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−十二章−〜新たな仲間〜


「と、いう訳でよろしく。ナディアさんとかじゃなくってナディアでいいから」

ティーシェルに連れられてラフィスト達の元にやってきたナディアが、これから一緒に旅

する意を伝え、自己紹介する。

「うおー!美人さんだー!俺、ニックス!よろしくお願いします!」

ナディアの斜め前にいたティーシェルを押しのけ、ニックスが我先にと自己紹介をする。

そんなニックスの頭にマキノが踵落としを決め、沈める。マキノはデレデレしてこの馬鹿、

と言った後に自己紹介もついでに済ませた。床に顔がめり込んでいるニックスをティーシ

ェルが突付いている傍ら、ガーネットがナディアに抱きつき喜びを露にする。

「ナディア!久し振りですわね!」

「ガーネット姫!」

「ナディア、ガーネットですわよ!」

「ガーネット、あんまり怒るなよ。……ナディアだって、悪気があった訳じゃないんだか

ら。な?」

姫付けしたナディアをガーネットが叱咤し、そんなガーネットをラフィストが諌めるよう

に、頭に手をポンッとのせた。その瞬間、ガーネットの頬が少し赤く染まる。ナディアは

ガーネットの変化に気付き、おやっというような顔つきをする。

「あ、自己紹介まだだったね。俺はラフィスト=ブレッセント。ラフィストでもラフィー

でも、好きなように呼んでくれて構わないから」

「わかったわ、よろしくラフィー。ところで、あそこにいる無愛想なのは?」

ナディアが指し示した人物を見ると、そこにいたのはサードだった。恐らく、後で適当に

名前を名乗っておけば良いと思っているのだろう。関係ないとばかりに、場内の試合をじ

っと見ている。

「ああ、彼はサード。サード=ソーリュアっていうんだ」

「ふぅーん……さしずめ、サードん?」

「あ、それ禁句!」

バッチリ聞こえていたのだろう。サードが場内から目を外し、ギロリとナディアを一睨み

する。睨まれた方のナディアは全く気にしてないようだが。

「ナディア、私と同じ事を言ってますわ……」

思考回路が似ているのか、はたまた何かの共通語なのかと、ガーネットとナディアの二人

以外は頭の中で考える。どちらにしろ、サードは人の名前で遊ぶな、いい迷惑だという事

に間違いないと思う。

「ところでナディア、ルーン聖石は見つかりましたけれど。……これから、どうするんで

すの?」

「そうね。ルーン聖石の使い方を見つけるのは勿論だけど、世界樹に認めてもらうのも目

的の一つかしら」

「そうなんだ」

ラフィストが少し驚いたような口調で言う。

「だって、あなた達の旅に参加した以上、私も頑張らなきゃいけないでしょ?……まぁそ

の時は、ルーン聖石は必要無くなるけど。私は、今の自分が認めてもらえるなんて思って

ないわ」

「そっか」

「あ、それとサード。このまま勝ち進んでいけば、準決勝で貴方と戦う予定だったけど…

…私、この大会棄権するわ」

突然のナディアの言葉に、皆が驚き声を上げる。サードが簡潔に、理由はと言うと、ナデ

ィアはそれに答える為喋りだす。

「だって、もうこの大会に出る理由は無いじゃない。もうこれ以上疲れるのも、私、嫌な

のよね」

「出た……ナディアの高飛車」

「なんですってー!」

「別に」

「っ―――!あんたのこういう所が気に食わないわ!」

一同はそういった態度をとるから、そう思われるのではと思ったが誰も口には出さなかっ

た。何となく、言ったらどうなるか感じ取っているのだろう。ナディアは今のうちに棄権

してくる事にしたらしく、受付に行ってくるわと言う。ナディアが一人で行こうとした所

に、ティーシェルが一緒に行くと言い出した。最初は断っていたが、結局二人で一緒に行

ってくる事にしたらしい。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「また後で……ってあら?ティーシェル、杖変えたのね。それにこの杖、ガーネットとお

揃いじゃない」

「な、何だよ!その目は!」

「こ、これは!杖のデザインが気に入ったから、真似しただけですわ!」

「ふふっ!別に気にしちゃいないわよ、そんな事。二人とも、相変わらず可愛いわねー!」

からかわれていた事を悟り、二人は顔を真っ赤にする。これ以上突っ込まれたら堪らない

とばかり、ガーネットが早く行ってくるよう急かし、ティーシェルがナディアの背を押す。

マキノが茶化して、迷子にならないでねと言ったのに大丈夫だと返事をすると、二人は通

路の奥に姿を消した。二人の姿が見えなくなったのを確認すると、まずはマキノがきゃあ

きゃあと騒ぎ出した。

「ねえねえ、何かすっごい仲良しじゃない!?」

「そうですわね。ティーシェルも、前より刺々しさが消えてきましたし」

「―――……そういや俺らがアイツと初めて会った時、酷い言われようだったもんなー。

……なあ、ラフィスト!」

「そうだな」

「何ていうか……かわいー!」

ガーネットとマキノが声を揃えて叫び、これは将来期待大ねと騒いでいる。そんな二人を

横目に、ニックスがでもよーとラフィストに話しかける。

「俺ら、絶対人目引いてるよなー。悔しいがサードもモテ型だし、姫さんも可愛いだろ?」

「そうだなぁ……今の二人なんか特に、な―――……」




「おい、見ろよ!男装の可愛い子と、ナイスバディの姉ちゃんだぜ!」

どこからとも無くそんな声が幾度と無く聞こえてくる。ラフィスト達と一緒にいる時は、

ここまで露骨な事は無かったと思う。きっと、ナディアと二人なのが目立っている要因な

のだろう。しかしそう頭で理解していても、我慢できるかどうかは別問題だ。

「僕をまた女の子扱いして―――っ!」

「まあまあ、ティーシェル。世の中には可愛くなりたくても、なれない人だっているんだ

から!大事になさい」

「そ、そういう問題じゃ……」

「あら、だってそうじゃないの!可愛いのって、得よー。つい可愛がってあげたくなるわ」

「……そんなの、初めて言われたよ」

ティーシェルとしては、別に可愛がって欲しくなど無い。それにこれは、男としてどうか

とも思う。確かにナディアの言う事も一理あるのかもしれないが、それは男として見られ

ていないという事だ。そんなティーシェルの心など、お構い無しにズケズケ物を言うナデ

ィアにこっそり溜息をつく。いつの間にか受付に付いていたらしく、ナディアが受付に駆

けて行く。棄権の手続きをしている後姿をぼんやりと眺めていると、手続きを終えたナデ

ィアが戻ってきた。

「これでオッケーね!ちょっと小腹が空いたわね……どう?お茶でもしない?今なら空い

てるし、特別に奢ってあげるわよ」

「うん、いいよ。―――……ナディア持ちか、何食べようかな。朝、あまり食べてないん

だよね」

「―――ま、いいわ。思う存分食べなさい。……とりあえず、会場近くの店に入りましょ

うか」

「あ!あそこは?」

キョロキョロと辺りを見回し、店を探していたティーシェルが一軒の店を指差す。どれど

れ、とその店の看板を見たナディアがギョッとした顔をする。

「最高級な品揃えしてます!アンティール……って一流料理店じゃない!何考えてんの

よ!こっちにするわよ!」

その店の隣にあったカフェテラスへと、ティーシェルを引き摺っていく。引き摺られてい

るティーシェルは、何が悪かったのかいまいちよく分かっていないようだ。ドアを開ける

と鐘の音が鳴り響き、店員が出迎えてくれる。店員に勧められた席に座り、ナディアはさ

っさと注文を済ます。一方のティーシェルは、なかなか注文が決まらない。

「ナディア」

「何よ?」

メニューと睨めっこして何やら考え込んでいたティーシェルが、考えるのを諦めたのかテ

ーブルにメニューを広げる。そしてナディアに質問の嵐を浴びせた。

「ローズマリーの紅茶は無いの?ここには、紅茶としか書いてないんだけど……」

「そんなの、私に分かる訳ないじゃない。……どうなの?」

チラッと店員に視線を向けると店員は、うちはダージリンを使用しておりますのでローズ

マリーは、と答える。まだ分からない事があるのか、ティーシェルの質問は止まらない。

「じゃあ、このフレンチトーストって何?」

「―――……パンに卵つけてバターで焼いたヤツ」

「アイスクリームってジェラードと似てるけど、何が違うの?」

「あんた、いいアイスしか食べた事無かったのね……」

「だったら、この―――……」

「あー!もう、ウザイ!……店員さん。この子のは何か、適当に持ってきてくれればいい

から!」

「あ、か……かしこまりました」

店員が店の奥へと引っ込んでいく。ナディアが勝手に決めてしまった事に、ティーシェル

は不満だったらしく、折角選んでたのにと文句を言っている。遅すぎるアンタが悪いと、

血管が浮き上がるほど怒るが、ティーシェルには効果が無いようだ。しかもメニュー表示

が悪いと、文句を文句で返してくる。そのそんな二人を店の奥にさがった店員が、仲間と

共に眺めていた。

「ね、あの窓際の子!すっごく可愛いでしょ!」

「どこどこ?」

「ほら、あの銀髪のお姉さんの連れ」

「いやーん、可愛い!……女の子かしら?」

「でも男物の服だし、僕って言ってたから男の子だと思うわ。……それで、その子のは何

か適当に持ってきてくれって言われたんだけど、何がいいかな?」

「じゃ、うちのお勧め品出したら?」

「あ!それいい!」

「―――……遅いね」

店の奥でこんな会話が繰り広げられているとは露知らず、ポツリと呟く。既にナディアが

注文した物は運ばれており、ナディアはそれを食べ終えて、食後のコーヒーを飲んでいた。

「変ねー、普通はもっと早いはずなんだけど……」

「おまたせしましたー!」

「あ、きた!」

机の上に置かれた物は、ハンバーグやコロッケなどとりどりの物がこれでもかってほど入

っており、一目で力が入っていると分かるような物だった。あまりのボリュームの多さに、

食べるであろうティーシェルは目が点になっている。

「当店人気メニューのDX版です!あ、このケーキはサービスですので!」

「……」

勿論この店にはDX版など存在しない。ぼーっと料理を見ていたティーシェルにナディアが

食べるよう促すと、ティーシェルが一人黙々と料理を口に運び始めた。テーブルの周りに

女性店員が集まり始め、ティーシェルにちょっかいを出し始める。

「ねえ、君いくつ?何て名前?」

「やっぱり男の子よね?いやーん、肌白いー。柔らかくってスベスベだわ!」

「ちょっと!静かにしなさいよね!」

ナディアが店員に文句を言うが、店員は耳も貸さない。そんな店員の勢いに、ティーシェ

ルはタジタジになってしまっている様だ。騒いでいる店員と、何だかんだ質問に答えてい

るティーシェルの律儀さに、ナディアのイライラは頂点に上る。

「ティーシェル!そんな事律儀に答えてないで、さっさと食べちゃいなさい!」

「いや、でも―――……」

「何?」

ティーシェルが言いにくそうに、もうお腹が一杯だとナディアに告げる。

「そういえば、あんためっちゃ少食だっけ。ならさっさと出るわよ!こんな店!」

ナディアがティーシェルを引っ張り、店員の群れから引きずり出す。店員はもう行ってし

まうのかとブーブー言っていたが、それを振り切り会計を済ませて外に出る。

「もう絶対ここにはこないのよ!いい、わかった!?」

ナディアは一人できれている。

「でも、思ったんだけど―――……」

「何?」

「サードもいたら、もっと凄い事になってたよね……」

その光景を想像し、確かにと思う。今の倍はギャラリーが増えていたかもしれない、とゲ

ッソリしながら二人はラフィスト達が待つ会場内へ戻って行った。




会場内に戻ると、ガーネットとマキノの二人がそこにいた。他の三人は控え室にいるのだ

ろう。試合はどうなったか聞くと、三人は順調に勝ち進みブロック優勝を決めたそうだ。

ブロック優勝者による準決勝と、決勝は明日行われるらしい。

「結局サードなんて、一回も剣使わなかったよー」

「ふーん……やっぱりサードって、強かったのね。明日の相手、ご愁傷様っていったとこ

ろかしら?」

「あ、ラフィー達ですわ!」

通路から、ブロック戦を全て終えたラフィスト達が一緒に戻ってくる。流石に連戦で、少

し疲れているようだ。

「三人とも、お疲れ様」

「あ、ティーシェル。ナディアも。戻ってたのか」

「あー、マジ疲れた。今日はもう帰って、ゆっくり寝ようぜー!明日は……ラフィスト、

お前との勝負だもんな!」

「ニックス……そうだな。お互い頑張ろう!」

「おう!」

「それにしても、困りましたわ。準決勝も決勝も、仲間同士で戦う事になりますし、どち

らを応援すればよいのかしら……」

皆を応援したいのか、ガーネットは真剣に悩んでいる。逆にマキノはその時その時で応援

すればいいじゃん、と気楽な様子だ。

「そういえば、あなた達どこに泊まってるの?」

「俺達は王様に、グランドベイサイドホテルに部屋を用意して頂いたんだけど……ナディ

アは?違うホテル?」

「ええ、ニューフォートレスホテルなのよ」

それを聞いたマキノは、残念そうな顔だ。せっかく女の子三人とプギューで楽しく寝れる

と思ったのに、とブツブツ言っていると、マキノの呟きを聞いたナディアが不思議な顔を

する。

「プギュー?」

「ん、ドリームドラゴンの子供なの」

「ド、ドリームドラゴン!?き、危険よ!小さくてもドラゴンなのよ!」

慌てふためくナディアに、マキノが人懐っこいから大丈夫だと笑う。そしてガーネットに

同意を求めると、同意の意を示したガーネットと一緒に、プギューの可愛さについて延々

と喋りだした。二人の話を聞いている間も、ナディアはまだ信じられないといった顔つき

をしている。ラフィストが止まりそうに無い二人を制止し、次の日の予定について話を切

り出す。試合にでるラフィスト達三人は別として、九時半にこの場所で落ち合う事にガー

ネット達観戦組は決めたらしい。

「じゃあ、明日はホテルから直接ここにくるわね」

ナディアが時間に遅れないようにしないとと言っている横で、マキノがどこからともなく

紙とペンを取り出して、雪ダルマを描き始めた。描き終えると、それを観客席にペタッと

貼り付ける。

「何だそりゃ?」

「これ?席確保用の目印よ!」

何で雪ダルマと問うと、一身上の都合と返ってくる。雪ダルマなのには、そんなに意味は

無かったのだろう。しかし、もう殆ど人のいない観客席にポツンと雪ダルマが座っている

のは、目立つのか目立たないのかイマイチよく分からない。

「そんな事はどうでもいい。早く帰って寝るぞ」

付き合ってられないとばかりに、サードが一人とっとと先を歩いていく。ラフィストも疲

れていたのは同じだったので、皆を促すと会場を後にした。




「四人とも、いいですわね……」

「ああ……―――」

グランドベイサイドホテルの一階で、真剣な顔のラフィストとニックス、馬鹿馬鹿しいと

いった風なサードとティーシェルが、ガーネットを中心に円になっている。

「さ、一斉にお引きになって」

そう、本日の部屋割りを決めているのである。ニックスが文句を言う為、公平を期す為に

部屋割りはくじ引きで行うようになったのだ。

「あー、でも俺クジ運悪いんだよなー」

「―――……うるさい、馬鹿」

「バ……バカー!?」

「ニックス落ち着けって!ほ、ほら……皆疲れてるし、さっさと引こう!な?」

一斉の、の掛け声とともに四人がクジを引く。クジを確かめている間、辺りにしばしの沈

黙が流れた。

「301号室は―――……」

ニックスが恐る恐る尋ねると、ティーシェルが、あ、僕だと言って手を上げる。それを見

たニックスは思いっきり叫んだ。

「いよっしゃぁぁぁ!サードじゃねえ!」

傍から聞くと、非常に失礼極まりない事を言っているのだが、ニックス本人はその事に気

付いていないでただ喜んでいる。これにはサードも腹が立ったのか、うっすらと青筋を浮

かべていた。見かねたラフィストがニックスを諌める。

「ニックス、サードに失礼だろ」

「これだから馬鹿は……おい、ラフィスト行くぞ」

「バ……バババ……バカー!?」

大声を上げるニックスを無視し、サードはさっさと階段を上っていく。サードに言われた

ラフィストもその後に続いた。ティーシェルも、騒ぐニックスを五月蝿いな、フロントの

人に迷惑だろと一喝し、ニックスを置いて部屋に向かう。マキノとガーネットも不貞腐れ

るニックスを引っ張りながら、彼らに続いた。




302号室。ラフィストとサードの部屋だ。部屋では二人とも、剣の手入れをしている。

「ラフィスト」

「ん、何?」

視線は剣に落としたまま、急にサードが喋りだす。

「今日の試合、よかった」

「……あ、ありがとう」

いつも厳しい評価のサードの、意外な一言にラフィストは驚く。

「十中八九、明日はお前と当たるだろうな……」

サードの中では、自身の準決勝も、ラフィストとニックスの試合も無いに等しいらしい。

だがラフィストは、顔を引き締め、答える。

「でも、ニックスも結構やり手だ……油断は出来ないよ」

ラフィストの答えにフッとサードが笑う。剣の手入れを終え、ラフィストは剣を鞘に収め

た。それをベッドの横に立てかけると、喉が渇いている事に気付き、お茶を入れ始める。

その時、会場で聞きそびれた事を思い出し、そういえばと呟く。ラフィストの呟きはサー

ドに聞こえていたらしく、サードが返事を返す。入れたお茶をサードにも渡し、ラフィス

トはソファに座った。

「―――……昼間、Bブロックの試合の時、凄い音がしたよな?……あれ、一体なんだった

んだ?」

サードが、ああ、あれかというとラフィストに事の顛末を話した。控え室にいる間にそん

な惨事が起こっていたとは思わず、そんな事が、と驚いている。

「マジックシールドの上からなんて、ティーシェルってやっぱ凄かったんだなぁ」

そういえばカダンツの司祭なんだよな、と改めて思う。ラフィストが感心していると、サ

ードがただの呪文じゃないがなと付け加える。

「ただの呪文じゃないって?」

「恐らく合成魔法のような物だ。……それも、その呪文の特性を生かした、な」

「へぇー、そんなものもあったんだな」

魔法については殆ど知識が無い為、ラフィストは感心しきりだ。しかしサードは、いや、

無いとラフィストの言葉を否定する。

「俺も魔法剣士として、呪文については知識を色々会得してきたが、あんなのは始めて見

た……。あれはマジックバリアを破る為に、思いつきでやった呪文だろう」

「わ、悪い……いまいち意味が分からないんだけど」

話が深いところに入っていき、付いていけなくなったラフィストが目をパチパチさせる。

「つまりだな、ティーシェルが使ったのはウォールグラビティプレスという、水と重力圧

の合成なんだ」

普通、水は均等に圧力がかかる。そしてマジックシールドは、圧力がかかった所に力を集

中させ、防御する。そこで、グラビティプレスによって人工的に重力圧をかけ、マジック

シールドの手薄になった所に穴を開け、ウォーターを通したと、サードは呪文の構造をわ

ざわざ図に描いて説明してくれたが、ラフィストは殆ど理解が出来なかった。とりあえず、

理解できたのは理論的に難しい事だけだ。サードはもういいだろうというと、ベッドに潜

り込み、寝る体勢に入る。電気を消し、ラフィストもベッドに入ると、あっという間に眠

りに落ちた。その頃、隣のマキノとガーネットの部屋ではとある出来事が起こっていた。

「ありり?プギューがいない……」

さっきまで一緒にじゃれていた筈のプギューが、いないのだ。二人が風呂に入っている間

に、どこかに隠れてしまったのだろうかと思い、二人は先程から懸命にプギューの姿を探

していた。

「んんー……いない。って、窓開いてる!」

マキノが窓に駆け寄って叫ぶ。

「どうしますの?」

「きっとお腹空いたら帰ってくるよ。ほっとこー」

「い、いいんですの……?」

「だいじょーぶ!プギューはそんな奴よ!」

若干楽観的なマキノに、幾ばくの不安が無い訳ではなかったが、マキノがそういうなら、

とガーネットはそれ以上口出しするのはやめる。そして、女の子同士の会話に花を咲かせ

始めた。




「我に終焉の炎をもたらさん……ダークネスブレイズ!」

杖の先から赤黒い炎が大きく渦を巻き始める。しかし、渦はみるみるうちに萎んで無くな

っていった。ここはフォートレス城の地下。ここの城の地下には剣の修行場や、魔法の修

行場がある。武術大会の間、王が特別に一般開放してくれた為、この修行場は使用者で賑

わっていた。だが今は、今日が使用日の最終日であり、時間も遅い為ここにはナディアし

か残っていない。

「新しい魔法作るってのも、楽じゃないわ……。けどティーシェルも頑張ってるみたいだ

し、私も負けてらんないわ!さって、次の試そっと」

魔道書と睨めっこしていたナディアが、杖を持って再び立ち上がる。

「汝が見るは光の幻。デイドリーム!」

辺りに紅色の靄がかかり始める。ナディアは成功かどうかしばらく見ていたが、いつまで

経ってもその靄が消える気配は無い。おそらくこれも失敗だろう。度重なる失敗で集中力

が切れたのか、ナディアはああもう、と大きな声を上げてその場に寝転んだ。

「疲れた!―――……でも、久し振りにティーシェルと一緒に頑張れる……って!」

がばっと上半身を起こし、両手で顔をつまむ。

「何ニヤけてんのよ、私ったら!……嬉しい、んだよね……。で、でもあの子はまだガキ

だし!あーもう、私何ムキになって否定してんのよ!―――……変。私……」

両手の力を緩め、じっと床を見つめる。床にティーシェルの顔が映っている感じがしてき

て、床を見ているのも段々恥ずかしくなっていく。その時、まだ消えない靄の向こうから

何かの影がナディアに向かって突進してきた。聞かれた、と思い一瞬身構える。しかし、

ナディアの前に現れたのは人ではなかった。

「プギュー!」

「きゃぁぁぁぁ!ド、ドドド、ドラドラ……ドラゴン!」

物凄い悲鳴が修行場に響き渡る。その悲鳴で、プギューがビックリしてしまったようだ。

一方のナディアも、パニック状態に陥っていた。苦手なドラゴンが突如目の前に現れた事

に、気が動転してしまったのだ。パニックになりながらも、ナディアはこのドラゴンが、

マキノの言っていたドリームドラゴンである事に気付く。

「プ……プギュー……ちゃん?」

ナディアは何とかプギューに和解を求めようと、懸命に話しかける。しかし、プギューは

先程の悲鳴でもの凄く興奮してしまっていた。

「ど、どうしよう……」

プギューの様子に、ナディアはまたもやパニックに陥る。一生懸命、マキノは大人しいっ

て言ってたから大丈夫だと自分に言い聞かせるが、杖を持つ手が汗ばんでくる。その時、

その事実が間違っている事に、はたと気付く。マキノは人懐こいと言っただけで、大人し

いなどとは一言も言っていなかったのだ。ナディアが逃げ腰になった次の瞬間、プギュー

は大きく口をあけ、スリープガスを吐き出した。

「い……いやぁぁぁ!」

正面からまともに浴び、ナディアがその場に倒れこむ。

「プギュン」

スリープガスを吐き出した事で落ち着いたプギューは、修行場から姿を消した。その数分

後、修行場管理のおじさんが、鍵の束を持って近付いてきた。使用時間の終わった修行場

の戸締りをする為だ。おじさんはサッと中を簡単に確認し、中に人がいないか呼びかける。

プギューのガスによって眠っているナディアに気付く様子は全く無い。そのまま鍵をかけ、

廊下を歩いてその場を立ち去っていってしまった。




「え?一ヵ月後まで開かないんですか?」

「はい。あそこはよく、ホームレスが寝泊りするんです。だから、使用する予定が無い時

は、鍵をかけておくんですよ。次の使用予定日は一ヵ月後ですので、それまでは一切開き

ません」

少し魔法の練習をしようと修行場にやってきたはいいが、ティーシェルは地下への入口の

前で兵士の一人に止められてしまう。その兵士によると、もう修行場の扉は閉まってしま

ったらしい。後ろ髪を引かれつつも、ティーシェルは諦めて再びホテルへと戻っていった。

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