−序章−〜予兆〜
作中に登場する通貨単位『ギル』は、1ギル=100円の感覚でお読み頂けると、分かりやすいかと思います。
「おばあちゃん!おばあちゃん!どこ!」
人々の狂ったような声が響く中、少女はただひたすら叫んでいた。叫ばずにはいられなか
った。叫べば誰か助けてくれるかもしれない。いや、この街にはいなくとも大好きな兄が
きっと駆けつけてくれるはず。そう少女は信じ、はぐれてしまった祖母を呼び続けていた。
叫びながら歩き回っている間少女は多くの死体を見た。中には自分と同じくらいの少年の
死体もあった。顔を煤だらけにし、所々傷も出来ていたが、それでも少女は街の中を歩き
続けた。
「おばあちゃん!」
「……おい、こいつか?」
「誰!?」
歩くのに精一杯だったせいか背後に人がいる事に少女は全く気づかなかった。体に傷も無
く、鎧を身にまとっている事から侵略者である事は明らかに目に見えていた。とっさにそ
の場から逃げようとするが既に周りは侵略者によって囲まれていた。
「わからん。一応連れていくか」
「やだ!やだよう!!離して!!!お兄ちゃん、お兄ちゃん!!!!」
兵の一人が少女を連行し、後には死体だけが残っていた。
その日は晴れた、これといっていつもとは変わらない日だった。ラフィストはふと北の空
を見上げ愕然となった。妹がいるはずの街の上の空は、赤黒く輝いてた。その日こそ貿易
で栄えた都、ランツフィートが落ちた日であり、またラフィストが妹を亡くした日でもあ
った。あれからもう7年が経った。今日も天気はよく晴れている。こんな日はつい亡き妹
の事を考えてしまう。
「ラフィスト!」
「ラ…ラナか……驚いた…」
ラナは近所のパン屋の娘である。明るい性格の彼女は妹を亡くしてからというもの、よく
俺の世話をやいてくれていた。
「またジュリアの事思い出してたの?…そうよね、忘れられないわよね」
ラナは綺麗に並んだ石畳の上を、軽快なステップで2、3歩歩き円のようなターンで振り
返る。
「全く困っちゃうわよね…急にあの温厚な王が戦を仕掛けてくるんですもの。安心してら
んないわ。…でも、何で急に戦争が起こったのかしら?私は王が変貌したのには何か理由
があるからだと睨んでるんだけど……と!お使いの途中なんだ。じゃあね!あんまり落ち
込まないで?……無理、か」
こう言って長い栗毛のお下げを二つ風になびかせながら走り去った。
「アンカースの王が豹変した理由、か……」
そんなの、何度考えた事だろう。それを考えると眠れなくなる日もしばしばあった。しか
し今はそれを調べる手立てが無い。結局は自分は無力なのだ、何も出来ないのだと思い知
らされるだけだった。考えていったってどうにもならない、仕方ないんだと思い、ラフィ
ストは家路につく。通りの曲がり角を曲がろうとした時、家の近くに住む男達の話し声が
耳に入ってきた。
「なあ、知ってるか?ついにこのグラン王国からあのアンカース王国に調査団を派遣する
らしいぞ」
「お前馬鹿だなー。調査団なんて表向きに決まってるだろ?本当はアンカース王暗殺が目
的に決まってるじゃないか」
「!?それ、本当なのか!」
「ラ、ラフィスト!……く、苦し…」
思わず掴みかかっていた事に気づき、手の力を緩め事の一部始終を教えてくれと頼み込ん
だ。街といってもそんなに広い訳ではない。皆ラフィストの妹がランツフィートの事件に
巻き込まれ、なくなっている事を知っていたので、わりとあっさりと教えてくれた。
「つまりだな。国力もついてきた事だし、アンカース王国に7年前の事だとか口実つけて
攻め滅ぼしちまおう!って考えさ。だが問題があってな…国王が変な魔術を使うとか最強
の魔導士がお抱えにいるとかで手が出せないらしい。そこで、世界中から腕利きを募集し、
王やその周辺を一掃しようって腹さ」
「暗殺…」
「ま、まぁ変な事考えずにお前は家に戻りな。そういった事は他の奴らがやってくれるだ
ろうし、俺らには関係ない話、だろ?」
「調査団、か」
―夜、自分の部屋の寝台でラフィストは昼間の会話を思い返していた。
(本当は俺だって、殺してやりたいさ……でも)
“急に王が変貌したのには何か理由があるんじゃない?”
(アンカースの事だけじゃない、ランツフィートの事件の事もそうだ。今の俺は、何も知
らな過ぎる……それでいいのか?)
気がついた時にはラフィストは寝台から立ち上がっていた。古びた木の机の引き出しを開
けてありったけのお金を革袋に入れ、着がえの荷造り、地図、方位磁石など旅支度を整え
ていく。両親が寝静まった頃を見計らい家を飛び出した頃には既に夜はとっぷりと更けて
いた。体には鎧を身に纏い、手には先祖から伝わる剣。少々重い気もしたがそんな事は気
にならなかった。10分くらい歩いたところで懐かしいように感じる我が家があるホール
ス村を見た。明かりなど何一つ見えなかったが、それでもラフィストには確かに自分の故
郷を感じ取っていた。
「父さん、母さん…ごめんよ。俺、行きたいんだ……ジュリアの為にも、自分の為にも」
ホールス村から背を向け、ラフィストは歩き出す。その胸に妹のペンダントを光らせて。
作者が運営しているサイトでも掲載している物ですが、少しでも多くの方に読んで頂きたくて投稿致しました。何か感想があれば、作者も喜びますのでよろしくお願い致します。




