−十四章−〜惑う月〜
「私……ラフィーや皆の事、どう思っているのかしら」
へやに戻ったガーネットは、一人部屋で悶々と考え込んでいた。最近妙にラフィストの事
を意識してしまうのが、気になっているのだ。考えても考えてもこの想いに名前をつける
事が出来ないでいたガーネットは、一つ息を吐き、ベッドに倒れこむ。頬に触れている布
団の感触が心地良い。次第に意識がぼんやりし始めてくる。
「こんな事思うなんて、私……変かしら」
ポツリと呟き、瞳を閉じる。このまま眠ってしまうのも悪くない、そう思った時ドアをノ
ックする音が聞こえる。ぼんやりしていた意識が覚醒していく。
「誰かしら?」
疑問に思いながらも体を起こし、ドアの方へ向かう。もしかしたら同室のマキノかもしれ
ない。帰ってきたのだろうかと思い、ドアを開ける。しかし、そこに立っていたのはマキ
ノではなく、サードだった。
「ラフィストは……いないのか」
「え、ええ……」
ラフィストの名前で、ガーネットはさっきまで考えていた事を、サードは下でからかわれ
ていた内容をそれぞれ思い出し、二人の間に気まずい空気が流れる。暫く二人は黙り込ん
でいたが、ガーネットはサードにさっきの疑問をぶつけてみるのも、いいかもしれないと
思った。意を決してガーネットが沈黙を破る。
「あ……あの、サード……―――」
「何だ?」
「サードは、私の事どう思ってますの?」
「ど……どうしたんだ、いきなり!」
開口一番に核心を付かれ、サードが顔を真っ赤にする。ガーネットは聞き方が拙かったか
しらと思ったが、今考えていた事を正直に話す事にする。
「私、わからないんですの……皆の事、どう思っているのか。だからどう思われているの
か知りたくって……―――」
再び沈黙が流れ、先程よりも空気が気まずくなる。
「―――……ご、ごめんなさいサード。変な事聞いて!もうそろそろ寝て、明日に備えな
きゃ、ね!……おやすみなさい」
誤魔化すように手を振り、ガーネットが開けたドアを閉めようとする。そこにサードが手
を延ばし、ドアを閉めようとしているガーネットの手をぐっと掴み、引き寄せる。そして、
ガーネットの耳元に何かを囁いた。それを聞いたガーネットは、弾かれた様に部屋を飛び
出していく。残されたサードは、その場にしゃがみ込む。
「何を言ってるんだ、俺は……」
暫くそうやっていたが、ガーネットが戻ってくる気配も、誰かがくる様子も無い。持て余
した感情のやり場もないまま、サードは自分の部屋に戻った。部屋に入ると、中でラフィ
ストが剣を磨いていた。顔を見た瞬間、言いようのない感情が心の中に巻き起こってくる。
正直、今は顔も見たくなかった。それなのに、彼はいつも通りサードに話しかけてきた。
「おかえり、サード」
サードは返事もせず、ドアを閉めてズカズカとベッドの方へ向かっていく。サードの様子
がいつもと違う事に気付いたのか、ラフィストが何かあったのかと聞いてくる。それにも
サードは、だんまりで通した。
「おい、どうしたんだよ!」
無視され続けてラフィストが焦れたのか、サードの手を掴んでくる。
「触るな!」
もの凄い大声でサードが怒鳴り、掴まれた手を思いっきり振り解く。その拍子に、ラフィ
ストの体が数メートル大きく後ろに飛ぶ。サードがしまったというような顔をし、倒れた
ラフィストに手を差し伸べる。
「す……すまない……」
「何か、あったんじゃないのか?」
体を起こしたラフィストが、尚もこう聞いてきたが、サードはその問いには答えずにベッ
ドに潜り込んだ。
「はぁ〜、美味しかった」
「あ、あの……マキノ」
「なぁに?」
一緒に部屋に帰っていたニックスが、マキノに話しかけ部屋へと引っ張っていく。急に引
っ張られ、一体何なんだとマキノは思ったが、ニックスが荷物から何かを探しているよう
だったので大人しくそれを待つ事にする。目的の物を見つけたらしいニックスは、マキノ
にそれをズイッと差し出す。
「何、これ?」
「何って……お前、誕生日」
「は?私の?私の誕生日、二ヶ月も前だけど」
それを聞いてニックスは、思わず手に持った包みを床に落とす。落ちた包みをマキノが拾
い上げる。
「まぁ、いいや。私に用意してくれたんでしょ、これ?貰っとく。ありがと」
封を開けると、中から出てきたのは花の付いたヘアピンだった。
「あ、可愛い!グッチョイだね!……恥ずかしくなかったの、これ買う時」
「う……うるせー!と、ととと、とりあえず渡したからな!おやすみ!」
言うだけ言うと、ニックスはベッドに入り眠ってしまった。急にベッドに潜り込んでしま
ったので、マキノも慌ててニックスに声をかける。しかし、ニックスの反応はない。ニッ
クスの布団を掛け直してやると、耳元にそっと呟いた。
「アンタがもう少し強くなったら、付き合ってあげてもいいよ!」
明かりを消し、マキノは足早に部屋を後にした。ドアの閉まる音がした時、ニックスの目
がぱっちりと開かれる。
「う……うそだろ……!?」
「あれ?部屋の戸、あいてる……」
そのままマキノが部屋に入ると、中にガーネットは居なかった。机の上に鍵だけはキチン
と置いてある。窓に近寄ると、窓が開いている形跡はない。連れ去られた、という訳でも
なさそうだ。窓の外を見ると、マキノの視界にガーネットの姿が映った。
「どうしたんだろう?」
部屋のドアを閉め、ガーネットの所に行ってみる事にする。ホテルの外にいたガーネット
は、その場でしゃがみ込んでいた。
「ガーネット、一体どうしたの?」
「何?」
振り返ったガーネットの目は真っ赤になっている。さっきまで泣いていたのだろうかと思
い、マキノが慌てふためく。何かあったのかと聞くと、ガーネットがマキノの胸に顔を埋
めて泣きながら、さっき起こった事を話した。
「そ、そうか……サード言ったんだ、好きって。……ホントに」
マキノが最後に小さく付け足した事までは、ガーネットに聞こえなかったらしい。
「―――……普通は嬉しいって思うべきなんでしょうけど、私……わかりませんの。サー
ドの言う好きと、私の思う好きの違いが。そう思ったら頭が混乱してしまって、涙まで出
ちゃって……」
「そっか」
マキノがよしよしと、ガーネットの背を撫でる。空には月が煌々と照り、空気はひんやり
と冷たい。体の温度とともに、彼女の心の温度まで奪い去ってしまう。マキノはそんな気
がして、ガーネットを撫で続けた。
皆が去った後も、ナディアはレストランのバーで一人酒を飲んでいた。なかなかいける味
だった事もあり、かなりの量を消化済である。そこに何か用でもあったのか、ティーシェ
ルがやってきた。
「あ、まだここに居たんだ」
「……ティーシェル、何の用?」
ナディアは酒に強いのか、酒が入っていても酔ってはいないらしい。
「別に明日でも良かったんだけど、ナディアの姿を見かけたから……」
「って事は、何かあるの?」
こっちに座りなさいとナディアが席を勧め、ティーシェルがそこに座る。興味津々といっ
た様子で、ナディアが隣のティーシェルに詰め寄ると、ナディアから漂う酒の匂いにティ
ーシェルが顔を顰める。
「―――……あのさ、僕が魔法を合成して使ったの、ナディアならもう分かってるよね?」
「ああ、大会の時のアレね」
「うん、あれはルーン言語の連結性を利用して作ったんだ。合わせたい呪文と呪文の間に、
ルーン言語を織り交ぜただけなんだよ」
「へぇ〜、そうだったの……で?それが何と関係してるって訳?」
遠まわしに話すティーシェルにナディアが突っ込む。
「ほ、ほら!明日からまた旅再開でしょ!……だからさ、ダブル合成魔法とか出来たらい
いなーって思って……」
「ふーん、ダブル合成魔法ねぇ」
「よ、用はそれだけだから……」
「あ、ならちょっと付き合いなさいよ」
グラスに酒を注ぎ、ティーシェルの前に突き出すが、それをティーシェルがいらないと固
辞する。ナディアは彼に飲ませようとグラスを手に持ち、ほらほらとティーシェルの口に
グラスを近づける。それに拙い雰囲気を感じ取ったのか、ティーシェルが立ち上がり、ナ
ディアから離れた。
「あ、明日六時にここだからね!……じゃ、おやすみ!」
「ちょっと!……もう」
酒の入ったグラスと、席に残った温もりだけがその場に残される。そろそろホテルに戻る
かと思い、よそった酒を一気に呷って飲み干し、その場を離れた。ホテルの外に出ると、
火照った体にひんやりした空気が気持ちいい。鼻歌交じりにご機嫌な気分でナディアが歩
いていると、微かにすすり泣く声が聞こえてくる。
「……気味悪。でも、この声どっかで聞いたような……?」
声のする場所をそっと伺ってみると、そこにいたのはマキノとガーネットの二人だった。
何となく出て行くのも忍ばれて、話を盗み聞きする。
「ガーネット。今分からないのは、まだ時が来てないって事だよ!きっと自分の中で分か
る時がくると思う。それまでこの事はキャンセル!考えなくっていいよ!」
「でも、私……サードの事を思うと」
マキノとガーネットの会話で、ナディアはサードがガーネットに気持ちを告げた事を悟る。
煽ったとはいえ、本当に言ったのかと感心するとともに、その事でガーネットが深く悩ん
でしまった事も知り、少しだけ反省する。
「大丈夫だって!……私達皆ガーネットが好きだし、サードもきっとガーネットの答えが
出るまでちゃんと待っててくれるわよ」
「本当……?」
「本当!何なら超レアなガムかけてもいい!」
「……マキノったら」
ガーネットの顔に、笑みが少しずつ戻ってくる。マキノがガーネットの様子を見て、帰ろ
うと言って手を差し出す。ガーネットも手を握り返し、二人は仲良くホテルに戻り始めた。
こっちに向かってきた二人にナディアはヤバイと思い、慌てて隠れようとするが、思いっ
きり二人とぶつかってしまった。
「きゃあ!」
「あーん、なんですの!?」
「ってナディア……」
相手を確認した二人が、ナディアの名前を呼ぶ。
「こんな遅くに、二人とも何やってたの?」
少し白々しいかと思ったが、ナディアはとにかく誤魔化そうとする。しかし、ガーネット
とマキノのナディアを見る目は、疑いの眼差しだった。
「ナディア、私達の会話……聞いてたんじゃないの?」
「それは……」
「ねぇ」
マキノとガーネットの二人に攻め寄られ、ナディアはついに観念する。
「そうよ!聞いてたわよ!……かなり最後の方だけど!―――……ガーネット、あなたも
しかして」
「ごめんなさい、ナディア。その話は、今はキャンセルですわ。私自身が、もう少し大人
になるまで……」
「そ、そうね」
人の話を盗み聞きしたのがバレた時ほど、気拙いものはない。ナディアは何て言っていい
ものか計りかね、それっきり口を噤んだ。
「気にしないで下さいな、ナディア。それより……サードに、明日からどうやって接した
らいいのか、分からないの。急に飛び出してしまうなんて、私……」
「ガーネット、考えてたって明日はくるんだから!」
「それはそうですけど……」
「でも逃げたい気持ちもよくわかるわ。とりあえず明日は、正面からぶつかりなさい!変
に相手を意識する方が良くないって事もあるんだから。……あ、そうだ。何なら今日、私
の部屋に来る?恋愛経験豊富なお姉さんが、悩み相談にのるわよ」
ナディアの誘いに、ガーネットが考え込む。そんな彼女の背をマキノが押す。
「ガーネット行ってきたら?っていうか、私も行きたい!」
「じゃあ、三人で寝てもいいかしら?」
「ベッドは二人分よ?」
「ベッドをくっつければ大丈夫よ!ね?」
決まり、とばかりにマキノが手を叩く。ナディアもガーネットの手を繋ぎ、三人仲良く手
を結ぶ形となる。ガーネットは彼女達の優しさを感じ、笑顔になる。結んだ手を振りなが
ら、ナディアのホテルまで三人は歩いていった。
「でねー、ニックスったら、全っ……然分かってないのよね!」
ニューフォートレスホテルの部屋の中。女の子三人の話が、いつの間にかガーネットの事
から男衆への愚痴へと変わっていた。マキノの分かってない、という言葉にナディアが大
きく頷き同意する。
「そうよね!男ってみーんなそう!……ティーシェルさ、私の事捜しにきたでしょ?それ
が嬉しくって私が飛びついた時、何てったと思う!?」
ガーネットはさぁと言い、マキノは照れてて何も言わなかったと答える。ナディアは怒り
収まらないといった感じで、違うわよと叫ぶ。
「私も、最初はそう思ったけどね……一言こうよ!―――……重い」
しばしの沈黙が部屋に流れる。聞いていた二人は流石ティーシェルだわと思ったが、ナデ
ィアに向かってそれは言えない。この様子では、言ったその日が命日となりそうだからだ。
取りあえず何も言わず、苦笑するだけに止める。
「あの子が華奢すぎるだけなのよ!今時の十八歳で、四十キロないなんてオカシイのよ!
アンタは女か!って感じ?」
「うわっ……ガリガリ」
「私よりも痩せてますわ……―――」
「でしょ!?ご飯も少ししか食べないしー。……全く、体の作りがどうなってるのか知り
たいわね!何が一口二口食べて御馳走様……よ!」
「ナディアはしっかり食べる派ですものね……」
「よくそんなんで倒れないねー。ニックスと足して二で割ったら、丁度いいんじゃない?
最近ちょっとあいつデブってるし」
「マキノはニックスとうまくいっているのね」
ガーネットがクスクス笑いながら言うと、マキノが焦りだす。
「そ……そんなんじゃないって!」
「あーららー、照れちゃって!マキノもお子様ね」
「お子様って何よー!ヒッドーイ!」
「あはは……そろそろ寝ましょう。明日も早い事だしね」
ナディアがベッドから出て明かりを消す。ガーネットを真ん中に川の字になり、三人は眠
りについた。互いの温もりに包まれて、安らかに。