣を……」
「待て」
ラフィストの言葉を、グレイスが遮る。そして、君達が信頼に足る者か確かめたいと告げ
た。ティーシェルが必死に、自分の仲間だと訴えるが、ラフィストはそれを制する。グレ
イスが言う信頼の意味合いは図りかねるが、まずは彼の話を聞いてからにしようと思った
からだ。
「何を、すればいいんですか?」
「簡単な事だ……あの魔導士、ダグラスを倒して、奴に囚われているテレーズの魂を持っ
てきて欲しい。それが奴の切り札なんでな……。魂が向こうにある限り、私は下手に動く
事が出来ない」
「グレイス。俺はまだ、お前を完全に信用できない。お前が俺達を利用しようとしている
可能性もあるからね。だから、一応聞いておきたい……魔導士は何者だ?」
いつにもなく厳しい顔のアデルが言った。
「世界樹の手の者だ……いや、今や世界樹は世界樹であって、世界樹ではないといった方
が正しいのかもしれんが……―――」
「それは、どういう意味だ?」
詰め寄るアデルに、細かい話は後だとグレイスは話を切る。今はこれ以上聞いても無駄だ
と悟ったのか、サードがグレイスに、奴はどこにいるのかと尋ねる。グレイスが東の棟の
奥にある蒼天の間だと答えると、サードはグレイスに背を向けて、王座の間に出る階段の
方へ歩き出した。
「サード」
「魔導士を倒す方が先だ」
「……これを持っていくといい。役に立つだろう」
そう言って、紫の珠がラフィストの手の上に乗せられる。これは何なのか尋ねると、ダグ
ラスのマジックシールドを解く宝珠だと教えてくれた。
「恐らくは、奴に操られているアンカースの王子、ロイドとも戦う事になるだろう……出
来れば、そうあって欲しくは無いが」
「後、アンカース王ともな。そうだろう?」
サードが付け足しを加えると、グレイスが悲痛な顔をして目を伏せる。前にルネサンスで
聞いたセクルードの話では、王も王子も被害者だ。その彼らと戦わなければならない。そ
の現実が、ラフィストの中で重く圧し掛かる。
「……行こうか」
懐から、セクルードから受け取った手記を出す。それを片手に、ラフィスト達は蒼天の間
に向けて走り出した。
「はぁ……もう、随分走りましたわね」
延々と続く長い廊下を走りながら、ガーネットが息を切らして言う。セクルードの手記の
お陰で、迷う事無く蒼天の間へ向かう事が出来るが、それでも城の中はだだっ広くまるで
迷路のようだ。
「おい、あれ扉じゃねえか?」
ニックスが前方を指差す。暗い中目を凝らすと、そこには確かに物々しいほど荘厳な扉が
あった。漸く扉の前に到着した一同は、息を整える。扉をじっと見ていたアデルが間違い
ないと呟いたのを聞き、ラフィストは蒼天の間の扉を開けた。広々とした空間はしんと静
まり返っており、誰かがいる様子は無い。
「誰も……いないんですの?」
「やはり、騙されたのか?」
周囲を伺うガーネットの後ろで、アデルがポツリと呟く。アデルの言葉に、ラフィストも
内心どうしようかと思う。しかしこのまま立ち尽くしていても仕方が無いので、慎重に広
間の中へ足を進めた。
「やっぱり、人の気配がしないな」
広間の中央辺りでこうラフィストが呟いた時、急に蒼天の間の扉がバタンと閉まる。慌て
てニックスが扉の方へと走り扉を開けようと試みるが、うんともすんとも言わない。
「くっそ!開かねえぞ!」
「ふん、客人が来たと思えば……なんだ鼠か」
広間の奥に、人影が浮かび上がってくる。黒いローブを纏ったその姿は、禍々しいオーラ
を放っていた。恐らく、こいつがダグラスという魔導士なのだろう。
「お前がダグラスか!」
「いかにも。お前達はグレイスのコマ、といった所か?くく、ご苦労な事だ」
「何!」
明らかに馬鹿にした物言いに腹を立てたサードが、大剣に炎を纏わす。他の皆もそれぞれ
武器を構え、既に臨戦態勢に入っている。
「おっと……やる気なのは構わないが、お前達の相手は私ではない。―――……出でよ、
我が僕!」
ダグラスがサッと手を上げた瞬間、その場に二人の人間が現れる。その内の一人が、ダグ
ラスとラフィスト達の間を遮るよう、躍り出た。
「あなたは……」
「我は、アンカースの王なり。小賢しいネズミどもめ……直に始末してくれる」
徐に空中に手を伸ばし、アンカース王が呪文の詠唱を始める。それを見て詠唱を止めよう
と、まず武闘家の二人が弾かれたように飛び出した。それを見たキルトが援護しようとラ
イジング・サンを投げ、サードが魔法を纏った剣圧を飛ばす。アデルも一撃を加えようと、
駆け出していく。ラフィストはグレイスから受け取った解呪の珠を使おうと、懐から取り
出して上空に掲げる。それを見たナディアが待っていたとばかりに詠唱を始めた。
「きゃあ!」
真っ先にアンカース王に殺到したマキノが、何かに弾かれたのか大きく後ろに吹っ飛ぶ。
打ち付けた腰を擦っていると、異変に気が付いたニックスが後ろ飛びしながらさがってく
る。キルトが投げたライジングサンも、サードが放った剣圧もことごとく弾かれてしまう。
呪文を放とうとしていたナディアも、詠唱を中断した。
「何よ……もしかして、効いてないの?」
仲間の間に一瞬の動揺が走った瞬間、詠唱を終えた王の手が上がる。いち早く気が付いた
ティーシェルが、ダメージを最小限に抑えようと急いで印を切った。
「ヘル・バーン」
「ウォール!」
言霊と共に、強烈な爆炎が巻き起こる。爆炎がラフィスト達に襲いかかる前に、ティーシ
ェルによって張られたウォールの結界が、彼らの周りを覆う。大概の呪文はこれで遮れる
はずだ。しかし、爆炎は結界を壊してラフィスト達に襲い掛かった。
「うわぁぁぁー!」
余りのダメージに、ラフィストは手に持っていた解呪の珠を地面に落とした。肩や背中に
もの凄いダメージを受け、肉が焦げたような匂いがするが、何とか剣を落とす事だけは防
げた。地面に落ちた解呪の珠は、コロコロと転がっていく。解呪の珠が効かなくとも何と
か攻撃に転じなければと思い、転がっていく珠をそのままにラフィストは剣を支えに立ち
上がった。そこに、炎が足に当たったらしい右足を引き摺りながら、ティーシェルが歩み
寄ってくる。地面に転がっている解呪の珠を拾い上げると、その中を覗きこんだ。
「これは……きちんと発動してないみたいだ。ラフィスト、解呪は僕に任せて攻撃に専念
して。これ以上あのレベルの魔法をくらい続けるのは拙い」
結界を張ってなお、あの威力だ。ティーシェルの言う通り長期戦になるのは非常に拙い。
ふらつく足を叱咤し、何とか剣を構えなおすと、そこにガーネットの回復魔法が包み込ん
だ。さっきまで強烈に痛んだ肩や背中の痛みが、スッと和らぐ。
「皆、回復魔法かけましたわ!頑張って!」
「ガーネット……よし!皆、攻撃だ!」
ラフィストの声に、倒れこんでいた皆が起き上がる。武器を構え、ラフィストが殺到した
途端、周囲に紫炎色の光が溢れ出した。
「これは、まさか……」
光によって貫かれたダグラスが呟く。瞬間、パキッという音が鳴り響いた。それと共にマ
キノと同じように、弾かれかけていたラフィストへの抵抗も無くなった。殺到した勢いの
ままラフィストが剣を振り下ろすと、ラフィストの剣はアンカース王の胴に傷をつけた。
「いいよ、皆!解呪のついでに、魔力と守備力も下げといた!」
「なら効果の持続するうちに、倒しちまわないとな」
ラフィストの攻撃が当たったのを見て、キルトが勢い良くライジング・サンを投げる。ラ
イジング・サンがアンカース王の二の腕を裂き、確実にダメージを与えた。そこにマキノ
の攻撃が、相手の腹に上手く決まる。もう一回攻撃を仕掛けようと一旦後ろに下がったラ
フィストに、アデルが声をかける。
「俺とニックス君で間接攻撃して、敵のバランスを崩す。その隙を狙って、君とサードの
二人で一気に強力な技を放つんだ」
サッとサードの方を振り向くと、サードが一つ頷く。自然と、剣を握る汗ばむ手に、力が
入った。
「待って、体勢を崩すなら大勢の方がいいんじゃない?」
「僕とナディアもW合成魔法で援護する」
「頼むぞ、二人共」
珍しくサードが二人に声をかける。そして剣を構えなおし、技を高め始めた。ラフィスト
もいつ突っ込んでもいいように、剣に闘気を込める。未だにアンカース王に攻撃を加え続
けていたマキノをうっとうしく思ったのか、アンカース王がマキノに向かって杖を振るう。
攻撃を腹に受けて吹っ飛んだマキノを助ける為、キルトが敵に向けてライジング・サンを
投げる。そして吹っ飛んできたマキノをダイレクトキャッチした。キルトが投げたライジ
ング・サンはかわされてしまったが、アンカース王がライジング・サンを避けた所を狙っ
て、アデルとニックスが攻撃を放った。
「真空剣!」
「閃光八卦拳!」
二人の技が、敵を襲う。そこに更に追撃しようと、ナディアとティーシェルの二人が呪文
を放った。
「バースティンブレイズ!」
「ジューティリアムオクサイド!」
二人の魔法が弾け合い、もの凄い衝撃と爆発が起こる。そこに更に先程の二人の攻撃が合
わさり、強烈な一撃が敵にお見舞いされた。しかし、これほどの攻撃の中でも敵はまだ爆
炎の中で立っている。
「今よ、ラフィー!」
ナディアが叫ぶ。同時にラフィストとサードが敵に向かい、踊りかかった。ラフィスト達
を寄せ付けまいと、アンカース王の手から衝撃波が発せられる。ラフィスト達が身構える
前に、先に攻撃をしたアデルとニックスが前に飛び出し、二人の壁になる。
「アデルさん!ニックス!」
「気にするな!―――いけ!」
ラフィスト達の代わりに、二人が吹っ飛ばされる。二人が作ってくれた好機を逃すまいと、
未だに炎に包まれているアンカース王に、ラフィストとサードが技を繰り出した。
「鳳凰神火剣!」
「神火告天破斬!」
炎を纏ったサードの剣がアンカース王を深々と切り裂いた後、ラフィストが続いて剣を振
り下ろす。ラフィストの剣が一瞬、閃光のように煌いたかと思うと、剣は荒々しいまでの
雷のような軌跡を描いて、アンカース王を切り裂いていった。
「う……おおおおおー!ぐ……ぐぼぁはっ……!」
ゆっくりと王が崩れ落ちていく。
「やった!……っ?」
崩れ落ちた王が、みるみるうちに砂と化していく。そして、完全に砂になったかと思うと、
掻き消えてしまった。
「チッ……これだから脆い生き物は……役立たずめ」
王の消えた場所を睨みながら、ダグラスが呟く。そんなダグラスをラフィストはキッと睨
むと、叫んだ。
「ダグラス!貴様……」
「クク……ちょっと使いやすいように、人体改良したまでの事……それより、気を抜いて
いる場合ではないぞ!そぉら!」
広間一体に、赤黒い雨が降り注ぐ。それが身体に触れた瞬間、激痛が走りぬけていった。
何とかマントで防ごうとするが、赤黒い雨はマントに穴を開けるばかりで、ちっとも効果
が無い。ナディアが炎で蒸発させ、赤黒い血の雨は掻き消えるが、ラフィスト達に与えた
ダメージは深刻だった。急いでガーネットが全体に回復魔法をかける。
「今のは、ブラッド・レインという魔法。くく……私はこやつらのように雑魚ではないぞ。
―――が、貴様等の相手はコイツで充分。行け!ロイド王子よ!」
そう言うと、ダグラスの隣に立つもう一人の人物がラフィスト達に殺到してくる。剣に黒
い炎を纏わせ、近くにいたサードに向けて剣を振り下ろした。サードは自分の大剣でロイ
ドの剣を受け止めるが、次第に力負けし始める。
「こいつ……魔法剣士か!」
魔法剣士相手に魔法を帯びてない剣でやり合うのは分が悪いと、サードが力を込めてロイ
ドを押し返して一気に距離をとる。そこに、逃さないとばかりにロイドが剣を振り下ろし、
剣圧を放ってくる。黒い炎がラフィスト達に襲い掛かると、先程のブラッド・レインと似
た激痛が走ってきた。
「……強い!」
流石の百戦錬磨のアデルも顔を歪め、吐き捨てる。先の戦闘で消耗している上、相手には
まるで隙が無い。ラフィストも正直どう攻めていいものか、判りかねていた。
「サード、魔法剣士相手にはどう攻めたらいいんだ?」
「取りあえず、間接攻撃中心でいくのがセオリーだ……あと、くれぐれも素手では触るな。
そいつ自身が魔法を使用する場合、痛い目を見る」
「そうか……皆、行くぞ!」
「言われなくても!」
ニックスとマキノの二人が先行してロイド王子に向かっていく。ニックスが気の攻撃を放
った所に、マキノが三節坤を振り回す。キルトも二人を援護しようと、すかさずライジン
グ・サンを投げた。しかし、ニックスの攻撃は剣圧によって相殺され、マキノの攻撃は素
早く切り返された剣によって防がれてしまう。キルトのライジング・サンも、マキノを押
しのけた後に、剣によって弾かれてしまった。
「くそ!」
突破口を見出そうと、ラフィストもロイド王子に突っ込んでいく。気を纏った剣のお陰で
何とか力負けはしていないが、剣を合わせていても一向に隙を見せない。それどころか、
剣を片手に持ち替えて魔法でラフィストに攻撃しようとしている。青白く光る手に気が付
いたラフィストは、とっさに後ろに下がって距離をとる。だが、放たれた魔法を避けるま
でには至らなく、氷の刃がラフィストに襲い掛かった。
「ラフィー!……リヒト!」
ガーネットによって放たれた光魔法によって、氷の刃が消滅する。すると、ロイド王子は
ダメージを与えられなかったラフィストではなく、魔法を放ったガーネットに殺到する。
ラフィストはガーネットの前に躍り出ると、慌ててその剣を受け止めた。
「ラフィー!」
「ガーネット、下がって!」
ガーネットが距離をとったのをみて、ラフィストも一旦距離を置く。攻撃の手を緩めまい
と、ロイド王子は更に襲い掛かってくる。キルトがライジング・サンを変形させてロイド
王子の剣を防ぐと、懐から何かを取り出してロイド王子に投げつけた。
「なっ……」
「早く毒抜きした方がいいぜ。……即効性だからな」
キルトが一気に距離をとり、ロイド王子の二の腕を指差しながら言った。ロイド王子の二
の腕には、何かの針が刺さっている。どうやら、かなり強力な毒針のようだ。ロイド王子
は乱暴に針を抜くと、呪文で治療を始める。
「アデル!それにサード。私達の魔法で、攻撃してみない?ほら、アデルとは前に一回や
ろうって言ってたじゃない。アデルは私、サードはティーシェルの魔法で……ね。属性似
てるし、上手くいくわ」
ナディアの提案に、アデルとサードとティーシェルが頷く。やるならば回復に専念してい
る、今がチャンスなのだ。サードはラフィストに目線をやると、ラフィストは無言で頷い
た。ここで決めなければ、もう後は無いだろう。
「じゃあいくわよ!特大のを!」
ナディアとティーシェルの二人が杖を掲げ、詠唱に入る。
「幾多の尖光の輝きを以て炎と成す。其は灼熱の中で炎帝の祝福を受けるだろう……」
「水神から奉りし原生の雨は、水激の調べとなりて其を追撃す……」
ほぼ同時に二人の呪文が完成し、それを見たアデルとサードがロイド王子に突っ込む。
「フレア!」
「ストームダスト!」
二人の放たれた呪文が、アデルとサードの剣に宿っていく。ロイド王子は回復を中断し、
剣を構えて二人の攻撃を受け止めるが、二人の攻撃はロイド王子の魔法剣を上回り、彼に
ダメージを与えていく。更に、相反した魔法による魔法剣は、新たな爆発を生み出してロ
イド王子を飲み込んでいった。
「今だ!ラフィス……―――」
ラフィストと言いかけたサードの動きが、そして切りかかろうとしていたラフィストの動
きが止まる。
「ヴ……ヴヴヴ……」
ベキベキと不快な音を立てて、爆風の中に薄っすら見える姿が変形していく。奇声を一つ
上げたかと思うと、ロイド王子を包んでいた爆風が消えうせた。そして、まるで人間から
化け物へと身を落とすかのような不気味な姿になって、ラフィストの前に現れた。