そして現在 五
「どうだ、春賀彼方。そっちには何かあったか」
「いや、見た所何もねえ。そっちの棚はどうだ、カタギリ君」
「今僕と君がいるこの場所が図書館なのにも関わらず裸でいちゃついている男女がいた」
「どこのケータイ小説だよその展開!」
二日目。新見教官からサンタになる為の試験――白髪の老人に変身しろという旨を伝えられた時から数えて、二日目の日。そんな日に、なんとなんと、大学生時代、俺が通っていた大学にて天才と評されていた片桐真哉通称カタギリ君が俺に助けを求めてきたのだ。というかそういやあれって昨日の夜のことだったっけか。それとも今日のことだったっけか。いやはや、やっぱり一日経つと記憶ってやつはスッポリと抜けちまうもんだなあ。
そう。
だから俺は昨日、何も見ていない。何も見ていないんだそうに違いない。例えカタギリ君が狂った演技とやらをしていたとしても、例えカタギリ君が俺にリアルにナイフを向けてきたとしても、それは俺の幻に過ぎないのであーる。
秘策を教えろとカタギリ君は言ってきた。白髪の老人に変身する術を教えろ、とカタギリ君は昨日の夜に言ってきたのだ。よくわからなかった俺は全く躊躇わずに「カタギリ君じゃねえですか何やってんだい」的なことを聞いた記憶がある。おおい今思えば何という言葉使いをしてるんだ俺は。大学卒が古風な言葉使いってあんた。「……おおうカタギリ殿、貴殿は何をしとるんでい!」
「ん? さっき見つけた裸の男女を写メで撮って脅迫している所だが、何かあったか?」
「まさに外道!」
このように。そう、このように。
誰が何の為に流した噂なのかはわからないが、カタギリ君という輩は天才という奴ではなく、基本外道な野郎であった。そしてそしてその外道が極まりに極まってしまった場合、昨晩のような悲劇に陥ってしまうのがカタギリ君という人間みたいなんです、ええ。
昨日、カタギリ君は俺の問い掛けに対して始めはしどろもどろに答えていたのだけれども、時間が経つにつれてめんどくさくなったんだろう。うんざりした顔で「わかったよ君の質問に答えればいいんだろう答えれば」とだけカタギリ君は呟くと、何の反省も見当たらないくらい真剣な顔で「秘策とやらを持ち合わせている君を脅迫しようとした。脅迫するには狂人を使うのが一番だ。でも、僕にはその為の資金がない。そこでどうするか。考えに考えた末に僕が出した結論は、僕自身が狂人になればいいというものだった」と長々とした台詞を一切合切噛むことなくスラスラと述べ切った。それはまさしく立て板に水の如し。俺は唖然としましたよその時。だって考えても見てくださいよ、目の前でいけしゃあしゃあと俺を脅迫する気だったって発言する人間がいるんだもんさ。キッツイキッツイ。当然その後俺が警察を呼ぼうとし、ケータイを耳に付けたその時その瞬間、黒の折りたたみ式携帯電話と俺の右手の真ん中にナイフが存在していたし。「うおわあ! 何してんのカタギリ君正気ですか!」と至極当然な驚愕反応をしてみせたのだけど、それに対するカタギリ君の言葉はこんな風なものだった。
「そっくりそのまま返してやる。警察? 馬鹿言ってんじゃない、そんなの僕が指をくわえながら黙って見ているとでも思ったのか?」
ほら、早く離したまえよ。僕を警察に届けようっていうその意思を。
心底思った。こいつはやべえぜ、と。今というか昨日の夜起こったありのままを話すとすると、――天才だと噂されていた片桐真哉という人間は、自分の考えを一秒の躊躇いもなく行動に移すことが出来るヤバイ奴だったのだ。うおおい俺の知り合いはこんなんばっかなのかよ。性格最悪なツチクラに、メガホンの新美教官、笑い上戸なツチクラの友人に、犯罪者予備軍というか完全に犯罪者なカタギリ君。それと、十年前に会ったあの男。
ああ。
そういえば、十年前に再開を約束した――変身が得意なあの大人な女性は、俺の知り合いの中で一番まともな人なんだな。
改めて思う。早く会いたいなあ、あの人に。そうすれば白髪の老人に変身する技術なんて簡単に手に入る筈で、そうすれば危険人物まっしぐらのカタギリ君と一緒に図書館で資料探索なんかする必要もないというのに、何故こんな事態に。本来だったら俺は、漫喫に入り浸って漫画を大量に読もうと切磋琢磨してるはずなんだぞ。それが、なんで、カタギリ君と。
「なあ、カタギリ君」
午前十二時。図書館に入れるようになった午前十時から二時間が経ち、めぼしい資料が全く見つからないストレスどころか十二時というこのちょうどいい時間帯独特の空腹さえ襲いかかってくるこんな状況の中、俺はカタギリ君にいましがた頭に浮かんだ疑問をそのままぶつける。「昨日俺はカタギリ君に脅迫されたんだよな。で、なんでその流れで俺とカタギリ君は図書館で仲良さげに資料探索なんかしてるんだ?」
「……ちょっと待ってくれ。今三十万だ。これを三倍にはしたいから、それまで待っててくれ」
「脅迫継続中! やめろってカタギリ君それだと合計九十万請求することになっちまうよ!」
「ちなみにここでいう九十万というのは金の話しだ。大体、小さな車が一台くらい買える値段か。単位は気にするな。それを気にしたら負けだぞ」
「何の話をしてるんだよカタギリ君! でもありがとう不思議と感謝したい気分に!」
恐らくカタギリ君が今話したのは俺達の運命を左右するとても重要な物事なのだろう。だってさ、カタギリ君がお金の単位の話をした時、心の底から安堵した俺がいたからね。円じゃないんですお金の単位は。はいそこ、指摘と書いてツッコミの準備はしないように。「……っていやいやちげーよ!」
そうだそうだ違う違うそうじゃないだろうここでカタギリ君に感謝するのはおかしいだろう自分。落ち着け俺、カタギリ君は現時点において敵なのだ。こんな十八禁展開を無表情で実行に移す登場人物は危険すぎる。そうだ、早くカタギリ君の行動を止めなくては。いざ行かん、敵はカタギリ君にあり。
「待て待て待てカタギリ君! そんなてんやわんやな状況の写真を使って脅迫なんて、駄目に決まって、る、ぞ……」
俺が勢いをつけて図書館の内部を走り、本棚という本棚を横目にしながらカタギリ君がいるであろう場所に出陣すると。
そこには、「図書館では静かにしたまえよ」というヤンキー座りで写メを撮るカタギリ君と、「ニャー」と鳴くであろう動物が二匹、図書館の床に寝転がっていた。
いわずもがな、二匹の猫だった。
「おい、カタギリ君」
「なんだ」
「カタギリ君って、猫の雄雌の区別つくのか」
「何を言う。見れば一瞬で見分けがつくだろう」
「…………」もしかしたら俺はとんでもない間違いをおかしていたのではないだろうか。というかそうだ、カタギリ君が間違ってるんじゃねえ。間違っていたのは俺だったんだ、俺の思想だったんだ。こんなに可愛い猫二匹の前で、そんな、恋空展開とかありえねえだろ。しかも恋空のあのシーンは学校の図書館での話だったし。もう何関連付けちゃってるんだよ、俺はさ。うああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいったらありゃしねえ。
そう、だな。
そうすると、多分、九十万っていうのも何か違う話なんだ。全くもう。誰だよ、カタギリ君がくんずほぐれつしていた男女を脅迫してるなんて言った奴。そんな急展開、あり得ねえよ。「じゃあさ、猫好きのカタギリ君。九十万ってのはあれだろ? 実はその携帯で動画を録っていて、その動画の閲覧回数が三十万っていうのを三倍にしたかったとかそういう意味なんだろ」
「は? いやいやそれこそ何を言う春賀彼方」そういうと、カタギリ君は物凄く暗い顔でほがらかな雰囲気を醸し出す猫をにらみ始めた。「僕はこの猫をネットオークションに出品しようとしていたところだ。とりあえず専門家に聞いたところ、二匹で三十万は確実らしい。これを三倍にする為にもっといい写真を撮らなくてはならないなと思ってね」
「えええええ! なんだよ全然猫好きでもなんでもねえじゃんカタギリ君何やっちゃってんの、ねえ!」
「……ああ、確かに資料探索を中断しているのは悪かった」
「そこじゃない! そこもほんの少しはあるけどそこじゃあない!」
「そうだな、猫なんて要らないよな。……殺るか」
「もう嫌だよ怖ぇよこの人誰か助けてください!」
図書館の端で救援要請を叫んだ俺は、叫びながら一気に猫二匹を抱え込んだ。もふもふした毛が何とも心地いいんだけれども、俺の腕の中の猫二匹は「フシャー」と嫌そうな鳴き声をあげていた。そんな露骨に嫌がらなくてもいいじゃねえかよと心の中で嘆きながら、一気にその二匹を持ち上げて、立つ。本棚と本棚の間の奥で、更に図書館全体における一番端の部分――しかもここが司書さん以外誰もいないであろう二階の歴史資料コーナーという位置であるのが本当に助かった。そして俺は、「ニャー」「ギニャー」と呻く猫二匹を急いで本棚と本棚の間に存在した窓をあけて放ることに挑戦し、なんとか達成することに成功。いやあ危ない危ない。あと一歩遅かったらカタギリ君が猫に危害を加えていただろう。
何故なら。
カタギリ君の右手には、昨晩見たナイフがおさまっていたのだから。
それを見たからこそ俺は猫を急いで外に放ったのであり、それを見たからこそ俺は、こうやってカタギリ君の視線を一心不乱に見つめている。
そして。
そのナイフの刃の先端が――俺の腹部目掛けて襲い掛かってきた。尚も無表情なカタギリ君。それに呼応するかのように冷たいナイフの先端。音はなかった。カタギリ君の躊躇も恐らくなかったんだろう。それ程までに迷いのない突きで、カタギリ君は俺に危害を加えようとしたのだ。
「なななななな!」と言いながら、そうして。
ナイフの先端を向けてくるカタギリ君の右腕を両手で掴むことによって、俺はなんとかカタギリ君の攻撃を抑えることに成功する。「何してんだよ、カタギリ君!」
「チッ。止められた、か」カタギリ君はそう言うと俺の方に向ける力を弱め、俺の両手を振りほどいた。ナイフの先端を黒いゴム状のカバーで覆い隠し、ポケットに入れるとカタギリ君は言う。「いや、猫を助けようとしていたくせに二階の窓から投げ捨てたのが気にくわなかった。気付けば僕の手はナイフを掴んでいた。すまない」
「すまないで済む問題じゃねーだろ……」
目の前で無表情のまま佇むカタギリ君。その感じは猫云々の絡みの前から全く変わっていない。マジかよ、こいつ。下手すりゃ死んでたぞ俺。
それなのに。
平然と、危害を加えようとした相手の前に居続ける、カタギリ君。
気付くと俺は冷や汗をかいていた。額に、背中に、脇に。そりゃそうだよ。命狙われたんだもんな、今さっき。まあ、俺にしちゃあよく止めたよあの攻撃。
それはともかくとして。
予想以上にカタギリ君がヤバイ奴だとわかった俺は素直にカタギリ君に対してドン引きしていたのだが、一応「猫は大丈夫だって。ここ二階だけど、すぐ下に一階からのびてる屋根みたいなの見えたからそこで着地してる筈だ」と注釈を加えてやった。猫二匹をオークションに売り飛ばそうとしたカタギリ君には興味のないことかもしれないが、ここで俺が猫を二階から真っ逆様に放り投げて殺してしまった罪なんかに問われたくないから、とりあえずの注釈だ。それでなくても猫の死体っていうのはトラウマものなんだ。車にひかれた猫なんかヤベエぞ。あの飛び出した目玉を小学生の時見て以来、俺は絶対に車で猫をひかないと誓ったものだ。あっはっは笑えねえ。
と、その時。
俺は、信じ難いものを見た。
カタギリ君が。俺の話を聞いたカタギリ君が。「そうか。ならよかった」といいながらうっすら微笑んだのだ。
「…………」何やかんやで、結局無言になる俺。何なんだろう。何なんだろう、この、カタギリ君という奴は。一体全体どういう思考回路をしているんだろうか。猫好きなのか。いや、でもさっきまでオークションで売り払うとか言ってたからなあ。じゃあ逆に犬好きか。いやいやなんでだよ全く関係なくなっちゃってんじゃん。ああ、駄目だ駄目だ。俺の頭は絶賛混乱中崩壊寸前まっしぐら。脳裏には「頑張るぜよ!」という大河ドラマ版坂本さんが。
「すまないな」カタギリ君もそんな俺の心中を悟ったのだろう。そうしてゆっくりと言葉を紡ぎ始めるカタギリ君。「昔からこうなんだ。何も考えずに、気付いたら自分の思ったことを即座に行動してしまう。天才とか言われていたが、そうじゃない。勉強しようと思ったら、いつの間にか一日経っていたことがある」
ただ、そういうことなんだ。何も特別なことなんてない。天才なんかじゃ、ない。「だから、僕の近くには誰も居なかった。だから僕は、天才なんて呼ばれて嘲笑をあびていたんだ」
――そう言われて思い出した。
昨晩、俺は、カタギリ君に誘われたんだ。秘策がないのなら一緒に明日資料探索に行かないかと誘われたんだ。カタギリ君に。カタギリ君から。伏し目がちになりながら、それでも何とか懸命に言葉を絞りだそうとしていたカタギリ君の顔は、とても悲しそうでとても苦しそうで。さっきの猫の話じゃないけれど、カタギリ君の記憶の中のトラウマって奴が、躊躇うことができないカタギリ君の言動を制限していたんだろうな、と俺は勝手に思ってしまう。そう思っていたら、そう思いながらカタギリ君の顔を見ていたら、自然と俺は「なあ、カタギリ君」と本日何回目かになる呼びかけを発していた。伏し目がちになりながら、「なんだ」と呟くカタギリ君。
「気にしねーよ」気付いたら自然と口が動いていた。何にも考えずに出る、何の根拠も背景もないかもしれない台詞が。「気にしねーよ、こんなの」
「は?」
「だから、気にしねーって」そう言う俺の言葉を聞きながら、カタギリ君は心底信じられないというような顔をしていた。はっはっは。いいねえいいねえカタギリ君。その顔だよこん畜生。ツチクラと並んで同じように俺のことを馬鹿にしやがって。
新見教官から説明を受けていた時のこと、俺は忘れちゃいねえんだぞこの野郎。
ツチクラと新見教官が俺を馬鹿にしていた時、カタギリ君だけが俺を支持してくれたこと、忘れちゃいねえんだ。「気にすんな……とまでは言えねーが、少なくとも俺は、カタギリ君を天才とかそんな風に呼ぶ気はねえから。そのつもりで」
手当たり次第探しても埒があかねえからさ、司書さんに聞きに行かねえか?
そう言って俺はその場を去ろうとした。目指すは司書さんがいるであろう二階の受け付け。というかここまで騒ぎ声が響いていてよく気付かないもんだなこの図書館の司書さん。おっとりした性格なのだろうか。いいなあ、おっとりした性格の司書さん。メガネとかかけてくれていたら尚良し。言うまでもないだろうけど、おっとりしたおっさん司書さんはお引取願いたい。いやこれ本当に。
「君は」俺が脳内で下らないことを考えていると、すると後方から声をかけてくる人物がいた。男性にしては少し高めの声が、その人物から発せられる。「僕を、避けないでくれるのか。君をナイフで刺すかもしれない僕を、避けないでくれるのか」
その質問に対して少し考え、「まあ、さ」と少し躊躇いながら俺は答える。「昔、色々あってさ。たいていのことには慣れてるんだよ、俺」
十年前。あの男による革命が起こった。その場に居合わせた俺はあの男の行動をほとんど見ていて、そして同じくあの場に居合わせた女性と、いつか必ず再会しようという約束をした。
――そして、十一年前。
サンタの存在が街の外に知らされる一年前。あの時、俺は。あの事件のおかげで、あの事件のせいで、ある程度の衝撃展開には対処出来るようになったんだ。十一年前の事件より衝撃を受ける展開なんて、こうやってサンタ試験を受けるようになった年齢になっても想像できないくらいだから。
カタギリ君は依然黙ったままだった。まるで何かを吟味するように俺という存在を推し量っているのかもしれない。いいぜいいぜ。存分に迷え、この野郎。その時間が俺の時間だ。サッカー漫画のカッコイイ監督みたく、したり顔でカッコよく待ち構えてやるよ。
やがて、カタギリ君は、大股で歩いて俺の右横という位置で立ち止まった。「危害を加えないよう、努力しよう」という無茶苦茶上から目線な台詞をはきながら。
「危害を加えないってさあ」その台詞に対して、思いついた通りの言葉をはこうとする俺。「ただ単純に、カタギリ君がナイフを持ち歩かなきゃいいんじゃねえの」
「なっ! ……そうか、そうかそうだったな。すまない。盲点だった」
「いやいやこれ盲点とかそういうレベルじゃねえぞ!」
「じゃあなんだ。盲班とかか」
「え、盲班って何」
「……やっぱり君は阿呆だろう」
「何だと! カタギリ君にだけは言われたくねえぞその言葉は!」
「な、どういう意味だいそれは」
「そのまんまの意味だ、こん畜生!」
俺とカタギリ君はそうやって話をしながら罵倒をしながら受け付けまで歩く。距離はそんなにない。本棚は壁と垂直の向きで隣接していたので、二階の中央スペースには木製の一人用机と椅子とがばらばらに置かれているだけだったので、その間をぬいながら歩いた。
受け付けの向こうにはガラス貼りの部屋があった。本という本が何十冊も積まれている様子が見える、部屋が。ここの中に司書さんがいるのだろうか。俺による大声にも全く反応しない司書さんが。
「すいませーん、聞きたいことがあるんですけどー!」と俺は司書さんに聞こえるように出来る限り大きな声で叫んだ。その際、隣にいるカタギリ君が「流石にうるさすぎないか」と呟いていたが、まあ、やむを得ないってことで一つ宜しくお願いします。そんな細かいところまで一々気にしてたら埒があかないからな。しょうがないしょうがない。
「はいはーい。ちょっとだけ待っててくださいねー」
そして声が聞こえてきた。おっとりして間延びしている、間違いなく女性であろう声。それでもってゆったりとした口調、ほんわかとした雰囲気。おお。まさか俺の予想が当たる日が来るとは。ポンコツ脳も伊達じゃねえってことかねこれは。いいねいいね。調子いいよ俺。この調子でツチクラを傘下におさめてやる。ほら、想像してみろよ。あのツチクラが泣きながら「馬鹿! どんだけ私のこと待たせんのよ!」って叫ぶ、そんな姿を。あああ、うん。駄目だ、無理っぽい。
ツチクラを号泣させる作戦決行には失敗したものの、でもまあ司書さん想像作戦には成功したのは間違いない。ようやったようやったよと何ヶ月かぶりに自分で自分の頭を褒めていると、司書さんはいつのまにやら部屋の扉を開けて受け付けに来ていた。部屋の扉は真ん前にあった為、自然の摂理に従って「はいはい。何のご用件でしょうか?」と言う司書さんの前面が見える位置になる。
「ああ」と司書さんの顔を見てカタギリ君が呟いた。
「あれれ?」と俺達二人の顔を見てて司書さんが呟いた。
「ん? 二人共、知り合い?」と俺は司書さんの視線に気付かないまま二人に聞いた。
「……え? もしかしてハルカ君、私のこと覚えてない?」
司書さんの質問で沈黙状態に陥る俺。あれ、司書さんに知り合いに居たっけか。うわあ、全然思い出せない。誰だっけこの小柄な人。記憶を洗いざらい探るんだ。司書さんが知りあいなんて展開そうそうないんだぞ、自分。
ああ、うん。
駄目だ。全然思い出せない。
やっぱりポンコツ脳はポンコツ脳ってことか。俺の俺による俺への高評価を一分と経たないうちに覆してしまう男、それが、悲しいことに私でございます。「すいません本当にすいません。失礼を承知で聞か」
「どうせ私のことわかんないんでしょー、ハルカ君」
「……すんません」
「はぁー」
長いため息をつきながらやれやれという仕種を大袈裟にする司書さん。それでもほんわかした空気を持ち合わせるこの司書さんは何者なんだろうと思っていたら、その答えはすぐにわかることとなった。「こりゃあ、サナカちゃんも苦労するよねえ」という一言によって。
「……あ」
長いとも短いともいえない考察期間の末。そして司書さんの超絶ヒントによって、俺は司書さんの名前を思い出すことにようやく成功した。「友永さんだ、友永さんだろ!」
「大正解! ……ていうか一昨日会ったよね、私達。なのに忘れるとかそんなの……駄目でしょそれ!」
アハハハハハハハ! 面白いねそれ、面白いよ!
ついに全力で笑い始めてしまった彼女はそれから一分間くらいずっと笑い続けていた。大きな声をあげて、外聞を全く気にしないまま、感情の爆発を大っぴらに表現する。笑いながら、笑って涙を流しながら、笑い上戸の彼女は笑っていた。あれ、なんか表現が重複してないか的なことは気にしない気にしない。
卒業式の時、ツチクラと一緒にいた元女子大生。
友永由里さんが、そこには居た。