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そして現在 一

 サンタクロースという単語を聞いただけでなんだかファンタジーな展開を期待する人もいるかもしれないが、実際はそんなことは全くない。

これは、サンタしかいない街で二十年以上過ごしてきた俺の持論。

だって、考えてもみてくださいよ。

サンタがサンタとして活動するのは、クリスマスと称されている十月二十五日だけ。つまりはその日以外は街の外の人たちと同じ普通の生活をしている訳でありまして、故に、世間一般から大人認められててまだ間もない俺は、正式なサンタにすらなっていない俺は、漫画読んだり映画観たり惰眠をむさぼっていたり、そういう風にぐーたらぐーたらと毎日を過ごしているという次第なのであります、はい。一応街の外と比べたら文明レベルみたいなものは結構発達しているらしいけど、所詮は若返る薬とか瞬間移動とかそういう不可思議な存在が未だに開発出来ていない程度。

ああ。

この街は、外の街とはそんなに変わり映えしない。

それなのに、この街にはサンタが居るんだよなあ。

と、――そんなようなことを考えながら、目的地も何も定めずただぶらぶらとさまよい歩いていた男がいた。間違うことなく、俺だった。空は阿保みたいに快晴。太陽ももう少し仕事の効率落とそうぜ、とため息をつく。何だよ何だこの微妙な暑さは。年がら年中、秋か春かの温度を行ったり来たりしているこの街。そんな堕落精神溢れた気候の街に住む俺は、扱く当たり前に太陽光線を体にあてて汗を流す。

「こういうたまの日差しがあちーんだよ」

 愚痴をたれたが、誰も返答してくれる様子がまるでない。当然といえば当然か。何しろここはもうすぐマンションが建つことが決まったらしい空き地だ。黒い土の上に何の抵抗もないまま体操座りをしている俺の目の先には、犬を散歩させるおじさんかおばさんくらいしかいない。

 別段何もすることもしようとしていることもないけれど、しかしこれでも今さっき大学の卒業式を終えたばかりの人間だ。故に今現在の心境は、だるい、の一言に尽きる。「いよっしゃあこれから飲みに行こうぜ!」「いやいやまだ昼間だから!」というような会話の応酬にまったく加わることもなくすごすごと立ち去った。だってだるいじゃないか。そんなのにわざわざ参加するなんてだるいじゃないか。その集まりに参加したとして、果たしてお笑い番組を見た時のように笑い転げることが出来るだろうか。答えは至って単純明らかに、そんな訳がねえ、というものになってしまうからため息が出る。

そう。そうなのだ。

俺は友達関係的なアレな心配は全くしたことないし、これからもする気はない。その証拠に、俺が卒業式の後にふらふらしている場面を見かけて、「ん。何してんの」と声をかけてきた奴もいた。しかも同性ではない、異性だ。「ここが重要だ!」と大声を張り上げる。「クアー!」とカラスが叫んだ。何だ今の叫びはテメーカラスアアンやったろうかこん畜生ーと思ったのだけれど、何もしない。立ち上がろうとすらしない。卒業式の後のことを、太陽さんが輝く空を眺めながら、ため息をつきながら思いだそうとする。

「で、何やってんのあんた」

「うおあっ!」思い出そうとしたら、鼓膜が人間の女性の声によって振動する。空を見上げる視界の中にその声の主の顔が。「……何だ、ツチクラかよ。いきなり登場して驚かせんな」

「冷たい反応をするのね、あんたは」

 言いながら、俺は「どっこらしょ」と立ち上がる。その様子を見ながら、「おっさんか」と彼女は呟く。やれやれだぜとでもいいたげな表情の彼女、ツチクラ。黒い髪は短く切り揃えられ、身長は女性としてはまあまあ高い方。キリッとしたキツネみたいな目が俺を残念なものを見る目で見つめる。なんかOLみたいな格好してるなこいつと思ったら、ああそういえば卒業式の後だったんだという思考にたどり着く。うおっ。てことは俺も似たような格好をしていて、その格好のまま地べたに座っていたということかっ。何考えてんだ俺。

「……何なのよ。私の顔みた直後にポケーっとしちゃってさあ」ハァ、と大袈裟なため息をつく彼女。「何なの? 倦怠期?」

「誰と誰のだよ!」

「あれ、違ったか。じゃああれだ、ホルモンバランスが崩れたか何かだ」

「大学卒業式の後になんでそんな症状が発症するんだよ、俺に!」

「これも違う。うーむ」何の意味もなしに、というか今更ながらこの会話に一体全体どれ程の価値があるのか考えながら彼女の言葉を一応待つと、彼女は俺に人差し指を向けて言う。「じゃあ、あれよね。大学の卒業式の後でニヒル気取ってたらカラスに叫ばれたとかそんなところでしょ」

「三度目の正直にしてはピンポイント過ぎるだろその指摘は!」

 俺の心からの叫びを聞いた彼女の反応は、「当たり前じゃない。だって私、ずっと見てたもん。アイタタタ」だった。

アイタタタ。まさに、アイタタタ。

――俺を含め、ツチクラもアイタタタだ。「何してんだツチクラさんよお。まがりなりにもお前、大学の卒業式の後のご身分だろうが。なのに何でこんな空き地でボーっと俺を眺めてるんですかね」

「別に」出来る限り欝陶しく言ったつもりの俺の皮肉はあっさりスルーされる。「ただ、あのままどこかに行くよりも、あんたと居る方がいいかなーなんて思ってね」

「…………」

 ここで俺は絶句した。うおおお、うおおおお。何だこの展開は。カラスを殴りかかる寸前までいっていた男に何故こんな言葉がこいつから降り懸かる、と驚きながらツチクラの顔を見ていると、彼女の口の端がプルプルと震えていることに気付いた。というか、気付いちまった。

「……あの、何でこの会話の流れで口元が震えてるんでしょうか」

「いやあ。滑稽だなーって思って」

「想像以上に辛辣なコメントが俺を待っていた!」

「アハハッ」

 すると彼女は今日一番の笑顔を見せる。ヒデーなこれは。改めて思う、こいつの笑いのツボは極悪過ぎる。

大学の卒業式、生徒思いで有名な先生の別れの挨拶中に泣いていたところからも、こいつの感受性のおかしさはわかるんだ。

ツチクラは、「サナカちゃんも泣く時あるんだね」と同じく泣いていた彼女の女友達の一言に、「ヒグッ、だって、あの先生、四年間でハゲ具合が進行しちゃってるんだもん」といけしゃあしゃあと言ってのけたんだ。

それを聞いた彼女の女友達は、「確かにいいい!」とこちらも何やらおかしなテンションになりながら叫んでしまい、笑い転げた。別れの言葉の途中でハゲが進行してしまったらしい先生は叱る。彼女の女友達は恥ずかしさからしゅんとなって縮こまる。それをみて、彼女は笑った。彼女の女友達は、慣れた様子ながらもやっぱり軽く引いていた。

「みたいなことがあったなー。いやいや懐かしい。今となっちゃあいい思い出だ」

「いきなり何なのよ、あんた」やだやだこれが噂のヤバイ人って奴ねと言い、笑っていた表情を一変させて冷ややかな表情に戻る。「あ。それと、勘違いしないでよとかそんな下らないこと言わなくてもわかると思うけど、私はあんたと一緒に居たかったからここに来た訳じゃないわよ」

 利用しにきたのよ、あんたを。

 彼女は、人差し指を俺に向けながら淡々と語る。「明後日行われるサンタ試験の対策を練る為にね」

「……マジですか、土倉佐中さん」

 彼女の言葉に半ば放心状態に陥ったまま呟いた俺の言葉を、「いきなりのフルネーム呼びはやめなさいな。鳥肌がたつから」とツチクラは一蹴する。「ごちゃごちゃ言ってないで。ほら、早くあんたの秘策を言いなさいよ」

「秘策なんてねーよ」

 どうしよう。

 ここで俺が、ツチクラに対して、サンタ試験って何のことだ――とぶっちゃけてしまったら、果たして果たしてどんな反応を示すのだろう。想像してみようかなあと考えてみたのだが、いやいやそんなことにポケーってした顔で時間を潰すのもこれまた難儀なこっちゃと考え直した俺は、何の気無しに「サンタ試験って何のことさね。ツチクラの妄想か何かかね」と若干ふざけながら言ってみた。瞬間、ひっぱたかれた。右の平手が、俺の左の頬に、パァンと。それはそれは迷いのない一撃だった。

「うおおお! こんな綺麗に平手打ちされたのは初めてだ! 何だお前、何だお前!」

「うるさい、寝ぼけてんじゃないわよ。……その叫び様、まさか興奮してんの?」

「驚愕してるんだよ!」

「アハハッ」

「笑うなツチクラこらあ!」

左頬を掌でおさえながら見ると、彼女は物凄くうっとりとした表情だった。これはどちらに対してうっとりしているのだろう。その最終巻とやらの話でなのか、それとも俺を平手打ちしたからなのか。気になって聞いてみようとはしたものの、「あれ、あんたもしかして涙目になってんの? ああ、ゴメンゴメン。アハハッ」と笑い出す彼女の姿を見て、俺はそれをやめた。何だか聞いたら負けな気がしてきたからだ。

 ああ。

 それにしても、サンタ試験か。確か、サンタになる為に全国民ならぬ全街民が受ける試験。本当にすっかり頭の中から忘れ去られていた。まあ、あれだ。別に俺はサンタになろうとも思ってないし、サンタが好きって訳でもない。だから忘れてもいいのだ。「そうだ、これでいいのだ」

 ――昔。そう、昔。かれこれ十年くらい前の夜。

 あの時のことを思い出し、少しだけ感慨深くなる。サンタが心底嫌いだったあの時あの時間、俺はあの男に会ったのだ。――サンタという存在を、外の人間全員にばらしたあの男に。

「良かぁないわよ全然。ほら、とっとと秘策を言いなさいな」

「秘策も何も、そもそも俺はサンタが好きじゃねーんだって」投げやりになりながら、俺はツチクラに言う。「子供に夢与えるとか言っておきながら、ろくなプレゼントを与えやしねえ。……だから嫌なんだよ。サンタも、サンタになる為の試験とやらも、サンタになることを強制しやがるこの街自体も」

 昔ほどじゃねーけどな。

 ぽつりと小さく、ツチクラに聞こえるか聞こえないかいや大丈夫これは聞こえねーぜ的なギリギリの音量の呟きをして、俺は立ったままうなだれる。

「だからでしょうが。だから、私はあんたに協力を要請するんでしょうが」

 すると、彼女は結構真剣な眼差しを俺に向ける。「この街に、サンタが嫌いだなんて言う人間、あんたしかいないんだもの」

「……いやいや、それ程でも」

「茶化すんじゃないの。言っとくけど、私は本気の本気でそう思ってるからね。あんたが実はとんでもない輩で、だからこそこの街で、そんな台詞を軽くはけるんだって」

「…………」

 無言になる俺。はっはっは。全くもって見当違いなことを言うツチクラを目の前にして、俺はぐうの音も出なかった。正直、普段からぐーたらぐーたら怠けているような発言を繰り返す俺に対し、ツチクラがここまで過剰な評価をくだしているとは思わなんだ。その後も、げんなりする俺に構わず、「サンタが嫌いな人なんてあんたしかこの街に居ない」だとか「だからこそ、何か、何かを隠しもってる筈なのよ」とツチクラはぶつぶつと言う。

 うーむ。

 サンタが嫌いな人間、か。

 確かにそんな奴は、この街では俺しか居ないのかもしれない。何故ならサンタとは子供に夢を与える存在だ。十年前も、それ以上前の時もそうだった。街の中も外も関係なく、この街のサンタなる者達はプレゼントを子供に配る。年末の一週間くらい前になったら、何の脈絡もなく置かれているプレゼント。しかもそれが、子供の要望をしっかり答えている。こんなことがありながら、十年前まで、外の人達はサンタのサの字も知らなかった。

 だからあの男は、革命を起こしたんだ。

 見返りはいらない。そんなものは要求していない。ただ、サンタという存在を知って欲しい。その上で、サンタに感謝をして、プレゼントを受け取って欲しい。

 そうしてあの男は革命を起こし、サンタは白髭のお祖父さんとして世界に知られた。あの男は捕まり、仲間達も捕まった。全員ではないが。

 そして、今日。今日と書いて、コンニチ、だ。

 俺はぼうっとしながら、「だいたいあんたはもう少ししゃきっとなさいよしゃきっと」ともはや完全に説教にかわったツチクラの言葉を聞いている。

「良い姑になれるかもな、ツチクラ」と俺は言う。

「良い駄目人間になれるわ、あんた」とツチクラは返した。「……もしかして、全く私の話しを聞いてなかった、なんてことは」

「あるんだよな、これが」

「あんたの頭はプリンよりやわらかい」

「どうなんだろうその発言は俺への暴言になっているのか判断が微妙だ」

「そうね。じゃあ名探偵を呼びましょう」

「唐突に何言い出しやがる!」

「じゃーん」しょぼい効果音を無表情のまま、直立不動のまま、何の抑揚もなくツチクラはこれみよがしに言う。「こんにちわおバカさん。私が名探偵です」

「……えええ」

 突然の名探偵発言に、俺は、引くしかなかった。いや、でも、しょうがないんじゃないかなこれは。俺が堕落しきった輩だという前提を差し引いたとしても。だっていきなり目の前の無表情女が無表情のままこんな台詞はいたとしても、リアクションのしようがない。というか、あれだ、したくない。ああそうだ、俺はリアクションをしたくないんだ。ツッコミとかそれどころじゃあない。そこらへんのニュアンスの違いが大切なのかもしれない、と勝手に一人で納得をする。

「……ちょっと、リアルに引いてんじゃないわよ。ちゃんと指摘をしなさい。指摘と書いてツッコミと読みなさい」

 そう言うツチクラは珍しく恥ずかしそうだった。とはいったものの無表情なのには変わりなく、まあ、つまりは俺の近くに来て俺を睨む視線を更に鋭くするという行動をしているだけなのだが。もうちょっと、こう、恥ずかしさで顔を赤らめるとかしてくれないのかこの女は。こんなもんクールとかそういうのを越してるって。「アンドロイドか、お前は」

「私ね、昨日、映画を観たの。自意識を持ったアンドロイドが人間に復讐しまくる映画」

「その映画のあらすじを何故今このタイミングで述べるんだ!」

「復讐してほしいのかなあ、なんて思ってね」

 するとツチクラは俺の耳元に唇を持って行き、「で、して欲しいの?」とやけに生々しいやらなまめかしいやらそんなような感じでささやく。ツチクラの息がダイレクトに俺の耳に。今までの会話の流れがなかったら物凄いささやきなんだろうなあと思いながら無言で佇んでいると、というよりもその間もツチクラは俺の耳元に口を近づけた状態でいたので傍から第三者が今の俺達二人を見たら、「あらまあいい感じの雰囲気ねえ」、と思うか、もしくは「今すぐその男の方は逃げるぜよ、女郎に狙われているぜよ!」と思うかのどちらかだ。「やべえどっちにしろ俺逃げるしかねえぞ! おおおお、逃げよっか、逃げていいかなそうだな逃げよう!」

「うるさい!」

「えええええっ!」

腹に衝撃が走ったと思ったその時には。

もう既に意識が失いかけていた。結果、その場に倒れる俺。なす術もなく、視界が横に傾いてしまう。

この事実を知るのはサンタ試験が始まるこれより二日後のことであるとかなんとかかんとか――。

そういう感じの伏線を、今はただ思っておこう。

とりあえず、意識を失う。


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