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そして現在 二

「おいおい何だお前私の声聞こえてんのかゴラァ!」

 意識が回復した途端だった。

声が聞こえた。大きな女性の大きな声が。その声により、うつらうつらしていた自分の意識を強制的に起こさせられる。あー、今は一体全体どういう状況なのだろう。確かさっきまで龍馬さんすげくね? みたいな思考回路の中にいた筈なのだが、しかし果たして今現在、俺は何処に居て誰が近くにいて、誰の話を聞いているのだろう。いや、それよりも、今まで俺は誰かの話を聞いていたのか。それすらもわからない。なんだこれ、どうなってんだ俺の頭。クルクルパーなんじゃねーのか。

 いよいよ自分は痴呆症にかかってるんじゃないか的な疑問を頭の中で浮かばせながら、俺は必死の必死で周りの状況を掴もうとする。

 ――昼だ。

 とりあえず、今は。空は快晴。目の前には誰だか知らない女性が。長い髪は茶色に染められ、キャップがついた赤色の帽子を被っている。何故だかわからないが濃い青色のジャージを着た女性で、これまた何故かはわからないが白色のメガホンを使って己の声量を拡大する準備を整え俺の目の前という位置関係で大声を出そうとしている。目の前。本当に目の前だ。俺が軽く右手をのばせば彼女の体に触れられる距離にその女性はいて、その女性はメガホンを女性自身の口の前に配置し――そう、つまりは俺の目と鼻に触れるか触れないかの距離にメガホンの音声拡大部分が、「メガホンの音声拡大部分が!」

「うっせー黙れこの野郎!」

 大きな音がしたかと思うと、気付くと俺は「ヘァッ!」と独特な悲鳴を出して、地面に倒れこんでいた。地面は薄茶色の砂で出来ている。野外だな、そうかここは野外なんだと今更ながらに気付いた。視界に映っていたメガホン女性の先には小学校の校長先生が朝礼とかでよく使いそうな白い台がある。その更に先には四階建くらいの大きさの校舎。小学校、か。どうやらここは小学校校舎の前で、俺はグラウンドに居るらしい。

 地面に尻と両手をついてへたれこむと同時に、俺を見下ろす総勢三人の存在にも気付く。その三人は一様に残念なものを見るような目つきで俺を見ていた。

「お前、マジか」と呟く三人の内一人は言うまでもなくメガホン女性。メガホンをおろしつつ、余っている左手で額を押さえながら苦悶の表情でため息をついている。

「何やってんのあんた」と冷たく罵る俺の右に立っていたらしいツチクラっぽい女性、というか完全にツチクラである女性はこれまた無表情で首を左斜め下に向けていた。つまりは俺の方を向いていて、つまり俺はツチクラに見下ろされている。おおっふう、精神的にキツイものがあるぜツチクラの視線は。

 そして、「君は正気かい」と男性にしては少し高い声が左斜めから聞こえてきた。体が細いなあメガネをかけているなあでも俺よりは小さいかなあとぼんやりそいつの顔を眺めていたら、「早く立ちなよ。教官の話を聞かなきゃ話が進まない」とぶつぶついいながら俺の左腕を勝手にとって倒れこんでいる俺を無理矢理立たせる。その際、「同感よカタギリ君」とボソッと言いツチクラが俺の右腕をとったことにより、そしてその二人の動作がほぼ同時だった為、すんなりと俺の体が浮かび上がらされ立たされる結末へと繋がった。

「……えっと」

無言で俺を睨む三人。

その三人が、俺の周りを囲んで立っている。実際にはツチクラとカタギリ君という男はメガホン女性の方を向いているので俺を睨んでいるのはメガホン女性だけなのだが、妙な威圧感が俺の心臓をぎゅうぎゅうとわしづかみにしていた。

「埋めるからね」

 俺を見ずにツチクラが小さくつぶやく。「何を何処にですかツチクラさん!」と叫びたかったのだが、脳内では『もし、俺がここで「どういう状況なんですか、これ」と言ったらどうなるんだろう』という問題に対しての議論真っ最中だったので、多分ツチクラは先手をうったのだろう。恐る恐る右を向くと、ツチクラがこちらを向いていた。その無表情には、私は本気だから、というようなメッセージが込められているような気がした。悲鳴がもれそうになった。鳴咽を撒き散らしたい気分になった。それほどまでにツチクラの視線は冷たく俺に突き刺さったのだ。

 けれどもそうはいったものの俺は今のこの状況を何も把握していないので、沈黙の状態に陥るしか術はない。何も言わないでいると、メガホン女性が、「お前は今、何を思っている。何を感じて、今を生きているんだ」と何やら学校の先生みたいなことを問いてきた。

「何を感じて、ですか」

「ああ」物凄い威力の視線を向けてくるメガホン女性が、俺に言う。「今さっきまで私はお前を含めた受験者三人に注意事項を述べていた。だが、お前は寝ていた。信じられるか? 立ちながら、目上の人間でしかもこの先上司になるかもしれない人間の前で、お前は寝ていたんだ。これに対して、どう思う」

「えっと、受験者三人って誰と誰と誰のことですか? というより、受験って、何、の……」

 純粋に思い付いた俺の疑問を全て言い切ることは不可能だった。出来る訳無い、出来る訳ねーよそんなの。だって目の前の女性の剣幕が半端じゃないことになってる上に、「ハァ?」とか「馬鹿じゃないの」とか「何なんだ君は本当に」とか、三方向から沈んだ言葉が聞こえてくるんだから。

 そして。

 メガホン女性はメガホンをもう一度俺の目の前に配置させ。

 逃げようとした俺を二人の男女ががっちりと両腕を掴んで逃げないようにすると、メガホン女性は叫んだ。「サンタになる為の試験だろうが今までの時間いやその前の前のずっと前からお前は何をして何の為に存在してんだこのオタンコナス野郎!」

 それはそれは見事な合わせ技で、三人の俺に対する苛々はそれはそれは物凄いことだったんだろうなあということだけは何とか想像することが出来ました、はい。

「ヘァッ! み、耳が、耳がキーンってする!」

「わかったか、それが私の心の痛みだお前からのな! お前ら二人、そのままそいつを固定してろ! もう一発かましてやるよぉ!」

「勘弁してくださいメガホン女性さん!」

「アァン? メガホン女性ぃ?」

「すすすすいません間違えました!」心の中で使っていた代名詞をそのまま使ってしまい、焦る俺。「とにかくわかっていただきたいんです、俺の頭はポンコツなんです! だから何にも覚えてないんです何にも把握してないんです! 貴女が誰なのか、俺の体をガッチリしっかり固定しているこの二人が誰なのかさえも!」

「へぇ、そうなの。私のことも覚えてないの。……埋めようか」

「すんませんツチクラさん貴女のことは覚えています!」

 右腕を締め付ける力が徐々に強くなる。いくらツチクラといえども女性の力なんで痛くないかなと侮っていた俺は馬鹿だった。普通に痛いんだなあ、これが。イヤホン攻撃は俺のすぐ側にいた筈のツチクラもくらっている筈なのに、「アハハッ」と余裕の笑顔で俺の腕を依然痛み付ける。一方、左腕を締め付ける力は変わらない――っていうか弱まっているようだった。カタギリ君というこの男性はイヤホン攻撃をそのままもろにくらってしまい、ダメージを受けている。

はっはっはざまあみやがれこん畜生ー。

 そんなことを思ってニヤニヤとカタギリ君を見ていると、「何だそのにやけ顔は。君は僕を見るな。反吐が出る」と苦痛で顔を歪めながら俺に言ってきた。うおいおいおい何だこんにゃろうと文句を言ってやろうとしたら、「ほら、カタギリ君がそう言ってるでしょ。わかったならあんたもにやけるのをやめなさいな」とツチクラが頭を平手で叩いてきた。和風な審判がいたら「良いお手前でした」と褒めていただろう。それ程までに綺麗にツチクラの平手は決まり、痛みはあまりなかったのだが精神的苦痛が物凄いことになってしまった俺は文句を言おうと涙目になりながらツチクラの方を向こうとした。

 ――向こうとしたら。

 その途中でメガホン女性が「私の話を聞け、それ以外は何もするな!」とまたメガホンを使って拡大された叫びを発してきた。

「ヘァッ!」とまた俺は悲鳴をあげる。「ちょ、それ使うのやめてください! カタギリ君にもツチクラにも被害広がりますよ、それ!」

「うっせえ! 黙って聞いてろ!」

「わかりました、わかりましたからお願いしますメガホンは使わないでくださいメガホンは!」

 頭がぐわんぐわん揺れるのを自覚しながら誠心誠意込めて俺がそう言うと、「わかったならいい。許してやる」とメガホン女性は渋々納得してくれた。傍らで「……き、君にカタギリ君と呼ばれる筋合いは、ない」とメガネを整えながら呻く男がいたり、「私、こんなの全然平気なんだけど。あれえ。あんた駄目なんだあ。そっかそっかあ」と何故だか微妙な大きさの胸を誇らしげにはる女がいたりするけれど、無視をして俺はメガホン女性の言葉を聞こうとする。何がなんでも、何がなんでもだ。これ以上あのメガホンを使わせる訳にはいかない。そうしないと俺の耳が大変なことになること山の如しだ。この表現の意味は後で自分で調べるとしよう。その行為に意味はないということが明らかなのは周知の事実だけれど。

 俺はそうしてメガホン女性並びにツチクラ並びにカタギリ君に頭を下げ、そう、リアルで土下座というものを実行し、この場をおさめようとする。メガホン女性はこの勇敢なる男の行動に対して「そこまで謝られると逆に引くわー……」とドン引きし、カタギリ君は「そこまでしなくてもよかったんじゃないかい」と少しだけ同情してくれ、残り一人の女性は「お似合いよ、お似合い」と嘲笑していた。

 メガホン女性は「ゴホン。あー、あー、メガホンテストメガホンテスト」とメガホンを介しながら小声で喋り、メガホンの調子を確認する。もうしなくていいんじゃねーかそんなことはというような感じの表情をしていたら、「うっせえぞそこぉ! お前の為にもっかい喋ってやんだから黙って頷くことだけしてろや!」と何も言っていないのに指摘され、再び俺はこう叫んだ。「ヘァッ! 何も言ってませんよ俺、何も言ってませんよ俺!」

「じゃあ今から再度、この馬鹿の為だけにサンタになる為の試験についての説明をする!」

俺の為だけに話をすると言いながら俺の発言を完全に無視するメガホン女性はメガホンを使って叫ぶ。「つまり、さっきまでしていた話をもう一度することになる! 土倉佐中受験生と片桐真哉受験生! 帰りたかったら帰っていいぞ、時間の無駄だからな!」

「じゃあ、僕は先に退散させてもらいます」

 メガホン女性の提案に、即座に答えたのはカタギリ君――本名片桐真哉だった。「時間の無駄ほど僕の嫌いなものはありません。一秒でも多く、この試験にかける時間を増やしたいですし」

 当たり前といえば当たり前なのだが俺に対しては無茶苦茶失礼な態度をとっていたカタギリ君はメガホン女性に対して敬語を使い、帰る意向を話して歩いてこの場を立ち去った。真剣な表情で両手をズボンのポケットに突っ込みながら歩く後ろ姿はなかなか様になっていた、とかなんとか本人に直接言ったら怪訝な顔をされそうなことを思いながら、俺はその後ろ姿を見送った。勿論立ったままだ。土下座したまま見送るなんてことはしねーし、出来ねえ。人体の限界とはまさにこのことだと俺は考える。

「……ん。土倉佐中受験生は帰らないのか」メガホン女性はカタギリ君とは違って一歩も動こうとしないツチクラに向かって言う。メガホンは使わない。何故だ。使う時と使わない時の場面の違いがわからない。

「はい。帰らないでおこうと思います」

「そうかそうか。まあそれならそれでいい。この馬鹿よりは」

「全くもって同感です。こんな馬鹿は放置でもいいくらいです」

「その通りだな」

 クスクスと笑い、よくわからないが意気投合する二人。傍から見れば女性二人が笑い合うというほほえましい場面なんだろうが、話題の肴が俺への罵倒ということを判断材料に加えると一気に冷める。俺だけが。何なんだ、何なんだこの仕打ちは。確かに試験の内容を聞かずに寝ていた俺が悪いんだけども、ここまで酷い扱いを受けることもないんじゃなかろうか。そうだ裁判だ、裁判をしよう! 裁判官を呼んでくれ! 勝つ自信はあるぞ!

 目をギラギラと輝かせて、そう思っていたら。

 真面目な表情のメガホン女性が、静かにメガホンを自身の口の前に配置させた――!

「じゃあ今から説明するぞ聞くこと以外に何かしたり考えていたら二秒で戦闘不能にする自信が私にはある!」

「メガホンはやめてくださいわかりました裁判官なんて呼びません!」


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