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−二十八章−〜休息〜


食堂で食事を終えた後、ラフィスト達はこれからの事を話し合う為、ラフィストの部屋に

集まっていた。と言っても、アンカースに行く四日後まで何かする事がある訳ではない。

必要があるのは精々修行ぐらいだろう。そんな中、アデルがちょっといいかなとラフィス

トに話を切り出す。

「ねぇ、ラフィー君。君達四日後まで何するつもりなんだい?もしも時間があるようなら、

ちょっとサードを借りていいかな?色々話したいんだ」

「ええ、構いませんよ」

剣の稽古に付き合ってもらえなくなるのが心残りだったが、ラフィストはアデルの申し出

を快く了解した。

「ほー、サードがアデルと一緒にいるんなら、お前の剣の相手がいなくなるな……よし!

この俺が付き合ってやろう!」

「キルト!」

ラフィストの心の中を読んでいたかのように、キルトがラフィストの剣の相手をかってで

る。申し出は嬉しいのだが、それ以上に彼の剣の腕がどれほどなのか気になるという思い

の方が強かったりするので、稽古の相手としては少々不安を感じるというのが正直な思い

だ。それを敏感に察したのか、キルトが不機嫌そうに眉を顰める。

「何だよ、その本当に剣出来るのか?的な視線は!俺だってなぁ、ライジング・サンを変

形して剣使ってんだ!前言っただろ!」

「そ、そうだったっけ……」

ラフィスト以外の皆も、でも実際に見た訳じゃないしと口々に呟いている。どうやら思い

は皆一緒のようだ。あまりの反応にキルトが腹を立てたのか、お前等なと大きな声で叫ぶ。

「人の事なんだと思ってるんだよ!言っとくが、俺はこそ泥じゃねえぞ!」

「い、いや……意外だなーって思っただけで、深い意味は!」

過去の事まで持ち出して怒り出してしまったキルトを宥めようと、ラフィストが必死にフ

ォローするが、彼の怒りは収まらないらしい。それどころか、ターゲットを元凶のラフィ

スト一人に定め、徹底抗戦の姿勢になってしまっている。見かねたニックスがティーシェ

ルに耳打ちし、ティーシェルがキルトを宥めにかかる。

「キルト」

「んだよ!」

不機嫌そうに振り返ったキルトだが、声をかけた人物を見た瞬間、その顔がどんどん強張

っていく。ティーシェルの方は対照的にいい笑顔である。

「あ……ハニー」

「怒っちゃ駄目だよ……皆、心配してるよ?……それに、イメージアップしたと思えばい

いじゃないか。……キルトが、仲間想いなのもわかったし!……優しいんだね、キルト」

「ハ……ハニー!ハニーだけだ〜、俺の事わかってくれるのは!」

キルトがティーシェルにしがみ付き、さめざめとしている。それを見つめるティーシェル

は先ほどのいい笑顔から一転し、白い目でキルトを見ている。

「あの目が本心だな」

「多分先ほどの言葉の空白に、本音が隠れているんですわ……」

サードが的確に突っ込み、ガーネットが遠い目をしながらポツリと呟く。漸くキルトの機

嫌が直ったので、ラフィストとキルトが剣の修行をしに部屋を後にする。その後ろ姿を見

送った後、マキノが噴出して大笑いする。

「単純ねー!」

「そうだねぇ…ねぇ、サード」

「……そうだな、アデル」

「うっ……こっちは素直すぎてこえー」

いつになく素直なサードの態度に、ニックスが引く。そんなニックスを一睨みした後、サ

ードとアデルも部屋を出て行ってしまい、部屋には四人だけが取り残される。

「俺達はどうするよ?」

ニックスがガーネットとマキノとティーシェルに尋ねると、マキノはガーネットと買い物

に行くと言い出す。そんなマキノの言葉に、二人っきりで過ごしたいと思っていたニック

スが、ガックリと肩を落とす。マキノがティーシェルはどうするのか尋ねると、ティーシ

ェルは行く所があると言って部屋を出て行ってしまった。

「んー、大丈夫かなティーシェル」

「昔から痩せ我慢しますから……ちょっと心配ですわ」

「ま、ティーシェルの事だし大丈夫だろ!……それより俺もついてっていいか?」

「勿論ですわ」

「荷物持ちでよければね!」

さ、行くわよというマキノとガーネットに引き摺られる形で、ニックスが部屋の外に出て

行く。最初はマキノに言われた荷物持ちという言葉にショックを受けていたが、マキノと

一緒にショッピングできる事に気持ちが切り替わったのか、ニックスの顔は引き摺られて

いる間中、緩みっぱなしだった。




宿を出て町を歩いていたティーシェルは、路地を曲がるとある店の中へ入っていった。店

の看板には魔道の紋章が描かれている。どうやらここは呪文の契約所のようだ。魔道書を

置いている図書館などが無い所には、こういった呪文契約所なるものが各地に存在してい

るのである。ティーシェルが店の中に入ると、中には人がいない。奥にいるのだろうと思

い、店の主人を呼ぶと、カウンターの奥の通路から店の主人が出てきた。

「何だ?何か用かい、お嬢ちゃん」

主人の言葉にムッとしつつも、構わず呪文の契約を行いたいと用件を告げる。店の主人は

棚から一つのファイルを取り出し、捲り出すと簡潔に何属性だと告げる。

「……闇。ダークマター」

「ダークマター!最上級魔法のアレか!止めときな!」

告げられた呪文の名に、店の主人が開いていたファイルをバンッと閉じる。そして、あん

た一体何考えてるんだと、ティーシェルをなじった。それでも頑として引き下がらないテ

ィーシェルに根負けしたのか、店の主人が溜息をつく。

「自己犠牲呪文が必要なんて……どんな事してんだ、あんた!―――本当はこんな契約な

んか行いたかないが……わかったよ、目ぇ閉じな!」

店の主人によって発せられた言霊により、ティーシェルの身体に呪が刻み込まれる。その

瞬間、ティーシェルの身体をとてつもない疲労感が襲う。ここにきて、魔力を抑えられて

いる弊害が出たのだろうかと思うが、踏ん張ってグッと耐える。この呪文だけは契約破棄

する訳にはいかなかったからだ。万が一、グレイスが何かを企んでいたら、この呪文で一

緒に死ぬと、そう決めたのだ。疲労感が多少弱まった事で、ティーシェルは顔を上げた。

「ありがとうございました」

ニコリと微笑み、店を後にする。その背に、店の主人が声をかけた。

「……あんたに何があんのかは知らん。だがな、簡単に命を投げ出すような真似だけは、

すんじゃねえぞ」

店の主人の言葉に頷く事も出来ず、ティーシェルは店の扉を閉める。その足でまっすぐ宿

に帰り、ベッドに横になった。

「いざとなったら、これでって決めたけど……僕は、死ねるのだろうか?―――……いや、

それより殺せるのか、あの人を」

自問自答しても、答えは出ない。これが皆の為にもなると思っても、所詮はティーシェル

の自己満足に過ぎないからだ。ただただ、ダークマターを使う事が無いよう祈りながら、

眠りに落ちていった。




見晴らしのよい広場の草の上にアデルが座り、その隣を指差す。サードがそこに座ると、

アデルはゴロンと仰向けになって空を見上げた。サードも続いて、ゴロンと仰向けになり

空を見上げた。

「久しぶりだなぁ。こんな風に……隣り合う事も。あの時から、随分と歳を取ったよ。も

う、二十八だ。サードは―――……ええと、二十?」

「ああ、もう二十なんだよ……アデル」

空には雲がゆっくりと流れている。二人の間にあっという間に流れてしまった年月とは、

正反対のようにも思う。

「なぁ、サード?俺さー、何していいか分からなくなっちゃったよ」

「……」

「俺の今までの目的はルーン聖石の破壊だった。……でも、今はそれが正しいのかさえ、

分からない。今まで悪だと思ってたものが善で、白だったものが黒?訳分からないよな」

やり場の無い感情をぶつけるかのように、周りの草をむしっては放る。草が少しだけ風に

舞い、落ちていく。二人の間に沈黙が流れる。その間も、アデルは意味の無い行為を繰り

返している。暫くして、アデルの話を黙って聞いていたサードが、ポツリと口を開いた。

「アデル、俺……アデルがアンカースの団長だったから、アンカースの事を何か調べれば

アデルについて何か解かると思って、この旅に参加した」

「えー!俺の?……何か照れるなぁ」

「だから、さ。ラフィストみたいに妹が、とか……ティーシェルみたいに父親が、とか深

い理由なんて一切無いんだ。俺はアデルに会えて、目的は果たされただろ?アデル……俺

は、ここにいてもいいんだろうか」

アデルの草をむしる動きがピタリと止まる。

「ん。お前がもっと一緒に旅をしたいって言うなら、いいんじゃないか?」

さらっと答えたアデルに、サードが少し戸惑う。

「俺何かさ、ルーン聖石を壊そうと思ってたのに、何かそういう雰囲気じゃないし。今更

ながら、あの朝食の場にいてよかったかすら疑問だよ」

「アデル……」

「いいよな、仲間っていうのは。―――……あーあ、団の皆は元気かなぁ」

「団か……懐かしいな」

しばしの間、昔に思いを馳せる。短かったが、団の皆と過ごした楽しい日々。彼らが生き

ているのかすらサードには解からないが、それでもまた会えたらどれだけいいかと思った。

「それよりアデル。本当は、こんな事言うつもりじゃないんだろ?」

サードの指摘に、アハハと笑いながらアデルが良く分かったねと答える。サードはそれを

長い付き合いだからな、と軽く流した。そんなサードの対応に、流れた年月を直に感じた

アデルは、僅かに微笑む。そして、大きく溜息をついた後に話し始めた。

「空が、だよ。緑だったらどうする?」

「……は?」

一瞬何を言われたのか理解出来なかったサードが、ポカンと口を開けてアデルの方に顔を

向ける。アデルはサードに構う様子も見えず、話を続けた。

「ほら、物語とかでよくあるだろう?だけど、そういう不思議を、不思議と思わない時も

ある……サードには、空が青く見えるかい?」

「あ、いや……さぁ?」

「誰がこの世を動かしている?それを誰が知っている?……サードは、新しい時の訪れを

迎える、覚悟は……準備は出来ているかい?」

アデルが何を言いたいのかさっぱり解からない。少し考えた後、サードはわからないと答

えた。それに対し、アデルも俺もと答える。アデルの答えに、アデルが何を言いたいのか、

分かったような、そうでないような不思議な気持ちを抱いて、サードはアデルの横顔をじ

っと見つめる。

「それでも今は、俺にとっての空は青だ。……サード、君は?」

「青」

「そうか」

「アデルは、緑である事を望んでいるのか?」

そうかもしれない、と言った後アデルは立ち上がり、服についた泥を払う。

「そこで、だよ。俺に世界が何色か、見届ける権利はあるかい?」

ここで初めて、サードはアデルが何を言いたいのか分かった。フッと笑い、上半身を起こ

しアデルを見上げる。

「あったら、どうする?」

「見てみたい、この目で」

「……アデルが、見てみたいって言うなら、いいんじゃないか?」

「そうか。……ん?どっかで聞いた台詞だな、それ」

眉を顰めるアデルを見て、サードがプッと噴出す。サードの様子にアデルが苦笑し、お互

い顔を見合わせる。その瞬間、耐え切れなくなったのか二人で一斉に笑い出した。こんな

に笑ったのも、こんなスッキリした気持ちになったのも、お互い久しぶりだった。




「おーい、ラーフィースートー!行くぞー!」

辺り一帯に鈍い音が響き渡る。

「おっと……と!」

かなりの衝撃がラフィストに走り、一瞬剣を取り落としそうになるが、慌てて体勢を立て

直す。そこを付け入るように、キルトの連撃がラフィストに襲いかかる。それを辛うじて

受け止めるが、かれこれ一時間以上こうして剣を交えている為、ラフィストの足にふら付

きが見え始めた。いつも飄々としている彼とは結びつかないほど鋭い剣撃が何度も繰り出

される様に、ラフィストは感心すら覚える。ラフィストの足のふら付きに気が付いたのか、

キルトが地面に剣化したライジング・サンを突き刺し、少し休憩するかとラフィストに告

げて腰を下ろした。

「ほれ!ラフィストも座れって!」

「あ……ああ」

キルトに勧められたのもあるが、やはり身体は正直らしい。疲れた身体を休める為、ラフ

ィストは素直に腰を下ろした。

「なぁ、キルト。キルトは何でそんなに強いんだ?」

正直、細身で身軽というイメージはあるが、あまり強そうには思えない。それなのに、先

ほどまでの剣技は見事な物だった。その事を不思議に思ったラフィストは、キルトに疑問

をぶつける。

「こればっかはキャリアだな……と言いたいが、実はそうでもないんだな。純粋な力勝負

ならサードやニックスは勿論、お前にすら俺は勝てない。下手すりゃマキノちゃん以下か

もしれないな。俺の取り得は、この身軽な身体しかない……だから俺は、徹底的に受け流

しの鍛錬を積んだ。相手の威力を受け流して、自分の長所を生かして一回に二撃加える。

そうやって、相手を圧倒するようにしているだけだ」

「自分の長所、か……」

「お前だったら、割と小回りや精密な動きが得意だろ?後は気を使った攻撃も出来るんだ

よな?それの二つを上手く操って、自分の攻撃にリズムを作ったらどうだ?」

「そんな事、考えた事も無かったな」

今まではずっとサードと組み手していた事もあり、ラフィストはいかにサードに近づける

かを考えていた。しかしキルトは、自分なりの強さがあると新しい道を示してくれた。改

めてラフィストは、自分の剣技について考えてみる。

「闘気剣、とか出来ないかな?」

「ああ、剣に気をのせるのか。……いいんじゃないか?力の足りない分をカバー出来るし」

あっさりと言い切るキルトを、ラフィストは不思議そうに見つめる。

「ラフィストなりに考えたんだろ?それならそれでいいじゃねえか。他の皆だって、自分

なりに工夫してるんだ。お前が目標にしてるサードだってな。それに、自分の剣を見つめ

るって事は、己を見つめるって事だ」

あ、今のはじいちゃんの受け売りだけどなと付け足して、キルトが笑う。己を見つめる。

自分自身が何なのかを考えている今にとって必要な事だと、ラフィストは思った。だとす

れば、この事もきっと無駄ではないはずだ。そして、それは必ずヴィラさんの言う強さへ

と繋がっていくと確信する。

「ありがとう、キルト」

キルトのアドバイスは、今まで迷っていたラフィストの心を一気に晴らした。その事につ

いて、ラフィストがキルトに礼を述べる。キルトは何について礼を言われたのかわからな

かったのか、急に改まって変な奴だなと笑う。

「大分休んだし、そろそろ再開するか!」

「ああ!今度は、俺からいくぞ!」

立ち上がって剣を手に取ると、ラフィストがキルトに向かって突進し、剣を振り下ろした。

剣が交わるごとに鋭い音が、辺りに響き渡っていった。




七年前破壊された建物は、七年経ってもそのままだった。瓦礫の山と化したランツフィー

トの街外れに、今ナディアは来ていた。ここにはランツフィートの民の霊廊がある。つま

り、共同墓地のようなものだ。その近くにナディア自身が作った小さな墓があり、ナディ

アはそこの前に立っていた。

「ロズウェル……」

粗末な墓にそっと触れ、弟の名を呼ぶ。返事など無い事くらい、分かっている。なのにナ

ディアは名を呼ばずにはいられなかった。すると、変えるはずの無い返事が返ってくる。

「姉ちゃん……」

ナディアが動きを止める。今の声は確かに、弟のものだった。信じられないという想いで、

ナディアが目を見開く。ロズウェル、と叫ぶとこっちだよと言う声が聞こえてくる。声の

方を振り向くと、そこに立っていたのは紛れも無い弟のものだった。

「私に、会いに来てくれたの?」

目に涙が溢れる。ロズウェルは、そんなナディアを見つめ、優しく微笑んだ。

「姉ちゃん、僕の為に泣かないでよ―――……なんてね」

急にロズウェルの声が変わる。この低い声はロズウェルの物ではない。

「……誰?アンタ、何者?」

ロズウェルをナディアがキッと睨むと、ロズウェルが大きな声で笑い出す。

「何がおかしいのよ!」

「だって、おかしくってさ。……アンタ、聞くところによると、死んだ弟を生き返そうと

してるんだって?」

「わ……悪い?」

「当たり前さ!生きているって事は、死に近付いている事でもあるって事だ。アンタの弟

は、アンタのエゴのせいで、死の恐怖にまた怯える事になるのさ!―――……確か、まだ

死にたくない!助けて!……だっけ?」

「何で知って……っ!」

「せーっかく死の恐怖から逃れて、平穏な生活をしているっていうのに!いくつになって

も我が儘だね、アンタ。仲間放って、一人勝手に行動して?そんなアンタのせいで人が傷

ついていくんだ!おかしくない方が……変だろ?」

何か言わなきゃ、と思うがナディアは声も出ない。そんなナディアを、ロズウェルの姿を

した者は尚も笑っている。

「まぁ、こっちとしてはお楽しみ要素が増えたんだけど」

そう言い残すと、その姿が薄れていく。待ちなさいとナディアは叫ぶが、アンカースで待

ってるよと言い残すと、その姿は完全に掻き消えてしまった。

「アンカースでって……まさか、敵?」

先ほどの存在について、ナディアが考えるが憶測ばかりで答えが出ない。取りあえず気を

取り直して、墓参りを済ませようと思い墓の方に向き直る。すると、そこには魔道書と杖

が置かれていた。こんな物、先ほどまで無かったはずだ。置かれている魔道書を手に取り、

中をめくっていく。

「す、凄い……」

しかし、これはいつここに置かれたのだろうか。さっきまでは無かった。これを見つけた

のは、先ほどの奴がナディアの前に現れてから。その事に思い至った時、ナディアの中に

一つの確信が生まれる。

「まさか……ロズウェル?ロズウェルなのね!」

きっとナディアを決意させようとしてくれたのだ。いつまでも自分に囚われないで、前を

見て欲しいと。そんなロズウェルの想いを感じ取り、ナディアがその場に崩れ落ちる。

「ごめんね。私、迷ってばかりいた。我が儘ばかり言ってた。結局、私は自分の事しか考

えて無かったのね……でも決めたわ。私、皆の所に戻る……だからロズウェルも、見てて!

いつか、私が死んだら……」

天国で会おう。そう言わなくとも、きっとロズウェルには伝わるだろう。ナディアは顔を

上げ、しっかりと大地を踏んで立ち上がる。杖を手に取り、自分のいるべき場所に向かう

為、ワープの印を結んだ。墓場からナディアの姿が消え、元の静寂が戻る。墓の横には、

一人の少年が佇んでいた。

「姉ちゃん、もう過去なんかに囚われないで。そして、忘れないで……僕は、いつも傍に

いるから」

笑顔と共に、彼は消えていった。




ワープで一瞬のうちにツァラに戻ってきたナディアは、宿の中に駆け込み階段を駆け上っ

ていく。部屋の前に立つと、どの部屋も物音一つ聞こえてこない。もしかすると、皆出か

けているのかもしれない。一番所在が気になっていたティーシェルの部屋の前に立ちノッ

クすると、返事が返ってくる。ドアを開け、彼の名を呼ぶと驚いた声が返ってきた。そん

なティーシェルに近づき、胸の中に顔を埋める。

「やっぱり、皆と……ティーシェルと一緒にいたいから」

「そっか……」

「それよりね、これを見て欲しいの!この魔道書……―――」

顔を上げ、ティーシェルの前に魔道書を差し出す。その魔道書を見た途端、ティーシェル

が息を呑む。彼の様子にナディアは知っているのかと尋ねると、ティーシェルからは知っ

てるも何も、という返事が返ってくる。

「これ、大魔法の魔道書……それもかなり強いレベルのメテオだよ」

中を確認するかのように、本を捲って読んでいくティーシェルの様子を見て、ナディアは

中読めるんだと呟く。そんなナディアに対して、これでも言語解読は専門だからとあっさ

り返す。

「で、メテオってどんな魔法?」

「炎属性の、使役者によって威力が変わる魔法だよ……その分、身体への負担も大きいし

誰でも扱えるって訳じゃないけど」

納得したナディアに、ティーシェルが早速契約したらどうだと勧める。ナディアは、ティ

ーシェルは契約しないのか尋ねるが、ティーシェルは黙って首を振る。先程感じた激痛を

思い出し、これ以上呪を刻むのは厳しいと思ったからだ。メテオクラスの魔法の負荷には、

とてもじゃないが耐えられないだろう。事情を知らないナディアは珍しいというが、反属

性だからというティーシェルの言葉に一応の納得はしたらしい。

「じゃあ、私にメテオの呪、刻み込んでくれる?」

「わかった」

印を結び、詠唱するとナディアの身体に呪が取り巻いていく。そして、身体の中に吸い込

まれていった。

「これが……メテオ?―――って、重!」

強烈な疲労感に襲われたのか、ナディアがベッドに倒れこむ。ナディアの様子に苦笑しな

がら、ティーシェルがさっき身体への負担が大きいって言っただろと告げる。そんなティ

ーシェルを恨めしそうに見上げながら、ナディアが溜息をついた。ナディアの隣に腰を下

ろしたティーシェルがポツリと口を開く。

「ねぇ、ナディア……父さんは何をしようとしてるんだろう」

「今は気にしなくていいんじゃない?どうせ、もうちょっとでわかるんでしょ」

「そうだね……おかえり、ナディア」

倒れこんでいるナディアに、笑顔を向ける。

「んもう!遅いわよ!」




その頃、はしゃいだ様子のマキノとガーネットと、大量の荷物を持ったニックスが町を歩

いていた。日は傾き始めており、町並みをオレンジ色に染めている。それでもマキノの元

気は衰えを知らない。

「きゃー!見てみてガーネット!アレ、超可愛い!」

「マキノ……もうそろそろ帰りませんと」

「もうちょっと大丈夫だって、ガーネット!……あ、ニックス。荷物落とさないでよね!」

「へいへい……」

手に持っている荷物を抱えなおして、ニックスが返事をする。そして、いつもいつも損な

役回りだなと、心の中で涙した。両手一杯に荷物を抱えた彼を、ガーネットが同情するか

のような目で見ている。

「なぁ、マキノー……本当に、もうそろそろ帰らないか?お日様だって、かなり落ちてき

てるしよ……」

ニックスの言葉に、マキノがはしゃぐ手を止め二人を振り返る。

「何かさ、二人共。不安じゃない?」

「え?」

「これからさ、先の事が全く分からないよ。またこうやって皆で買い物して、笑って、遊

んで……本当に、また出来るようになる?……こんな事考えたって仕方ないんだけどさ」

それを聞いて、ガーネットが優しく微笑む。

「大丈夫ですわよ。それに先の事が分からないのなんて、別に普段と何も変わりませんわ。

いつでも先の事なんて誰にもわからない……そうでしょう?」

「そうだぜ!それに、今から弱気でどーすんだよ!」

「そ……だね」

ニックスが片手に荷物を抱えなおし、マキノの肩をポンッと叩く。ガーネットも、その反

対の肩にそっと手を置いた。

「つーワケで、帰ろうぜ?激重い……」

「え!嫌よ!まだ時間あるじゃん!さ、ショッピングー」

いつもの調子を取り戻して、明るい調子で再び歩き出すマキノに、ニックスとガーネット

がやれやれといった顔つきでお互いを見やる。

「たく、我が儘な娘だな!」

「フフ、まあまあ」

こうなったら、とことん付き合って差し上げましょうと言うガーネットに、ニックスが苦

笑しながらそうだなと答える。先を行っていたマキノが二人の名前を呼び、早くと催促す

る。二人は笑顔で、マキノの元へと歩き出した。

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