そして現在 六
「で。忘れんぼうなハルカ君と、その傍らのシンヤ君は何をしにきたのかな」
小柄な体格。垂れ目の笑顔が何とも言えない雰囲気を作りだし、本来は長いであろう黒髪をポニーテールに一つに纏める彼女、友永さん。
俺の登場シーンの残念さを理由にひとしきり笑い終わると、友永さんは少し涙で潤んでいる目を擦りながら俺とカタギリ君にこう尋ねてきた。ああ、そうか。今更に今更なのだがカタギリ君の本名は片桐真哉であり、つまりは名前を『君』付けして呼ぶとシンヤ君となるわけだ。あれ。でもそうなると俺だけ苗字で呼んで、カタギリ君には名前で呼んでるってことになるぞ。この微妙な差別は、はてさて何を意味しているのか。ただ単純に俺が嫌いなのか、それともカタギリ君の方が俺よりも親密度が高いだけなのか。後者なら精神的ダメージは少なくて済むけれども、前者はやめてほしいなあなんて思ったり。というか友永さんが俺の名前呼んだだけでなんでこんなに考えているんだろうね。それすらもわかんないっていうかそれがわからないからどうしようもねえ。
「……ねえシンヤ君、なんでハルカ君は固まっちゃってるんだろ」
「思うに、あれじゃないか? 君の呼び方の差異に気付いて悲しくなっているんだろう。つくづく小さい奴だなこの男は」
「え? 呼び方って……あ、ち、違うのよシンヤ君! 別にシンヤ君のことを名前で呼びたかったから無意識に名前で呼んじゃっとかそういうんじゃないから! というかハルカ君の名前なんて知らないから、私! 差別起きて当然! 必然なの、これは!」
何だか俺が呆然としている間に信じられない事実やら信じたくない事実やらが露見したような気がする。いやいやそれよりも何故だか何もしていない筈の俺がボコボコに言われているような。そこまで嫌われるようなことしたっけなあ友永さんに。あ、違うか。何もしていないから印象がまるで残っていないのか。だから俺に対する口調はテキトーで、天才と一応は称されていたカタギリ君に対してはこうやって顔を真っ赤にしながら応対するという訳なんですね。ええわかりますよ、これが仕方ないってことなのは。アハハハハ、笑いたいのに笑えないや涙が出てくるなあ。
しかもそんな顔真っ赤状態のテンパり友永さんの目の前にいるカタギリ君も満更ではないらしい。「……わかっているよ、言われなくても」と言いながら軽く頬を赤く染めて顔を背けていた。
思わず「何歳だよあんたら初々しい中学生か!」と叫びそうになったのだけれども、そしてその衝動を抑えられそうだったのだけれども無理だったので、結果として俺はその衝動の塊を二人に対してぶつけていた。だっておかしいじゃないか。笑い上戸な彼女はいい。何も悪くないし何も悪い点はない。でも、カタギリ君は。カタギリ君は今さっきまでナイフで俺に脅迫していたんだぞ。それなのに、なんなんだ、この展開は。訳わかんねえ。
「ちゅ、中学生って何よ!」至極当然、俺の叫びに対して反論をしようとする友永さん。「その言い草酷くない? なんでそんな……ああ、そっかー! まさかまさかだけど私が君の名前知らなかったことに対して拗ねてんのー? あーあ陰湿ー。確かに私も悪いけどその鬱憤晴らす為にシンヤ君まで巻き込むの止めてもらえるかな迷惑なんだよホントに!」
「…………」予想以上にドギツイ悪口の連打が俺目掛けて襲いかかってきた。うっわ、本当に涙出てくるかもしんねえや俺。あれだよ、ツチクラの悪口がまだまだマシなことがよくわかるな、これと比べるとさ。
「アハハハハ」
対して。
黒く黒く笑いながら息を吸い、第二波を繰り出そうとする友永さんの悪口は、こう、単なる悪口のレベルを超越して何かの呪文になっていると思います、はい。「大体さ、いきなり叫んでなんなのハルカ君さ。ここ図書館なんだけどわからない? ああ、そっか。わからないんだだって数日前に会った私の顔を全く思い出せないような残念な記憶保持能力の持ち主なんだもんねそれなのに私に盾突くとかアハハハハ、あー、何言っちゃってんの? 謝ろっか謝れば許してあげるよそうそう謝ってみようか謝って!」
「すんませんでした友永さん!」何の抵抗もなかった。彼女に対して謝るのに何の屈辱も生まれなかった。ただただ俺は、謝っていたのだ。ヤベーよコエーよ友永さんマジヤベーよ超ヤバすぎる略してチョヤバすぎだよこれ。「そうですよねカタギリ君と親密になりたかっただけですもんね友永さん! 本当に、本当にすいませんっしたあ!」
「え、ちょ、な! 違うってハルカ君そんなこ」
「真っ赤ですもんねそういいながら本当にスマンです友永さん!」
「何気に謝る気ないよねハルカ君! というか寧ろ私を陥れようとしてないかなハルカ君!」
「いやいやそんなことはないっすよ片桐由里さん!」
「うわ、それ結婚しちゃって……あああ、アウトぉ! アウトでダウトで終了のお知らせだよハルカ君!」俺の、謝りながら奇襲戦法にどうやら降参したらしい。うわははは、どうだ友永さんコラア! 陰湿とかいいやがって! 全く否定できないけどとりあえず傷付いたんだよ俺もさあ! 「……って何よその誇らしげな顔! キー! ムカつくムカつくムカつく!」
「え、今の鳴き声なんですか? おいおい猿が図書館に居やがりますよ友永さんこれ!」
「はああああ、はああああ! 誰が猿だ、誰が! この……いい加減に黙ってよハルカ君! ……アハハハハ、そういえば今思い出したわ流石私! そうだったね春賀彼方って言うんだよね君の本名! 何よ遥か彼方って! 本人に反比例してかっこよすぎでしょこの本名ー!」
「片桐由里さんにそんなこと言われたくないですけど」
「だからそれ結婚しちゃってるでしょうが! ふざけないでよハルカカナタこらあ!」
「……そうだよな。君と僕が結婚なんてふざけてるよな。すまない」
悪口の言い合いもヒートアップしてきたところで満を持して登場したのはまさかのカタギリ君だった。「え?」と流石の友永さんも動きをピタリと止め、「ち、違うのシンヤ君!」と言い訳に走る。というか今までなんで黙っていたんだろうカタギリ君は。もしかしてもしかしなくてもまさか今さっきまでずっと顔赤くして顔背けていたとかそんな展開はないよな、カタギリ君。もしそんな理由で今まで会話に参加しなかったのなら告発するぞ、俺は。「何を?」って聞かれたら迷わず俺は「わかんないけどとりあえず何かしらを!」と答えるつもりでいる。なんというぐらぐらな準備完了宣言。我ながら涙が出るぜ畜生。
そう思っている間にもカタギリ君と友永さんの夫婦漫才的な会話は続いていた。まず友永さんが「違うのシンヤ君! そういう意味じゃなくてね」と取り繕うことから始め、対して沈んだ顔のカタギリ君が「いや、いい」と若干寂しそうな感じで呟く。その後は「違うの、シンヤ君!」「いや、いい」という会話の応酬の繰り返しだった。そうして見事に取り残される俺という男。試しに「片桐由里さーん」と呟いてみたら、満面の笑顔の筈なのに何故かそれを見ると恐怖感が全身を支配するという驚天動地な友永さんの笑みを見てしまい、完全に不動の状態になった。すげえや。怖すぎるったらありゃしねえ。ツチクラの比じゃねえぞこんなの。あらあらいつの間にやら額に冷や汗がビッショリと。普段怒らない人が怒ると怖いってのはまさにこのことなんだろうと俺は考える。
最終的に、カタギリ君と友永さんの一方通行な論争は「はあ、はあ。いいかなシンヤ君。違うから。ふざけてるとかそういうんじゃないから」という友永さんの威圧をもった言葉でカタギリ君が押さえ込まれるという形で終わりを告げた。カタギリ君を押さえ込むとか。改めてすげえな、友永さん。
「えー、ゴホン。とにかくここは図書館です。今更だけど静かにしよっか」
友永さんが自分を棚にあげながら俺達に注意を促す。何を今更という感じで俺は立ったままの状態で黙って聞いていると、友永さんが「特にそこにいる風のハルカ君。君に言ってんだからね。静かにしてよ」と唐突に俺に対してだけ特別扱い的な忠告をしてきた。
「何で再度俺だけに?」
「決まってるじゃんそんなの。君が一番うるさいんだよ、本当に。黙ってくれるかな? というか息しないでくれるかなアハハハハ」
「息しなくなったら死んじゃうんだよ人間ってさ。猿だからそれすらわからないかー友永さんはアハハハハ」
「……アハハハハ」
「……アハハハハ」
「アーハハハハ!」
「アハハハハー!」
「冷静に怖いんだが二人共」カタギリ君のツッコミという大変希少価値のあるものを身に感じつつ、俺は尚も友永さんを睨み続ける。まさかこんなに欝陶しい人だったとはなあ。
そんな、友永さんは。
カタギリ君のツッコミを受けて酷く衝撃を受けたようだった。「怖いって何その評価!」とギャーギャー喚き立ててカタギリ君に講義している。ただし口だけだ。拳で軽く小突こうとしたらしいが、何だか恥ずかしくなって途中でやめた描写をドンピシャで見てしまった。もう俺は眩しい笑顔を放つ昔の幻想には捕われてなどいない。そう、昔なら何だか得した気分になったかもしれないが、今は違う。寧ろ吐き気がするような感覚に襲われる。うわあ見たくないもん見ちまったよみたいな。それに対しての拒絶反応みたいな。
「その吐きそうな顔やめてくれるかな、ハルカ君。ムカつく」
「じゃあ見なきゃいいんじゃないですかね」
「ああそうしよっか。君の顔なんてわざわざ見たくないし。ていうか逆に見ちゃったらお金請求したいくらいだよ」
「そっくりそのまま返してやるよ友永さん」
「ムカつく! ハルカ君ってムカつく!」
「そっくりそのまま返してやるぜよ!」
「じゃあそれをそのままそっくり返してあげるよ!」
「だったら俺はそれを二倍にして返す!」
「じゃあ私万倍ー!」
「兆倍になりました兆倍返しきましたー!」
「無限大数倍だもんね私は!」
「なあ君達」流石のバイオレンスカタギリ君も俺と友永さんの会話に呆れたんだろう。顔を掌でおさえながらため息をひとつつき、続ける。「そろそろ本題に戻ろう。特に春賀彼方。君と僕には試験が待っているだろう?」
「あ、ああ。そういやそうだった」
つい夢中になって友永さんを罵倒し過ぎた。俺とカタギリ君の目的とやらをすっかり忘れるくらいに。ええと、何だったっけか。
……あれ?
本気の本気で、思いだせねえ、俺が居る。
「あー、カタギリ君。俺達って何しに図書館に来たんだっけ」
「……そこからか春賀彼方。まあいい。もういい。君の頭については何も言わないでおこう」
やれやれとでもいいたげな様子でカタギリ君はそうして俺に、サンタになる為の試験と、摩訶不思議な試験内容について説明してくれた。それを聞いた俺と友永さんが「何その試験!」「出来ねーだろそんなの訳わかんねーよふざけんなあのメガホン!」と不満をあらわにする。カタギリ君はというと俺を信じられないようなものを見る目つきで「友永由里がその反応をするのはわかるが、君がそれをしたらもう僕にはどうしようもない」とため息をついていた。つまりは呆れていたのだろう。気のせいかもしれないが、俺っていつも色んな人という人に呆れられているような。いやいや待ってくれ、俺の周りには変人かはたまたヤバイ人しか居ないんだ。なのに、そんな、呆れられるなんて――。
まさか、俺が一番、ヤバイ奴なのか。「そんなバカな! ウソだろ、そんなバカな!」
「キャアアアア! シンヤ君シンヤ君、このヤバイ奴がいきなり叫び始めたよこのヤバイ奴が!」
「確かに。ただ痛いだけというのがまた涙を誘う」
「そんな反応は酷くないか二人共!」
やっぱりどうやら俺はヤバイ奴らしい。ここにきて衝撃の事実とやらが発覚してしまった。はっはっは、何でだろー何でだろー。俺はただただ真面目に生きているだけの成人だというのに。「……もういいや。とりあえずさ、そろそろ本題に戻ろうぜ、カタギリ君」
俺がそう切り出すと、カタギリ君は憤慨だと言わんばかりに「言われなくてもわかっている」と一言呟いた後、友永さんに話を聞こうとした。いわずもがな変身の技術に関する話である。変心じゃねーぞ。それはついさっきの俺と現在の俺の友永さんへの心情変化のことを言う言葉だ。あああ、数分前は友永さんを良い人だと思っていたのに、今では最上級に嫌いな人カテゴリーに入っている。一番嫌いな人と一位を争うくらいだ。
え、一番嫌いな人は誰かって?
そんなのは言うまでも考えるまでもねえ。
俺の一番嫌いな人は、相も変わらずサンタなのでございます。
異論は認めない。というかあれか、異論する人が居ないか。よっしゃ、俺はこのまま突き進む。サンタが嫌いなままサンタになってやるぜ。「なるしかないぜよ、サンタクロースに!」
「はいはいわかったわかった恥ずかしいから叫ぶのはやめようねっと」
いつの間にか移動していたらしい友永さんが、よっこらしょ、とは言わずにドデカイ段ボール箱を受け付けに置いた。何だこりゃと思いカタギリ君と中を覗いてみると、そこには大量の本が。「『変身』、『サンタ』、『サンタの歴史』、『サンタになる為の試験』。勝手にキーワードは作らせてもらったけど、まあ古い本だとこんなところかな」
「な……」俺はそれを聞いて素直に驚愕した。ちょっと待て、俺がサンタクロースを目指す前に調べていたとしても全然時間がなかった筈だぞ。「と、友永さん。これ、まさかあの短時間で、その上一人で調べた?」
「当たり前でしょうがハールカ君ー。おっとりな雰囲気を醸し出す敏腕司書を嘗めちゃいけないよ」
「いや、それにしても……」
これは凄い、と続けるのもおこがましいくらい凄かった。実際に手に取ってみると確かにキーワードに準じて選び取られているのがよくわかる。『我々はサンタクロース』、『犬でも出来る変身』、『歴史とは考古学。そして、サンタ』、『喋るトナカイ』などなど。なかなかにツッコミどころ満載なラインナップに見えるが、しかしその中身はちゃんとした内容だった。あのバイオレンスカタギリ君でさえ、「こ、これは凄い!特にこの『ミニスカサンタ御奉仕キャンペーン』という本が凄いぞ!」と叫んでいる。中に書かれている内容が凄過ぎて自分が何を口走っているかわからないくらい凄いのだ。
実際の内容を紐解いてみよう。
まずは、この『犬でも出来る変身』という本。これだけ新品同然なのが興味をそそった。それだけのことで手にとったのだけれども、書かれている内容がこれまた凄い。犬の生体系から始まり、次に変身出来る犬が大昔に居たことを提示。その遺伝子が色々な場所色々な生命に行き渡り、ついには人間にまでたどり着いたんだとか。そして、今現在本当に変身出来る人が居る、という話が書いてある。プライバシーの観念から名前は書かれていないが、俺はその人が誰なのか予測がついたから何も言わなかった。
そうか。
やっぱり、あの人は存在するのか。
そりゃそうだ。あの人が実在しないというのなら、十年前の騒動さえ嘘になってしまう。そりゃあんまりだろうな、あの男も。「いやあ、凄いなこの本。肝心の変身の方法が書かれてないのが残念だけど」
「流石の私も図書館に無い本までは捜せないからねー」
「いやいや、誰も友永さんが悪いなんて言ってねえよ。寧ろスゲーって友永さん。見直したよ」
「何様? やっぱりさ、うん、ハルカ君何様なの?」
「少なくとも友永さんよりは上なのは間違いない」
「うん、何様? 何様なのかなハルカ君! そもそもハルカ君なんかが図書館を悪く言うこと自体間違ってるんだよ!」
「え?」また俺は驚いた。『我々はサンタクロース』という本を開いたまま、友永さんに言う。「図書館? 図書館の話になんの?」
「当たり前でしょ! 私をけなすのはいいよ! 全然いい! ハルカ君がそういう性癖なら存分に欲求解消に私を使えばいいじゃない!」
「待ってその台詞だともっと、なんかこう、官能っぽく聞こえ」
「私はいいよ! でも、図書館だけは駄目!」
完全に俺の言葉を無視し、完全に俺を論破しようと身構える友永さん。何でだ。何でここまで言われなきゃいけないんだ。たかが図書館で、何で友永さんは泣き始めているんだ。「……って、あれ! 友永さん泣き始めてる!」
「図書館ってね、凄いんだよ! 色んな人が書いた本が置いてあってそれを無料で貸し借り出来るの! ヒグッ、本だけじゃないの! 漫画だって借りれるんだから! 謝ってよ、謝ってよハルカ君!」
「…………」
また謝罪展開になってしまったと思ったのは俺だけじゃないと思う。どうやら友永さんは本気の本気で泣いてしまっているらしい。カタギリ君に助けを呼ぼうとしたら、『ミニスカサンタ御奉仕キャンペーン』を読みながら「……サンタになる為の試験は四月からしか開始されない、だと? 満二十二歳になったらサンタの正体を知ることができ、同時にサンタになる為の試験を受ける資格が得られる――これはわかる。だがおかしいぞ。だったら大学での評価がトップスリーだった僕達が何故、受けなくてもいいサンタ試験を受けているんだ?」とぶつぶつ真面目に生真面目に思考にふけっていた。成る程、これが天才と呼ばれる所以か。どうやら俺のこの懇願の視線も、友永さんの泣き声も全く聞こえていないらしい。スゲエなカタギリ君。街中で超絶美人なアイドルとかに出会っても全く動じないんだろうなあ。
まあ、こう考えている間にも友永さんは泣き続けている訳でありまして。
対する俺はというと、顔を真っ赤にしながら俺に土下座をしようとしていたツチクラの顔が脳裏に浮かんでいた。やはり直ぐさま土下座は駄目だよな。何と言うか、男らしくない。今更か。今更過ぎてもうどうでもよくなっている気もしなくはないが、とりあえずは放置でいいだろう。
「すまん、友永さん」と、俺は頭を下げて謝罪する。
「私じゃない、図書館に謝って!」と友永さん。
「すまん、図書館」と、再び頭を下げて謝罪する。
「……グスッ。謝罪の気持ちがあればよしとしま、せん!」と友永さん。「土下座でしょ! ここは土下座しかないでしょうがハルカ君!」
「うおい嘘だろ! ツチクラでさえ土下座を強制するどころかたしなめてくれたぞ!」
「他所は他所、家は家!」
「その常套句を使うタイミングでここまで酷いのは初めて聞いた!」
「一番酷いのはハルカ君なんだからそんなこという権利も自由もないんだよ!」
そしてまた俺と友永さんは互いに罵倒し始めた。結局のところ、俺と彼女の会話手段はこれしかないのかもしれない。本当は心の底から感謝したいのだけど、それを言うタイミングさえ見失ってしまうのが難点だなあ。
という風に、考えていたら。
「おい、ちょっと待ってくれ! この本に書かれていることは確かなのか、友永由里!」
いつの間にか読む本を代えていたカタギリ君が。
突如、叫んだ。
それを聞き、慌てて友永さんと俺は「何が何が」といいながらカタギリ君に近づく。カタギリ君は真剣な表情でその本を眺めていて、友永さんもその本を一目見ると「……ああ、それかあ」と苦々しい表情を浮かべる。なんだなんだなんなんだと思いながら俺がその本のタイトルを読むと、俺も「ああ。はいはい」と苦笑いするしかなかった。
改めて思おう。友永さんの司書レベルは半端じゃない。
その本のタイトルは、『十年前』。
それに書かれていたのは――十年前のあの事件。
あの男が起こした、サンタの存在を全世界に知れ渡らせた事件のことだった――。