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−十三章−〜閉幕〜


翌朝、支度を済ませてニックスの部屋を叩くと、ニックスが眠そうな顔をしたまま出てき

た。支度が済んでいる所を見ると、相部屋のティーシェルにでも起こしてもらったのかも

しれない。中を覗くと、案の定ティーシェルがニックスとは正反対にスッキリした顔で、

本を読んでいた。朝の挨拶をすると、食事だけでも一緒に行こうとティーシェルが言った

ので、男四人一緒に下に下りた。下りる前に女性陣の部屋をノックしたが、まだ寝ている

らしく反応は無かった。もしかしたら遅くまで話していたのかもしれない。食事を終える

と、ラフィスト達は観戦組のティーシェルと別れてホテルを出た。会場までの道を黙々と

三人で歩いていると、ニックスがポツリと呟いた。

「なぁ、ラフィスト」

「ん?」

ニックスにしては珍しく、声に覇気が無い。

「俺、何かお前と戦うの……嫌っつーか、気が引けるっつーか……」

「何で?」

「……何となく」

武術大会とはいえ、仲間同士の戦いだ。やり難さを感じているのかもしれない。ラフィス

トはニックスとはお互いベストを尽くして戦いたいと思っていたので、彼に向かって檄を

飛ばす。

「何言ってんだよ、お前らしくないぞ!お互い、頑張ろうぜ!―――……マキノに、いい

とこ見せたいんだろ?」

「そうだ。馬鹿はまず自分の心配をしろ」

「バ、バカって言うんじゃねえよ!」

いつも通りの会話に、ニックスも元気が戻ってきたらしい。ニックスの様子にラフィスト

は安心しながら、会場へ入っていった。




「あ!あった、あった!ここだよ、雪ダルマ」

「ホントですわー」

昨日ナディアと約束した時間になり、観戦組の三人が昨日居た場所へとやってきた。しか

し、ナディアはそこにはきていなかった。どうしたのかと三人は辺りを見回すが、ナディ

アらしき人物は見当たらない。ティーシェルが心配して探しに行こうとするが、それを入

れ違いになったらまずいとマキノが引き止める。そうこうしている間に、準決勝の始まり

を告げるアナウンスが入ってしまった。

「今日はいよいよ準決勝と、決勝を行います!まずは、Aブロック優勝者サード=ソーリュ

ア選手対Bブロック優勝者バギト=ヘクタール選手!」

大きな歓声とともに、両者が入場してくる。始めの合図に鐘が鳴り響くと、相手選手が斧

を振りかざして迫ってくる。しかし、サードは難なく相手の腹に回し蹴りを入れ、場外へ

と吹っ飛ばした。

「何と、何と!サード選手、ここまで腰に差している剣を一度も抜いておりません!圧倒

的に強い!強すぎる!」

サードの圧倒的強さに、アナウンスも興奮気味になっている。サードが控え室に戻ったの

と入れ替わりに、ラフィストとニックスが場内に入ってくる。

「続いてはCブロック優勝者ラフィスト=ブレッセント選手対、Dブロック優勝者ニック

ス=エントルード選手!彼らはどんな戦いを見せてくれるんでしょうか!」

ラフィストは剣を、ニックスはナックルをそれぞれ構える。それに伴い、会場にも緊張し

た空気が流れる。試合開始の合図で、先ずはニックスがラフィストの懐に飛び込んできた。

ラフィストはすかさず間合いをあけ、剣を振るう。ニックスはそれをかわし、がら空きに

なっているラフィストの胴に蹴りを入れる。ラフィストはその攻撃をもろに受けて倒れこ

む。しかしすぐさま起き上がると、技が決まった事で隙が生じたニックスへと殺到する。

完璧に反応し切れなかったニックスは、ラフィストの一振りによってダメージを受ける。

「ニックス……!やるな!」

「ラフィストこそ、強くなったな!」

お互いダメージを負った事で、二人の間合いが自然と開く。何とか決定打のチャンスを作

ろうと、ニックスは気孔破で遠距離攻撃をする。ラフィストはそれを剣で裂き、反撃とい

わんばかりにニックスに向けて剣圧を放つ。ニックスはそれをかわし、膠着状態を打破し

ようと、ラフィストに殺到してくる。ニックスのあまりのスピードに、ラフィストは咄嗟

に反応し、剣を振り上げる。思いっきり振った形になった剣が、ニックスに直撃し、彼の

肩を切り裂いた。

「ニックス!」

剣にかなりの手応えを感じた事で、ラフィストが急いでニックスに駆け寄る。ダメージを

受け、そのまま倒れこんだニックスは、視界にラフィストの姿を確認すると、気にするな

とばかりに笑った。

「思いっきりやったんだから、気にするなよ……ラフィスト。それに、お前にはまだ戦う

べき相手が……いる、だろ?」

ニックスの言葉にハッとする。ニックスに、思いっきり戦おうといったのは自分だ。それ

にニックスに勝った今、次はサードと戦わなければならない。迷ったままの心では、サー

ドに勝つどころか、傷一つ負わせる事が出来ないだろう。負けてもエールを送ってくれた

ニックスに、ラフィストは心の中で感謝した。ニックスが担架によって運ばれていくと、

マキノが弾かれたように飛び出していく。

「マキノ、どこに行くんですの!」

「医務室!」

そう言うと、わき目も振らずマキノは走っていく。そこには二人だけが取り残され、二人

の間には沈黙が流れる。

「―――……ナディア、本当にどうしたんだろう。……まさか、旅に出たって事はなさそ

うだし」

「そうですわね」

「後で、ホテルを訪ねてみるよ。このままこなかったら、ね」

そう言うと、二人の間に再び沈黙が流れた。




医務室にニックスが運ばれ、丁度そこにマキノが駆けつける。マキノはニックスの名前を

呼ぶが、返事が無い。

「ニックス!……冗談でしょ?ねぇ、返事してよー!」

医務室にマキノの声が木霊し、無常に響く。マキノの瞳からポタポタ涙が溢れだし、それ

がニックスの頬に落ちる。

「だぁー!さっきから人の隣でうっせーな!」

突然ニックスがムクリと飛び起き、叫ぶ。マキノは目を点にした後、下を向きわなわなと

震えだす。

「ニックス……」

「ん?何だよマキノ……?」

「人がどんだけ心配したと思ってんのよー!」

顔を上げたマキノが、ニックスをキッと睨み、三節坤を振り下ろす。マキノの三節坤が何

度もニックスに直撃し、ニックスが堪らず悲鳴を上げる。そのダメージにより、ニックス

が再び倒れこむ。

「お、前なぁ……俺死にかけなの、わかってんのか?」

「そうですよ!―――……ああ、これは傷が開いちゃってますね」

ニックスの怪我を見ていた医務官まで、落ちつくようにとマキノに諭す。しかしマキノは

落ち着く所か、傷が開いたと聞くや否や医務室を飛び出し、回復魔法を使える二人を呼ん

でくると言って走っていった。マキノのそんな姿を見て、ニックスは嬉しいのかニヤニヤ

している。

「ったく、マキノの奴〜!……本当は俺の事かなり好きなんじゃねえか〜!」

「はいはい、傷に障りますからね。静かにして下さい」

こんなに騒がしい患者と見舞い客は初めてだ、と医務官にほとほと呆れられていた事は、

言うまでも無い。




「はい、これで大丈夫ですわ」

完全に傷が塞がったニックスの肩をポンポンと叩き、ガーネットが包帯の後始末を始める。

「それにしても酷い傷だったね……何か変な痣まであったし。手当てが遅かったら危なか

ったんじゃないの?」

「いや、重症になったのはマキノの奴が……」

「何か言った?」

その瞬間、マキノの目がギラリと光る。

「もうこれで大丈夫ですから、観客席に戻りましょう」

「そういえば、もうそろそろラフィストの試合だったな」

服を着てゆっくりベッドから立ち上がるのを、マキノが支える。しかし重かったのか、マ

キノがニックスに対して重いと文句を言っているようだ。医務室のドアを開け、外に出た

所でニックスが突然痛みを訴える。

「どうしたのよ!傷は塞がったでしょ!?」

「か、関節が……」

「はー!?何で今頃!」

衝撃で関節をやったのかもしれないとティーシェルが回復魔法をかけようとするが、ニッ

クスはそれを慌てて拒否する。そして、ガーネットとティーシェルに先に観客席に戻って

てくれと訴えた。少し戸惑いながらも、二人はその場を後にする。マキノもニックスに頑

張れと言うと、二人の後を追おうとした。

「おい、待てって!お前は肩貸せ……立てない」

「な、何でよー!私だって二人の試合見たいのにっ!……んもう、わかったわよ!さっき

私の三節坤が当たったからって、言いたいんでしょ!」

ニックスに駆け寄り、早く立つよう促す。試合が気になるのか、焦れたように早くと催促

する。しかしニックスは構わずマキノに質問する。

「なぁ、お前さ……好きな奴とか、いるの?」

「特に?」

即答だった。しかもきっぱりと言われてしまい、ニックスは項垂れていく。マキノはニッ

クスを起こそうと、一生懸命支える力を強くする。すると、アナウンスが通路にまで響き

渡ってきた。

「ただ今より決勝戦、サード=ソーリュア選手対、ラフィスト=ブレッセント選手の試合

を始めたいと思います……―――」

「バカバカ、バカニックス!始まっちゃったジャン!あんたが変な事聞くから、いけない

のよ!?」

「俺のせいかよ……」

目じりに涙を浮かべ、ニックスが呟く。そして自分の世界に逃避行する。そんなニックス

に、マキノがその後に小さく呟いた、ホンッと、バカなんだからという声は、届く事は無

かった。




観客席に戻ったガーネットは一心不乱にラフィー、頑張ってと祈っていた。決してサード

に負けて欲しい訳ではないが、ガーネットはラフィストの事を応援したかったのだ。ギュ

ッと目を瞑って場内を見ようともしないガーネットに、ティーシェルが苦笑する。

「あのさ、そんなにしっかり目ぇ瞑ってたら、試合見えないんじゃない?」

「う……し、心眼ですわよ……」

言い訳もどこか苦しい。

「強がっちゃって。本当はラフィストに、勝ってもらいたいんでしょ?まぁ、でもほぼ9

9%、サードの勝ちが決まっちゃってるようなもんだしね。無理ないよ」

「そっ……そんな事は……―――」

ガーネットの言葉と同時に、試合開始の鐘が鳴り響く。刹那、両者の剣が激しくぶつかり

合った。剣が交わった音が響いた後、二人はお互いに間合いをあけ、相手の出方を伺って

いる。

「あれー、どうしたんだろう二人とも。離れたまんまじゃない」

後ろからニックスを連れたマキノがヒョイっと顔を出した。

「まさか……あいつ、この期に及んでびびってんじゃ……」

「そんな!ラフィーはそんな人ではありませんわ!」

ガーネットがニックスの言葉に噛み付く。ニックスも負けじと、じゃあ、何で間合いを詰

めないんだと騒いでいる。

「実力の差があるからさ」

それに答えたのはガーネットではなく、静かに試合を観察していたティーシェルだ。

「サードの直接攻撃の破壊力は、ラフィストよりも確実に大きい。だから間合いをとって

ラフィストは一撃にかけてるんだ。でも……―――」

「でも?」

「ラフィストは気付いていない。サードが何故間合いをとったのか……一撃に自信のある

者は、普通間合いを詰めるんだ」

「って事は……―――まさか!?」

その瞬間、サードがラフィストよりも先に動いた。それを見て、ラフィストも隙を付こう

と動きだす―――……が、一瞬風が巻き起こったかと思うと、動いたラフィストの体が宙

に舞った。

「ラフィー!」

「……そう、サードは剣士じゃなくて、上級クラスの魔法剣士だ。直・間両方の攻撃が得

意なんだよ」

「ティーシェル、解説してる場合かよ!落ち着きすぎだぜ!」

ニックスが横にいるティーシェルの方を向いて、叫ぶ。しかしラフィストの事が気になる

のか、すぐさまラフィストに視線を戻した。

「―――ラフィスト、負けんな!立てよ!」

ニックスの大きい声が会場中に響き渡るが、ラフィストに反応は無い。

「いくらこいつでも、俺のウイングエッジの直撃を受けたんだ……立つのは無理だろう。

少し、残念だがな」

決着はついたと言わんばかりに、サードが場外へ歩き始める。司会者のダウンのカウント

をしている中、ガーネットが叫んだ。

「ラフィー、立って!」

ガーネットが落ちそうなくらい、身を乗り出しながら叫び続けている。その声を、ラフィ

ストは薄れる意識の中で、聞いていた。ガーネットが懸命に応援してくれているのに、こ

のまま一矢も報いないまま、負けてしまっていいのか。そう思った瞬間、ラフィストの心

に稲妻が走り、目がカッと見開いた。

「もうちょっと、お前と剣を交えたかったが……―――」

サードの言葉がこう言って目を伏せた瞬間、会場にどよめきが走る。異変に気付き、サー

ドが振り返ると、そこにはラフィストが立ち上がっていた。

「おおーっと!ラフィスト選手!立ち上がったー!」

「サード、勝負だ!」

全身全霊の力を込めて剣を握り、形振り構わずサードに殺到する。気迫溢れるラフィスト

の姿に、思わずサードの顔に笑みが漏れる。

「面白い!こうでなければ、手ごたえが無くてつまらん!」

「くらえ!―――……鳳凰乱舞!」

「グラビティブレード!」

両者の技が同時に炸裂する。二人の剣技の凄まじさに、周囲に砂埃が巻き起こり、観客の

視界を奪う。視界がはれた時、二人は剣を交えて立っていたが、先にラフィストが崩れ落

ちた。

「やっぱり、サードは強いな……」

こう呟いた後、痛みのあまりラフィストは気を失う。倒れたラフィストの顔に、血がポタ

ポタと滴り落ちる。それはラフィストが最後の攻撃で、サードの肩につけた傷から落ちる

血であった。

「お前はやはり期待通り……いや、それ以上だ」

サードは懐から魔石を取り出し、ラフィストの傷の手当てをする。暫く自身に付いた傷を

眺めた後、魔石で自分の肩の傷も癒した。アナウンスでサードの優勝がコールされ、会場

から惜しみない拍手が巻き起こった。




「でも二人とも凄かったよねー!」

会場からホテルへの帰り道を歩きながら、マキノがウットリとして両者を見やった。

「そんな……俺はまだまだだよ。全然サードに歯が立たなかった」

「その謙虚さがお前のいい所だ、ラフィスト。だが、俺に傷を負わせたのは、お前が二人

目だ。もっと自信を持て」

「二人目?おい、サード!一人目って誰だ?」

ニックスが興味津々な顔でサードに迫るが、サードはそれを無視する。その態度にニック

スが怒り喧嘩ムードになりかけ、ラフィストは慌てて話題を逸らした。

「あー……っと、ティーシェルがいないね」

「ナディアの様子見に行くって、ホテルに行ったみたい」

「そ、そう」

「―――……ラフィー」

それまでずっと黙りこくっていたガーネットが口を開いた。

「なんだい、ガーネット?」

「その、今日……とても素敵でしたわ」

「あ……ありがとう」

お互いの顔が真っ赤なのを意識してか、二人の視線は交わる事無くどこかに逸れている。

照れくささと嬉しさを抱きながら歩く帰り道は、とても長い距離に思えてならなかった。




「ファイアー!」

炎が巻き起こり、目標物に殺到するが効果は無い。

「んもう!何で閉まってるのよー!」

そう、プギューのガスによって眠ってしまったナディアは、修行場に閉じ込められてしま

ったのだ。先程から何回も壁やドアを壊そうと試みているのだが、うんともすんとも言わ

ない。

「あー!もう、どうしよう!あっ……お腹すいた」

ぐうっとお腹の音が鳴り響き、ナディアはその場にへたり込む。




ナディアが泊まっているホテルに行ったティーシェルは、ナディアが修行場へ行ったっき

り帰ってない事を知ると、修行場へと向かった。管理人に頼んでドアを開けて確認しても

らおうと思ったのだが、生憎管理人が見つからない。仕方なく、一人で修行場まで行き、

中に誰かいるか確かめる事にする。すると、壁の向こうからものすごい音が響いてきた。

ナディアが呪文を使っている音だ。

「これは……もしかして、ナディア……そこにいるの?」

「その声は……ティーシェル!お願い、管理人呼んできて!」

ティーシェルの声を聞き、ナディアがほっと胸を撫で下ろす。しかし、ティーシェルが管

理人の不在を告げると、ナディアの中に怒りと絶望が同時に走る。

「はぁー、やっと出れると思ったのに―――……」

再びペタンと床に尻を付き、崩れ落ちる。もう魔法を使う元気すら残ってない。

「その様子だと、魔法効かないのか……でもこれなら効くかも。―――……ナディア!ち

ょっと離れてて!」

「何!何するの!?」

「ちょっと試してみたい呪文があるのさ!―――……太古から伝わりしかの封印……それ

を解かんと欲するは、我。我は封印を解く鍵を作り出し、それは封印を解くだろう……ア

ンロック!」

詠唱が終わり、杖から呪文が放たれるとドアが光りだす。そして、それはゆっくりと開き

だした。

「ふぅ……何とか成功、かな?まぁ、鉱石の扉開けるのと同じ魔法使ったし、成功すると

は思ってたけど」

「ありがとー!ティーシェル!」

ナディアが嬉しさのあまり、ティーシェルに飛びついて抱きしめる。ナディアを支えきれ

なかったティーシェルが、床に倒れこんで地面に思いっきり叩きつけられた。

「ナディア……」

「ん、何?」

もしかして、急に抱きついたりしたから照れているのかしら、とナディアは思い、我なが

ら何て大胆な事をと今更ながらに照れ始め、乙女心全開にする。しかし、そんなナディア

の想いはティーシェルの一言によって、一瞬にして砕かれた。

「―――……重い」

先程までナディアを占めていた想いとは正反対の物が、心の中にこみ上げてくる。ナディ

アの怒りをかっているとは露知らず、ティーシェルは上にいるナディアを退かして、とん

とんと話を進めていく。

「ああ……それよりナディア、お腹空いてるんじゃない?僕達のホテルで、一緒に食べて

行ったら?」

「そうね……そうさせて頂くわ!」

半ば切れ気味に返事をするナディアに、ティーシェルが不思議そうな顔をする。とりあえ

ず外に出ようと、再び修行場のドアを閉め、元来た道を二人で帰っていった。




「あーん、おいしー!」

グランドベイサイドホテルのレストランで、ナディアは他の皆と会話もせずに黙々と一心

不乱に料理を口に運び続ける。丸一日食べていなかったという事もあり、よっぽどお腹が

空いていたのだろう。一心地ついてナディアがお茶を飲んでいる時、漸く他の皆がナディ

アに話しかけた。それまではやはり少々遠慮してたのだろう。

「ナディア、とんだ災難でしたわね」

「ホント!死ぬかと思った。飢え死になんて今の時代、恥ずかしいもの」

「でも、そんな事になったのも、元はといえばマキノの連れてるプギューのせいだろ!?

んなもん即行野生に返せよ!」

邪魔者を減らす好機とばかりに、ニックスが噛み付く。マキノは流石に悪いと思っていた

のか、困った顔をしていた。確かに元はといえば、あの時ちゃんとプギューを見ていなか

った自分に原因があったからだ。

「ごめんねぇー……」

「もういいのよ。こうして助かった事だしね」

「ぐっ……」

「―――……ニックス。いくらプギューが可愛いからって、小動物に僻むのは人としてど

うかと思うよ……」

被害にあった本人が折れた事で、ニックスはこれ以上何も言う事が出来なかった。しかも

そこにティーシェルによって止めを刺され、これ以上ないほど落ち込んでいる。

「それにしても、今日は色々な事がありましたわね」

「私も武術大会見たかったな。とりあえずサード、おめでとう。ラフィーも惜しかったん

でしょ?凄いじゃない」

ナディアの賛辞も、サードには関係ないらしく黙々と料理を口に運んでいる。ラフィスト

はナディアの賛辞は嬉しかったが、それを素直に受け取る事は出来なかった。

「俺は、全然サードには敵わなかったんだ。惜しくなんてないよ」

「いや……ラフィストもよくやった。正直言って、あそこまでやるとは思ってなかった。

まぁ、課題はいっぱいあるが、今は賛辞をありがたく受け取ったらどうだ」

サードの言葉に、嬉しそうにラフィストが笑う。そしてナディアに改めて、ありがとうと

答えた。そんな和んだ空気に、ニックスが不満一杯に口を開く。

「あのよー……俺は?何の励ましもないのかよ……」

一瞬沈黙が走り、和んだはずの空気が強張る。

「アハハ……あんた一番弱いのね。ま、これ以上弱くなるなんてない、これからは上がっ

ていくだけよ。頑張りなさい」

マキノが無気力にニックスを励ます。台詞も棒読みだし、言ってる事は結構失礼なのだが、

ニックスは満足げなのでよしとしよう。

「御馳走様。私、もう寝ますわ。疲れちゃって……」

「あ、俺も……」

ガーネットが席を立つと、ラフィストも続いて席を立った。

「あー、行っちゃったね」

「追いかけなくていいのかしら、サード」

ティーシェルがデザートを食べながら、上目遣いで二人の消えた方向を見やる。ナディア

がニヤけながらサードを小突き、からかっている。

「別に……関係ない」

「えー、嘘よ!だって顔に書いてあるもの!」

「う……五月蝿い!―――……大体、お前らには関係ないだろう」

「僕は行っちゃったとしか言ってないよ、サード?」

「―――……そんな事を言ってるんじゃない」

ティーシェルの確信犯的な言い回しに、サードの口から大きな溜息が漏れる。

「ま、どうでもいいけどさ、サード!そんな事じゃ、ラフィーにガーネットとられちゃう

よ!う〜ん、私はサードの方がいいとは思うけど!」

茶化すマキノの言葉にニックスがガンッとショックを受け、再び沈み始める。沈むニック

スなどお構い無しに、一行はサード弄りを続行する。

「フッ……俺、お前が好きなんだぜ。……くらい言っちゃえば、よろめくかもしれないわ

よ!―――という訳で、行ってきなさいサード!」

「よ、余計なお世話だ!」

ぐいぐいとナディアに背中を押され、サードがレストランから追い出される。背中を押し

ていたナディアは、サードが部屋に向かったのを確認すると、皆のいるテーブルへと戻っ

てきた。

「素直じゃないわね〜、サードも」

「ま、それがサードらしくていいんだけどね」

ねー、とナディアとマキノが頷き合う。

「フフ……あれだけ煽っといて、君達も中々に無責任な感じだよね」

そういうティーシェルの口振りも、どちらかと言えば楽しそうな方だ。未だ沈んでるニッ

クスは放置され、残った三人でこの後の結果について賭けあっていた。

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