表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

−十八章−〜優しい音色に〜


宿の部屋の中、マキノがベッドに座っている。手には生肉を持っていて、プギューに餌を

あげているところのようだ。先程から皆遅いよね、とか何やってんだろうとか呟いている

が答えが返ってくる事は無い。プギューと二人、留守番をくらっているのである。プギュ

ーがプギュンと一鳴きすると、マキノはプギューに美味しい、と語りかけた。

「プギュ」

「生の肉、よく食べられるよね。さーすが、ドラゴン」

最後の肉を与え終え、マキノの手が空になる。ごろんとベッドに横になり、マキノが目を

瞑る。時計の音だけが、虚しく部屋に響いている。何とも言えない気持ちが、マキノの中

にこみ上げてくる。

「プギュー。私さー、本当にここにいていいの?」

「プギュ?」

プギューがフワフワとマキノの傍に寄ってくる。寄ってきたプギューを抱きしめ、マキノ

は独り言を続けた。

「私、半ば強引に仲間になっちゃったし、このメンバーでの役割も何かよくわかんないし、

私がこの旅に参加してる意味も……」

わからない、その言葉を紡ぐ代わりに、プギューを強く抱きしめてうつ伏せになる。腕の

中のプギューは、鳴きながら苦しそうにもがいている。しまいには、苦しさのあまりマキ

ノの腕の中から飛び出して行ってしまった。

「プギュー!……プギューまで行っちゃった」

ふう、と溜息をついた時扉の開く音がした。誰かが帰ってきたと思い、慌てて起きる。中

に入ってきたのはサードだった。変な気持ちを表に出さないよう、マキノは努めて明るく

話しかけた。

「おっかえり!どうだった、情報とか?私、皆がいなくてつまらなかったよ!私も一緒に

行きたかった!」

サードは何も返さない。口数の少ないサードにしてみればいつもの事なのだが、今のマキ

ノにはそれも癇に障って仕方が無かった。心の中で、何よいつも感じ悪いんだからと悪態

をつく。そうだ、大体こっちが明るく話しかけても、どうせ頭の中はガーネットで一杯な

んだ。一度そう思ってしまうと、感情があふれ出してくるのを止められなかった。

「……私で、悪かったわね」

サードに聞こえない位の大きさで、マキノはポツリと呟く。言ってしまってからハッとし

た。こんなの、いつもの自分ではない。

「そうだ、ねぇお腹空いてない?何か食べる?」

「いや……」

必要最低限の会話。これできっと、サードは自分の部屋に戻るのだろう。私と話すより、

剣の手入れをしている方が、よっぽど有意義なんだ。そう思うと、さっきしまいかけた感

情が再び沸き起こってくるのを感じる。

「お前は。いつも元気だな」

そう言い残して、サードが部屋を出て行った。頭の中に木霊するサードの言葉を、マキノ

は否定する。いつも?……違う。元気だな……そんな訳は無い。お前は―――

「違う!」

枕を思いっきりドアに投げつける。ドアに当たった枕がボスッと落ちる。何してるんだろ

うと思った時、変な汗をかいている事を自覚する。息が荒くなり、苦しくなる。このまま

ここに、居たくなかった。気が付いた時には、既に宿を飛び出していた。




「おーっす、ただいまー!」

ラフィスト達に続いて、情報収集に出ていたニックスとガーネットも戻ってきた。サード

も一緒に行ったはずだが、先に戻ってきていたらしい。ラフィスト達がキルトを連れて戻

った時には、既に部屋にいた。

「おかえり」

「あ?……コイツ誰だ?」

「キルト=ラージェンス。これからあんたらに協力する事になった。よろしく」

キルトは簡潔に挨拶を済ます。ニックスの後ろにいたガーネットに気付いて視線を移すと、

いきなり立ち上がりズカズカと歩み寄った。

「よろしく!君の名は?」

「ガ、ガーネットですわ……」

「ガーネットォー!美しい!君は谷間の百合より美しい!―――……君に比べれば、同じ

名の宝石も色褪せてしまうほどだ!」

「な、一体何ですの……」

「気にしなくて良いと思うよ。多分一種の病気だから」

キルトのテンションにドン引きしたガーネットにティーシェルが突っ込む。それを見てい

たナディアがラフィストの肩に手を置き、ライバルが増えたわね、とからかう。

「あ、ところでアイツは?いないのか?」

ニックスの言葉に、いつも真っ先に飛び出してくるマキノを思い浮かべ、そういえばと思

う。ナディアはどうりで今日は寂しい訳だと言っているし、ティーシェルは留守番してた

んならいないのっておかしいよねと漏らす。

「まさか……」

「どうかしたのか、ニックス」

「出たのかもしれない」

ニックスのブツブツと切ったような言葉に、一同は疑問の声を上げる。再び、出たんだよ

アイツのと言うと、ニックスは話し始めた。

「アイツ、普段は明るいけど数年に一回位、何ていうか……感情の激化が起こるんだ」

「な、なんで?」

「昔、アイツに何かあったみたいでさ。―――……俺がトラートに来る前の事だから、何

があったのかは知らないけど……アイツ、過去を思い出したくない節があるみたいなんだ。

昔貰ったプレゼントの話とかになると、急にいなくなるし。多分、一種のトラウマだよ」

そんな風には見えなかった事もあり、皆は驚いている。サードは相変わらず話に興味が無

いのか、窓の向こうを見たままだ。

「その症状が出ると普段思ってない事とか、えっと……ひがいもーもー?」

「被害妄想」

ティーシェルが訂正を加えると、ニックスはそう、それと叫ぶ。

「そのひがいなんたらが強くなってよ。……鬱病みたいになって、しばらく人形みたいに

なってる」

「マキノ、可哀想ですわ……」

でも何でいきなりその症状が出たんだろうと言うと、ニックスは何かきっかけがあったは

ずだと答える。ラフィスト達がキルトを連れて来た時は既にマキノはいなかったし、今帰

ってきたばかりのニックスたちは言わずもがな、だ。会った可能性があるのは、残るはサ

ードだけだ。

「サード、お前マキノに会ってない?」

「会った」

「何か、言ったのか!」

窓の外を見ていたサードが漸くこちらを振り向き、何もと答える。その様子に、それだけ

じゃねえだろとニックスがくってかかる。

「本当に何も言っていない。マキノは何か色々言っていたがな……。それと、部屋を出る

時に、お前はいつも元気だなと言っただけだ」

ニックスの表情がみるみるうちに変わり、サードの襟首を掴み上げる。

「てめっ……」

「ニックス、落ち着けって!」

「マキノが大事な君の言い分も分かるけど、別にサードは傷付ける事を言った訳じゃない

だろ?事情だって知らなかったんだし、これじゃ単なる八つ当たりだ」

ラフィストとティーシェルが二人がかりで抑えるが、簡単にティーシェルが吹っ飛ばされ

る。キルトも見てないで止めてよ、とティーシェルに言われたキルトが訳も分からず止め

に入り、漸くニックスを抑える事が出来た。

「マキノは淋しがりなんだよ!……サード、お前もう少し愛想良くなったらどうだよ!」

「そんな事、お前に言われる筋合いじゃない」

サードが話は終わったとばかりに、再び窓の外に視線を向ける。サードを睨んでいたニッ

クスが、サードの様子に荒い息を二、三度吐くと黙り込んだ。

「もういい、放してくれ」

ラフィストとキルトが恐る恐る手を放す。

「マキノは、お前にも明るくして欲しかったんだ。そりゃお前にだって過去がある。何で

そんなに愛想が無いのかだって知らない。……けどよ、あいつが話しかけた時くらい返事

してやってくれよ」

ニックスが部屋の扉を開ける。

「俺、探してくるわ!マキノが迷惑かけてすまん!……先に夕飯食っててくれ!」

「あ、おい……待て!」

走っていきかけたニックスを、後ろからキルトが呼び止める。振り返ったニックスに、キ

ルトが何かを放り投げた。慌ててニックスがそれをキャッチする。

「この町の地図だ。お前に貸してやる!……闇雲に探すより、行きそうな所を探した方が

良いからな!ほら、日も暮れてきてんだし、さっさと行け!ここは、夜は危険なんだ。早

く見つけて帰ってこい」

「ありがとな!」

地図を片手に、ニックスが走っていく。段々足音が小さくなり、消えていった。

「なぁ、やっぱり俺達も探した方が良くないか?」

ニックスを行かせたものの、やはりマキノの事が気になりラフィストが皆に相談する。そ

れをナディアが引き止める。ニックスの気持ちを思い、彼一人に任せるべきだと思ったか

らだ。そこをキルトがはやし立てる。

「よっ、流石アネさん!」

「アンタ……」

「ナディア、アネさんですの……?」

「キルトが勝手に言ってるのよ!」

「だって、アネさんだろ〜」

キルトの答えに一同は心の中で頷く。ナディアはそんな事無いわよ、とキルトに反論して

いるが、キルトはそれを全然聞いちゃいない。

「それよりも……あんた、サードってったっけ?その剣と風貌から察するに、大体アンタ

の事情はわかるけど、今はこいつらの仲間なんだろ?あのマッチョの言う通り、返事して

やるくらい、バチは当たらないと思うぜ」

キルトはだんまりを通しているサードに話を振る。最後に、まぁどうするかは確かにお前

の勝手だがな、と付け加えるがそう告げる言葉は厳しい。

「なぁ、サード。キルトの言う通り、俺達は仲間なんだ。サードにはサードの事情がある

し、人の事なんて煩わしいだけだって言いたいのも分かる。でも、それじゃ一緒に旅をし

ている意味なんて無いだろう?……それだけは、分かって欲しい」

確かに、目的だけを同じにして集まったのかもしれないが、それで済ませてしまう繋がり

では、ラフィストはこの先やっていけないと思う。少しでも仲間であるという事を理解し

てもらおうと、ラフィストはサードに訴えかける。どこまで通じるかは分からなかったが、

ラフィストは言わずにはいられなかった。




無我夢中で走った後、気が付いたらマキノはオルゴール屋の前に立っていた。店の中に入

ると、店中オルゴールの優しい音色に溢れている。そのうちの一つに、目が留まる。蓋を

開けてみると、懐かしい音色が流れてきた。どこかで聞いた事があるなと思い、ぼんやり

そのオルゴールを眺めていた。しばらくすると、店の主人がマキノに話しかけてきた。

「お客さん、それがよっぽど気に入ったみたいだねぇ……」

店の主人は優しく声をかけてくれたが、マキノは何と答えたらよいか分からず何も言葉が

出てこない。俯きかげんなマキノに、店の主人が何か辛い事でもあったのかと思ったらし

く、オルゴールをマキノの手に握らせた。

「ほら、これを特別にプレゼントしてあげるから元気を出しなさい」

「えっ!?……悪いです……」

「いいんだよ。それに私はこのオルゴールを気に入ってくれて、嬉しいんだ。そのオルゴ

ールは、娘の好きだった曲だからね」

「好き……だった?」

視線を手に握らされたオルゴールに落とす。今の言い方では、もうこの世にはいないよう

ではないか。そう思い、店の主人を見ると、三年前に流行り病で亡くなったという返事が

返ってきた。店の主人の言葉に、急に自分の父親を思い出す。マキノの異変に気付いたら

しい主人がどうかしたのか尋ねてくる。いつの間にか泣いていたらしい。目からこぼれる

涙に気付き、涙を拭った。その時、店のベルが鳴り誰かが飛び込んでくる。

「マキノ!」

「ニックス!?」

「やっぱりここだった……ほら、帰ろうぜ」

「嫌!帰りたくない!」

差し出したニックスの手を、マキノが払いのける。

「どうしたんだよ。―――……サードも、お前の事分かってくれたみたいだし、もう大丈

夫だって!」

「違う……違うの!サードが悪いんじゃなくて……何ていうか、怖い。……一人でいるの

が嫌」

「……あのよ、昔に何があったんだ?」

話したくなけりゃ話さなくてもいいけどよ、話した方が楽になるぜと言いながらニックス

がマキノに尋ねる。マキノはニックスの優しい口調に、ポツポツと話し始める。

「ニックス、私のパパの事知ってるよね?」

「ああ、確か十年前に亡くなったんだっけ……」

「パパが死んだの、私のせいなの」

マキノの母親が、一時期仕事で家を留守にしていた時があったらしい。その時、マキノは

父親と二人で家に住んでいたそうだ。六歳の誕生日の時も、二人で祝っていたのだという。

「その時ね、私おねだりしたの……オルゴール買って、って。パパは笑ってオッケーして

くれた。パパが町へ買いに行った時、私は一人で留守番してた。……でも、夜になっても

パパは帰ってこなかった。―――……次の日になって、村の人からパパが死んだって聞い

たの。私、思ったわ……―――オルゴールなんておねだりしなきゃ良かった。そうすれば、

パパも死なずにすんだのに……って」

その事を思い出すから、マキノは一人でいたくなかったのだろう。ニックスはそんなマキ

ノを安心させるように、マキノの手を強く握った。

「大丈夫だって!俺達はいなくならないしよ!ほら、触れるだろ?」

「ニックスぅ〜……ありがとう」

マキノが涙をポロポロ流す。そんなマキノの額を指でピンッと小突くと、ニックスはそん

な顔すんなってと告げる。

「お礼を言いたいのは、こっちの方なんだぜ?」

「え?」

マキノが顔を上げ、目をパチパチさせてキョトンとした表情をする。

「お前のおかげでラフィストに会えた!他の皆だって、良い方向に変わっていってる!お

前と話す時のガーネットは元気そうだし、ティーシェルも最近角が取れてきた。ナディア

だってお前がいないと淋しいって言ってる」

「そ……そうかな?」

「そうだぜ!」

ニックスの言葉にマキノの心の中が温かくなっていく。さっきまで居場所とか、考え込ん

でいた自分が馬鹿みたいだ。そう思うと、自然と顔に笑みが浮かんでくる。

「ニックス、店長さん……ありがとう!」

店のおじさんに礼を言って店を出る。暫くしてから、マキノがポツリと話を切り出した。

「パパの話、実はアレで終わりじゃないの」

「え?」

「あれは私が一人でいるのが怖い理由。……私が明るい理由は」

「マキノ、言いたくないなら……」

「聞いて欲しいの!……ニックスには」

ニックスはマキノのニックスには、という言葉をきいて舞い上がっている。そんな事には

気付かず、マキノは話を続けた。

「その後で、パパの遺体が戻ってきて……それで」

十年前の事をマキノが思い起こす。戻ってきた父親の遺体。夜盗にでも襲われたのだろう

か、遺体には傷がいっぱい付いていた。しかし、その手には約束のオルゴールが、しっか

りと握られている。

「オルゴールなんて要らない!マキノとお話してよ!パパー!」

父親の遺体の傍で小さいマキノがわあわあと泣き喚く。そんなマキノを、連絡を受けて戻

ってきた母親が強く抱きしめた。

「マキノ、しっかりしなさい。パパはもういないの、いないのよ……」

「ママ……マキノが良い子にしてたら、パパは戻ってくる?」

ねえ、とマキノが問いかけても母親の返事はない。何かに堪えるように、ひたすらマキノ

を抱く力を強めるだけだ。

「じゃあ、マキノが良い子でいたら返事してくれるかな?」

「マキノ?」

「だってパパ、マキノと口利いてくれないんだもん。マキノが悪い子だからでしょ?パパ、

怒ってるだけでしょ?」

まだ六歳の子供に、死を理解させるのは無理だと思ったのだろうか。母親のすすり泣く声

が次第に大きくなってくる。この時のマキノには、どうして母親が泣いているのか分から

なかった。分かるのは、父親の返事がないという事だけだ。

「だから私は……返事が全くないと、思い出しちゃうの。怖いの」

脳裏に父親の遺体が浮かんでくる。それを振り払うように、フルフルと二、三度首を振る。

ニックスはそんなマキノを見て、そんな事があったのかと呟く。

「でも、もう大丈夫よ!だって、ニックスや皆がいるもの!」

「マキノ……」

こう言って、マキノが吹っ切れたかのようにニッコリと笑った。良い雰囲気になった事を

感じ取り、ニックスは頭の中で悶々と考える。ここでやるべき事は、俺が一生ついててや

るとか言って抱きしめる事だと、勝手に決意する。実行しようと口を開くと、ニックスの

声は思いっきりマキノにかき消された。

「あのね!それに、いつかきっとカッコイイ……そう、王子様みたいな人が来て、私を攫

っていってくれるのよ……!」

「へ……王、子様?」

ふと自分の足元、手、髪を見る。ボロボロの靴、マメだらけのゴツイ手、真っ黒の長い髪。

自分と世にいう王子様像とは、あまりにもかけ離れているような気がする。

「どうしたの?ニックスもちゃんと結婚式に呼んだげるよ!」

いきなり除外通告され、呆然と突っ立っているニックスの手をマキノが取る。

「ニックスって何かパパみたい」

これが完全に止めとなり、ニックスの魂が衝天しかける。そんなニックスに気付いた様子

もなく、マキノはニックスの手を取って宿への道を駆けて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ