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−二十三章−〜変わらない事〜


辺りを駆けずり回ったナディアは、神殿に入っていった。ここにティーシェルの魔力の痕

跡を感じたからだ。単純な造りの神殿なのに、ティーシェルの姿は見当たらない。自分が

いなくなった時、ティーシェルはちゃんと自分を見つけてくれた。励ましてくれた。それ

なのに自分は彼を見つけられないでいる。

「ティーシェル!何処なの!……んもう!」

ナディアは急に不思議な感覚に襲われ、足を止める。自分の心臓の鼓動が段々激しくなっ

てくるのが分かる。目を閉じ、意識を研ぎ澄ますとティーシェルの悲しみがナディアの中

に流れ込んできた。

「ティーシェル!」

いてもたってもいられず、とりあえずナディアは叫んだ。ティーシェルには聞こえてない

かもしれない。しかし、そんな事はどうでも良かった。

「よぉーく聞きなさい!まず一つ!私に何でも言って頂戴!一人で悩むなって言ったのは

アンタなんだから!二つ!アンタが誰の子供だろうと構わないって事!私達はー……私は、

ちょっと生意気で世間知らずで自分勝手で……でも凄く優しいアンタが大好きなのよ!誰

の子だろうが何処の子だろうが、変わらないわ!三つ!それが分かったら出てきなさい!」

ナディアの声が神殿中に響き渡る。これだけの事を一気に叫び、ナディアの声は荒れてい

た。恥ずかしいのか、顔も真っ赤だ。

「バカみたい……」

ナディアは一人呟き、俯く。その時、何処からか魔力の波動が流れ込んでくる。この波動

は、ティーシェルのものだ。そう確信し、ナディアはそっちに向かい歩き始める。何も無

いと思っていた壁に先がある事に気付き、そこを通り抜ける。気が付くと、一つのドアの

前に立っていた。中から彼の魔力が漏れ出している。恐らくこの中にいるのは間違いない

だろう。ドアを開けようとし、ナディアは一瞬その手を止めた。ティーシェルに会ったと

して、自分は何を言ってあげれば良いのだろう、そう思ったからだ。意を決し、ナディア

は恐る恐る扉を開ける。

「ティー……シェル?」

返事は無い。部屋の中にナディアの足音だけが響く。どうやらこの部屋は休憩所のようだ

った。暗い中目を凝らすと、ベッドがいくつか並んでいるのが分かる。

「いるんでしょ?」

「……う……ん……」

微かに返事が返ってきた。暗闇に慣れてきた目を凝らすと、奥のベッドに人影が見える。

きっと、ティーシェルだ。

「みっけ!」

ティーシェルが仰向けに寝転がっているベッドの横に、ナディアが勢いよく飛び込む。ベ

ッドが揺れ、軋む音が聞こえた。

「ナディア……何しにきたの?」

「何よ、その返事は」

「僕……一億年前の人間、なんだって」

「ふぅん」

「敵の親玉かもしれない奴の、息子なんだって」

「あ、そう」

「何だよ、その返事は」

「あんたこそ何よ、その返事は」

「ナディア!僕は……」

「ティーシェル!私は悲しいの!」

ティーシェルの声を遮るように、ナディアが叫ぶ。

「何でナディアが悲しいの?ここで悲しいのは僕の方だと思うけど」

「あら、何で私が悲しいとダメなの?」

ナディアの言葉に、ティーシェルはだって理由が、と呟く。ナディアは上半身を起こし、

ティーシェルの方をじっと見ながら、わからないの、と問いかけた。

「知ってる?悲しみは半分コ出来るのよ」

「何だよ!さっきからさっぱり意味が分からない!」

「ティーシェルの悲しみ、半分私が貰ってあげる」

仰向けになっていたティーシェルがそっぽを向くように、横向きになる。

「軽々しく言うなよ……大体、ナディアに何が分かるんだよ!」

「私には……どうして分かんないの?」

「それは……っ!」

言いかけて、ティーシェルはハッと息を呑んだ。顔に何かがポタポタと落ちているのに気

が付いたのだ。ナディアは顔を顰めながら大粒の涙を流していた。

「バカ!……何も変わらないのに!事実を知って、何が変わったって言うのよ!?何も変

わってなんかないわ」

変わったと叫ぶティーシェルに、ナディアが変わってないと叫び返す。二人は何度も同じ

事を言いあう。ナディアは頑固なティーシェルに変わってない、と再度強い口調で叫ぶと

言葉を続けた。

「アンタの親が誰だか分かったからって、父さんや母さん、姉さんの愛情が無くなったっ

て思うの?ラフィスト達の心に、アンタへの憎しみが芽生えたって思うの?そんな事、あ

る訳無いでしょ!」

ティーシェルは返事を返さない。ナディアに背を向けたまま、黙りこくっている。

「元気だしなさい。すぐには無理かもしれないけど……」

「でも、僕は……まだ……」

「ムリにつけなくていいんじゃないの?心の整理なんて」

「え……?」

「ムリしなくていいのよ。今なら泣いたっていいわ。……皆の所に戻るまでは、ね」

ティーシェルの口元が微かに微笑む。

「何だよ。元気出せって言ったり、泣いていいって言ったり……」

まるで正反対じゃないか、とティーシェルは呟く。

「悲しい時は思いっきり泣くの!そしたらスッキリするから。……何も出なくなったら、

笑うしかなくなるわ」

「そ、か」

ティーシェルの返事に、ナディアがそっとティーシェルの肩に手を乗せる。

「じゃ、泣いても……いい」

「今だけよ」

「うん……」

ナディアの手の温度が肩に伝わる。涙が出るのはきっとそのせいだと自分に言い聞かせ、

ティーシェルはナディアに背を向けたまま、ボロボロと涙を流した。




「ティーシェル……遅いね」

はぁ、とマキノが溜息をつく。

「確かに、少し遅すぎるな……―――」

「ねぇ、ラフィー。様子見てきてはダメかしら……?」

居ても立ってもいられないといった様子で、ガーネットが席を立とうとする。

「いや……ガーネット、もうちょっと待ってみよう」

「ティーシェルの事、信じてやろうぜ!」

ラフィストとニックスがガーネットにこう言い聞かせた時、ドアの開く音がした。

「ティーシェル!……ナディアも!」

「皆、心配かけてごめん」

ティーシェルが皆に迷惑かけた事を謝る。その後ろでは、ナディアが何か私ついでみたい

に言われたんだけど、と不満を漏らしている。ラフィストは、ティーシェルと目が合い、

一瞬ドキッとする。さっき言い合った事もあり、何となく不安になったのだ。しかし、ラ

フィストの心配とは裏腹に、ティーシェルはニコリと笑った。それを見た時、もう大丈夫

だとラフィストは思った。そして、次は自分が乗り越えていく番だと。

「ティーシェル様……」

少し離れて見ていたヴィラが、ティーシェルに近付いていく。

「ヴィラさん……やっぱり僕、様付けで呼ばれるの、恥ずかしいや」

「しかしながら……―――」

「わかってる。それが僕を大切に思ってくれている、証だってこと位……」

「では婆から一つだけ……ティーシェル様、友を大切になさいませ」

ヴィラの言葉に、ティーシェルが頷く。

「皆、これからもよろしくね!」

笑顔でティーシェルがそう告げる。ラフィスト達は、当たり前だろ、今更何言ってるんだ

よ、と口々にティーシェルに返した。




もう海上は夜という事もあり、ヴィラに今夜は留まっていくように言われたラフィスト達

は、その言葉に甘える事にした。サードは急く気持ちが強いのか最後まで反対していたが、

そう急いても結果は変わらん、無理に船を動かして何かあったらどうするのだとヴィラに

強い口調で言われ、渋々おれたようだ。夕飯の支度をしている時にヴィラに呼び出された

ナディアは、現在、集落から離れただだっ広い平原を歩いていた。

「んで、私に何の用?」

「他でもない、ティーシェル様の事じゃ」

ヴィラは止まる様子も無く、どんどん先に進んでいく。

「……それはいいけど、何もこんなとこまで来なくたって……」

「いや、ここら辺でないとのう」

ヴィラが辺りを見回し、ここらで良いかと言うと、ナディアに向き直る。ヴィラが何をし

たいのか、ナディアにはさっぱり見当もつかない。

「ティーシェル様の御両親については、お主はもう知っておろう。……御二方共、魔法の

サラブレットじゃ」

「で?」

「じゃからティーシェル様の魔力は強過ぎての。恐らく全く力を出していないじゃろう…

…まぁ、本人も気付いてはおらぬようだが。いや、全ての魔力を出したら大変な事になる

という事に、本能で気が付いているのやも知れぬ」

以前に見せつけられた力の差を、ナディアは完全に忘れた訳ではなかった。その事がフッ

とナディアの頭をよぎる。生まれついての才能や能力に嫉妬心さえ芽生える。

「だからお主に一つ魔法を託したい。魔力の放出を抑える魔法じゃ……この魔法は魔力が

高い者にしか会得できん。お主の魔力の高さを買っての事じゃ!……この婆の願い、聞い

てはくれぬか?」

色んな感情が混ざり、ナディアは迷う。更にヴィラは、この精霊の街に伝わる伝説の呪文

も授けたいと、ナディアに告げた。攻撃の力と守る力。この二つの力があれば、少しでも

ティーシェルを守ってやる事が出来るかもしれない。その想いが、嫉妬心や羨望を上回る。

「ヴィラ、やるわ!」

「おお……ありがたい」

ナディアの手を取り、ギュと握り締める。ナディアが早速やってと言うとヴィラはコクリ

と頷く。辺りの草がざわめき始め、周囲を淡い光が包み込んだ。ヴィラの詠唱とともに、

ヴィラの体から発せられる光がナディアへと移っていく。光が完全にナディアへと移ると、

周囲を包む光も完全に消えうせた。

「これでよい」

「これが……新しい力!」

ナディアはギュッと手を握りしめながら言った。ヴィラは、強力な呪文だからくれぐれも

扱いには気を付けてくれと忠告する。

「それと……ラフィスト様以外の仲間の方には、父親の名を言っておらぬ。出来れば言わ

ないでおいてもらいたいのじゃが……」

ナディアが頷いて肯定の返事を返すと、ヴィラはありがとうと言葉を返した。そろそろ戻

ろうかとヴィラに促され、ナディアは来た道を引き返した。




夕食後、明日の朝すぐに船に戻ると言い残し、サードがさっさと部屋に戻っていく。あま

りの素っ気無さに、マキノはぷーとむくれているが、ラフィストは仕方ないさとマキノを

宥め、サードをフォローする。それを見ていたニックスとティーシェルが、ラフィストっ

て苦労性と声を揃えた。

「え、何々?黒胡椒?」

キルトの親父ギャグに、一同が呆れかえる。しまいの果てには、ティーシェルに寒いと言

われ、ガーネットにふぶいてますわ、とボソリと突っ込まれる。その反応が堪えたのか、

キルトが酷い、酷いわとオカマ喋りを始め、さめざめと泣き始める。そんなキルトに気色

悪い喋り方止めなさいよ、とナディアが拳の鉄槌を下した。キルトとナディアのやり取り

に、笑いの渦が巻き起こる。特にいつもキルトに酷い事を言われているニックスは、ここ

ぞとばかりに大笑いしているようだ。

「さ、俺達もそろそろ寝ようか」

「そうだね」

「ラフィスト!もしかして初めてじゃねえ?俺とお前の二人部屋!」

「そういえば……―――」

嬉しそうに言うニックスに、ラフィストも笑顔で言葉を返す。それぞれ部屋に別れた後、

ラフィストはベッドに潜り込んだ。いよいよアンカースに向かう。そう思うと、なかなか

眠りに入る事は出来ない。ここで知った、創世神フレッドの生まれ変わりという運命。創

世の剣を手にして、全てを知らなければならないという使命。この事が、今まで以上にラ

フィストに重圧をかける。その日ラフィストは、一睡もする事無く一夜を過ごした。

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