−十九章−〜出航〜
先に食事をとっているのも憚られたラフィスト達は、ニックス達の帰りを待っていた。会
話はなく、時計の音だけが部屋に響き渡っている。外が暗くなり、街灯が灯り始める。キ
ルトの、夜は危険と言う言葉が気になるのか、一同はチラチラと時計をばかり見ていた。
「二人とも……遅いね」
「あれ?ハニー、もしかして二人の事心配してるの?優しいな〜、ハニーは」
俯き加減にポツリと呟いたティーシェルの言葉尻を拾い、キルトがあっけらかんと喋りだ
す。雰囲気にそぐわない言葉の調子と、その中身にきれたナディアが、キルトの背中に蹴
りを入れる。
「アネさん……」
もしかしてご機嫌斜めというように、キルトがナディアの顔色を伺う。そんなキルトをナ
ディアは一睨みすると、もう一発蹴りを入れた。
「キルト、あんた私の事アネさんって言うの、止めなさいよ!……私はアネさんじゃなく
て……―――」
「ア〜ネさん」
ナディアがキルトに制裁と言わんばかりに魔法を放とうと、詠唱を始める。こんな宿の中
で呪文なんて放たれては、店の人も俺達もたまったもんではない。必死にナディアを宥め
ていると、部屋の扉が開く音がした。
「よ!待たせたな、皆!」
「ニックス!マキノも!……大丈夫かい、マキノ?」
「うん、もう大丈夫!」
ニックス達が戻ってきた事で、騒ぎが収まり皆がニックス達の元に集まりだす。皆が口々
にマキノに声をかける中、サードがマキノの前に歩み寄った。
「なあに、サード?」
「……―――さっきは、悪かった」
サードなりに精一杯歩み寄ったつもりなのだろう。言い終えると、照れくさそうにそっぽ
を向いてしまった。サードの言葉に、言われたマキノも周りで見てた一同も、間の抜けた
表情をする。
「な、何なんだ!その顔は!」
皆の態度に、サードが不機嫌そうな顔をする。それとは対照的に、皆の顔は段々からかう
様な、嬉しいようなといった顔になっていく。
「え、いやぁ……―――」
「サードでも、謝る事があったんだな〜……って」
な、と一同が口々に言う。
「……俺だって、謝る時は謝る」
サードがムスッとして、近くにあったソファーにどかっと腰を下ろした。この様子では当
分機嫌は直らないかもしれない。ラフィストは怒らせてしまったかな、と苦笑しながらも、
遅くなったけどご飯を食べに行こうと皆を促した。
夕食後、再び部屋に戻ってそれぞれ思いの場所に座っている。ラフィストは、マキノは全
然知らないだろうし、キルトに会いに行った三人以外は彼の事をよく知らないと思ったの
で、彼にもう一度自己紹介してくれるよう頼んだ。キルトはおう、と短く返事をすると、
皆の真ん中で立ち上がった。
「じゃ、改めて名乗るが……俺の名前はキルト=ラージェンス。歳は二十歳だ!んで、職
の方はA級のトレジャーハンターで……―――」
「やってる事はこそ泥と一緒だけどね!」
「アネさん、人の話の途中で口を挟むなって!……しかも、こそ泥なんかと一緒にするな
ってあれほど言っただろ〜」
キルトが口を尖らせ、ブーブーとナディアに文句を言う。
「元は何なんだ?」
サードがさっさと話を進めろとばかり、強い口調で問いただす。
「ん、元の上級クラスって事?これでも一応、武器全般極めてるんでね。バトルマスター
からトレジャーハンターにチェンジした」
あ、使ってる武器とか見る、と言うと、キルトは持ってきた荷物を漁りだす。この辺に入
れたような、と武器の場所をうろ覚えな彼に、一同は唖然とする。こんな調子で、突然敵
に会った時どうするんだろうと、言い知れない不安も込み上げてきた。荷物の中から、ナ
イフや吹き矢がポイポイと、どんどん投げ出されていく。漸く目的の物を見つけると、ラ
フィスト達の前にそれを見せた。
「これが俺のメイン武器、ライジング・サンだ」
こう言ってキルトが見せた物は丸い形に刃が付いた、一種のブーメランのような物だった。
色々なブーメランを見てきたが、こんな形状の物を見るのは初めてな気がする。もしかし
たら、特注品なのかもしれない。
「ふ〜ん、これがライジング・サンかぁー」
武器を見るニックスの視線に、キルトが不機嫌な顔になる。
「おい、マッチョ!」
「マ、マッチョって誰の事だー!」
お前だよ、お前とキルトは言うと、更に言葉を続ける。
「お前、今これ見て弱そーだと思っただろ?」
キルトがニックスの方を睨む。自分の武器を馬鹿にされて、腹を立てているのだろう。ニ
ックスはマッチョ呼ばわりされた事に腹を立てていたが、キルトの言葉が図星だったのか、
目を逸らしながらそんな事は無いと否定する。誰の目から見ても、それが嘘だというのは
明らかだった。そんな分かりやすいニックスの反応に、馬鹿正直な奴とマキノが呆れて溜
息をつく。そんな中、一人興味深そうに武器を眺めていたサードが、何かに気が付いたら
しい。皆を呼び、ここに名前が彫ってあると指をさした。
「これは……フォートレスの公用語だね。えっと、ディー、テ……―――っ!」
書かれた文字を読み上げたティーシェルが驚きの声を上げる。
「ディーテって、あの人……だよね?」
「あれ、お前らじいちゃんの事知ってんのか?」
マキノの言葉のニュアンスに、ディーテとラフィスト達が知り合いだという事を感じ取っ
たらしい。そんなキルトの疑問に答える為、俺達の武器も彼に作ってもらったのだとラフ
ィストが説明した。
「ちょっと待って!……キルト、アンタ今じいちゃんって言ったわよね?」
眉を寄せて、ナディアが疑問の声を漏らす。それにさも当然と言うかのように、キルトは
ああ、だって俺のじいちゃんだしなと答えた。余りに飄々と言われたからか、ラフィスト
達の思考回路が一時停止する。
「えっ……じゃあ、キルトはディーテさんの……孫?」
「おう!」
漸く絞り出した言葉に、キルトがあっさり返答する。ラフィスト達は信じられない気持ち
で一杯になっていたが、何故かティーシェルは一人だけ納得していた。あのキキナナ湖の
加工場を思い出したからだ。物が乱雑に置かれ、食品関係と爆薬関係をごっちゃにしてい
るディーテと、荷物に武器を適当に突っ込んでいるキルトに血の繋がりを感じ取ったのだ。
ああ、変な所ばっかり遺伝しなくても良いのにと思うと、何やら悲しい気分になってくる。
「これ作ったの、ディーテさんなんでしょ?何か、他の使い道もあるの?」
マキノが尋ねると、キルトが返事代わりに取っ手の出っ張りを押す。すると、一本の長い
刃がビュッと伸びてきて、剣のようになった。
「す、凄い!」
「これは俺の為に直・間両用に作られててさ。普段はブーメランのように飛ばすんだが、
接近戦になった時はこうして剣代わりにして戦う」
「便利だ……」
さっきまで馬鹿にしていたニックスも純粋に驚く。
「出発する準備が出来てるなら、船の件は明日にでも交渉してやるよ。アイツにゃ貸しが
あるし、恐らくタダで船に乗れるぜ」
キルトの頼もしい言葉に、一同は喜びの笑みを見せる。皆の様子にキルトは気を良くした
のか、ティーシェルとガーネットの肩に手を置き、自分の方に引き寄せた。
「ま、これもみんな可愛いハニーや姫君の為だけどなー」
ああ、両手に花。可愛い子がいると潤いがあっていいなぁと、キルトは一人別世界に浸っ
ている。ガーネットは突然の事に戸惑っているが、ティーシェルは半ば諦めたのか、僕は
ハニーじゃないだろとブツブツ文句を言いながらも、別段気にした様子は無い。必要以上
にベタベタするキルトにきれたのは当の本人達ではなく、先ほど怒りを静めたばかりのナ
ディアであった。ラフィストが慌ててナディアを羽交締めにし、サードが二人からキルト
を引き剥がすと、これ以上騒ぎが起きないようそれぞれ部屋に戻る事にした。
朝ラフィストが目覚めると、既にキルトが起きていた。準備もばっちり整っているらしく、
いつでも出れる感じになっている。
「おはよう、キルト」
「ああ、おはようさん」
キルトとティーシェルを一緒の部屋にするなとナディアに言われた事もあり、キルトはラ
フィストと同じ部屋で寝る事になった。残りの三人は隣の部屋で寝ている。ニックスの鼾
が壁越しに聞こえるので、まだ寝ているのかもしれない。壁を通しても響くニックスの鼾
に、ラフィストは苦笑しながら同室の二人は大変だろうなと思う。この鼾でも起きないの
だから、眠りが深いのかもしれないが。そう考えた時、サードが比較的朝起きるのが遅い
事に気が付いた。
「ニックスは昔からだけど……サードもよく寝るよな」
誰に尋ねる訳でもなく、ポツリと呟く。答えが返ってくる訳でもないので、独り言のつも
りだったのだが、キルトから返事が返ってきた。
「そりゃ、出身によるものだろ」
何か含みを持たせたような言い方に、ラフィストが疑問を持つ。そういえば昨日も事情は
察するとか、言っていた気がする。キルトはサードについて何か知っているんだろうか、
とラフィストは思った。
「昨日もそうだったけど……キルトはサードについて、何か知っているのか?」
あー、とキルトが言い、言おうかどうか考え込む。けれど、教えても大丈夫かと思ったの
だろう。キルトがあくまで予測だけどな、と言いながら喋り始めた。
「アイツ、色も白いし暑がりっぽいからな……北国出身じゃないかと思って。北国の連中
は、睡眠時間が結構長いらしいからな。それにあの剣、大剣だろ?大剣使いの魔法剣士は、
あるお国の騎士団で多く見かけるもんでね……とまぁ、こう考えりゃ自ずと出身なんて絞
れてくるもんさ。サード以外は、皆グラン大陸出身だろ。風貌や訛りで大体の出身地も絞
れるぜ?当ててやろうか」
「そ、そんなもんなのか?」
俄かに信じられず、ラフィストが半端な返事を返す。キルトは敏感にそれを察知し、はは
ーん、お前疑ってるなさては、と呟いた。
「まず、お前はグラン南部出身だろ。あそこにゃリュートかホールスがあるが、訛りもそ
こまでどぎつくないし、ホールス辺りか?姫君は綺麗な公用語だし、ありゃバリバリのグ
ラン出身だな。ニックスとマキノは格好からしてトラートの武闘家って感じだし……あ、
でもニックスもグラン南部の訛りあるな。さっきの言葉と言い、もしかしてお前と同じ出
身か?ハニーはどの公用語にも比較的通じてる感じから、カダンツだな。アネさんはツァ
ラとグランが混じったようなイントネーションするからランツフィートか?」
どう、とキルトが尋ねる。ナディアの出身までは知らないが、他は確かにキルトの言う通
りだ。しかもニックスが元々はホールスにいた事まで言い当てている。改めて情報力って
凄いな、とラフィストは感心する。もし自分にキルト位の知識があったら、もっと以前に
サードの事を知る事が出来たかもしれない。そう思うと少し情けなく思い、その事をキル
トに漏らすと、キルトはここまで分析出来るのは俺だからだと言って慰めてくれた。
「それに、知らないから出来る事っていうのもあるしな……と、そろそろ起こした方がよ
くないか?」
「そうだな……あ、キルト」
「ん、何だ?」
部屋を出かけたキルトが振り返る。
「さっきのサードの話……出来ればサード本人が話すまで、言わないで欲しいんだけど」
ラフィストの言葉に、キルトは頷きながら色々と何かあるみたいだしな、と返事を返す。
そして船に乗り込む為、まだ眠りについている一同を起こしに向かった。
キルトに案内され、一同は港を目指して歩いていた。いよいよ世界樹の元へ向かうという
事でラフィスト達は緊張していたが、キルトは暢気なもので、鼻歌なぞ歌っている。そん
なキルトに、ナディアが何か気になる事でもあったのか、キルトに話しかけた。
「あのさ、アンタ二十歳よねぇ……」
突然年齢について聞かれて多少驚きつつも、キルトはそれが、と答える。
「私、まだ十九歳よ」
「え……!?」
「そうそう」
横からマキノが口を挟み、うち何だかんだいって二十歳なの、サードとキルトしかいない
んだよねと言う。その事実を聞いたキルトが、驚きの声を上げた。そして、信じられんと
ばかりにサードとナディアの方をマジマジと眺める。その視線を受け、不機嫌な顔をした
サードが悪いか、と返す。ナディアはそんな事は気にせず、だからアネさんって呼ぶのは
おかしいでしょとキルトに返した。
「いや、全然?」
きっぱりと言い切られてしまった事で、ナディアも流石に諦めたらしい。もう好きに呼び
なさいよと言うと、黙って歩き始めた。暫くすると、港らしきものと、何艘かの船が見え
てくる。キルトはその内の一つに近付き、船の傍に立っている人物に話しかけた。
「よー、グラン!儲かってるか?」
声をかけられた人物、グランは振り返り、自分の後ろにいる人物がキルトだと認識すると、
何やら嫌そうな顔をして逃げ腰になる。
「げっ……キ、キルト!」
「あのよ〜、グラン。頼みがあるんだが……―――」
「い、嫌だぞ!」
キルトが話を切り出す前にあっさりと断られてしまう。大体、お前が持ち出してくる話は
ロクなのじゃないんだと、文句も忘れない。
「ねぇ……何か話が違わない?」
「船、タダで乗れるんじゃなかったっけ?」
何やら不穏な話の流れに、キルトの後ろで一同がボソボソと耳打ちをする。しかし、断ら
れた当の本人であるキルトは、至って余裕といった表情だ。
「グラン、確かお前に一万ギル位貸してたよな……―――」
「なっ……何だよ!今度は脅しか!?」
俺は脅しには屈しないぞ、と荒い剣幕のグランに、キルトはまあまあ落ち着けと言い、次
の言葉を発した。
「あれ、チャラにしてもいいぜ?」
「えっ!?……マジか?」
キルトの言葉が予想外だったのか、グランが間の抜けた声を出す。ただし、条件があるけ
どなとキルトは言うと、急にグランが身構えだした。
「何、そんな大した事じゃない。……実は、こいつらがアンカース方面に行きたいらしい
んだが、このご時世だろ?どこの船も出ちゃいない。だからお前の船を貸して欲しいんだ
よ、勿論操縦者のお前付きで」
「えっ!こいつら乗せてやるだけで一万ギルちゃら……か?アンカース方面っていうのが
何だが、それでも……うん。―――……よーし、その話のった〜!」
「ま、こんなもんだろ……おい、ボサッとしてないでさっさと乗れよ!」
「え?本当に良いのか?」
ラフィスト達がボソボソ話している間に話がついたらしい。操縦者であるグランがもう出
航していいんなら乗れよ、と言ってくる。ラフィスト達は船の中に乗り込み、世界樹の島
に向けて出発した。
「き、気持ちが悪いですわ……―――」
顔を真っ青にしたガーネットが、船の縁に凭れ掛かり、潮風に当たって気分を紛らわして
いる。ラフィストはそんなガーネットの背を撫でてやると、ガーネットは大丈夫だといっ
て気丈に微笑む。ティーシェルは相変わらずの口調で、酔い止めを飲まないから辛い思い
をするんだと文句を垂れている。普段のガーネットならば反論する所だが、そんな元気も
無いらしい。キルトが船酔いしてる君も素敵だよと、訳分からない事をガーネットの隣で
騒がしく言っている。それが響いたらしく、うっと気持ち悪そうにすると、ガーネットは
キルトを追い払う仕草を見せた。
「おーい、ラフィストー!サードがそろそろ話し合いをしないかって言ってるぞ」
船室の入口から、ニックスがヒョッコリと顔を出す。それに頷き、ガーネットに声をかけ
るが、ガーネットはまだ辛いらしく、ここで気分を紛らわせていると答えた。
「ガーネット、辛かったらいつでも俺に言ってくれよ」
「ええ、ありがとう……ラフィー」
ガーネットを一人残していくのは心配だったが、ガーネットがもう少しここにいたいと言
うのでは仕方が無い。ラフィストはガーネットに声をかけた後、船室へ急いだ。船室に入
ると、サードがガーネットはどうしたと尋ねてくる。気分が悪いからもう少し潮風に当た
ってから来る事を伝えると、サードは眉を寄せながらも先に話始めるか、と切り出した。
そんなサードの様子を見て、話し合いそっちのけでマキノとナディアが、あれ、絶対ガー
ネットの事気にしてるよねと囁きあっている。
「そもそも、好きならもっと素直に……―――」
「言いたい事はそれだけか?」
会話している二人の後ろから、突如声が聞こえる。さっきまで別の場所に座って話をして
いたサードが、二人の真後ろに立っていた。その声は毒味を帯び、酷く不機嫌な様子を伺
わせている。
「え、ええ……もう終わったわ……―――」
ナディアの答えに不機嫌な顔のまま、サードが元の場所に戻っていく。
「ナディア……昔からちっとも変わってないよね。人の話聞かない所とか」
「ティーシェル、悪かったわね!ふん!」
「アネさん、怖ーい!」
声色を変え、キルトがナディアを茶化す。その声が癇に障ったのか、ナディアは青筋を浮
かべながら、あんた、いっぺん海に落ちてくると鼻息を荒くする。それをニックスがまあ
まあと宥め、漸く静かになった頃、話し合いを再開した。
「今この船は北75、西45の方角に向かっている……カダンツで聞いた話が本当なら、
沈んだ世界樹の島があった場所だな」
「行ったら色々分かるんだろ?何か今からドキドキしてきたぜ!」
行く前からニックスは既に興奮気味である。他の皆も顔には出していないが、気持ちはニ
ックスと同じようだ。その中で、一人冴えない顔をしている事に気づき、ラフィストが声
をかける。
「ティーシェル、どうかしたのか?」
「え、いや……何でもないよ」
あからさまに空元気な声で返され、ラフィストが眉を顰める。二人の話を聞いていたナデ
ィアも気になっていたのか、声をかける。
「ティーシェル、あんた船に乗ってからちょっと変じゃない?何かピリピリしてるし、愚
痴や文句は多いし……―――」
「だから!何でもないってさっきから言って……―――」
尚も頑なに返事を返すティーシェルに、ナディアがデコピンする。いきなり何するんだよ、
といきり立つティーシェルに、ナディアはお黙り、と一喝すると言葉を続けた。
「あんたも昔っから変わってないわね!人に迷惑かけようとしない所とか!……偶には皆
に甘えなさいよ。……私、アンタが一人で悩んでるの、嫌なのよ」
「ナディア……ゴメン」
頭を下げて謝るティーシェルに、いいわよ別に、とナディアが返す。
「ティーシェル、気になってる事があるなら言ってくれよ」
「ラフィスト。―――……僕、世界樹の所に行くのが怖くって……何かにじっと見られて
る感じもするし、何だか気持ち悪い」
「へ、変な事言うなよティーシェル!そんな訳無いだろ!?」
懸命に不安を取り除こうと、ニックスが明るく振舞う。
「兎に角今は、世界樹の元に行くしか道が無いんだ。行く事を止める事だけは、けして出
来ない。だけど、今みたいに思ってる事があったら、いつでも言ってくれよ。不安は一人
で抱えちゃダメだ」
ラフィストはティーシェルの肩を掴み、彼に聞かせるように言う。ラフィストの言葉を受
け、他の皆も口々に今更遠慮なんかするなと言い始めた。ティーシェルが頷き、笑顔を見
せると、漸く船室にも明るさが戻ってくる。仲間達の頼もしさにラフィストは笑いながら、
心の中で思っていた。不安と恐れがあるのは彼だけじゃない。自分も言いようの無い気持
ちを感じているのだと。