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十年前side2

 十年前。

 私はあの時、あの男の仲間だった。読者の皆様がご存知の通り、男の名前は甲斐谷京極といった。十年前――当時絶対に広めてはならないとされていたサンタクロースの正体を、この街以外の全ての街に知らしめる罪を侵した男。それが、甲斐谷京極という人間である。

 そして。

 私は、その男を捕まえた人間だ。

 当時、私の年齢は十四だった。まだ年端もいかない若い頃。至極当然なのだが、私は別段何をしようともしていなかった。所謂反抗期の延長線上にある無気力という奴である。私は何もしようともしていなかったし、事実何もしなかった。

 ただ一つ。

 現在から約十一年前――私の父親が起こした事件の余波をなくそうとすること以外は。そうなのだ。私は確かに甲斐谷京極を捕まえた。だがそれは一つの目的の為に狙って起こした行動であり、本来褒められるべき所業ではないことをここに記しておこう。しかし私には、犯罪者を捕まえたという実績が必要だった。犯罪者を捕まえ、十四歳にして私が既にその存在を知っていた――子供たちの一日限定救世主、サンタクロースにいち早くなる目的を果たす為に。

 そのついでに、私は、私の父親が起こしたあの事件によって降り懸かる多大な迷惑を退けたかったのである。

 私の父親の名前は、これも読者の皆様がご存知だとは思うが――山口大津という。約十一年前。子供もおり、世間一般では夫婦と見なされている成人男性と成人女性十組の何の罪もない人たちを植物状態にする事件を起こした犯罪者。それが山口大津という人間であり、山口大津の娘が私なのだ。

 おっと、ここは十年前に関することを記述する項だった。山口大津が起こした行動と、それに伴って私の身に降り懸かった困難については後に記述するとしよう。

 閑話休題。十年前の話である。

 私はその時、甲斐谷京極の仲間であった。目的は記述するまでもなく、甲斐谷京極を捕まえ、そしてその一派を捕まえることである。理由はわからないが、甲斐谷京極はサンタクロースの在り方に違和感を覚える者の他に、十一年前に我が父山口大津が起こした事件の関係者を集めていた。その関係者とはすなわち、山口大津による被害者と山口大津の家系の人間である。なので私も選ばれた。本来ならば私はその一派のメンバーに選ばれる筈のない人間であったのだが、その理由に準する一つの事実が私にはあったのだが、甲斐谷京極は結果として私を見つけ、仲間に引き入れた。

 ――「君は山口大津の娘なんだろう? 僕は彼のおかげでこの粛清に踏み切ることが出来たんだ。だから僕は、僕の自己満足の為だけに君を誘おうと思う。どうだい。サンタの存在を、全世界に広めたくはないかい」

 甲斐谷京極が私を誘った時に言った言葉を私は忘れることはないだろう。一見するとあの男はただのひょろ長い成人男性だったが、何故か、彼にはついていこうという思いが浮かんだ。カリスマ性というものが甲斐谷京極にはあったのかもしれない。まあ、今となってはどうでもいいことだ。牢屋にぶち込まれ、この街において最大の極刑である無期懲役の罰を与えられている人間の話を記述しても仕方がない。

 私はそうして甲斐谷京極の仲間となった。甲斐谷京極の持つカリスマ性には幾度となく振り回されそうになりはしたが、何とか自分の目的を果たそうという意志を保てたことを私は誇りに思いたい。

 そうしなければ、今頃、サンタクロースという存在は――白髭の老人だけではなく、成人になった男女ならば誰でもなることが出来る存在なのだという『事実』が全世界に広まっていたかもしれないからだ。

 私が称賛され、十五歳にしてサンタクロースになることが出来た最大の理由がそこにはある。もし私があの日、あの男の行動を止めていなければ、全世界にサンタクロースの真実が全て伝わり、サンタクロースという存在が神格化されていなかったのかもしれないからだ。

 サンタクロースとは子供にプレゼントを配る存在である。その為にサンタクロースは勝手に家の中に侵入し、勝手に子供たちへのプレゼントを置いていく。たったこれだけの行為。しかしこれは立派な不法侵入であり、サンタクロースという救世主でなければ許されない行為なのだ。

 サンタクロースがサンタクロースであるが故に、私たちサンタクロースは子供たちにプレゼントを配ることが出来る。そして、そのサンタクロースとは白髪の老人だけに限られる。もしこれが成人した男女なら誰でもよくなってしまうのならば、『サンタ記念日』と称され『クリスマス』と称された日に――不法侵入者が相次ぐことになるだろう。

 私は。

 そうならない未来をつくりだすことに成功した。

 それが評価され、私はなんとか成人になる前にサンタクロースとなることができ、同時に我が父山口大津の存在を払拭することが出来たのだ。

 では、何故、私は甲斐谷京極を捕まえることに成功し、サンタクロースが白髪の老人であるという根も葉も無い噂を広めることに成功したのか。この事実を説明する為には、私はある人物の存在を隠すことが出来ない。けれどもそのある人物は自分の存在が世間に露見されるのをよしとしなかった。

 なので、この記載に限って。

 私はその人物のことを、『匿名希望』と称することにする。予め記述しておくが、私は匿名希望のことを聞かれても一切合切答えるつもりはない。今現在読者の皆様が読んでいるであろう本の出版社にも同じ対応をとったので、電話で問い合わせても出版社の関係者たちは誰一人として匿名希望についての質問に答えられないことを了承してもらいたい。私は匿名希望に迷惑をかける気はないのだ。

 さて、ようやくといったところだが、私が甲斐谷京極を捕らえた経緯についてこれから記述しようと思う。この記載はノンフィクションであり、一般の人物団体と関係している。

 ――十年前の夜。

 甲斐谷京極は、とあるアパートの屋上に集められた私を含めた一派のメンバーに対して、こんなことを命令していた。

「いいかい。今から君たちにはバラバラにわかれてもらおうと思う。今から僕がある裏技を使ってこのアパートの下に君たちの人数分のトナカイを集合させるから、それに乗ってこの街から外に出てほしい」

 この街のトナカイ飛ぶことが出来るという事実を私が知ったのはこの時この瞬間であった。赤色のソリは単なる荷物置き場だという事実もこの時知った。甲斐谷京極は大人子供関係なく、一派のメンバー全員を同等に扱っていたのだ。そんな姿に好感など全く覚えなかった、と表現すると、嘘になる。

「おい。ある方法ってのは何だ」すると、一派のメンバーの中でも屈強な男が甲斐谷京極に質問をした。「この街のトナカイはガキにばれないよう地下に収納されている筈だろ。それをどうやって一カ所に集めるんだ」

 対して甲斐谷京極は「うーん」と答えた。「ごめんね。この方法はあんまり知られたくないんだ。だからどんな方法なのかは言えない。ごめん」

「俺たちでも、か」

「君たちでも、だね」

「……そうか」屈強な男は残念そうに甲斐谷京極の言葉を聞いていたが、やがて諦めたようにため息を一つつき、こう言った。「あんたの言うその方法とやらで、トナカイを集めることは間違いなく出来るのか?」

「うん。それは保証する」

「よし、わかった。仕方ない。俺たちはそういうあんたについていくんだ。口答えは出来ないし、しない。おい皆。いいか、それでも」

 屈強な男がそう言うと、私以外のほとんどの人間が彼に同意する言動をした。その時、私以外に彼の意見に同意するそぶりを見せなかったのは、かの匿名希望だけであった。

 一派のほとんどが一致団結したのを皮切りに、私を含めた一派のメンバーは甲斐谷京極の「トナカイに乗ってこの街を出たら、空中で一時待機していてくれ。すぐに僕も追い付く。それじゃあ、野郎じゃない人もいるけど野郎供! 粛清を始めるとしようか!」という掛け声を後ろに行動を開始した。流石に私もこの時ばかりは一派のメンバーと同じ行動をした。すなわち、「オー!」といいながら右拳を高らかに掲げ、アパートの階段を降りるという行動である。

 アパートの外に出ると、そこには本当にトナカイの軍隊があった。一派のメンバーは戸惑いを隠しつつ、一斉にトナカイの背に乗り、空中へと浮遊する。辺りには一派のメンバー以外誰もいなかった。私たちだけしかいない時間帯――その絶妙な時間帯を、甲斐谷京極は狙ったのだった。

 空を見上げたら、続々とトナカイが街の外へ向かう様子を見ることが出来た。彼ら彼女らは街の外へと出て、甲斐谷京極を待つ予定でいた。

 その時、私は。

 甲斐谷京極の行方を目で追おうとしていた。

 私は最初からこの街を出る気などなかった。そんなつもりは毛頭なかったのだ。私の目的は甲斐谷京極という犯罪者を捕まえること。その為に、トナカイに上手く乗れない子供を演じた。途中まで屈強な男が私を見ていたのだが、「先、行ってるぞ」と私に一声かけ、トナカイに乗って飛び立っていった。

 私はそして、トナカイという強力な味方を手に入れたのだ。今と違い、当時のトナカイは特定のサンタクロースだけでなく、誰にでも扱えるよう育てられていた。その理由を、当時はあんな事件を起こそうとする者など現れないと思われていたからだと私は考えるのだが、恐らく間違っていなかったと思う。

 私はその時、決意を固めていた。甲斐谷京極を捕まえるのだと。

 浮遊するトナカイの背に乗り。

 ――甲斐谷京極に誘われる前からずっと右手に持ち続けているメガホンを用いて、何も知らない街の人達に甲斐谷京極の存在とその思惑を伝え、犯罪行為を未然に防ごうと考えていた。

 だから私は乗りかかっていたトナカイからおり、もう一度トナカイを見てからパートナーを選ぼうとした。甲斐谷京極という得体の知れない男を捕まえる為だ。だから私は、一切の油断をすることが出来なかった。

 この時、私は気付いた。

 確か、甲斐谷京極は人数分のトナカイを集めたと言っていた。甲斐谷京極のトナカイは恐らく今頃アパートの屋上に居るのだろう。そして何らかの準備をしているに違いない。だからこそあの男はいまだにアパートから出ていないのだ。――私の考えは間違っていなかった。何も、間違ってなどいなかった。

 ならば。

 何故、トナカイが私の分の一頭以外に一頭存在したのだろう。


「ねえ。もしかして貴女、あの男を止めようとしてる?」


そう思った時。二頭の内の一頭がいきなり喋りだした。トナカイは喋れない。なのに、そのトナカイは喋ったのだ。私の方を向いて、しっかりと人間の言葉を用いて。「私、実はあの男に「皆が飛び立ったのを確認したら、トナカイに『変身』してアパートの屋上まで来てくれ」って言われたのよ。貴女のこと、あの男に報告しない方がいい?」

 これが私と変身が出来るという存在とのファーストコンタクトであり、私が甲斐谷京極を完全に捕まえることが出来た理由。

 匿名希望。

 甲斐谷京極という男に従っている存在。

 その時、私はあまりの衝撃に口を開くことが出来なかった。トナカイの口から響くその声は紛れもなく先刻屈強な男の言葉に同意を示さなかった人物と同じ声だったからだ。

「……貴女のこと、とりあえず報告しないでおくわ」

 私が無言でいると匿名希望はこう言い、ふわりと浮かぼうとした。『変身』という摩訶不思議な行為はどうやらその変身した生物の特性までも完璧に真似出来るらしく、トナカイに変身した匿名希望は浮遊しようとしていた。

 私はその時、ぐしゃぐしゃになった頭を最大限に動かしていた。どうやらこのトナカイに変身した匿名希望は甲斐谷京極に一番近い存在らしい。

 そうならば、匿名希望に上手く協力してもらうことができれば、甲斐谷京極を十四歳の私の手で本当の意味で捕まえられるのではないだろうか――。

 その考えが浮かんだ瞬間、私は匿名希望に話しかけていた。その時匿名希望の両手両足は完全に地面から離れており、あと数秒もすればあの男の元にたどり着いていたといっても過言ではない時だった。

 私は匿名希望に対し、何故あなたは甲斐谷京極の手助けをするんですか、と尋ねた。

 匿名希望はそれを聞くと浮遊していた体を止め、地面へと着地すると、匿名希望は言う。「私ね、どうでもいいのよ。何が起きてもどうでもいいの。十一年前、私の希望は費えたの。だから、いいの。サンタがどうとか甲斐谷京極がどうとかそんなのはどうでもいい。私は、こんな私に対して何かをする為の指針を与えてくれればいいのよ」

 その指針がどこに向かっていても私には全く関係がないから。

 と、匿名希望は、続けた。私は身が引き裂かれるような思いだった。そういうトナカイの目はとても悲しげで、その目をさせたのが私の父親なのだから。

 私は泣いて謝罪をした。土下座までした。私は山口大津の娘で、貴女の両親を手にかけた男の娘なんですと。そうしても意味のないことだとはわかっていた。わかっていたのだが、言わざるを得なかった。言わないでいられなかったのだ。

 匿名希望は私の謝罪を黙って聞いていた。その間三十秒にも満たない。

「じゃあ、どうして」私の謝罪を聞くと匿名希望は直ぐさまこう尋ねた。「どうして貴女は、甲斐谷京極を捕まえようとしているの?」

 その問い掛けに、初め、私は素直に答えようとはしていなかった。何故なら匿名希望は甲斐谷京極に 一番近い存在であり、もしかしたら私の反乱を甲斐谷京極に伝えるかもしれない存在だったからだ。

 ――だが。


 私の父親の不名誉によって私自身の評価が下がるのが嫌なんです。父親は事件を起こす寸前に色々と小細工をしてくれましたが、それでもやはり、たまに私の家系を知る人に会うことがあいます。たまにです。ですが、たまに、私は罵倒されます。狂った親が育てた娘だ、と。それが嫌で嫌で、だから私はそんな不名誉を一切合切払拭出来るような名誉を、手に入れたいんです。


 私はそのすぐ後に、答えていた。私が甲斐谷京極を捕らえようとする理由を。甲斐谷京極を捕らえ、その功績を基軸にサンタクロースになってやろうという私の目的の根本を。私は涙を流し続けていた。恥ずかしいことに、私は私が言った台詞によって、泣いていたのだった。

 匿名希望は私の台詞を黙って聞いていた。やがて少しだけ経つと、「うん、わかった」と大きく頷き、こう言った。「私は貴女に従うよ。私に出来ることがあったら何でも言って」




 おじいさんかおばあさんに変身して、私の為に用意されたトナカイに乗ってこの街の外に出てください。一派のメンバーを上手く出し抜いて、一派のメンバーよりも先に街の外の人たちに空飛ぶトナカイとそれに乗るサンタクロースという存在を広めてください。、街の外の人たちのイメージは払拭されず、サンタクロースは老人にしかなれないという根も葉も無い事実が広まる筈ですから。

 私は匿名希望にそう伝え、私はアパートの階段を思い切り駆け上がり、悠然と立つ甲斐谷京極を捕まえた。そのかなり後でね。事態の急転を知った一派のメンバーが一斉に姿を街の外へ広めようとしたらしいが、時は既に遅し。街の外では「サンタクロースは白髪のサンタクロース」という噂が広まっており、そしてそれは一般常識となった。

 これが十年前に起きた事件と事件解決の一部始終である。私は功績が認められ、いくつかの試験を乗り越えてサンタクロースになった。

 匿名希望とは関係が続いていない。匿名希望には匿名希望の目的が出来たらしいのだ。何やら誰かとの再開を約束したんだとか。

 ――匿名希望に私の作戦を伝え、その後私がアパートの階段を駆け上がった。

 この二つの行動の間には空白があった。私は匿名希望に何らかの方法で意識を落とされ、目覚めた時には十五分が経っていた。

 その空白の十五分間に何があったのか。

 私は未だに知ることが出来ない。


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