−二十七章−〜離れた心〜
「ちょっと待って!」
部屋に戻りかけた一同を呼び止める声が響く。声の主、ナディアは去りかけたアデルの腕
を掴むと、自分の方へと引っ張る。あまりの強さにアデルがよろけるが、ナディアはそん
な事はお構い無しにアデルに詰め寄った。
「あなた……さっきルーン聖石を壊すって言ったわよね!」
「ああ、そのつもりだ。まぁ、彼の同意が無いと何とも言えないけど……」
「じょ、冗談じゃないわ!―――……アデル、例えばルーン聖石を使っちゃうと……無く
なるのよね?」
「おそらく。はっきりとは分からないが、あれは魔力の結晶かもしれない。そうだとすれ
ば、使ったと同時に消えるだろうね」
アデルの言葉に、ナディアの顔が蒼白になっていく。ナディアの旅の目的は、ルーン聖石
で弟を生き返す事。ルーン聖石が消滅してしまっては、その目的を達する事が出来なくな
ってしまう。その事でパニック状態になりかけているナディアに、ラフィストが声をかけ
ようと近寄るが、それよりも先に彼女の目の前に居たアデルが、不審そうな顔つきで肩に
手を置き、声をかける。しかしナディアは、アデルの手を勢いよく振り払い、フラフラと
二、三歩後ずさっていく。
「うそ……うそでしょ?―――じゃあ、私の……私の今までの旅って、一体何だったの!」
ナディアの問いかけに、誰も言葉を返す事が出来ない。暫くその場に立ち尽くして俯いた
後、ナディアは一同に背を向け、黙って階段を昇っていく。階段の途中で、一旦足を止め
ると、ナディアは静かだが強い口調で口を開いた。
「私、ルーン聖石が無くなった場合……この旅を降りる事も考えておくわ」
「ナディア!」
一同はナディアに制止の声をかけるが、彼女はそれを振り払うかのようにあっという間に
階段を駆け上り、部屋に入ってしまった。
「お、おいラフィー……流石にやべぇんじゃねえか?」
「ああ、分かってる……けど、ナディアの問題なんだ。それは俺達にはどうにも出来ない」
「ラフィー!?そりゃいくらなんでも……」
「ニックス。中途半端な慰めや同情なら出来るかもしれない……でも、結局自分で納得す
るしかいないんだ。……今俺達がすべきなのは慰めとかじゃなくて、そばに居て支えてや
る事なんじゃないか」
「そ、そっか……そうだよな……」
ニックスが納得したかのように呟くが、後味が悪かったからか黙りこくってしまう。他の
皆もそれは同じようで、重苦しい雰囲気が一同の中に漂っていた。だが、自分達がここで
思いつめていても仕方がない。ラフィストは皆を促し、それぞれの部屋に戻っていった。
皆が部屋の中に入った後も、ラフィストは一人部屋の前で立ち尽くしていた。さっきはニ
ックスにティーシェルを一人にしておけないと言ったが、中にいるであろうティーシェル
の事を考えると、何となく部屋に入りづらい気分になっていしまったのだ。今回の事の発
端は、ティーシェルが連れ去られた事に全ては起因する。無理やり連れ去られたかのよう
に見えたのだが、その後に何かあったのだろうかとラフィストは思った。そうでなければ、
幾らなんでもあの態度の変化はおかしいと思う。そうなるとアンカースにいるというグレ
イスの存在が、今一つ良く分からない。今までは敵である可能性があるかもしれないと漠
然と思っていたが、彼には彼の思惑が別に存在しているのかもしれない。一度直に会って、
話してみたいとも思う。そのグレイス復活の鍵のルーン聖石。これはティーシェルしか使
う事が出来ず、アデルさんが言うには、一度使ったら消えてしまう可能性が高いらしい。
ルーン聖石を使って復活しようとしているグレイス、その復活を阻止する為ルーン聖石の
破壊を模索しているアデル、ルーン聖石で弟を生き返そうと思っているナディア。ルーン
聖石を巡るそれぞれの思惑で、今パーティはバラバラになりかけていると言っても過言で
はない。そしてアンカースで生きていたジュリア。セクルードが言っていた特別な乙女と
は、やはりジュリアの事だったのだろう。アンカースがジュリアに何をさせようとしてい
るのかは分からないが、一刻も早く妹を助けてやりたい。助けて、平和になった世界で空
白の時間を埋めていきたかった。それが今のラフィストにとっての、旅の目的となった。
しかし、それだけでは駄目なのだ。精霊の町で、ヴィラに自分が創世神フレッドの生まれ
変わりだという事を聞き、強くなれと言われた。この旅を始めて色々な出会いがあり、発
見もあった。けれど、未だに自分が一体どんな存在なのか、何をすべきなのか、それすら
分かっていない。そんな自分が、創世の剣を持つ事が出来るのだろうかと思うと、とてつ
もない不安が押し寄せてくる。それを振り払うように軽く首を振ると、ラフィストはノッ
クして部屋の中に入った。
「あ、ラフィスト……」
部屋に入ると、思っていたよりティーシェルは落ち着いていた。彼の様子に少し安堵し、
声をかけようとしたが、その言葉を彼によって遮られてしまった。
「ティーシェル?」
「お願いがあるんだ!父さんに、会って欲しい……僕と一緒に」
「会うって……アンカースに行くのか?」
ラフィストの問いに、ティーシェルが首を振って否定する。ティーシェルの意図がいまい
ちよく分からず、ラフィストが頭に疑問符を浮かべていると、精神転移の呪文で心のみア
ンカースに行くと答えた。
「……わかった」
さっきまでグレイスの考えや、ルーン聖石の事など聞かなければならない事を色々考えて
いたのに、会うと決まった時にラフィストの心を占めていたのは、ジュリアの事だけだっ
た。結局自分の中で、その他の事が後回しにされている事実に気付き、ラフィストは駄目
だな俺は、と一人ごちる。ラフィストの変化に気付いた様子も無く、ティーシェルが何か
を口ずさみ、印を切る。自分の思考に耽っていたラフィストが気が付いた時には、蔓が張
り巡らされた広い部屋の中に立っていた。実体はない筈なのに、浮いている訳でもなく地
に立っている奇妙な感じに、ラフィストは僅かに気持ち悪さを感じる。
「何か、変な感じがするよ……」
「体は置いてきているからね」
「ティーシェル?」
重く、どっしりした声が響く。その声がした方を向くと、一人の男が立っていた。ティー
シェルが父さんと僅かに呟いた所を見ると、彼が創世神グレイスなのだろう。
「その様子だと、返事をしにきたという訳では無さそうだな……まだ他に知りたい事があ
ったのか?―――……その隣にいる者も」
驚きの余りラフィストがティーシェルの方を向くと、ティーシェルが一つ頷く。実体が無
くとも、創世神ともなればその姿を見る事くらい容易いのだろうと納得していると、グレ
イスがどかっと大きな椅子に腰をかける。そしてラフィスト達の方を見つめて、何から知
りたいと問いかけてきた。ジュリアの事をいの一番に聞きたい気持ちがあったが、まずは
仲間の揉め事の元となっている、ルーン聖石の事から聞かなければ拙いよなと思い直し、
ラフィストはその事から尋ねる事にした。
「あの、ルーン聖石で人を生き返らせる事とかって、出来るんですか?」
「?……ティーシェルから聞いてなかったのか?あれはただの魔力の塊。そんな力がある
なら、テレーズの為に使ってくれと言っているさ……まぁ、だからこそ蘇生能力を持つ唯
一人の乙女が欲しかった訳だが……―――」
「それって、ジュリアの事ですか!」
「……知っていたのか。そうだ、ジュリア=ブレッセント……彼女がその乙女だ」
「じゃあ、記憶を奪ったのも……―――!」
「私だ。少々可哀想な事だとは思ったが、ランツフィートの惨状を見ていた事を考えると、
そうすべきだと思ったからだ」
グレイスの言葉に、ラフィストがカッとなる。ランツフィートの惨状をジュリアが見る事
になったのだって、元を返せばアンカースがランツフィートで殺戮を行ったからだ。いや、
それ以上にジュリアを連れてこいと命令しなかったら、ランツフィートの殺戮だって行わ
れなかったかもしれない。そうすればジュリアは今も、ホールスで元気に暮らしていたは
ずだ。そんな想いがラフィストの中で溢れ出し、沸々とグレイスへの憎しみが沸き起こっ
てくる。
「可哀想って!……元はと言えばあなたの都合で、ジュリアは……妹はそんな光景を見る
羽目になったって事がわからないのか!」
「ラフィスト、ランツフィートは……」
「でも、この人がジュリアを連れてこいって言わなかったら、ランツフィートの侵略すら
なかったかもしれない……それを否定するっていうのかティーシェル!」
「それは……」
グレイスを庇おうと口を開いたティーシェルが、ラフィストの剣幕の強さに口を閉じる。
「ラフィスト……ランツフィートの件も、ジュリアの件も、今更言い訳しようとは思わな
い。確かに君の言う通り、テレーズを蘇生させたいのは私のエゴに過ぎないのだから……
だが、息子にまで強く当たらないで欲しい」
グレイスの言葉に、ラフィストはハッとする。頭が段々冷えていくのが分かる。この人は
自分の行いを正当化せずに、自分のエゴだと言った。それに比べて、自分は相手をただ責
めただけだ。それに、ラフィストの言葉はランツフィートの事を考えて出たものではない。
あくまで自分は、ジュリアの事しか考えていなかった。それだって、傍から見れば充分エ
ゴではないのだろうか。ランツフィートで死んだナディアの弟の事を考えれば、生きてい
ただけで喜ぶべきなのだ。
「ティーシェル……ごめん」
ラフィストの言葉に、ティーシェルが気にするなというように首を振る。
「本当にすまない……テレーズを生き返したら、必ず君の元に返すと約束する。だから、
もう少し待って欲しい」
思いつめた、暗い表情のグレイスを見て、ラフィストは何も言えなくなる。この人は一体
どれだけの事を、自分一人で背負っているのだろう。ヴィラの言う全てを背負う覚悟を持
つとは、こういう事なのだろうかと、ふと思った。
「父さん……その蘇生って、どうやるの?」
ナディアの事が気になったのか、ティーシェルがグレイスに尋ねる。ルーン聖石で生き返
す事が出来ないとわかった以上、せめて他の方法を探してあげたかったのだろう。
「蘇生能力と言っても、誰でも生き返せる訳では無くてな。……人の器と、魂を結合する
能力、というのが一番近い言い方だろう。人の器程度ならば私にも創る事が出来るが、魂
の再構築は流石に難しい……魂がこの世界に留まっている事が、最低限の条件だろうな」
「そうなんだ……」
「ジュリアの力が目覚めるのは次の朔の晩、五日後だ。五日後に仲間と共に、ここへ来る
といい……その時に全て話す。この世界に起こっている事全てを……」
「グレイスさん、創世の剣はあなたが持っているんですよね?」
ヴィラが言っていた事を確認しようとラフィストが尋ねると、グレイスがそうだと返す。
「だがあれは、今の不完全な私では封印を解けない……その件も、五日後にして欲しい。
それに心だけで来ているのだし、どのみち持ち帰れないだろう?」
半透明な自分の体に気付き、ラフィストがあっと声を上げる。創世の剣を自分に渡すのも
抵抗が無い所からして、グレイスは自分達と争うつもりは無いのかもしれない。彼を完全
体に復活させるのは一種の賭けかもしれないが、彼を信じて賭けてみる価値は充分あるよ
うに思えた。そう思う事が出来ただけでも、ラフィストは彼に会う事が出来てよかったと
思う。これ以上、肉体から離れているのは拙いからか、ティーシェルがそろそろ戻ろうと
声をかけてくる。それに頷き、ティーシェルの手を取ると、再びティーシェルが呪文の詠
唱を始める。
「ラフィスト……真っ直ぐな瞳と強い意志を持つ青年。―――……君は、本当にフレッド
とよく似ているよ」
「え……?」
グレイスが呟いた言葉は、その場から意識が消えかかっていたラフィストには、殆ど聞こ
えていなかった。何て言っていたんだろうと思った時には、ラフィストは既にベッドに上
にいた。ラフィストの真横にはティーシェルが眠っている。精神転移呪文の疲れで、その
まま眠ってしまったのだろう。
「あ……そうだ!ナディアに蘇生方法について、教えてあげないと!」
起こさないように静かにベッドから降りると、ラフィストは部屋の外へと出て行った。ナ
ディアの部屋のドアをノックして、ナディアに声をかけると、中から入ればと返事が返っ
てくる。その声は重たい感じがし、不機嫌という風でなく、気持ちが沈んでいるといった
色が強いように思える。中に入ると、ナディアは窓の外を眺めているようだった。
「あ、あの……ルーン聖石の話なんだ。あれは、魔力の塊で人を生き返―――」
「ないんでしょ?」
「え?」
「生き返らないんでしょ?あの子は。……ありがと、気を使ってくれて」
ナディアが少し寂しそうな微笑みを向ける。
「ラフィー、あなたにはいつも迷惑かけたよね。私って短気だし、我が儘だし。あなた達
と居ると、何か落ち着くのよね。……でも」
言葉がつまる。何とか言葉を続けようと、ナディアは一つ息をついた後、視線を逸らすよ
うに下に向ける。
「分かってるの。今は我が儘言っちゃいけないのよね。皆だって大変だし、私一人が悲し
いっていう訳でもないし。そうよ、今は私一人が我が儘言っていちゃ、駄目なのよね……」
「ナディア……」
「私、ヴィラさんに呪文授かったし、さ。……でも……私、今まで結構平気な顔してたけ
ど、本当はショックなの。ティーシェルが、まさか創世神の子供だなんて。……それって、
平民の子供の私と、あの子の間には、生まれながらに差があるって事でしょ?私ね、差っ
て努力で無くなると思ってた。けど、実際は違うのよね。幾ら頑張ったって、越えられな
いものがあるのよ」
「そんな事……」
ない、とラフィストが言う前に、ナディアがパンと音を立てて、顔の前で手を合わせる。
「ごめん、愚痴っちゃって。……でもね、分かってもらえるかな?私がね、今まで何年も
かけてやってきた事、全部パーなの。―――だから、また一から蘇生法の可能性を探さな
きゃいけない」
「その事なんだけど、俺の妹が蘇生能力を持ってるらしいんだ!肉体の再生だけなら何と
かなるらしいし、この世界に魂が留まっていれば蘇生の可能性が……」
先程聞いた話を上手くナディアに話そうと、ラフィストは身振りを交えて説明しようとす
るが、ナディアは無理よとにべも無く切り捨てる。
「魂が元のまま留まっていられるのは、長くて精々二、三年……あの子が死んだのは七年
前よ?……魂の再構築も可能じゃないと、駄目なのよ」
「でもまだ留まっているかも……」
「もういい、余計な気を使わないで!……悪いけど、一人にして」
かける言葉が見つからず、ラフィストは黙ってナディアから背を向ける。ドアを開け、出
て行こうとした瞬間、後ろから声がかかる。
「ごめん。さっき少し、感情的になりすぎた」
「ん。気にしてないよ」
そう一言だけ残し、ラフィストは部屋を出て行く。その後ろ姿を見送った後、ナディアは
枕を抱えそこに顔を埋める。
「もう、やだ……今の私、凄く嫌な人だわ!」
今は自分の事だけを考えている場合じゃないという事は、わかっている。けれど、このま
ま皆と一緒にいていいものか、ナディアは今一つ決めかねていた。もう一人で考え込んだ
りするのは止めて欲しい。頭の中で、フォートレスで再会した時にティーシェルが言った
言葉が響く。
「そうよね……」
すっくと立ち上がり、最低限の荷物を纏めて廊下に出ると、ナディアはラフィストの部屋
をノックする。すると、すぐに中からラフィストが出てきた。正直、言おうか迷ったもの
の、意を決して、ナディアは口を開いた。
「あの、私……二、三日、一人にしてもらってもいい?……少し、気持ちを落ち着かせた
いの、お願い」
「……そのままいなくなったりは……」
「しない、約束する。必ず一度はここに戻って、旅を一緒に続けるか決めるから」
ラフィストは考え込んだ後、ナディアに分かったと了承する。せめて四日後には必ず戻っ
てくるように付け加えると、ナディアはそれに了解の返事を返す。
「わかったわ。じゃあね……バイバイ、ラフィー」
そう言うと、ワープを唱えナディアはどこかに消えてしまった。バイバイと言った彼女の
言葉が、頭から離れない。その言葉に、一抹の不安さえ感じる。しかし今は彼女がどんな
答えを出すにしろ、信じているしかない。不安を紛らわそうと、ラフィストはベッドの上
に転がる。
「五日後……全てが分かるのか……」
改めて声にその事実を出してみても、何となく実感がわかない。それ以上にラフィストの
頭を占めているのはジュリアの事と、グレイスの思いつめたような表情だった。グレイス
は自分がこの世に生まれる一億年の間、ずっと一人で何かを背負ってきたのだろうか。そ
して、今度それを背負うのは、創世の剣を継ぐ俺の役目なのだろう。自分の事だけで一杯
一杯な自分。そんな自分に、本当に何かを背負う事が出来るのだろうか。考えれば考える
ほど思いつめていくだけで、気がおかしくなりそうだ。半身を起こして電気を消すと、何
も考えないように、無理矢理眠りに入ろうとする。起きた時に悩みが全部なくなっていた
ら、どれだけいいだろうと考えていると、冴えていた頭も次第に眠りに落ちていった。
朝起きてみたが、やはり悩みは消えずいつもと変わらない日、いやナディアがいないのを
除いて変わらない日だった。
「ナディア……大丈夫かな」
「ラフィスト、ナディアがどうかしたの?」
心配そうにしているティーシェルに、昨日のナディアの件を話すと、ティーシェルはやっ
ぱり僕のせいだよね、と気落ちする。
「いや、そんな事は」
「いいんだ。―――僕、結局ナディアの役に何にも立ってないし……肝心のルーン聖石は、
弟さんを活き返す事が出来ないし……」
「ティーシェル……」
「ん!僕は大丈夫だよ。それに僕、ナディアが戻ってきた時……出来る限りの事をしてあ
げたいと思ってるんだ。……だから、もっと強くなりたい」
「そっか……」
昨日もう一度グレイスに会った事で、ティーシェルなりに決心したのだろう。戻ってきた
目の輝きに、ラフィストも安堵する。安堵と共に、ラフィストのお腹の音が部屋中に鳴り
響く。暫くの沈黙の後、ティーシェルがプッと噴出し、そろそろ下に降りようかと立ち上
がった。顔を赤くしながらも、ラフィストも下の食堂に向かう。そこには既に皆が揃って
おり、席についていた。他の皆は待ってくれているようだが、サードやキルトなんかは既
に食べ終わっている。キルトは腹減ってたもんで悪いが先食ったぜ、と一言了承を入れる
が、サードなど何処吹く風といった様子だ。相変わらずの様子に苦笑しながら席につくラ
フィスト達に、ニックスがメニューを渡して注文するように勧めてくれた。
「結構美味しそうだぜ!二人もさっさと選んじゃえよ」
「傭兵さん達が多いせいか、結構色々な土地の料理があるみたいなの!」
これとか結構グランで食べられてるものじゃない、とマキノがメニューを指し示す。確か
に、マキノが指し示した洋食Aセットは、グラン大陸全域で食べられる郷土料理に、近い
感じだ。そういえばグランの料理もここ最近口にしてないなと思い、ラフィストはこの洋
食Aセットを頼む事にした。皆はどれにしたのか尋ねると、ニックスやマキノ、ガーネッ
トもラフィストと同じ物にしたらしい。やはり何だかんだ言って、皆グランの料理が恋し
いのだろう。まぁ、既に食べ終えたサードやキルトは腹に入れば一緒といった感じで、適
当に頼んだらしいが。ティーシェルはジャムサンドと紅茶に決めたらしく、メニューを閉
じて店員に渡している。ラフィストは朝食を待っている間に、ナディアの一件を皆に話す
事にした。
「まぁ、そういう訳で今はナディア、俺達から離れてるんだよ」
ラフィストが一通り話し終える。
「ナディア、大丈夫かしら……結構思いつめてしまう所がありますし」
「大丈夫さ、アネさんの事だし!」
心配そうにしているガーネットの肩をキルトがポンと叩き、励ます。
「全く、勝手なものだな」
「な……!」
「おいおい、サード。そんな事言っちゃいけないよ。彼女だって悩んでるんだ」
ナディアの行動にサードが文句をつけ、その事に対してティーシェルが腹を立てるが、ア
デルによって先に諌められてしまい、ティーシェルは口を噤む。諌められたサードは、相
手がアデルだからかバツが悪いらしく、いつに無く大人しい。サードの態度にアデルはう
んうんと頷くと、サードも反省しているようだし許してやってよ、とティーシェルに声を
かける。昨日の今日でバツが悪いのか、それとも苦手なのかは知らないが、ティーシェル
はうっと言葉を詰まらせ、そっぽを向く。アデルはそんな態度を気にした風も無く、嫌わ
れちゃったかなと陽気に笑っている。
「それより、こっちが本題なんだけど……実は四日後に、皆でアンカースに行く」
「え?のりこむのかよ!」
「いや、違う。グレイス……さんが、全てを話してくれるらしい」
「話す……という事は、戦う意思は無い、という事ですの?」
ガーネットの問いに頷き、それだけは確かな様子だったと伝える。ラフィストの言葉に違
和感を感じたキルトが、どういう事だと尋ねる。ティーシェルの方を見ると頷いたので、
ラフィストは昨日精神転移の呪文で、グレイスに直に会った事を皆に伝えた。
「なるほど、ね」
「あー、でも四日かー!何かウズウズするわ!」
納得した顔のキルトの横で、マキノが大はしゃぎはしていないものの、明らかに顔からは
楽しみという感情が滲み出た表情をしている。
「でもよ、ラフィスト。アネさんはパーティを離れるかもしれないんだろ?」
「それは……分からないけど。どちらにしろ、二、三日以内には一度戻ってくるって、言
ってたし。……それに、俺、ナディアはきっと戻ってくるって信じてる」
ラフィストの言葉に、一同が頷く。
「今頃……何をしているのでしょうね」
「ナディアの事だ。自分なりの答えを見出す為に、頑張っているさ。きっと……」
バイバイ、ラフィーと寂しそうに告げたあの言葉に、不安を覚えない訳ではない。でも今
自分達がすべき事は心配ではない。彼女を信じる事と、やるべき事をやる事だと自分に言
い聞かし、ナディアを心配しているガーネットに言葉を返した。
ベッドに柔らかな日差しが差し込む。差し込んだ朝日に、そろそろ起きろと、マキノがベ
ッドに飛び乗って起こしに来るわねと思い身構えるが、一向にその気配はない。ナディア
は目を開けて身体を起こし、思いっきり伸びた後、辺りを見回す。昨日まで居た部屋とは
違う。部屋の中には自分一人しかいなかった。
「そっか、今は一人なんだ……」
一人になるのは、凄く久しぶりの様な気がする。いつもは朝起きたらマキノやガーネット
がおはようと声をかけてくれて、食堂に行けば皆が居る。そんな日常を、いつの間にか当
たり前のように感じていた。
「何か……つまんない、かも」
おはようと言ってくれる人も居ない。食事をしても大事な人の顔も見れないし、楽しく会
話も出来ない。皆と一緒にいる時間の方が、一人で居た時間より短いはずだ。一人は慣れ
ている。それなのに、ナディアは一人でいる時間を苦痛に感じた。そもそも自分が一人で
いる事に慣れたのは、両親や弟を亡くしてからだ。一番自分と近しかった弟の事を思い出
し、一人でいる筈の無い弟に向かって問いかける。
「ねぇ、ロズウェル。……私はどうすればいいの?」
世界樹も駄目だった。ルーン聖石も駄目だった。ラフィストが言っていた蘇生法も絶望的。
後に一体、何が残ったのだろう。五年の間、探し続けた可能性はこれで全て掻き消えてし
まった。何ももう、残ってはいない。
「皆、今頃何してるんだろう……」
今も、皆とこのまま旅を続けるべきか悩んでいる。しかし、本音はきっと怖いのだ。今旅
が終わって、全てが分かってしまったら、生き返らせるという可能性が無くなってしまう
かもしれない。それが、怖かった。
「……久々にロズウェルの墓にでも行こうかな。ねぇ、ロズウェル。もしも私の傍にいて、
私の事を見守ってくれているのなら、聞いて。私はあなたの為に何が出来る?お姉ちゃん、
何だってやってあげるわ。……お願いよ。何をすればいいか教えて……教えてよ!」
大粒の涙が目から零れ落ちていく。泣くつもりなど無かったのに、涙が止まる様子は無い。
ロズウェルが死んだ時、もう泣かないと決めたし、それ以降泣かなかった。涙脆くなって
しまったのは、旅に加わってからの様な気がする。それに一人だった時は、何かに対して
怖いなどと思っていた事は無かった。それなのに今のナディアは、旅に加わる事に怖さを
感じ、一歩踏み出せないでいる。強くなったと思ったのに、いつからこんなに弱虫になっ
たのだろうと不思議に思う。
「ねぇ、教えてロズウェル……ティーシェル、皆……」
いつまでも自分の中で出ない答えを、弟や仲間達に求め続けた。