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そして、現在、そして

「と、いう訳だ。聞いてるか、春賀彼方受験生」

 気付くと目の前が明るくなっていた。ここは何処なんだいと思って周りを見渡してみたら、ここはどこかの小学校だった。何故だか来たことがあるよう気がするか気のせいだろうそうに違いない。なんだかツチクラやカタギリ君が隣に居た気もするが、きっと、気のせいさ。

 グラウンドの中央に、俺と新美教官は向かいあっていた。俺の視線の先には四階建てくらいの校舎があり、その視線を日光が阻もうとする。さっきまで暗闇の中の屋上に立っていた俺は、その明るさから思わず立ちくらみしてしまったが、なんとか立て直すことに成功。「はい? なんですか、これ。すいません新美教官。どういう状況で」

「私がお前の病気を知ったところで私がお前への対応を永久に改めたままだとでも思ったのかこの野郎!」

「ヘァッ!」

色々あったけど、結局、新見教官との関係性は変わらないらしい。嬉しいよな、悲しいような。何とも言えないような、何とも言い難いような。

 ん?

いや、ちょっと待て。今、何日だ。最終的に何がどうなったんだ。あれ?ツチクラは、カタギリ君は、友永さんは、「サンタ試験はあああ! わああああ! ヤバイ! 新美教官、今日ってサンタ試験何日目ですか! 友永さんとかどうなったんですか! 教えて下さいお願いしますよろしくお願いします!」

「一応私は一通り話してやったんだけどな。なのにお前はもう一通り話せと。結構長くなる話なんだけどな、あぁん?」

「……すいません」

「ふう。まあ、良しとしよう」意外な程あっさり引き下がってくれた新美教官。「ただし、御礼はちゃんとしろよ」

「あ、はい! わかりました必ず御礼をしてみせます!」

「へっへっへ。言ったな? ちゃんと録音したぜ、私は」

 不敵に笑うジーパンのポケットから抜かれた新美教官の右手の中には、どこかで見たことがある黒いボイスレコーダーがあった。「これでお前が忘れたとか抜かしやがってもしらばっくれるなんてことは許さねえ。地の果てまで追い続けてやる」

「怖すぎなんですけどその言い方」

「しかもお前は体よく忘れてくれるからなあ。この一言だけで何十回でも何百回でも御礼をせびれるって訳だ」

「俺限定での新手の詐欺商売がここに誕生!」

「まずは、そうだなー。最近ポリスウーマンに憧れるんだよなーっと」

「コスプレの衣装を俺に買いに行かせようとしてるんですか新美教官は!」

「おうよ。でも今はいいや。おいおいな、おいおい」

 俺は新美教官に対して「おいおいおいおい!」と叫び倒してやりたい気分になったのだが、なんだか冗談じゃ済まなそうだったのでやめておいた。やっぱりこの人こええよ。無条件に怖い人ってこういう人のことを言うんだと思う。ポリスウーマンか。スケバンとかなら似合いそうだけども。

「さて。んじゃ、ぼちぼち話すとしようか」また話すのかよめんどくせーなーとため息をつきながら新美教官は話し始める。「春賀彼方受験生。まず、お前は何を知りたい。それから話してやるよ」

「サンタ試験はどうなったんですか!」俺が真っ先に聞きたいことは、まずこれだった。

「あー、大丈夫だ。今は七日目の午後二時だからな。まだ十時間くらいあるからよ。そこんとこは安心しとけや」

「……よかった」

 とりあえず胸をおろす俺。肩の荷が半分おろした気分だった。

 そう、だな。

 じゃあ後、この半分だけ残った肩の荷をおろさねえと。「新美教官。友永さんは、結局どうしたんですか」

「ああん? 友永由里のことか?」しゃあねえなあ教えてやるよ、と前振りをしてから語りだす新美教官。「捕まったよ。あいつは、捕まった」

「そう、なんですか」大体予測はしていたが、悲しいものがあった。

「まあ、お前の予測通り、友永由里は甲斐谷京極の娘だ。彼女は十年前から父親を憎んでいた。そりゃそうだ、なんせいきなり父親がいなくなったと思ったらすぐさま犯罪者になってんだからな。これで、おかしく思わない方が、おかしいってんだ……」

 新美教官はこの部分だけ、感慨深く話した。そうか。新美教官と友永さんの境遇は、ほとんど一緒なのか。違うところは、――いや、考えない方がいいなこれは。なんだか嫌な予感がする。

「でもな。友永由里は、憎むあまりに父親のいない寂しさまで人一倍感じちまった。そのせいで友永由里は重度のファザコンになっちまったのさ。ま、それでも一度も牢屋で面会しなかったってのが友永由里の屈折したところなんだろう。私にゃよくわからんがね」

 言われて思い出す、友永さんの様子。友永さんは泣きながら耳をボイスレコーダーに押し合てていた。そうだったのか。あれは十年ぶりくらいに聞いた父親の声だったのか。そりゃ泣きもするのかもしれない。

 屈折した父親への愛情。

 その先にたどり着いたのが、『ある一つの街の技術』という本と、新美教官が書いた『十年前』という本だったってことか。

「友永由里と私が会ったのは今年の一月の半ばだったよ。古本屋で漫画の立ち読みしてた時だったっけな。「私は私のしたいことをする! 新美麗子! お父さんの仇!」とか叫んできてよう。なんのことだかわからなかったから、とりあえず軽く五、六発、腹に叩き込んでやった」

「容赦ないですね新美教官!」

「いやあ、漫画の影響でなあっはっは」

「笑い事じゃないですよそれ! 新美教官は漫画を読んだら駄目ですいつか絶対死人が出ます!」

「それでもいい! 例え他人がどうなったとしても、漫画が読みたい!」

「畜生俺も同じ意見ですよ!」

「同じ馬鹿野郎だな、私達は!」

「漫画という表現媒体においてですけどね!」

 なんだか奇妙な組合が誕生してしまった。またまたぁ。話が脇道に逸れてますよ新美教官アッハッハ。あー、漫画読みてえ。サンタ試験終わったら漫画を読みに行こう。

 多分、それは合格祝いになる。

 何故なら俺は、この七日間でサンタ試験の攻略法を予測出来たからだ。「で、なんやかんやで友永さんをなんやかんやした新美教官は、友永さんとどういう話し合いをして仲直りしたんですか」

「ん。ただ一言二言、「私じゃねえよ甲斐谷京極の思惑をぶっつぶしたのは。春賀彼方ってやつなんだよぶっつぶしたのは」って言っただけだ」

「何してんですか新美教官!」少し涙目になりながら、俺は新美教官に発言した。「なに、簡単に、俺を、売ってるんですか、あんたは! かばってくださいよ、売らないでくださいよ!」

「……あー、すまねえ。友永由里が私を復讐の相手として間違えたまま復讐したとして、それが果たして良いことなのかわからなかったからよ。本当のことぶっちゃけちゃった方がいいのかなとか軽く思ってた。迷惑かけたんだよな? すまねえ」

「いや、あの、謝ってくれるならいいんですよ」

 こんなにしんみりした新美教官は初めてだったので対応に困る。この人、謝る時はちゃんと謝ってくれるんだよなあ。

 ううむ。

 この雰囲気なら言ってもいいのだろうか。わかんねえ。わかんねえけど、なんかここでしかもう言っていいタイミングが無い気がする。

 そう。

 ――十年前の、疑問。

「何で、新美教官は、横入りして甲斐谷京極を捕まえたんですか」

 この疑問を聞いて。

 新美教官がググッと唇を噛む姿が目に入ったが、俺はそれを見ながら追い撃ちをかける。「そもそも、新美教官は十年前のあの日、何をしたんですか。何をして、結果として甲斐谷京極を捕まえたんですか」

「…………」

 俺の知ってる中で、初めて。

 完全なる沈黙の状態に、一時的だが新美教官はなった。「私、は。トナカイが一匹余っていることに気がついた。瞬時に、お前のトナカイだと悟った。あの場に子供がいたのは珍しかったから、よく覚えていた」

「はい」

「私、は。その日、手錠を家に置き忘れていたことに気がついた。甲斐谷京極を捕まえようと勇んで買った折角の手錠だよ。すぐに取りに帰ろうと思い、だけど私はためらった。そうだ、この余ったトナカイに運んできてもらうのはどうだろうって思ったから。そして、迷っていた私の前に――喋るトナカイが現れた」

「……ええ」

「そいつは私にこう言ってきた。今すぐこの人を何処かに運んで、安全なところならどこでもいいからってな。意味わかんなかったよ。だが、頼まれて無視出来る程私も出来た人間じゃなかった。それで思い付いた。余ったトナカイに運ばせればいい。そのついでに手錠を持ってこさせようって。煙りをあげて赤い服着たお祖父さんを背中に乗せたそのトナカイは、私なんか目もくれずに飛んでいった」

「…………」

「まあ、こんなとこだ。私はその場所でトナカイが来るのを待ったけど、待ち切れなかったから速攻で警察を呼んだのさ。で、残ったトナカイに乗って私はアパートの屋上にたどり着く。そこには、「もう、おしまいだ。瞬間移動装置が故障した。あと少し早く行動に移してたら瞬間移動装置なんて関係なかったのに。僕らの野望は、もう、ついえた。春賀彼方君のせいだ」とかなんとか言って憔悴してる甲斐谷京極がいた。私は甲斐谷京極を内部から追い詰めた人間として高い評価を受けた。それだけ、だ」

 新美教官は。

 土下座をしていた。「すまねえ! そうだよな、お前はなんにも悪いことはしてねえ! なのに私はお前の手柄を横取りして、その上友永由里を押し付けた! 私はそんだけの人間だ! 謝っても意味なんてねえのはわかってるが、謝らせてくれ! すまねえ!」

「……顔、上げてください、新美教官」出来るだけ朗らかな感じで言う俺。「新美教官らしくないです。いいんですよ、俺は別に。ただ、少しの御礼が欲しいなあと」

「なに、を、言って」

「そうですね。やっぱりあれが欲しいですね」そう言うと、俺は涙目になっている新美教官に掌を太陽に開いた状態で向ける。「甲斐谷京極と新美教官と俺の声が入ったボイスレコーダーを、俺に下さい。それでちゃらにしましょう」

「な! おま、気付いてたのか!」

 明らかに狼狽する新美教官を見下ろす俺という構図を少しだけほんの少しだけ楽しみながら、新美教官に言う。「思い出しましたよ。友永さんに向けた甲斐谷京極の『頼むから罪をおわないで、僕に会いに来てくれ』っていう声の後に録音してくれてましたよね。いつの日か俺に教えてくれた、新美教官のヒントの数々を」

 半分寝ていて半分起きていた間、何度も記憶を失った。その度にポケットの中にあるボイスレコーダーに手が届き、その度に再生した。そこには甲斐谷京極の友永さんに向けた言葉と、後で入れたのだろう――新美教官のヒントが新美教官の声で録音されていた。

 『友永由里と片桐真哉が昨日の昼、接触』、『片桐真哉と土倉佐中が昨日の夜、接触』、『友永由里と私が、昨日の深夜、接触』。――この三つのヒントによって、四人の関係性を大体予測出来た。

 『お前のアパートは屋上まで昇れる』――このヒントによって、友永さんが瞬間移動装置を使って俺をアパートの屋上に連れていくことが予測できた。まあ、これは後々わかったことなんだけどな。

 それで、だ。

 残る一つのヒント。――『トナカイはおおっぴらに飼われている。基本的に小屋の中に居る』というもの。

 思い出す、十一年前や十年前、ここ七日間の記憶。てかよく覚えてるな、俺。逆に記憶保持能力に長けてるんじゃねえのか。

 あ。

 もしかして。

 俺個人としてはもしかしない方がいいのだが。


 もしかして俺は、俺なりに必死になってたんじゃないのか。


サンタになる為に。サンタクロースになる為に――。

 一日目。子供を連れた母親が子供の前でサンタの存在を示唆した。しかし、何のお咎めもなかった。

 二日目。カタギリ君が、『ミニスカサンタご奉仕キャンペーン』という本を読んでいる最中に、四月からサンタ試験は始まるという情報を得ていた。つまり、今行っているサンタ試験はブラグ。全くの嘘である可能性も、否めない。

 十一年前。十年前。まだサンタの存在が街の外の人達にばれていなかった時代。山口大津と甲斐谷京極は、言っていた。

「サンタは子供に微笑まない」

 サンタが子供だとみなすのは、自分の子供ではなく、世界中の子供達のことだ。

 サンタは子供に微笑まない。街の外の子供には、微笑まない。そんな姿を見られたら、サンタの正体がばれてしまうから。「子供に見られたらサンタ失格なんだ。だから、サンタは子供に微笑まない。そんなことをしても意味がないから」

 この街のトナカイは普通に見ることが出来る。この街の子供は、サンタの正体が――大人だと――両親だということが容易にわかるようになっている。

「へっへっへ。いつの間にかサンタ試験が始まってんじゃねえか、春賀彼方受験生」

 いいぜ、後でボイスレコーダーは渡してやる。私なんかが教官でよければ、全力でお前の記憶を繋げて予測した結果を私にぶつけてこい。「失敗したっていいさ。あがけばいい。それでいいんだと、私も思いたいしよ」

「……じゃあ聞いてください。お願いします、新美教官」涙を流したあとのせいか、頬を朱く染めた新美教官がグラウンドであぐらをかきながら笑顔で俺の答えを聞いてくれる。「サンタは子供に微笑んじゃいけないんです。だからサンタは、街の外の子供に微笑んでるのがばれた時、そこでおしまいなんですよ。それに伴い、サンタは子供の前に姿を表さない。俺はこう思います、新美教官。――サンタが『変身』なんて高等技術を使えなくても、別にいいんだと」

「正解だよ、春賀彼方受験生」ニシシッと笑い、新美教官は軽い拍手をしてくれた。「これで三人目だ。土倉佐中受験生、片桐真哉受験生、春賀彼方受験生……お前ら三人とも、合格だ」

「え? 二人とも俺と同じ答えを?」

「うんにゃ、違うね。面白いことに、お前ら三人全員、違う答えを出しやがった」

 そもそもな、この試験は答えのない試験なんだ。「『変身』なんてスゴ技、人間なんかに出来る訳ねえだろ。そう、だからこれは、『答えのない問題に対してどう対処するのか』を問う試験だったんだ。

 片桐真哉受験生の場合、本当の本当にあいつは訳がわからなかっだろうな。なんせお前と土倉佐中受験生と違って、変身なんてものを見たことがない。だから最初、あいつは逃げようとしていた。試験に答えることから逃げようとした。だが、二日目だ。片桐真哉受験生は春賀彼方受験生と出会い、競い合う仲間って奴の存在を確認した。逃げることは許されなくなったって訳だ。あいつは正々堂々、「変身なんて出来ません」って言ってのけたよ。勿論、合格だ。

 土倉佐中受験生の場合、逆に答えがある試験だった。簡単なこった、私の前で白髪の老人に変身してみせればいい。しかし、それはできないことだった。お前が居たからな、春賀彼方受験生。土倉佐中受験生は春賀彼方受験生に変身のことをばらしたくなかった。だが、七日の間にいくつかのネタバラしをする決意を固めて、最終的に土倉佐中受験生は私の前で白髪の老人に変身してみせた。勿論、合格だ。

 春賀彼方受験生の場合。お前はもうグダクダだったな。脇道それていろんな場所を行ったり来たり。けれども、なんやかんやでヒントを着実に自分のものにしていった。失っていく記憶もなんとか留まらせてな。途中ヒヤヒヤしたもんだが、最終的にお前は「サンタは変身する必要なんかない」っていう答えを出した。勿論、合格だ。

 お前ら全員合格だ! 私は胸を張って、お前らを本来の試験へと送れる!」

「……はい?」なんか今、物凄く不吉な言葉が聞こえた気がした。いやいや。予測はしてたけど、まさかだよなアハハハハ。「やっぱり、俺達が必死こいてやった試験は、本来の試験とは別の試験なんですか」

「おうよ!」

「ああああ、そうですか……」落胆するリアクションをしてみせる俺。「あらかじめ説明して欲しかったです、新美教官」

「ふっふっふ。それは無理な相談だな。なぜならこれは、私が独自に調査した結果編み出した、所謂サンタ試験を受けさしても大丈夫なのかを調べる試験だったんだからよう」新美教官は含み笑いの状態でいう。「お前ら三人が学校の成績トップスリーってのは嘘だしな。誰一人そんな位置にはいねえよ」

「トップスリー? それがなんの話に繋がるんですか?」

「……まあいい。とりあえず、次だ」そう言うと新美教官は一度ため息をつきつつも、俺を真正面に見据えてきた。「私は調べたんだ。甲斐谷京極と関係性がある奴らを。そしたら四人浮かび上がった。一人……友永由里はまあ個人的になんとか判断するとして、残り三人は私の力だけじゃ判断しきれないと判断した。そこで思い付いたのが、仮サンタ試験ってやつなんだよ」

「仮、なんですか」

「仮、なんだよなあ、これがさ」すまねえすまねえまあ水に流してくれやと言わんばかりにへらへらした態度で新美教官はそう言い、よっこらせと立ち上がる。「でも、大丈夫だ。お前ら四人ともちゃんとサンタ試験を受けることが出来る。片桐真哉受験生が言ってた通り、四月から二十二歳以上の奴ら全員を対象にした試験すっから。楽しみに待ってろよ」

「…………」

 俺はもう何も言うことが出来なかった。まさかとは思ったけれど、俺達が受けたあの試験が本当の本当にサンタ試験じゃあないなんて。うわははは。もう笑うしかねえ。「てことはあれですよね、新美教官。とりあえず俺達は四月まですることがないってことですか」

「ん。まあ、することがないならしないに越したことはねえよな」

「え?」

 何だろうか、この新美教官の何かを含んだような言い方は。いや、でも、することないよな俺。それとも、何か俺がやるべきな大切なことを忘れてるってことか、もしくは俺が覚えてるほんの些細なことの中で重要なことがあるのか。「あ、そうだ。そうだった」

「お、思い出したか。よしよし、私に言ってみな」

「友永さんとかカタギリ君って結局どうなったんですかね」

「一人足りやしねえかな!」

「は?」新美教官のテンションのアップダウンの激しさにおいてきぼりをくらいながら、なんとか俺は声を出す。「もう一人っていうと、ツチクラのことですか。あいつはいいですよ。なんかあったら俺に直接言ってくると思いますし。ああ、でもそういや変身が出来るってことは話してくれなかったなあ。ツチクラのやつ、あの人と知り合いなのかもしれませんね新美教官」

「お、お前、もしかして」

 何故かはわからないが体全身を震わせながら恐る恐る俺に聞こうとする新美教官。「変身とか! 漫画とか! 色々ヒントはあるだろ! もしかしてもしかすると、気付いてないのか、おい!」

「……何言ってんですか新美教官。気付いてない訳ないでしょう」

 そう。俺は、とっくの昔に気付いていた。十年前、俺に協力してくれたあの女の人。終始トナカイに変身していたせいで背格好も何もかも全く把握できなかったのだが、それはともかくとして、あの女の人は俺のすぐ近くにいた。

 変身と漫画がキーワードの女の人。

 そんな人は、俺の目の前くらいしか居ないだろう。「新美教官。貴女が、十年前――俺を助けてくれたトナカイさんなんですよね」

 俺の言葉を聞いて、「な、え、は?」と本気でうろたえていた新美教官だったのだけど、どうせ演技なんだろう。わかってるのさ、俺には全て。全部が全部予測済みなんだよこんにゃろう。「惚けなくてもいいですよ、新美教官。俺は全部、わかってます。『変身しろ』なんて試験を出すくらいですもんね。新美教官は、ツチクラと同じく変身が出来る。プラス、漫画です。もう完全に一致して」

「なーに阿保なこと言ってんだこの思い込み突っ走りヤロウが!」

 新美教官がいきなり怒り出したと思った時には既に新美教官の攻撃は始まっていて、さっきまで全然姿も見せていなかったメガホンが何故か新美教官の手にあった。「ヘァッ! どこから出したんですかそれ、どこから出したんですかそれ!」

「ジーパンの右ポケットの中だ」

「画期的すぎるでしょうその小さい収納スペース!」

「うっせえ! とにかく冷静になれ、春賀彼方受験生」

明らかに俺より冷静にならなきゃいけない人が依然としてメガホンを手に握っていたから文句を言いたかった。言おうとしたのだが、新美教官が放つプレッシャーに根負けして後ずさる。「重大事項から言うぞ。私は、変身なんて出来ねえ。あの試験は答えのない試験だって言っただろう。『変身』なんて出来ないことが前提だ。あんなの出来る奴、この世の中に一人だけだろうよ」

 新美教官にそう言われて。

 俺は、もしかしてとんでもない勘違いをしていたんじゃないかと思った。

 だって、そうじゃないか。

 あの女の人とツチクラとじゃ、口調も違うし年齢も違う。あの女の人は俺が小学六年生くらいの時に大人だったんだ。正直新美教官でもギリギリだと思ったのに、ツチクラなんかもっての外だろう。

 ――そう、思っていた。

 でも。

 これらは全て憶測で、何の根拠もない予測に過ぎない。口調が変わる? 十年も経ったんだ、口調なんかいくらでも変わる。あの女の人は大人だった? 違う。もしかして、あの女の人は大人ぶっていただけだったのかもしれない。

 あの女の人は、俺に、トナカイの姿しか見せてくれなかったんだから。

「そん、な……! でも、違う、ありえない! ツチクラが、そんな、そんな!」

「どうやら私は春賀彼方受験生のことを高めに評価してたようだな」

憎まれ口をたたきながらも笑顔な新美教官。高めに評価って。今回も前回も前々回も、他の人達に助けられてただけども。

「認めろよ。予測予測予測って、そんなので未来が全部わかったら、つまんねえよ」

 ほら、行ってこい。土倉佐中受験生を探し出せ。あいつは今でもお前のことを待っているからさ。「抱きしめてやりでもしろよ。そうすりゃ土倉佐中受験生のこった、泣いて喜ぶんじゃねえか?」

「そんな殊勝なやつじゃありませんよあいつは!」

 そう叫ぶと、俺は迷わず走り出した。なんてこった。なんてことだよ、本当に。あいつはネタバラしとか言って、全部俺にさらけ出してくれてたじゃねえか。俺の両親と同じように両親が植物状態のこと。変身が出来ること。他にも色々あったのかもしれない。

 なのに。

 俺は、ツチクラがあの女の人だなんて展開はありえないものだと最初から決めつけて、ツチクラと接していた。

「待て待て聞け聞け、春賀彼方受験生! 二人からの伝言だ! 「君には感謝する。また図書館にでも行こう」、「バーカ! 大っ嫌いだよ、カナタ君なんて!」――だとよ! 行ってこい、馬鹿野郎!」

後ろから声が聞こえてくる。メガホンによって拡大された、新美教官の声が。元々の声を普段より極限まで大きくしているのか、新美教官と俺の距離がどれだけ離れても新美教官の声は聞こえてきた。一人目がカタギリ君で、二人目が友永さんだろう。おうよ、図書館にまた行こうぜ、カタギリ君。喧嘩口調相変わらずだな、友永さん。

 まあ、あれだ。

「今度、四人でどっか飲みに行こうか!」

 カタギリ君が飲み過ぎてぶっ倒れて。友永さんがその様子を見ながら笑い転げて。その傍らでツチクラが何杯も何杯もビールをお代わりし。俺がそれらを見てどん引きする。

 そんな様子を思い浮かべながら、俺は走り続けた。どこだ。何処だ。ツチクラはどこにいる。病院か? 否、違うな。まだ漫画を貸してくれる日じゃねえ。あいつは病院にはいない。だったら、俺のアパートの屋上か? んな訳ねえだろ。そもそもあそこには入れないんだ。あそこにいる筈がない。俺の携帯をポケットから取り出してツチクラの携帯に電話をかけられればよかったのだが、生憎ツチクラは携帯というものを持ってはいなかった。なので俺はあいつのメルアドも電話番号もしらない。だって持ってすらいねえんだもん。ないものにどうやって連絡しろと。

「あー、畜生! なんで携帯持ってねえんだ、あいつは!」

 ツチクラの家も知らない。そこまで深い関係じゃあねえからな、あいつとは。

 だったら。

 ツチクラは、一体全体この街のどこにいるってんだ。「うおおおお!」

 わからなかったから。ツチクラがどこにいるのかわからなかったから、何も考えずに走り続けた。繋がりも予測も何もあったもんじゃねえ。これは、ただの、がむしゃらだ。考えなしでテキトーに動いてあがいているのと同じだ。

 だけど、なぜだか不思議と俺は焦ってなかった。このまま走り続ければツチクラに会える。そんな気がして。車が俺の横を通る。草村に入る。信号を渡る。犬が俺に吠える。子供が俺を指差して「がんばって」と言ってくる。何もかもがごちゃまぜで、何もかもが繋がっていないこの世界。この街。

 十一年前。十年前。七日前。そして、今。そして、未来。

 これまでに色々なことがあった。そのせいで今現在において色々と不憫なことはあるのかもしれない。どう頑張っても思い出せないことがまだまだ大量にあるし、これからもそれは増えるんだろう。

 過去に縛られた者。

 それが俺という人間であり、これからもその人物像が変わることはないのかもしれない。

 でも、そんなことは関係ねえんだ。過去なんか関係ねえ。というか、過去のことなんか気にしている余裕もないし、暇もない。俺みたいなスペックの低い人間は、毎日を必死こいて生き抜くだけで精一杯なんだ。

 だけど、俺は。

 それでいいと思うんだ。

 過去。現在。未来。――これらは全て繋がっている。繋がりがあるから、少しばかりの予測が出来る。なので、俺は、こう思う。

 その三つの真ん中に位置する現在だけでも必死になって対応していれば、過去にも未来にもその内対応できるようになるんじゃないかな、なんて。

 ――いつの間にか、感慨深くなっていた。

「ぜえ、はあ、見つけたぞ、ツチクラ!」

 いつの間にか。

 ツチクラの前に、俺は居た。

「何よ、そんなに息切らして。興奮してるの?」

 ツチクラと俺が今居る場所は、俺が見知った所だった。もう完全には覚えていないのだが、大学の卒業式の後だっけか。俺がうなだれていた時に、ツチクラが声をかけてきてくれた場所。

 そんなツチクラは紙袋を二つ持っていた。右手に一つ。左手に一つ。「その中に何が入ってんだ?」と聞きたかったのだが、聞く前にツチクラが「これにはね、漫画が入ってるの」と俺に言ってきた。苦渋の決断をしている、そんな顔で。「右手には私が嫌いな漫画。左手には私が大好きな漫画。ねえ。あんたはどっちを貸してほしい?」

「んなもん当然、ツチクラが大好きな漫画を読みてえに決まってるだろうが」

「……それは、どういう意味で? どういう考察の末、そういう結論を出したの」ツチクラはもはや俺の目なんか見ちゃいなかった。俯いて、俺の方なんか見ちゃいなかった。「私、待ってたの。ずっと待ってたの。あんたが真実を見つけて、その上で私に声をかけてくれるのを。なのに、なのにあんたは……」

「なあ、ツチクラ!」

 気付くと俺は叫んでいた。ビクっと体を震わせるツチクラだったのだが、すぐさま「な、何よ」と気丈な対応をしてみせるのが流石ツチクラといったところか。「お前は、なんで俺に嫌いな漫画を貸してきたんだ? 十年前にも聞きたかったんだ。もっと、お前と、話したかったんだ!」

 だから、教えてくれ。その理由を教えてくれ。

 俺はツチクラに言った。心の底から沸き上がる何かを必死になって換言しながら、言った。それを聞くツチクラは、はっとし、次第に涙目になっていく。しかしその様子を俺に見られたくないのか、漫画が入った紙袋を二つ地面に置いて、涙を服の袖で拭き始めた。

「私が好きな漫画をただただ貸してたら、私のことを思い出せないかと思ったのよ。いきなり頭が痛いとか言い出すし、いきなり私の指針になるとか言い出すし。そんな! あんたに! 私を忘れていて欲しくなんて、なかったのよ!」

 ツチクラから見て左の方にある紙袋を思いきり掴み、ツチクラは俺に「はい、貸したげるわよ!」と涙ながらに差し出してくる。俺はその紙袋を「おう。大切に読ませてもらうぜ」と言って受け取る。ツチクラは、「当たり前でしょ! 大切に大切に読まなきゃ、承知しないから!」と俺に叫び、完全に泣き始めた。「ひぐっ、ばかばかばかばか! 馬鹿! どんだけ私のこと待たせんのよ! ふざけるんじゃないわよ! もう、もう!」

 ツチクラは泣きながら俺を殴ってきた。これがか弱い乙女とかからの攻撃ならば効果音はポカポカというようになりとてもほほえましいことこの上ねえんだろう。だけどツチクラの場合、女性とは思えない程の力を持っていたので、「すまねえって。痛いから殴らないでくれたら嬉しいんだけど」と俺は対応するしかなかった。グーはやめてくれ。せめてパーにしろ、パーに。

「嫌よ。絶対に嫌」

 そんな風に思っていたら。

 ツチクラが、俺に抱き着いてきた。「どんだけ私を待たせたのか、後悔させてやるんだから」

 この後。

 ツチクラを抱きしめ返そうとした俺の両腕が空振り。

「そうね、今からカラオケにでも行きましょうか。ただしマイクの主導権は全て私。あんたは私のビールオーダー運び係兼タンバリンね」

「俺の役割が不憫過ぎる! それじゃあ俺が歌えねえだろうが!」

「そうよ。まあどうせあんたが歌ったところで底は見えてるんだし、ちょうどいいんじゃない?」

「……ツチクラよう。今の発言は俺を怒らせちまったぞ。いいぜ、歌ってやるよ! 俺の歌唱力を見せつけてやるぜよ!」

「何言ってんのよ。あんたはタンバリンなの。シャランシャランとパンパンくらいしか奏でられないタンバリンがどうやって歌うっていうのよ」

「この流れでも俺に歌わせてくれないんですかツチクラさん!」

 こんな風にいつも通りの馬鹿げた会話の掛け合いを、ツチクラとして。

「あ、そうだ。新美教官から聞いたんだけど、あんたって好きな時に寝れないらしいわねってことで、私からの質問コーナー。もし私があんたの部屋に入ってあんたの隣で寝ようとしたら、あんたはどうなるんでしょうか」という残酷過ぎる質問をツチクラから受けたのだけれど。

 それならそれで、何か事を起こさない内にとっとと寝ちまおうと決意する可能性もある訳でありまして。

 何はともあれ。

 色々あったけど。

そして、これから先、色々あるんだろうけど。

「覚悟しときなさいよ、カナタ」と無茶苦茶赤面しながら言うツチクラの姿を見れただけでも七日間の苦労は報われたんじゃねえのかなと、俺は思った。


初投稿作品にして初落選作品である『サンタは子供に微笑まない』。いかがだってでしょうか。というかここまでたどり着いてくれた方が一体全体何人なんでしょうか。

もう、とにかく読みにくい。改めて思いました。とにかく読みにくい。なんだこれ。会話文も地の分もとにかく読みにくい。

出来たらでいいんで時間があったら評価をしてやってください。今後の反省点にしたいと思ってます。


読了、ありがとうございました。

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