−九章−〜古の伝承〜
「ふぅ……まぁ、こんなものか……―――」
ランプの明かりしかない薄暗い部屋の中で、サードが愛用の剣を磨いている。長年使い込
んでいるのがわかるほど、立派な剣だ。ディーテほどの名工に、新しい剣を打ってもらえ
るのは嬉しい。しかし、愛用の剣を振るう機会が無くなると思うと、サードは少し寂しく
思った。手入れ道具をしまった後も、サードはじっと剣を見ていた。
「お前とも、もう七年になるのか―――……アデル、俺は強くなっただろうか」
こんな事を言っても、答えが返ってくる訳ではないと頭を振り、サードは剣を収めて壁に
立てかけた。感傷的な気分を追い払おうと、いつまでたっても同室のニックスが戻ってこ
ないから眠れないんだ、と八つ当たりめいた事を思う。ぼんやりとそんな事を考えている
と、かすかにドアを叩く音が聞こえた。一瞬ニックスだろうか、と考えたがニックスなら
ばドアを叩かずに、平気な顔でズカズカと入ってくるだろうと考え直す。
「誰だ?」
サードがドアを開けると、見慣れた人物が立っていた。
「何だ、ティーシェルお前か。何か用か?」
「関係者のあなたなら……きっと、私の言う事をわかってくれる」
「私?―――……おい、どうしたんだ?」
肩に触れようとすると、その姿がかき消える。どこに行ったと、辺りを見回すと、サード
の部屋の中にその姿はあった。
「私は、あなたの仲間ではありません……ただ、この姿を借りているだけです。―――…
…話を、聞いてくれますか?」
「―――……話せ」
その返事にうっすらと微笑を浮かべると共に、開いていたドアが自動的に閉まる。サード
がベッドに腰をかけて、話すよう促すとティーシェルの体がふわりと浮いた。
「今からおよそ一億年前、二人の覇者が争いを繰り広げました。名はグレイスとフレッド。
彼らは兄弟であったけれど思想も力も相反したものでした……」
「世界創世の話か……それくらい知っている」
世界創世の話は、親が子供に必ず語り継ぐ有名な話だ。サードがつまらなさそうに、フン
ッと鼻を鳴らす。
「ふふ……やはり、人の間ではこのように語り継がれているんですね」
「当たり前だ。最後はグレイスが死に、平和を愛するフレッドが、創世の剣を手に勝利す
る。そしてフレッドの元、世界が平和であるよう見守られるようになった。そんな事、子
供でも知っている事だ」
「それは、時を経て捻じ曲げられた伝承に過ぎないとは思いませんか?」
「いや。……何だ、何か言いたいのならはっきりと言え。伝承なんぞに興味は無い」
相手の焦らすような口ぶりに、サードがイライラを募らせる。
「ならば単刀直入に言いましょう。この一億年の間、この世界に創世神は存在しませんで
した……この世界は、非常に危ういバランスの元に成り立っていたのです」
「なっ……!―――……何故、この一億年の間不在だったんだ……?」
「その間、この世界に降りかかる災悪を防ぐ為です」
「創世神の不在によって、災悪を防ぐだって……?普通は逆ではないのか?」
「そうしなければ防げないほど、大きな災悪だったのです。……彼は、二つの魂が地上に
辿り着く一億年という時間を待った。……それが最後の希望だったから」
「彼?二つの、魂?」
「それについて、今は話す事は出来ません……世界樹の元に行けば、自ずとわかります。
その時をお待ちなさい」
相手の濁すような言い方が気になったが、聞いても答えてくれるとは限らないので、サー
ドはあえて無視する事にする。
「一億年が経った今、希望も絶望も全てが目覚めた。―――……世界樹、創世神グレイス、
そして闇の災い。この三つの存在によって、今のこの世界は大きく動いています。闇の災
いについては、貴方は既に見た事があるはずです……」
「まさか……アンカースの魔導士、なのか?」
コクリと頷く。数年前、一度だけ見たあの姿は、確かに災い以外何者でもなかった。アイ
ツによって、自分も、そして他の連中の人生も大きく狂ったからだ。
「グレイスと闇の災いは、アンカースにいる。……全てを知りたいと思うのなら、まずは
仲間を集めて世界樹へお行きなさい……そこに行けば、ある者が貴方達を導いてくれる」
「ちょ、ちょっと待て!伝承では死んだとされるグレイスの名が、何故今更出てくるんだ!
いや、それより一体グレイスは何をしようとっ……―――!」
サードの問いに答える前に、ティーシェルの体がガクンと揺れ、床に倒れこんだ。
「これは、アンカースだけの問題ではないのか?……一体、何が起こっていると言うんだ」
ティーシェルを担ぎ上げ、自分のベッドに横にさせると、足早にラフィスト達がいるダイニングに向かって行った。
「ラフィスト、いるか」
マキノとニックスの学校の話で盛り上がっていた時、サードがダイニングに入ってきた。
「サード?寝たんじゃなかったのか?」
「いや。……それより聞きたい事がある。ティーシェルの事なんだが……」
「ティーシェル?ティーシェルがどうかしたのか?」
「……あいつ、何者なんだ?」
「え……?何者って、カダンツの司教の息子ではありませんの」
サードの思いもよらぬ質問に、ガーネットが首をかしげる。
「何言ってんだ、サード。おめぇ、変だぞ」
「ニックス、お前に言われたくは無い」
「―――なっ!」
「サード、何かあったのか?」
ラフィストはニックスを宥め、サードに尋ねる。いつまでも言い合いを続けられても、困
るからだ。
「さっき、あいつの体に“何か”の意思が乗り移った……」
「何かってまた、中途半端だなぁ」
サードはニックスを一睨みした後、話を続ける。
「そいつが言うには、アンカースにはあの魔導士の他に、世界創世の話に出てくる創世神
グレイスも絡んでるらしい……」
「それ、本当ですの!?」
ガーネットが驚きのあまり身を乗り出す。それはそうだ。アンカース調査の旅が、まさか
そんな大事になっているとは、思っても見なかっただろう。
「他にも色々言っていたが、その事については俺の口から説明するより、世界樹に行った
方が早いらしい。後で一応話そうとは思っているが、俺も頭の中でついていけてない部分
が多いから、詳しくは期待するな。……それと、仲間を集めろと、言っていたな」
「つまり、他にも仲間になるべき人間がいるって事か……」
そう考えた時、ラフィストの脳裏に一つの名前が浮かぶ。その人は世界樹にも深く関わっ
ている、決して無関係な存在ではないと、確信めいたものがあった。
「仲間を集めろって言ったって、誰でもって訳じゃないんでしょ?」
手当たり次第仲間にっていうのも違うんだろうしなー、とマキノが呟く。ニックスも珍し
く考え込んでいるみたいだ。
「もしかしたら……その一人は、ナディアじゃないか?」
「え、何でですの?」
「ナディアは元々世界樹を調べたりしてたんだろ?拒まれたとはいえ、一時は世界樹の元
まで行った……仲間の身近にそんな人間がいるのに、無関係とは到底思えない」
「確かにな……探してみる価値はあるかもしれん」
「そうと決まれば、ティーシェルも呼んでこないとね!……あれ?ところでサード、ティ
ーシェルは?」
サードが、話し終わった後ぶっ倒れたからベッドに置いてきたと言うと、ニックスが立ち
上がりティーシェルを起こしてこようと走り出そうとした。ラフィストは慌ててニックス
を制止し、自分が行くと告げる。少し気になる事があったからだ。ニックスは納得して引
いてくれたが、サードが気になる事があるから自分も行くと言うと、途端に不満を露わに
する。再び喧嘩腰になりかけたニックスを、サードの目の前で起こった事だからと何とか
宥め、ラフィストはサードと共にティーシェルを起こしに向かった。サードと二人で通路
を歩き、目的の部屋の前に辿り着きドアを開ける。そこにはベッドに横になったティーシ
ェルがいた。早速起こそうとベッドに歩み寄ると、それをサードに止められる。
「どうかしたのか、サード?」
「……何故、こいつだったと思う?」
「それって、メッセージを伝えるのに何故ティーシェルを選んだのかって事?」
サードが頷く。ラフィストは偶々ティーシェルに乗り移って、サードがメッセージを聞い
たのだと思っていたが、サードはそう思っていないらしい。偶然ではなく必然。何か、そ
う思うだけの理由があるのだろうか。
「……何か、気になる事があるのか?」
その問いに一瞬、サードの目が逸れる。何か聞かれたくない事情でもあるのかもしれない
が、ラフィストは逃げ道を用意してやる気は無かった。仲間として、ここはキチンと話を
聞いておくべきだと思ったからだ。
「他の奴に聞かれたくない事なら、俺の心に閉まっておく。だから話してくれ、サード」
「―――……乗り移った何かは、俺がアンカースに深く関わっている事を知っていた。ア
ンカースの魔導士を見た事も。そしてそれを理由に、話す相手に俺を選んだと言った……
だから、コイツもそうなのではと思っただけだ」
「……そうか」
サードが言った事は、ラフィストにとって衝撃だった。まさか、アンカースにサードが関
わっていたとは思わなかったからだ。しかし、ここは黙って事実だけを受け入れようと、
ラフィストは驚きを声には出さなかった。サードも機会が無ければ決して口にしなかった
だろうし、彼にとって触れられたくない話題だと思ったからだ。
「確信もないし、漠然としたものだが気になった……それだけだ。―――……とりあえず、
コイツを起こすか」
「ああ」
ラフィストがティーシェルを揺さぶり起こそうとした時、彼の口から微かに寝言が聞こえ
てきた。
「うっ……ナディ、ア。それは、使っちゃ……君、が……使ったら、君も僕も……姉、さ
んも……」
「姉さん?ティーシェルに姉さんがいたのか?」
「まだ誰のか決まっていないだろう」
「そ、そうだな……しかし、このタイミングでまたナディアの夢か」
本当に仲間の一人はナディアかも、と思いサードに話しかけようとした時、突然ティーシ
ェルが叫び声を上げて飛び起きた。先程は気付かなかったが、顔は真っ青になっており、
凄い汗をかいている。
「ティーシェル、大丈夫か?」
ティーシェルの酷い様子に声をかけるが、心ここに在らずといった様子で返事が無い。ま
だ、夢と現実の狭間に取り残されているのだろうと思い、ラフィストが肩を掴んで揺さぶ
ると、漸くティーシェルの視点が定まったかのように見えた。
「あ……ラフィスト。僕は……」
「夢を見てたのか?」
「……まあ、ね。……昔の夢、よく見るんだ」
「ティーシェル、君お姉さんいるのかい?」
ラフィストの言葉に、ティーシェルはキョトンとしたような顔をする。顎に手をあて、考
える仕草を見せる所から、いつ話したか必死に記憶を手繰っているのだろう。
「結婚して、グレミアの町にいるけど……言ったかな、そんな事」
「たった今、うわ言でな。それよりも、話がある……立てるか?」
ティーシェルは頷くと、ベッドから降りる。何だかんだ言いつつも、こうやって相手を気
遣っている所を見ると、サードも根は良い奴なのかもしれない。今日は仲間の新たな一面
を沢山知る日だな、とラフィストは感慨深く思う。そして、仲間の待つダイニングに移動
する為、部屋のドアを開けた。
「ティーシェル!」
ガーネット、ニックス、マキノが一斉に立ち上がり、ティーシェルに駆け寄っていく。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫って言われても、何も覚えてないんだよ」
廊下を歩いている時、ティーシェルに何かが乗り移っていた事と、突然倒れた事を伝えた
が、その時の事は何も覚えていなかったらしい。
「キオクソーシツってヤツか?」
「ニックス……それ、違うと思う」
ラフィストに突っ込まれ、ニックスが何やらショックを受ける。マキノが小さく馬鹿、と
言った後にティーシェルに椅子に座るようすすめる。そして、さっきの事をもう一度話そ
うと言い出した。全員が席に着いたのをみて、サードが話を始める。
「さっきティーシェル、お前に乗り移っていた奴は、俺にこの世界が創世神不在で成り立
っている危うい世界であると告げた。大きな災悪から世界を守る為らしいが、それがどの
ような事かは聞いていない。最後の希望の、二つの魂を待っていたとも言っていたな。…
…そして今、この世界は世界樹と創世神グレイス、闇の災いによって動いているらしい」
「後、アンカースには例の魔導士と、グレイスという神様がいて……全てを知るには、仲
間を集めて世界樹へ、でしたっけ?」
ガーネットが断片的に思い出すように喋る。サードはその言葉に頷き、闇の災いがアンカ
ースの魔導士であると告げる。そして、闇の災いについて何か知っている事はないかと、
皆に尋ねた。
「それは多分……神話に出てくるダークエビルの事じゃないかな」
「ダークエビルって、創世神フレッドに倒された、あの?」
ティーシェルやガーネットが言うには、一億年前にこの世界を飲み込もうとした暗黒の竜
の名前が、ダークエビルというらしい。その竜は創世神フレッドに倒され、その体は世界
樹に封印されているらしいが、何しろ神話の話なのでこれ以上の事はわからなかった。
「とにかく、まずは仲間を集めて世界樹に行くのが先決だと思う。……そこで、ナディア
を探そうと思っているんだ」
「ナディアを!何で!?」
「今日一日で、こんなに彼女の話題があがった事、元々世界樹に関係していた事……そし
て何より、俺達にとって身近な存在だ。それに彼女に会う事で、何かわかる事があるかも
しれない。探してみる価値はあるよ」
「ティーシェル。私達は何度かナディアについて話を聞きましたけど、彼女はあまりに謎
が多すぎますわ。……ラフィーの言う通り、一度彼女に会うべきですわ」
ラフィストとガーネットの言葉に、ティーシェルが下を向き、黙り込む。その沈黙を破る
ように、ティーシェルの口からポツリと言葉が漏れた。
「ナディア、か。……確かに謎は多いよ。僕だって、ナディアの家族構成すら知らないし、
父上の所に入門した理由すらはっきりとはわからない」
「探し物の為じゃねえのか?」
「多分、心の奥にはもっと別の理由があったと思う。今までは、世界樹に認められる為に
父上の元を訪れたと思っていた……けど、はっきりとそう言っていた訳じゃない。弟を生
き返らせたい、って言った事はあった。だけどこれも、世界樹の葉でとは言ってなかった」
「だとすると、最悪の場合……全て作り話と言う事もあるな」
サードが痛い一言をティーシェルに突きつける。
「とにかく……ナディアを探そう。話はそれからだ」
現時点では、ナディアが嘘をついているかどうかはわからない。でもナディアが見つかれ
ば、真実がどうであれ本当の事を聞く事が出来る。そうラフィストは思い、ティーシェル
の肩をポンッと叩いた。ラフィストの気遣いに、ティーシェルが微笑を浮かべる。ティー
シェルの顔を見た時、先程のサードとの会話をふと思い出す。サードの疑問の糸口になれ
ば、とティーシェルに乗り移った相手について何か知っている事は無いか、聞いてみる事
にした。
「そういえば……ティーシェル。君、乗り移った相手とか、世界樹とか、創世神とか何で
もいいんだ。何かそれらに関係する事で、知ってる事はないか?」
ラフィストの言葉にティーシェルは首を振る。その反応にラフィストは勿論、サードも大
きな落胆の色を見せた。しかし、ティーシェルは小さくあっと言うと、顔を胸元に向ける。
そして、首にかけていたペンダントを外して、テーブルの上に置いた。
「関係あるか、わからないけど……これ、生まれた時から持ってたらしいんだ。何なのか
は調べた事ないんだけど……―――」
「綺麗な色……」
マキノが頬杖をつきながら、うっとりとペンダントを覗き込む。サードも見た事が無い石
らしく、とても珍しそうにしている。エメラルド色したペンダントは、角度を変えてみる
と光を違った色に反射させる。吸い込まれるような色だな、と思いラフィストはペンダン
トを手にとって眺めていた。すると、石の中に何かの模様のような物が見えた気がした。
「ん、何だ……これ?模様、かな」
「見せてみろ!」
サードがラフィストの手からひったくる様にペンダントを取り、それを光に透かすように
して眺める。模様が何なのかわかったのか、サードがペンダントから顔を離す。その顔は、
信じられないと言っているように見えた。
「これは……これは!古代ルーン文字じゃないか!」
「ル、ルーン文字ですって!?」
ガーネットが思わず声を上げる。ペンダントの所有者であるティーシェル自身でさえも、
サードの言葉には驚いているようだ。サードにルーン文字について尋ねると、遥か昔に存
在しなくなった文字だと言う事を教えてくれた。今ではその存在を知っている者の方が少
ないとまで言われていると付け足すと、そういえばと言葉を続けた。
「―――……聞いた事があるな。世界にたった一つだけ、ルーンの加護を受けた聖石があ
ると。そして、その石には人を生き返らせる程の力があるらしい。……あくまで、伝承に
過ぎないがな」
「なにぃぃぃぃぃっ!」
あまりの事に、皆目を見開いて驚く。ニックスなんかは驚きすぎて、口をあんぐりと開け
ている程だ。
「成る程な……ナディアの探し物はおそらくこれだろう」
サードがペンダントの紐を掴んで皆の前にちらつかせる。
「ど……どういう事?サード。僕にはいまいちよく分からないんだけど……」
「お前の話によると、ナディアは世界樹に拒否されて、葉を手に入れる事が出来なかった。
―――……そうだな?」
「う……うん」
「その後、色々調べるうちにこのペンダントの存在を知ったんだろう。まぁ、伝説の石だ
し、誰も見た事が無いから気付かなかったんだろうが……魔道の都カダンツなら修行にも
なるし、その手の石の情報も手に入りやすい」
「だから、うちにきたのか……ナディアは?」
「ま、十中八九間違いないだろう」
そこまで言うとサードは、大事に持っておけと言ってルーン聖石をティーシェルの手に渡
してやる。ティーシェルはその言葉に頷くと、ペンダントを首にかけなおした。
「それにしても〜、ティーシェルってやっぱお坊ちゃまだったんだね〜!ねね、他にも何
かすっごーいお宝とかってあるの?」
「マキノー!お前何してんだよー!」
「そうだな……ニムブルの腕輪、とかなら」
「キャー!うっそー!素早さが上がるって言うあの!?すっごーい!超、欲しい!」
ティーシェルにすり寄るマキノに腹を立てたのか、ニックスがマキノにくってかかるが、
マキノは眼中に無いかのように会話を進める。
「おい!シカトすんなよ!―――……大体、お前なんかにお宝くれる訳が……」
「一個あげようか?父上に三つ位貰ったし、戦闘にも役に立つだろうから」
「な……なにぃー!?」
無視されたのが癪に障ったのか、ニックスが皮肉を言う。しかし、逆に思わぬ言葉にショ
ックを受ける形になった。ティーシェルが懐から一つの腕輪を取り出し、マキノに差し出
すとマキノが目を輝かせながら受け取った。
「キャー!ありがとうティーシェル!超、嬉しい!」
これ以上ないマキノの喜びっぷりに、ニックスが更に打ちのめされる。余計な一言は好感
度下げるだけと言う事にいつ気が付くんだろうな、と呆れ果てたラフィストであったが、
とりあえず話を進めようと机に地図を広げた。
「とりあえず、どこにナディアを探しに行こうか」
「いや、探すよりも誘き寄せた方が早いだろう」
「で、でもサード。どうやって―――……?」
サードはティーシェルのペンダントを指差し、これを利用すると言い、話を続けた。
「ルーン聖石を賞品にした武術大会を、王に頼んで開いてもらう。勿論賞品は、贋物を使
うがな」
鉱石を使って、ディーテにそれっぽい物を作ってもらえば大丈夫だろうと言葉を足す。
「な……なるほど!じゃあ、明後日の朝に俺とガーネットの二人で城に行って、王様に頼
んでみるよ!」
「開催日は武器が仕上がる二週間後だな!」
「もしや……ニックス、あんた出る気?」
やけに気合の入ったニックスに、マキノが問いただす。ニックスは当たり前だと、今から
やる気に満ち溢れていた。これに、ガーネットが賛成の意を唱える。
「それ、いいアイディアですわ!ラフィーやサード、ティーシェルも出場して腕試しなさ
ってみてはいかがでしょう」
「えっ……あの、ガーネットが出て欲しいって言うなら」
「別に、構わん」
「僕パス」
「うふふ、ありがとう二人とも。そして、いい根性ですわね、ティーシェル」
ラフィストとサードが参加する事に決めた事を、ガーネットが諸手をあげて喜ぶ。ティー
シェルが出ない事に対して、少し腹を立てているようだが、それ以上に二人が出る事にな
ったのが嬉しいのか、しきりに二人に頑張って下さいねと言っている。
「何か、恋の混戦模様って感じよねー!」
マキノが楽しそうにニックスとティーシェルに耳打ちする。ニックスはマキノの態度に面
白がるなと注意するが、ティーシェルは二人とも何でガーネットなんかがいいんだ、など
とブツブツ疑問の声を漏らしている。ティーシェルの呟きを耳に留めたのか、マキノがそ
う、そうよね!と、意見を述べる。
「私もティーシェルに賛成!だって、ガーネットの他に私という女の子がいるのに!」
「そりゃあ、どっかの田舎娘より、姫さんの方が可愛いからなぁ」
「ひっどーい!ニックス、最低ー!」
だから女の子にもてないだの、デリカシーがないだの言うマキノにニックスが文句を言お
うとするが、ティーシェルに肘でどつかれ、謝った方がいいと目で諭される。結局、助言
通り謝る事に決め、ニックスがマキノに頭を下げた。
「わ、悪かったな……」
「ホーホッホッホ!それでいいのよ、ニックス!」
「ち、ちくしょー!」
「明日はグールを倒さなきゃならないし、今日はもう寝よう」
ガーネットと話していたラフィストが、話し合いは終わりにしようと切り出す。ラフィス
トの言葉を皮切りに、皆が部屋に戻ろうとするがティーシェルがそれを引きとめ、馬車を
買ったらどうかと提案する。その意見に皆賛成した為、明後日フォートレスに行く際に注
文してくる事にした。一緒にフォートレスに行くガーネットは、今からどんな馬車にしよ
うか考えているみたいだ。そんなガーネットに変な物を買ってくるな、とサードとティー
シェルが釘をさす。
「まあまあ、俺も一緒に選ぶし大丈夫だよ。……それより、部屋に戻ろう」
「はぁ、何で俺ばっかサードと……」
「クジ運が悪いだけだ、お前が」
ニックスが部屋割りに対して最後まで愚痴愚痴言っていたが、それぞれ部屋の前で別れた。
そして、今日一日の疲れきった体を休めた。