−十六章−〜秘密〜
「すっごい活気だよなー!な、ラフィスト!」
ここはツァラ領、グレミアの町。ワープでここまでやってきたラフィスト達は、馬車を預
かり所に預けた後、町を見て回っていた。フォートレスも市などが立ち並び活気に満ち溢
れていたが、グレミアはそれ以上だと思う。色々な諸島などを勢力化においているだけの
事はあり、見た事もない品々が多く売られていた。ここならば、珍しい武器や防具なども
置いているかもと思い店に入ろうとしたが、それはサードに止められる。サードによると、
ツァラに行けばもっと良い武具が揃っているらしい。ここで買うよりも、そっちで買った
方が良いというアドバイスを受け、結局店を見て回る事は止めにした。
「んー、見る物もないのなら……どうします、ラフィー。クリスティーヌの所にでも御邪
魔しに行きます?」
これからどうするか考えていると、ガーネットが提案する。クリスティーヌって、と聞く
と、ティーシェルが僕の姉さんだと答えた。いきなり大勢で押しかけるのは迷惑なんじゃ
と思い遠慮したが、ティーシェルがそんな事気にする人じゃないから遠慮はいらないと言
った事で、結局御邪魔する事に決まった。ティーシェルに案内された屋敷に入ると、ちょ
うどクリスティーヌが家にいて、ラフィスト達を屋敷の中に招き入れてくれた。
「それにしてもどうしたの、こんな所で。……何かあったの?」
クリスティーヌは、カダンツにいるはずの弟がグレミアにいる事に驚いているらしい。カ
ダンツで何かあったのではと、もの凄く心配している。そんな彼女に事情を説明し、よう
やく落ち着きを取り戻したのはお茶が入ってからだった。
「そう……。お友達と一緒に、アンカース王国について調べているのね。あ……だけど、
どうしてグレミアに?」
「実は、ツァラに用事があるんだ。船に乗ってある所に行きたいんだけど、ツァラ以外か
ら行くのは少し具合が悪くって。グレミアはツァラ領だから、ここからツァラに行こうと
思ってるんだ」
「あら、でも今船は殆ど出てないみたいよ」
「え!」
ラフィストが驚いて叫び、クリスティーヌに事情を聞く。現在ツァラでは、殆どの船乗り
がアンカースと何かあるのを嫌がり、船を出さないらしい。出したとしても、アンカース
とは全く別方向行きの船だけだ。一番アンカース大陸に近い場所という事もあり、警戒心
が芽生えてしまっているようだ。
「どうしてもというのなら、船乗り本人か、そういった人に口を聞いてくれる人を探さな
いと駄目かもしれないわ」
「そ、そんなー!ここまで来てそれはねえよ!」
船が出ないという現実問題に、ニックスがガックリと項垂れる。ここにいるメンバーはツ
ァラに知り合いどころか、行った事すらない者ばかりだ。サードも、何度か立ち寄っただ
けで、口を利いてくれる者まではいないと言う。
「それよりも、ツァラに行くのなら気をつけた方が良いわ」
「え、何かあるんですか?」
「今、ツァラで大盗賊が出るという噂が持ちきりなんです」
「と、盗賊!?盗まれないように気をつけねえと!」
あたふたとニックスが手を動かし、服を叩いて財布を確認する。急に騒ぎ出したニックス
をサードが一睨みし、心配なら靴に金を閉まっとけと一喝する。サードの気分を害してる
事にも気付かず、ニックスは単純にサードの案に感心したらしい。早速、靴にお金を入れ
ている。ニックスのそんな姿にクリスティーヌは微笑みながら、窓の外に目をやる。どう
やら話しているうちに、日が暮れてきたようだ。
「そろそろ御夕食の時間ね……まだ、宿はとっていないんでしょう?今日はここに泊まっ
たらどうかしら?」
「いいんですか?」
「遠慮なんかしなくて結構ですよ。……ティーシェル、悪いけど主人とお買い物に行って
きてくれないかしら」
「わかった、姉さん」
ティーシェルが階段を昇っていき、広間を離れる。すぐに目的の人物が見つかったらしく、
ティーシェルと背の高い男の人が上から降りてきた。どうやら、この人がクリスティーヌ
の御主人らしい。二人が行ってくると言って、屋敷の外に出て行った。
「あの、さっきの方が御主人ですか?」
「ええ、アレン=レナード=ダールというの。……それより、皆さんに話したい事がある
のですが……これから話す事は、決してあの子に言わないで欲しいんです」
約束、してくれますかというクリスティーヌに、ラフィスト達が頷く。わざわざ買い物に
行かせたのは、俺達に話したい事があったからかとラフィストは納得したが、聞かれたく
ない内容というのが気になって仕方ない。
「それで、話とは……」
「―――……あの子は、弟じゃないんです」
ラフィスト達の間に、衝撃が走る。
「あの子って、ティーシェルの事ですよね……?」
念の為確認すると、クリスティーヌがコクリと頷く。そしてゆっくりと話を続けた。
「母リーサは十八年前、子供を身篭っていました。勿論父は男の子を欲しがっていたので、
凄く期待してたんです、お腹の子に。……でも……―――」
「母は事故にあって流産し、子供が産めない身体になってしまったんです」
ナディアは自分の師でもあるアルベルトの性格を思い出す。普段は温厚で真面目な方だっ
た。しかし、一度怒ったら止めようが無いほど、激しい気性の持ち主でもあった。彼のそ
ういう所を、ナディアは一度だけ見た事があった。
「アルベルト卿、怒ったんじゃない?」
「ええ、父は凄く怒りました。事故を起こした相手を殺そうとまでしたんだもの……その
上、夫婦仲までこじれ始めたわ」
ラフィスト達が会ったミッドウェー夫妻に、その様な影は全く見えなかった。それどころ
か仲の良い夫婦にすら思える。何か変わる切欠でもあったのだろうかと思い、それからど
うなったのかを尋ねた。
「―――ある日、父が祈りの間へ行った時、出て行ったと思ったらすぐに家に戻ってきた
んです。―――……赤ん坊を抱いて」
「それって、もしかして……」
「そう、その時の赤ん坊こそティーシェルなの。母は、親が戻ってくるかもしれないと言
っていたけど、父は、祈りの間の台座の上に捨てられていたんだ、きっと神様が下さった
に違いない!だからこの子をうちで育てると言って、喜んでいたわ。……それからは夫婦
仲も元に戻って、全てうまくいってるの」
「あの、どうしてこんな事……」
彼女が話さなかったら、きっとラフィスト達は一生知る事はなかっただろう。それなのに、
何故あえて話そうと思ったのか聞いてみたかった。
「良くも悪くも、今まであの子の世界はカダンツだけだったわ。けど、今は皆さんと一緒
に世界を旅してる……その過程で、本当の親に巡り会わないとも限らない。あの子がうち
に貴方達を連れてきたって事は、貴方達が大切な仲間だという事の証。だから、もしあの
子が本当の事を知った時、支えてあげて欲しいの」
クリスティーヌのこの言葉で、ラフィストはいかに彼女が弟の事を思っているのか悟った。
血など繋がっていなくとも、確固とした繋がりが彼らの間には存在していた事が、ラフィ
ストには嬉しく思えたのだ。その時、ランツフィートの事件さえなければ、自分とジュリ
アもこうなっていたのだろうかと考え、ラフィストは一抹の寂しさに襲われた。
買い物に行っていたティーシェルが戻った後、ラフィスト達は夕食をとる六時まで自由行
動する事に決めた。家に残って手伝いをするというティーシェル以外、思い思いにグレミ
アの町に繰り出していく。ラフィストも折角だから何か見ようかと歩いていると、視界の
端にガーネットの姿を見つけた。何だか、後ろ姿が寂しそうに見える。
「ガーネット?」
「―――……ラフィー」
後ろ姿だけではなく、振り返ったガーネットの顔も、どこか寂しそうだった。いつもの元
気一杯の、明るい彼女ではない。そういえば、最近笑顔が翳る時があったような気がする。
「最近、元気ないね。どうしたんだい?」
「え?」
「い、いや……何かたまに寂しそうっていうか……」
彼女の反応に、妙に気恥ずかしさがこみ上げ誤魔化すような口調になる。
「ラフィーは私の事、よく見てらっしゃるのね」
彼女の事が気になっている自分を言い当てられたような気がして、ラフィストは顔を赤く
する。ガーネットはフッと笑うと、自分の手をラフィストの手の上に重ねた。
「ありがとう、ラフィー。……でも、寂しいわけじゃ、ありませんわ。私にしては珍しく、
考え込んでいるだけですの」
それが顔に出てしまったのかもしれませんわね、と言うと彼女の手がラフィストの手から
離れていく。何となく離れがたく思い、彼女にどこにいくのかと尋ねる。彼女はラフィス
トの気持ちに気付いた様子も無く、教会に行こうかと思っていると答えた。
「そっか」
「あ、ラフィーも……」
ここまで言いかけて、ガーネットの言葉が途切れる。ガーネットはラフィストを誘おうか
と思ったが、ラフィストの顔を見て誘うのを躊躇ったのだ。今までなら、自然に誘ってい
たはずだ。しかし、この間の一件で自分の気持ちについて考え始めてから、妙にラフィス
トの事を意識するようになっていたのだ。どうしよう、とガーネットが考えているところ
に、ラフィストの言葉が耳に飛び込んでくる。
「俺も、一緒に行ってもいいかな?」
「本当!?」
途端にガーネットの顔がぱあっ、と明るくなる。心から笑っているガーネットを見たのは
久し振りだなと思うと、ラフィストの顔にも笑みが浮かぶ。ラフィストが笑っている事に
気付き、ガーネットが不思議そうにラフィストを見上げる。どうしたの、と問いかけるガ
ーネットにラフィストはいや、と言うと言葉を続けた。
「ガーネットがこんなに明るく笑うの、久し振りかなと思ってさ」
「え……」
ガーネットの頬が赤く染まる。ガーネットはラフィストの手をギュッと握り、その顔が見
えないよう顔を逸らした。
「ラフィー……あなたには、何でも分かってしまうのね」
「それは、君の事を……―――」
いつも見ている、と言おうと思ったが、結局ラフィストはその言葉を飲み込んだ。考え込
んでいるという彼女に、今告げるべきではないと思ったからだ。ラフィストは言葉を続け
る代わりに、握っている手をギュッと握り返す。そしてガーネットに行こうかと言うと、
教会に向けて歩き出した。
ラフィストとガーネットが教会に向けて歩いている時、ジュエリーショップに入っていた
ナディアが店の中から出てきた。人込みにラフィストとガーネットの二人を見た気がして
出てきたのだが、どうやら勘違いだったらしい。勘違いでなくとも、二人の邪魔をしよう
という気は、サラサラ無かったのだが。それよりも、ナディアにとって問題だったのは、
このジュエリーショップだ。
「これといって、私を引き立てる宝石が無かったわ……」
ブツブツ文句を言いながら、大通りの流れに逆らって歩いていると、いつの間にか広場に
出たらしい。広場では何かのショーをやっているようだ。何をやっているのか気になり近
寄ってみると、やっているのはマジックショーだった。ショーは大盛り上がりを見せ、見
入っているナディアの横にも大勢の人が集まってくる。最後のとりのマジックが終わり、
広場が拍手で一杯になる。周りの人が、一座にお金を投げ入れているのを見たナディアは、
自分もと思い、財布を出そうとする。
「あ、あら……」
財布を入れたはずのところに手を突っ込むが、財布は無い。落としたのかもしれないと、
そこら中探し回るが結果は一緒だった。
「う、うそ……」
そんなにたいした物は入ってなかったはずと思い、財布の事は諦めようとする。しかし、
財布の中に昔にティーシェルと二人で撮った写真や、クラスアップした際に貰った認定書
が入っている事に気付いた。
「さ、探さないと……何か魔法で何とかならないかしら!」
財布を捜す為、ナディアは走りだした。
広場から少し行った所の大通りの裏路地で、一人の男が財布を開いている。中を見て、何
かを確認しているようだ。
「えーと……一、二……うわ、少な!何だよこれ!これなら俺の方が数倍持ってるぜ……。
宝石店から綺麗な姉ちゃんが出てきたから、金持ってる確率高いと思ったのによ!」
がっかりと言わんばかりに、財布を投げ捨てる。その拍子に、財布から何かの紙切れが出
てきた。男がそれに気付き、拾い上げる。どうやら古い写真のようだ。
「何だこれ。古い写真だなー……これは!」
写真を見ていた男の目がカッと見開く。
「カ、カワイイ子が二人も……!一人はどう見ても、あのきつそうな姉さんだよな?将来
がアレか……はぁ。んじゃ、こっちは誰だ?―――……だが、この写真から推測するに、
今は相当カワユクなっている筈……よし、探すぞ!」
投げ捨てた財布を拾い上げ、写真をその中に戻すと、ポケットにそれを突っ込む。そして
男は再び大通りに出ると、人込みの中に紛れていった。
「はぁ?財布無くした〜?……何それ」
「その経緯は聞かなくていいから!何か探す方法とかないの!?」
ナディアがティーシェルを問い詰める。魔法で探せるなら、ティーシェルが何か知ってい
るかもしれないと、一度戻ってきたのだ。ティーシェルはある事にはあるけど、と言いか
ける。その言葉にナディアがくい付くと、中に入っていた物を何か渡せと言われる。中に
入っていた物など手元に一つも無い。ない、とナディアが返すと、じゃ、ダメだねとバッ
サリと切られた。
「ナディアさん、ちゃんと警備隊に届け出を出しておいてあげるから!ほら、元気だしな
よ。見つかるよ、きっと」
アレンの励ましに、ナディアが安心した顔を見せる。
「そ、そうよね……じゃあ、自分の手で出しに行こうかしら」
気を取り直してナディアが立ち上がると、夕暮れ時に近いという事もあり、アレンとティ
ーシェルも一緒についてきてくれると言ってくれる。
「ふふ……もし財布落としたんじゃ無くて、盗まれたんだったら、そいつはメッタンギッ
タンにしてやるわ!」
ナディアが扉を開けると、バーンと音が響き渡る。ナディアは、いつになく燃えているよ
うだ。それを見ているティーシェルとアレンは多少引き気味だ。
「お義兄さん」
「なんだい、ティーシェル君」
「女って、恐ろしいね」
「ああ……そうだね。何かあった時、一番逞しいのは女の人だろうね」
今回の教訓、女の恨みは恐ろしい。
「しっかし中々みつかんねーなー、あの子。―――……くっそー!俺の勘はここだと騒い
でいるのに!」
そう言うと、髪をグシャグシャと掻き毟る。自分の思い通りに行かないと、こうやって自
慢の緑髪を掻き毟るのが彼の癖だ。
「俺の勘も衰えたかねぇ……いや、そんなはずわ!……って、あれ?あそこに見えるはさ
っきのオネーさんでは!?」
彼はサッと物陰に隠れ、警備隊の元に向かう三人をマジマジと眺める。すると何かに気が
付いたのか、彼はばっと写真に目を移した。確認するように、何度も写真と向こうにいる
三人とに視線を動かし続ける。
「間違いねえ!じゃ、早速―――……いや、待てよ。いきなり行ったら流石に怪しまれる、
よなぁ。ん、あれはダール家の紋章?……ははーん、こいつは使えるな」
何か妙案でも浮かんだのか、男はひっそりとほくそ笑む。
「よっしゃ!まずは手始めに予告状でも作るとするか!―――……くぅー、久し振りに腕
が鳴るぜ!ま、キルト様に不可能は無しってか!?」
こう言うと、彼は手持ちの紙にサラサラと筆を走らせる。それをさり気なく警備隊に置い
てくる為、緑髪の男、キルトは大通りへと歩き出した。
「うーん、やっぱりそのような財布は届いてませんねー」
「そうですか……―――」
「ま、届いたら連絡を差し上げますので」
「ありがとうございました―――……」
無気力に外に出るナディアと、それに続く二人。見つからなかった事で、さっきの気合は
一気に吹き飛んでしまったようだ。連絡も入れたし家に帰ろうと言って、三人は元来た道
を引き返す。あ、と言って何かを思いだしたのか、ティーシェルが急に止まる。俯きなが
らその真後ろを歩いていたナディアは、その背中に顔をぶつけて変な声を出す。
「ちょっと!いきなり止まらないでよ!」
「ゴメン……でも」
そう言うと、ティーシェルの視線が横にずれる。視線の先にあったのは、先程ナディアが
入った宝石店だ。何か宝石店に用事があるのかと聞くと、ティーシェルはちょっと待って
てと言い残し、店の中へと入っていった。アレンと話しながら待っていると、ものの五分
ほどでティーシェルが戻ってくる。何だったのだろうと思っていると、いきなり目の前に
包みを差し出された。
「……え、何これ」
自分が貰って良いものか戸惑っていると、逆にティーシェルの方が驚いたような顔をする。
まさか覚えてないのか、といったような顔だ。
「もしかして忘れてる?今日はナディアの……―――」
「あー!誕生日!」
「そう」
「すっかり忘れてたわ……」
はぁ、と溜息を漏らすと、ティーシェルが、だからこれは誕生日プレゼントと言ってくる。
ありがたく、その包みを受け取りって開けても良いかと伺う。すると、彼からどうぞと返
事が返ってきた。いそいそと開けた中から出てきたのは、ブラウン系のダイアが施された
ブレスレットだ。それを見てナディアが黙り込んでいると、その反応が気になったのか、
ティーシェルがおずおずとナディアの顔を覗き込んでくる。
「……もしかして、好みじゃなかった?」
「え!あ、ああ……ううん!とっても気に入ったわ!ありがと、ティーシェル」
ナディアの返事にティーシェルがほっとした表情を見せ、再び前を歩いていく。ナディア
が黙りこくっていたのは、気に入らなかったからではない。むしろ、とても彼女の好みだ。
彼女は、それとは違う所に腹を立てていたのだ。それはあの宝石店に対して、だ。ブレス
レットを眺めながら、私が行った時はこんなカワイイの置いてなかったじゃない、あんの
宝石店め、と呟いた。