−二十六章−〜再会〜
小さく喘ぎ、薄っすらと目を開く。どうやらここは、先程までいた森の中ではない。一面
に蔓が張ってある、広々とした部屋の中に自分はいるようだ。しかも御丁寧にベッドに横
になっている。
「―――……ここ、は」
「起きたか?」
誰かが近づいてくる。その人間の姿を確認すると、先程の黒ずくめの魔導士ではなかった。
しかし見知った顔ではない。一体誰なのだろうか、とティーシェルはぼんやり考えていた。
その男は、ティーシェルの額に優しく触れる。その行為から、敵意は感じ取れない。その
男はベッドの近くに椅子を用意し、そこに腰をかけた。
「私の名は、グレイス。そしてここはアンカースだ、息子よ……―――」
目の前に居るこの男がグレイス。アンカースにいる創世神の一人であり、敵かもしれない
男。そして、自分の父親。憎しみや愛情といった様々な感情が、ティーシェルの心の中を
駆け巡っていく。ティーシェルが黙っていると、その沈黙を信じられないゆえのものと取
ったのか、俄かに信じられない話かもしれないが、とグレイスが付け加えた。それに対し、
ティーシェルはぶっきらぼうに、わかっていますと一言述べる。
「そうか……」
その瞬間、グレイスがフッと優しい笑みを浮かべる。ティーシェルにはその笑みが意外だ
った。勝手にそんな顔はしないと思っていたからかもしれないが、その笑みはグレイスの
印象をガラリと変えた。これならば話を聞いてくれるかもしれないと思い、起き上がろう
とするが、体は中々言う事を聞かない。先程のスリープがまだ残っているのだろう。それ
でも無理をして起き上がろうとするティーシェルを、グレイスが抱きしめる。そして軽く
頭をポンと叩くと、再びベッドに横にした。
「まだスリープが体に残っているな……もう少し、寝ていなさい」
そう言うと、グレイスがその場を離れ再び姿を消した。ティーシェルは閉じた瞼にその姿
を映しながら、本当にあれが自分の父親、創世神グレイスなのかと思う。そのままティー
シェルの意識は、夢の中へと入っていった。
アデルの帰還の石によってアンカースにやってきたラフィスト達は、アンカース城手前に
ある広場の前にいた。先にある城門を見ると、警備兵がうろついている。一筋縄では場内
に入れそうにない。
「さて……問題はここからどうするか、だよな」
ラフィストが呟き、皆に意見を求める。キルトは面倒臭いからアネさんの呪文でドカーン
と行っちゃおうぜなどと言っているが、それでは少人数で来た意味もないし、潜入の為に
キルトについてきてもらった意味も全くない。サードが呆れ返ってじゃあ、お前は来なく
ても良かったななどと言っている。大した案も浮かばす、暫くその場で話していると、ア
ンカースの兵士が六人ほど近寄ってきた。
「おい、お前達!何やってるんだ!ここは立ち入り禁止……」
「―――……ウザイ。……そうね、たった今いい案思いついたわ。ラフィー、あいつら倒
して衣装借りるのはどうかしら?」
言い終わるや否や、ナディアは呪文の詠唱を始める。ティーシェルが連れ去られてからか
なり気が立っているらしい。その証拠にナディアの手から発せられた炎の威力は、いつに
も増して強かった。しかし、兵士達には余り効果はなかったらしい。
「チッ……流石アンカースね。呪文はあまり効かないみたい……」
体勢を立て直したアンカース兵が一斉に向かってくる。それに応戦しようと、ラフィスト
とサードが剣を構える。そんなサードにアデルが後ろから声をかけた。
「サード、お前がどれだけ強くなったのか、俺に見せてみろ。お前に徹底的に教えた俺の
剣術、どれ程お前のものに出来たか」
「言われなくても!」
アデルの言葉に、いの一番にサードが飛び出して行き、敵を切り伏せる。ラフィストもそ
れに負けじと、アンカース兵に向かっていく。キルトも後ろからライジングサンを投げつ
け、加勢する。ナディアは思ったように魔法が使えない事により、後ろで皆の活躍を眺め
ている形になった為、イライラが募っているようだ。ナディアがふと隣に立って皆を見て
いるアデルを見ると、その表情はさっきまでの温厚な顔ではなかった。剣の腕を見定める
厳しい師の顔。アデルを見ていると、自分の師であったアルベルトを思い出す。厳しく、
優しかった彼を思い出していると、ナディアはイライラしていた自分を抑える事が出来た。
そうこうしている間に、兵士達はラフィスト達によって倒されたらしい。その殆どが、特
に気合が入っていたサードによって倒されたものだ。
「サード」
ナディアの隣に居たアデルがサードの元に歩み寄っていく。
「見事だったよ。……強くなったね」
「いや、アデルには及ばないさ」
サードの言葉に、残りの三人は目が点になる。普段のサードなら、当然だとか、フッとか
言うはずなのに、と思ったからだ。サードは心からアデルを尊敬しているのだろう。そん
な事を三人でボソボソ話していると、そのサードからお声がかかった。
「おい、何してる。さっさとこれを着ろ」
そう言って三人に服を投げつけるサードは、いつものサードだった。
「あん、もう汗臭い!」
あれから兵士の服に着替えたラフィスト達は、キルトが開けた城の裏口から侵入して一階
の廊下を歩いていた。まずは何処に行ったものか迷っていると、アデルが食堂なんかに行
けば人が集まっているから情報も集まるだろうと助言する。アデルの助言通り食堂に入る
と、晩飯時という事もあり、そこには3、40人程の兵士が寛いでいた。
「ふぃ〜、今日もよく働いたぜ」
「本当、本当。ったく人使いが粗いのなんの!」
何人かが集まって談笑しているテーブルがあったので、ラフィスト達はその近くに座る事
にした。ラフィスト達が聞き耳立てているとは知らず、彼らは話し続けている。
「しかしジュリア様、相変わらず優しいよな〜」
彼らの会話に、ラフィストは思わず耳を疑う。七年前にいなくなった自分の妹と、同じ名
前の人間が今アンカースにいる。その人物の事が気になり、ラフィストは危険かと思った
が思い切ってその兵達に尋ねてみる事にした。
「あの……ジュリア様って……―――」
「ん、何だお前……新入りか?」
肯定の返事を返すと、その兵は元々ジュリアは七年前に記憶を失って倒れていた所を、ア
ンカースの王子によって助けられ、それ以降この国の巫女をやっている事を教えてくれた。
それを聞き、ラフィストはその少女はきっと妹に違いないと思った。隣に座っていたナデ
ィアが、突然のラフィストの行動が気になったらしく、ラフィストの耳元にジュリアとは
誰だと呟く。ラフィストは他の兵には聞き取れないほど小さな声で、妹だと返した。
「おい、新入り!それよりもっといい話があるぜ!」
兵士達の話を聞いていたのか、かなり酔っている別の兵士が、ラフィスト達のテーブルの
近くに寄ってくる。鼻につくほど匂ってくる酒の匂いに顔を顰めながら、ラフィストは何
ですかと返事する。
「他の奴らは知らないだろうけどな……さっき、王お抱えの魔導士が、可愛い子抱えて王
座の間に入っていったんだ……ヒック!ありゃきっと上玉だぜ」
饒舌な兵士に、アデルとサードがにやりと笑う。早速王座の間に向かおうとした所、食堂
に誰かが入ってきた。一瞬身構えるが、すぐにその警戒を解く。食堂に入ってきたのが、
14、5歳ほどの赤茶髪の女の子だったからだ。その少女は間違いなく、七年前にいなく
なったラフィストの妹、ジュリアだった。
「すみません……水差しを頂けないでしょうか」
兵士の一人にそう頼み、水差しを受け取る。ジュリアの姿を見て、ラフィストは今にもジ
ュリアと叫びだしそうになっていた。ラフィストが心の中で葛藤している間に、ジュリア
は食堂を後にしようとしていた。ラフィストに気が付いた様子は全くない。兵士が記憶が
ないと言っていたのは、間違いないのだろう。
「ジュリア……―――」
生きていると分かって、抱きしめたい程にラフィストは嬉しかった。しかし、ただ目線で
追っているだけの今のこの状況が、腹立たしくてたまらなかった。その様子に気付いたナ
ディアが、ラフィーと見かねたかのように声をかける。
「行ってきなさいよ。今行かないと、後悔するわよ」
ラフィストは一瞬迷ったが、首を振る。確かに行ってきたいが、今はティーシェルを助け
る方が先だ。死んだと思っていたジュリアが、生きていると分かっただけでもよしとしよ
うと、自分を納得させる。
「まあまあ、まだアイツから情報聞き出せそうだしさ。ちょっとカマかけて、何か仕掛け
とかないか聞いておきたいんだよな……」
「あの手のタイプは、煽てれば色々はきそうだしな」
キルトやサードまで、さり気なく行って来いと背中を押す。アデルが軽くラフィストの背
中を押し、こっちは任せておきなとウインクする。ラフィストはこんな状況でも自分の事
を慮ってくれる仲間達に感謝し、廊下に飛び出していった。すると、ラフィストの視界に
廊下を歩くジュリアの姿が入ってくる。ラフィストはジュリアに声をかけて、走りよって
行った。呼ばれたジュリアが、ラフィストの方を振り返る。
「あ……き、君……ジュリアだよね」
何と言っていいものか分からず、ラフィストがしどろもどろに話を切り出す。
「ええ、そうですけど。……あ、もしかして新入りの兵士さんかしら?改めてよろしくね。
……ごめんなさい、私すぐ行かなくちゃ」
「待って!」
ジュリアを制止し、ラフィストは被っていた兜を取る。
「ジュリア、僕は君の……兄だ。ラフィストだよ。覚えて、ないか?」
「兄……?」
いきなりの事に、ジュリアは完全に戸惑ってしまっている。目の前で対面しても、彼女が
ラフィストの事を思い出す気配は全くなかった。それどころか、ラフィストを疑うような
目で見ている。
「ごめんなさい。きっと、何かの間違いじゃないかしら?……私、七年前に倒れている所
を助けられたのだけれど、私に家族はいなかったって。助けてくれたロイド王子が、そう
仰っていたわ」
「君は王子の言う事を鵜呑みにするのか!?」
「そ、そんな事を言われても……困ったわ。……それにもし私が、あなたの妹だとしても
―――……」
「ジュリア様!」
廊下の向こうから兵士がジュリアを呼び立てる。ラフィストは拙いと思い、再び兜を被り
直した。すぐ行かなくてはと言っていたところから、なかなか戻ってこないジュリアの様
子を見に来たのだろう。他の兵と格好が異なる事より、兵隊長のような立場にいる人物か
もしれない。
「あ、行かなくちゃ。じゃあ……」
ジュリアが足早に去っていく。今度はラフィストも、ジュリアを追う事は出来なかった。
様子を見に来た兵士が、ラフィストの姿を認めると、ジュリアにあの兵士は誰だと尋ねる。
「ええ、私の兄だと言っていたのですが……」
「そうですか……まぁ、そんな輩もたまにおりますからな」
ジュリアを部屋まで導くと兵士は、ジュリア様の家族はアンカース城の者と王子ですから
お気になさらぬよう、と告げて扉を閉めた。そして、そこから更に歩き別室へと入ってい
く。何人かの兵士がいる様子から、どうやら兵士の控え室のようだ。
「どうかなさいましたか?」
「―――……どうやらネズミが入り込んだらしい。探せ!」
彼の掛け声と共に、部屋から一斉に兵士が飛び出していった。
留守番の形になった三人は宿で紅茶を飲みながら、アンカースに向かった彼らの帰りを待
っていた。ポツリと、マキノがティーシェル元気かなと呟く。ティーシェルはワープが出
来る。だからもし何かあっても、彼ならばワープで戻ってこれるだろう。しかし、一向に
戻る気配がないという事は、城の中もしくは術者本人に、呪文封じでも施されているのか
もしれない。そう考え、マキノはティーシェルを心配し、先の一言を漏らしたのだ。ガー
ネットがぼうっとしながら、そうですわねと一言返す。ガーネットの心ここに在らずな状
態に気付いたマキノが、ねえガーネットと話しかける。
「今ティーシェルじゃなくて、ラフィーの心配してるんじゃないの?」
「え!」
ガーネットが急に姿勢を正し、そんな事はありませんわと必死に否定する。マキノはまあ、
いいけどねと言った後、あ、でもさあと話を続ける。
「ナディアって、呪文使えてるのかなー?」
「そりゃ大丈夫だろ。相手だって魔法使うんだしさ。ティーシェルにだけかければ、いい
じゃねーか」
「そうだけど……あのティーシェルが、そう簡単にかかるの?」
マキノの疑問の声に、ニックスがうーんと悩む。ガーネットは普通はありえませんけれど、
あちらには島を沈ませるほどの魔導士がいる事ですし、可能かもしれませんわねと呟く。
そっかと納得し、二人は考えるのを止めた。本来体を動かす方が性に合っている二人は、
考えるのも、誰かを待ってじっとしてるのも好きではない。そんなじれったい気持ちを抑
える為、別の話題に変える事にした。
「あ、そういえば……ずっと思ってたんだけど!サードの髪型って、アデル意識してると
思わない?」
マキノの言葉に、ガーネットは、多少は思いますけどと控えめに答え、ニックスは絶対そ
うだと断言する。二人から肯定の返事が返ってきた事に気を良くしたマキノが、更に話す。
「でもさー、アデルって王子様みたーい」
「王子様?」
ガーネットがキョトンと語尾を繰り返して返すと、マキノは肯定した後に、ニックスには
前に言ったけど、王子様って私の理想なんだと付け加える。ニックスはマキノの理想像が
目の前に降って沸いた事で、ただただショックを受けているようだ。ショックを受けなが
らも、どの辺が王子なんだよ、と内心でニックスが思っていると、マキノはウットリとし
た表情で、優しいし、強いし、背が高いし、完璧とアデルの王子としての要素を並べ立て
た。全ての点で比較しても、自分が勝てる点は何一つない。項垂れるニックスの傍らで、
女の子二人がきゃあきゃあと騒ぎ出す。
「本当、憧れるよー!……まぁ、ガーネットには既に王子様がいるから、関係ないけどね!」
「んもう!何ですの!マキノったら!」
その場にいるのも辛くなったニックスは、お茶のおかわり入れてくるわと言い残し、その
場を離れる。心の中で涙を流しながら、あいつ愛想がいいからどれが本心か、全くわから
ねえよと一人ゴチた。
曲者探しに兵士達が動き出した頃、食堂ではキルトが巧みな話術で、アンカースの情報を
聞き出していた。アデルやサードはアンカース出身と言う事もあり、沈黙を守って食事を
取る振りをしている。ナディアも喋れば女だと分かってしまうので、情報収集は全部キル
トが行っているのだ。酔った兵士を酔い潰し、キルトが三人の元へ戻ってくる。
「あいつ本当、口軽すぎるぜ……あんなの一兵士として置いといて、マジ大丈夫か?」
お陰で隠し扉とかの仕掛けは事前に知る事が出来たけど、と言うキルトに、アデルが面目
ないと返す。今は侵入している立場とはいえ、元は自分もここの人間だったのだ。かなり
気にしているのだろう。先程のやり取りで、王座の間の真下に隠し部屋がある事を知った
キルトは、とりあえずそこに行ってみてはどうだと他の皆に切り出す。アデルが、恐らく
そこが一番人を拘束しておくには最適だろうと言った事が決め手となり、皆はそこに向か
う事に決めた。合流する為にラフィストの元へ向かおうとした時、バンッと食堂の扉が開
らかれる。そして、何人かの兵士がどっと入ってきた。
「今から身体検査を行う!兜や鉄仮面を被っている者は脱いで、一列に並べ!」
いきなりの事態に、アデルとナディアが焦りだす。サードは元アンカースの人間とはいえ、
広く知れ渡っている可能性は低い。キルトも、一般兵として上手くやり過ごせるだろう。
しかし、アデルとナディアは別だ。アデルは団長として広く知れ渡っていたし、何より今
はアンカースの御尋ね者だ。末端の者まで知っているだろう。ナディアは根本的に女なの
で、ここにいる事態が不自然だ。どうしようか迷っていると、彼らの様子に気付いた一人
の兵士が近寄ってくる。
「おい、何をしている!」
さっさとしろとばかりに、ナディアの腕を掴む。
「―――気安く触らないでよ!」
バッと掴まれた手を振り払い、ナディアが叫ぶ。明らかに女性と思われる声が、食堂中に
響き渡った。食堂中の兵士が、ナディアたちの周りを取り囲む。こうなったら実力行使し
かないわね、と言わんばかりにナディアが仮面を脱ぎ捨て、呪文の詠唱を始める。
「汝が見るは光の幻、我与えしは深淵なる闇への誘い……」
「な、何だその詠唱は!」
「デイドリーム!」
食堂中に虹色の煙が立ちこめ、周りを取り囲んでいた兵士達が次々と倒れていく。あっけ
に取られている他の仲間をナディアが促し、四人は食堂を飛び出して行った。キルトとア
デルが先行しながら、王座の間へと走りだす。
「それにしても君、無茶するねぇ。まるで若い頃の俺のようだ」
「ふふ、ありがとう。だって私、まだまだ若いもの」
その後、二人は走りながらさっきナディアが使った魔法について、にこやかに会話してい
る。追われている立場だというのに暢気な二人の様子に、サードとキルトは呆れた様子だ。
「そーだ!君の魔法、少し貸してくれないか?」
「え?」
「一度、強い魔法使って、魔法剣を使ってみたかったんだよねー」
「あら、いいわよ」
どうやらこの二人は、結構馬が合うらしい。ピンチをピンチとも思わない豪胆さも、似て
いるのかもしれない。こんな調子で彼らが廊下を走っていると、前方で一人の兵士が手を
振って兜を取った。遠くの人影を見分けたキルトがラフィストだ、と皆に告げる。
「ラフィー、どうだった?」
キルトが彼らの元に駆け寄ってきたラフィストの肩を、ポンと叩く。ラフィストは何も答
えず、ただ首だけを横に振った。
「もしかしたら、記憶を封印されている可能性があるな……」
「アデルさん、本当ですか!」
「ああ」
「ラフィスト、俺達の侵入がばれた。直に追っ手が来るかもしれない。今は先を進むぞ!」
サードの言葉にラフィストは頷く。再び彼らは王座の間に向けて走り出した。
目を覚ましたティーシェルは、ゆっくりと指を動かしてみた。どうやらもう、スリープに
よる影響はないらしい。自分にスペルロックをかけられている様子も無い。ベッドから起
き上がり、周りを見回す。周囲にグレイスがいる様子も無い。今ならばワープで簡単に逃
げられるだろうが、そうする気は起きなかった。暫くぼんやり立っていると、グレイスが
水差しを持ってやってくる。水差しを渡し、辛くはないかとティーシェルに尋ねた。別に、
とティーシェルが答えると、グレイスは似ているなと呟いた。
「誰、に?」
「テレーズに、だ。……ルーン聖石など持っていなくとも、一目で分かる」
そういうと、グレイスは椅子に腰掛け、聞きたい事があるのだろうと言った。お前も座れ
と言うようにグレイスが掴んだ手を、ティーシェルが乱暴に払いのける。
「何で……僕はこの時代の、ここにいるの?」
「お前を、守る為だ」
「僕を……?」
彼が自分の親である事を思わせるような言葉に、ティーシェルが戸惑う。
「一億年前のあの日……のっぴきならない事が起こった。世界樹によって、この世界のバ
ランスの崩壊が起こったのだ。私一人の力では、とても止める事が出来なかった。その時
の私に出来た事は、不完全な状態となる事で世界樹と共に眠りにつき、フレッドの魂の再
生を待つだけだった。しかしその間、赤ん坊だったお前を守る者は誰も居ない……だから
テレーズがお前を、私やフレッドの魂が目覚めるこの時代に送ったのだ。―――……しか
し、お前の力を欲すると共に恐れていた世界樹も、ただでは転ばなかった」
グレイスの手がティーシェルの額に伸びる。髪に触れたかと思うと、頭についているサー
クレットをグレイスによって取られた。
「このサークレットは、お前の魔力を封印する物だ。世界樹によって付けられたこれを壊
すまで、封印は解けないだろう……―――壊す方法はたった一つしかない」
「何?」
「創生の剣で切る……それだけだ」
こういうと、グレイスがサークレットをティーシェルの額に戻す。
「……でも、あなたにとって僕は、復活の為の駒に過ぎないんだろ」
「いや、復活と言うよりは完全体に戻るという方が近いな……私が不完全な存在になる為
に魔力を抽出して作った物が、ルーン聖石なのだから」
「―――……じゃあ、何でそんな大切な物僕に持たせたんだ!自分で持っていれば、良か
ったじゃないか!」
「ただの目印だ。自分の子供だという、な……―――だから、それはお前にしか使う事が
出来ないよう、施してある。それに、多少なりの護符代わりにもなってくれる」
ティーシェルはグレイスの事が分からないという風に、頭を抱える。グレイスは悪い奴の
はずだ。ナディアの故郷、ランツフィートの件だって、彼や魔導士が関わっていたはずだ。
そうだ、そうじゃないかと自分に言い聞かせ、ティーシェルはランツフィートの件はどう
説明するつもりだと責める。
「私は兵士に娘……ジュリアを連れてくるよう、言っただけだ。そこに住民を皆殺しにす
るよう追加命令を加えたのは、ダグラスだ」
「ダグラス……?」
ティーシェルの呟きに、グレイスが黒ずくめの魔導士だと告げる。自分をここに連れてき
た奴が、ランツフィートを滅ぼした。あんな奴の為にナディアが苦しい思いを今もしてい
るのだ。そう思うと、どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
「奴は私を、私は奴を見張る為、共にいる……ダグラスは、私に勝手に動かれては困るら
しい。今回も、お前を見つけたから会いに行こうとしたら、それなら連れてきてやるから
会いには行くなときた」
「何で大人しく言う事を聞いてるんだ!アンタは不完全でも創世神なんだろ!」
「……人質をとられていてな。お前の母、テレーズの魂だ」
そういうと、グレイスは大きく息をつく。そして、正直私はダグラスの奴が恐ろしいと、
話しだした。
「今では城の殆どが奴の洗脳にかかっている……勿論、王も王子もな」
ティーシェルがジュリアって子も、と尋ねるとグレイスが首を振る。記憶は取り除いたが、
洗脳からは何とか自分の力で守っているという。
「ルーン聖石を私に使うかどうか、決めるのはお前の自由だ……無理に今、決めろとは言
わない。―――……どうやらお前の仲間達が、城へ潜入したようだ。……一度、仲間達の
元へ帰るといい。次にここに来る時に、答えを出しなさい」
そういうと、グレイスがティーシェルの前に空間を開く。そして、ここを抜ければ王座の
間の前に出ると言った。このままゲートを抜けるべきか迷ったが、今の自分に決意など出
来そうにない。皆の元へ帰ろうと、ゲートを抜ける時にティーシェルが見た、別れ際のグ
レイスの顔は、優しく、でもどこか寂しそうな顔をしていた。
「あー、疲れた……玉座の間はまだなのかよー!俺、デリケートだから、そろそろ限界な
んだけど」
文句を言いながら走るキルトに、ナディアがグチグチ言うなと一喝する。かなり走ったが
一向につかない玉座の間にイラついているのは、何もキルトだけではない。そんな思いを
払拭するようにラフィストがアデルに後どのくらいなのか聞くと、アデルはラフィストの
方を振り向き、そこの角を曲がった所だと答えた。その時、いきなり前方に現れた人影に
アデルがダイレクトにぶつかる。相手の方にダイレクトに衝撃がいったらしく、ぶつかっ
た相手が吹っ飛んだ。
「大丈夫ですか、アデルさん!」
「私は大丈夫なんだが……―――」
ぶつかった相手はそうもいかなかったらしいと、アデルが倒れている人物を指差す。一体
誰だろうと覗き込んだラフィスト達の視界に入ってきたのは、探し人であったティーシェ
ルだ。いきなりの事に声も出ず、皆口をパクパクさせている。
「あれ、どうしたんだい?」
「ティ……ティティティ……―――」
「ティ?」
アデルがそれじゃ分からないと言ったように、言葉を繰り返す。
「ティーシェル!」
「ええー!」
ラフィスト達から出た名前に、アデルも同じように驚く。背後からこっちから声がしたぞ、
という声を聞き、漸く状況を思い出した一向は、ティーシェルを抱えて慌ててその場から
ワープした。
「遅いね〜。いい加減トランプも飽きてきたよー!」
「そうですわね」
お茶を飲んだ後、起きて帰りを待っていようというマキノの意見で、トランプをやってい
た三人だったがかれこれ二十回以上やっていた事もあり、流石に飽き始めてきたようだ。
「ひょっとして捕まっちまったとか?」
ボソリと言ったニックスを、マキノが三節坤で殴り倒す。ニックスは何するんだと文句を
言っているが、マキノは言っていい事と悪い事があるでしょと、聞く耳を持たない。それ
どころか更に殴りかかろうとしている。
「け、けどよ!あんまり遅いようだったら何か考えなきゃ……―――」
「あ」
言い終わる前に、ニックスの上に何かが降ってくる。その光景を見て、マキノとガーネッ
トが少し間の抜けた言葉を漏らした。ニックスの真上に降ってきたのは、ワープしてきた
ラフィスト達だ。お互いの姿を確認しあい、彼らは無事に戻ってきた事を喜ぶ。それをニ
ックスの声が遮った。
「ど、どーでもいいがよ……そこ、どいてくれ」
ラフィスト達が恐る恐る下を向く。そこには下敷きにされたニックスがいた。ニックスに
謝りながら、ラフィスト達は慌ててその場から降りた。キルトとサードは悪いと言いつつ
も、大して悪いとは思っていないらしく、ゆっくりと上から立ち退く。この騒ぎで気が付
いたのか、サードの小脇に抱えられたティーシェルが目を覚ました。
「ティーシェル!」
「あれ?ここは……皆!って、何で僕ここに!?―――……玉座の間の前に、出たはずな
のに……あれ、その後どうしたんだっけ?」
恐らく玉座の間の前に出た直後、アデルにぶつかったのだろう。ぶつかったアデルは申し
訳無さそうな顔をしている。
「ティーシェル、何ともない?」
「ナディア……うん、大丈夫」
サードに降ろされて、ナディアの問いに答えるティーシェルの後ろで、サードがアデルに
促す。サードの促しで目的を思い出したアデルは、ティーシェルに用件を述べようと話し
かけた。
「ティーシェル君。悪いけど、ルーン聖石を……―――」
アデルがルーン聖石の名を出した途端、ティーシェルが顔を背ける。明らかに不自然な態
度にナディアは何かあったのか問いかけるが、ティーシェルは黙って首を振る。だが、ア
デルに対して拒絶の姿勢は変わらない。
「初めて会う俺を、信用できないのは分かる……けど、それを壊さないとグレイスの復活
を阻止できない。……頼む、協力してくれないか?」
ティーシェルは後ろを向いたまま、首を振るばかりで何も答えない。サードがどういうつ
もりだと掴みかかり、振り向かせる。振り向いたその顔は、涙でクシャクシャだった。そ
れを見たサードの心に、罪悪感が沸き起こる。
「話せば……わ、かるって……言った、じゃ、ないか……!それに、グレイス……ううん、
父……さんは悪い人じゃ、ない」
一同が告げられた事実に驚いている中、ナディアがティーシェルに、グレイスに会ったの
か尋ねた。予期していた通り、ティーシェルがそれを肯定する。
「でもね、ティーシェル君。そいつがアンカースを操っているんだよ?だから、ルーン聖
石は壊さなきゃ……―――」
言い聞かせるように、アデルがティーシェルに言葉をかけ、肩に手を置く。しかし、ティ
ーシェルは乱暴にその手を払い、アデルに掴みかかっていった。
「アンタに何が分かるって言うんだよ!……何もかも一人で背負い込んでいる父さんの何
が、アンタに!……ランツフィートだって、ダグラスって魔導士がやった事だ」
「ティーシェル、落ち着けよ!」
ラフィストが必死にアデルに掴みかかるティーシェルを止めるが、止まる様子は無い。
「それに、アンタには残念な話だけどね。……これを使えるのも、壊せるのも僕だけだ。
僕は、父さんを信じてみたい……だから壊さない」
掴んでいたアデルの服を離し、ティーシェルが宿の階段を駆け上っていく。ラフィストの
制止の声も聞かず、そのまま部屋に入ってしまった。
「ラフィー……私達、どうしたら……―――」
「しばらく、そっとしておいてやろう。きっと色々あったんだ……」
このままここにいても仕方がないので、ラフィスト達も部屋に戻る事にした。ティーシェ
ルと一緒の部屋のラフィストを、気まずいだろうとニックスが自分達の部屋に誘うが、ラ
フィストは首を横に振る。ティーシェルが信じるといったグレイスはともかく、アンカー
スの魔導士が独断で来るかもしれないからだ。そうニックスに告げると、ニックスはそう
かと言って納得してくれた。
「あ、アデルさん……今夜はもう、これ以上……―――」
「わかってるよ。私も目的の為とはいえ、焦りすぎていたようだな。彼とグレイスが親子
だという事を、知らなかったとはいえ……―――」
一刻も早く、目的を果たしたいだろうアデルが快諾してくれた事に、ラフィストはほっと
する。ラフィスト自身にとっても色々な事があったので、彼も心身とも疲れきっていた。
そんな心と体を休める為、ラフィストも階段を昇っていった。