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そして現在 十

「はい次の方どうぞー」

 三番の診療室の前の椅子に座ってぶらぶらとツチクラのことと父さん母さんのことを考えながら待っていたら、軽い口調のおっさんっぽいが診療室から聞こえてきた。その声の指示通りに椅子から立ち上がり診察室の扉のドアノブを回し、「失礼します」と社会人として最低限の挨拶をして診療室の中に入る。

「久しぶりですね、春賀さん。ささっ、椅子にお座りください」

 白髪で頭がおおわれ、よれよれの白衣を着た初老のお医者さんの言う通りに座る俺。かれこれ二週間ぶりになるのだが、そんでもって約十一年間の長い付き合いなのだが、最初に見た時と全く変わってない気がしないでもないこのお医者さん。俺がちまっこい頃から一貫して俺を『さん』付けで呼んだり、丁寧語にも関わらず軽い口調、性別男。まあこれらは別段何の問題もないのだが、十年以上前に全ての髪が白く染まっていたのに相も変わらず頭を全ておおう白髪というのには納得出来ねえんだ、俺。どんな構造してるんだよ頭。というかそもそも何歳だ、この人。

「うん? どうしました、春賀さん。何か腑に落ちないことがありそうな顔してますけど」

「……いえ、なんでもないです。先生の白髪はかつらなのかなとかそんなことは考えてませんので」

「もうはっきりばっさり言っちゃってますね、それだと」

 ちなみに僕の髪は全てモノホンなので心配しないで下さい、と続けるお医者さん。ううむモノホンって言葉は死語じゃないんだろうかとかいやいや今でも普通に使うさねとか頭の中でどうでもいいことがぐるぐる回り始めたのだが、「はい、落ち着いてください。あまり脳を酷使しないように」とお医者さんが俺の頭を撫でてくれたので何とかおさまった。他人に頭を撫でられるという行為はよっぽど好意を向けている他人からでないとストレスがたまる厄介な代物なのだが、昔っからこうして撫でられていた習慣が故に、この笑顔のお医者さんからの優しい撫で方は社会人に一応なった今でも安心感を覚えちまう。これがいいことなのか悪いことなのか、そもそもこのお医者さんの性別が女でもっと若かったら何も言うことはないのにと思った回数は一桁では済まねえのが俺の残念な所。「ありがとうございます、先生。落ち着きました」

「本当ですか? それなら僕は安心出来ます。まあ何はともあれ、今日はちゃんと来れましたね、春賀さん。良い傾向です」お医者さんは一通り書き終えたのか、ボールペンを机に置き、体を椅子ごと右に回転させて俺の方を向く。「二週間に一回は病院に来て下さいというのがまず前提条件です。前々回は春賀さん、家で寝てましたからね。その翌日に来ましたからなんとかなりはしましたが」

「ははは。嫌だなあ先生、そんなことある訳ないでしょう」

「何を言ってるんですか。――午後六時に意識がぷつりと切れて、気付いたら昼の十二時でラーメンを食べている最中だったと供述したのは貴方ですよ、春賀さん」

「……え?」

 午後六時に意識が途切れ、起きたらラーメンを食べている状況?

 いやいや、そんなことがある訳ないだろう。そんなゴム人間の一家の特技みたいなことが、俺に出来る訳がない。

 ――卒業式の後にツチクラと喋り、坂本さん最高と叫んだ後に意識が途切れ――気付いたら新美教官によるサンタ試験の説明中だったなんてこと――。

 出来る、訳が。「どうやら今回は自覚があるようですね。それか、似たようなことが最近あったとかでしょうか。出来たら前者の方がいいんですけど」

「……最近ありました。そういうこと」

「ふうむ。そうですか、後者ですか」

 それじゃあ駄目ですね。ふうむ、何が原因かはっきりわかっているが故に、この現状はいささか歯痒いものがあります。「春賀さん。貴方、十年前から全く病状が回復していませんよ。ゆっくりでいいとは思いますが、それで十年前に少し回復したのでいけると思いましたが、そこから一歩も前に進まないというのは、ちょっと」

「…………」

 病状ってなんのことですか。

 訳がわからずに一方的に言われたのでそう言おうとした。そう言おうとしたのだが、「ああ、いいですよ。春賀さんがこの報告の後に何を言うかは十一年間で把握しましたから。僕が何を言っているかわからないんですよね。はい、わかりました、教えましょう」と口早にお医者さんが言ったので二の句がつげなかった。

「貴方は心の病を患っています。原因は、十一年前の事件。貴方が見て、体感してしまった過去が原因です。それにより、貴方には二つの病状が発生してしまいました」

そう言うと人差し指と中指だけを立てるお医者さん。笑顔ながらもその目は真剣で、俺に有無を言わさず紛れも無い俺の病状とやらのことを告げようとしてくる。

「一つ。自分で自由に寝られなくなり、それに伴って起こる突発的な仮眠、及び仮眠状態での春賀さん自身も予期しない勝手な行動の発生」

 言われながら、俺はここ一周間のことを思い出していた。というか、あれだ、まさに昨日と今日がそうだ。

 インターネットをしていたにも関わらず、全く寝る気もなかったのにも関わらず俺を襲った突発的な睡眠。しかも、自分でも恐ろしいことに意識がある。睡眠――いや、違う。仮眠状態の中にいた俺が何をしていたのか、ぼんやりながらも覚えている。特に卒業式の後だ。俺は、ほとんど意識がないまま、食べて風呂に入って寝て、服を着替えてサンタ試験の説明を受けようと家を出発している。

 なんだこれは。

「そして、もう一つ。これもまた厄介なことなんですが、恐らくこれは春賀さんがしっかり寝れていないことから派生している症状だと思います。脳がしっかり休められてないから、派生しているんでしょう。――貴方のその、重度の記憶障害は」

「な……っ!」

 思い返すまでもなかった。俺がツチクラに残念なやつと言われる理由。俺がカタギリ君にどうしようもないやつと言われる理由。俺が新美教官に頭ピーマンで耳がちくわと言われる理由。

 上手く記憶出来ない。

 数分前に言われたことが頭の中から消える。

 記憶するのに障害がある。

 記憶、障害。

「記憶障害……? そんでもって、えっと」自分でも恐ろしくなった。そんな馬鹿な。数分どころか数秒前に言われたことだぞ、こんなこと。なのに、なんで、「何、でしたっけ」――何で思い出せないんだ?

「……完全な睡眠が不可能な脳、強制的に仮眠の状態に持っていってしまう脳ですよ、春賀さん」

 根気よくいきましょう。毎回毎回言ってますが、もうそれしか対処のしようがありません。「手っ取り早いのがトラウマの消去なのですが、春賀さんの場合、トラウマの対象に貴方の両親も含みますからね。この方法は絶対に使えません」

 パニックになりそうだった。我ながら自由奔放に生きて、ちょっとは頭の悪い頭だが喋れる相手もいるのだから、それでいいと思っていた。

 なのに、なんだこれは。

 蓋を開けてみりゃ、ただ単純に俺は過去に捕われてる男ってことになるじゃねえか。しかもそれが、十一年間も。お医者さんは「しっかし、十年前に春賀さんの身に一体何があったんですか。それまで三日に一回はあった春賀さんの仮眠状態が、完全にランダムになりましたからね。何か明るい未来でも見たんですかね。わかりませんし、言いたくないのなら言わない方がいいですけど」とかなんとかぶつぶつ呟いていたが、今の俺の頭の中には全く届かなかった。

 過去。

 十一年前の過去。

 それが、まさかこんなことになっていようとは。「アッハッハ。あー、そうですか。俺は病気なんですか。あああ……そうなんですか……」

「根気よく、いくしかありませんね。それしかないです」

「はあ。そうですか。そうなんですか……」

 ショックが拭えないまま、お医者さんの「とりあえず定期診察しましょうか。焦らないで、ゆっくりいきましょう」という言葉を皮切りにいくつかの質問を受けた。二週間前から順に朝ごはんが何だったか言えますかとか、ここ二週間で突発的な仮眠状態に陥った記憶はありますか等々。

「じゃあ、今日はこの辺で大丈夫です」二十分くらいが経った頃だろうか。お医者さんは笑顔で俺を見て、温和な雰囲気のまま俺と接してくれる。「ありがとうございました。お大事にしてくださいね」

「……はい。ありがとうございました」

 お医者さんの「根気よく、ですよ。春賀さん」という言葉を背に受けながら、俺は会釈をして診療室を出た。

「はあ」

 正直、衝撃的、だった。まさか俺なんかにこんなぐちゃぐちゃした症状があるんだとは。さて、これから何をしよう。いや、それは決まっている。ツチクラの元へ行き、ツチクラのネタばらしを真正面から受け止める。その後、父さんと母さんに会いに行く。それでおしまいだ。それ以上はもう俺のキャパシティーを越える。サンタになる為の試験とか、カタギリ君とか、友永さんとか、新美教官とか、もう、考えたくない。

 何も考えずにぶらぶらと歩いていたかった。それでもツチクラに会う為、ゆっくりゆっくり歩みを進める。アッハッハ。思いきり笑い飛ばしてやりたかった。だけど、何故だか、目からは液体が。

「もう」とぼとぼと、俺は頭を抱えながら歩く。「めんどくせえや」


「何がめんどくせえんだ、ああん?」


 何も考えたくなかった。

 サンタになる為の試験とかカタギリ君とか友永さんとか。――新美教官とか。「……なんで新美教官がここに? ていうか新美教官、その格好はなんなんですか」

「へえ。甲斐谷京極との面談をブッチしたやつがしゃあしゃあと抜かしやがるなあ、おい」

 そう叫ぶ新美教官は。

 何故だか、ナース服を着ていた。


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