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そして現在 九

 結論から語るとしよう。

 新美教官に提案された甲斐谷京極との面談なのだが、俺はというと、サンタ試験五日目にあたるその昼――漫画喫茶略して漫喫に居た。平たく表現するとすると、俺はその日、甲斐谷京極に会いには行かなかったということになる。

 昔だったら行ってたのかもしれない。それこそ十年前だとかそういう時期に同じ話を持ち掛けられていたとしたら、俺は何の迷いも無く甲斐谷京極に会いに行っていたに違いない。そりゃそうだ。何故なら俺は甲斐谷京極のおかげであの女の人と約束を誓うことが出来たのだから。

 要は、情報収集の為に俺は甲斐谷京極と話をしたかった。甲斐谷京極に憧れたとか甲斐谷京極自身と話しをしたかったっていう気持ちはない訳じゃあなかったが、それでもやはり、あの女の人の情報が少しだけでも手に入るかもしれなくてもやはり、サンタ試験の内の貴重な時間を潰してまで会いに行こうとまでは思わない。どうせ甲斐谷京極はあの女の人の居場所なんて知る由もねえんだろうし。推測で、予測だけど。

 なので、サンタ試験五日目。

 俺は、自分が思い付く限りの手段を用いて変身の技術について調べていた。丸一日。丸一日、だ。朝から漫喫に入り浸り、いつの間にか時刻は午後二時。ああこりゃいけねえ甲斐谷京極との面談とかなんとかあったような気がしたけどまあいいかどうでもと考えた俺は、漫喫から飛び出して図書館へと向かった。友永さんとしっちゃかめっちゃかあったせいで読み切ることが出来なかった変身に関する本当を読みに行こうという算段の元、俺は図書館へと向かったのである訳なんですよ、はい。

 でも、残念ながら図書館は開いていなかった。

 図書館の周りには青い制服を着た警察の人が陣取っていて、中に入ろうにも入れねえことになっていたからだ。その時俺は誰に向かってでもなく「は?」って呟いた記憶がある。まさか図書館が警察官さん方の手によって包囲されているとは思わなんだ。

 一体全体何があったんだろうと自然の流れで疑問を浮かべた俺は、少し迷った後、図書館を囲む警察官の一人に話しかけ、何があって図書館を包囲しているんですか的な旨を聞いた。その警察官はモデルみたいな女性で、目つきがキリッとしていて足がスラッとしていて、何とも言えない風貌の人だったんですね、これがね。

 そんなようなことを思いながら警察官の人の話しを聞いていたのだが、なんとか大体の内容は頭の中に入ってきた。そうだよこれだよこの技術だよ。別のこと考えながら、尚且つ他の人がする話を頭の中に入れるこの高等技術だよ。今回は何とかなったからよかったものの、ツチクラや新美教官とかの前では何故だか上手く扱えないこの技術。やっぱり話す人の風貌が大切なのか――とかなんとか言ったら問答無用でキレられそうで怖いので口をつぐむとしようか。この判断は間違っていなかったのだとこんな自分でもよくわかる。

 ――事件が起きた。

 その警察官さんが言うには、図書館で事件が起きたらしいのだ。この時点に当たる昨日の十時、つまりはサンタ試験四日目にあたり、更には俺とカタギリ君が図書館二階でぎゃあぎゃあわあわあと喚いていた時、事件が起きたらしい。

 友永さんが使う『瞬間移動装置』と『ドアーズスルードア』という二つの不可思議な科学的物体によって、事件が起きたんだ。

 ことのあらましはこうだ。――図書館は午前十時になったら開く。俺とカタギリ君は暇だった為図書館が開くのを待っていた。そのおかげで一番乗りに図書館へと入ることが出来たのだが、そこからがいけなかった。

 恐らく、友永さんは二階の窓から俺達が図書館に入る姿を目撃したんだろう。猫二匹を瞬間移動の実験体としていた友永さんのことだ。その拍子に俺とカタギリ君の姿を見たと仮定しても何の矛盾点も不可解な点もねえ。

 俺とカタギリ君の姿を見た友永さん。いや、正確にいうと俺の姿を見た友永さん、か。まだ実験段階ながらもとりあえずは作動する瞬間移動装置も持っていて、ドアーズスルードアとやらで図書館を隔離することも出来る彼女。

 そう。

 多分なのだが、友永さんが――図書館に居た人間全員を、街一番の大きさを誇る湖にまで瞬間移動させ、図書館の出入り口をこれまたイリュージョンのような方法なのかの判断もつかない方法で封鎖した。鍵をかけたとかそういう次元ではなかったらしい。どれだけ押しても引いてもビクともせず、尚且つ中の音が一切聞こえなくなったんだとか。扉だけならよかったのだが、窓も全て同じような状態になり、どうしようもなくなってしまった状態に図書館は陥った。十二時頃に痩せ型の男性が何の障害もなく扉を開けて図書館の中から出てきたらしいが、直ぐさま走り去って行った為目撃情報しかないのが残念なところだ――と警察官さんは言っていた。まあ十中八九カタギリ君だろう。ドアーズスルードアというのは所有者の承諾さえあれば出入り出来る扉らしいので、大方友永さんがカタギリ君と俺の出入りのみを承諾していたとかそんなところだろう。正直よくわからないんだけども。

 何はともあれそんな事件が起こったが故に、今現在図書館は封鎖されている。当初はトナカイを用いて空中からの捜索もしていたらしいのだが、子供にあまりばれないようにする為極力使わない方がいいと判断されたらしく、今では警察官さん方の足のみを用いて捜索しているらしい。新美教官があの時俺をお姫様抱っこの要領でキャッチしてくれたのにはそういう流れがあったのだ。裏事実発覚の瞬間ここにあり。

 ああ。

ちなみに「え、捜索って誰を捜索してんの?」と聞かれたら、俺は何の躊躇いもなく「友永さんだよ友永さん」と返答する。友永さんは目下、事件の容疑者として捜索されているらしい。二日経っても見つからない彼女の行方。

 まあ、ね。

 俺は彼女が今現在どこに居るのか、大体のめどは立っているんだけどね。

 しかしながらそんなことをうっかり言ってしまったらこの何気に饒舌な警察官さんが目くじらをたてて「ん何ぃ! 君、今すぐ署まで!」と叫ぶに違いないと思ったのでやめておいた。そんなことをしたらこの美麗な警察官さんとマンツーマンで取り調べを受けなければならなくなる。……って、意外と良くね? いやいや待て待て俺。願ってもない展開だけど落ち着け俺。サンタ試験の終了が近付いているこの忙しい時にそんなことをしている暇はねえだろ、と思い直すことに成功。「ありがとうございました」「どういたしまして」という一連の流れを体感した後、俺は今度はネットカフェ略してネカフェに行って『変身』についてあらかた調べまくった。

 だが、当然といったら当然なのだろうが、実際に変身をする方法などどのホームページを見ても記載されておらず、そしていつの間にか俺はキーボードを枕にして寝ていて、起きたらその時はサンタ試験六日目となる日の午後三時をまわっていた。

「はい?」事態と時刻がよくわからず、思わずこれは夢なんじゃねえのかと疑ってしまう俺。だけれどもパソコンの右斜め下には確かに午後三時と表示されていて、冷静に冷静に、何とか今の状態が非常にまずいことに気付き始める。「おおおおお! うおい、マジでか! こんなことってあるのかよ!」

急いで二十四時間分の代金を払い、ネカフェから離脱する。うおおおお。まさかこんなことになるとは。サンタ試験六日目が、もう、半分も残されていない。

 どうしろってんだ。

 これまでの出来事と新美教官からのヒントで、サンタ試験を攻略する為の方法はなんとなく頭に思い浮かんではいるものの――それでもこれは緊急事態だと言わざるを得ない。

 しかも、だ。無茶苦茶まずいことに、今日は今日なりの予定があるんだ、俺には。サンタ試験とは全く別の、俺個人としての予定。

 二週間に一回の頻度で組み込まれる、俺の予定。「ヤベエよヤベエ。すまん、父さん母さん。ちょっと待っててくれな」

 今日は――植物状態である父さん母さんのお見舞いに行かなければならない日なのだ。




 なりふり構わず全力前進で走りまくって一時間三十分。時刻は驚くことなかれ、なんとなんと午後四時半。もうそろそろ春になるのでまあまあに暖かく、そんな中走った俺は汗まみれになりながら病院の前の駐車場に着いた。汗くせえかなと病院の中に入るのを一瞬臆した俺だったが、考えてみれば昨日から風呂に入っていないのでそれ以前の問題だなと開き直ってしまった。ん、一昨日からだったっけか。まあいいか、どうでも。

 街一番の大きさを誇る病院。大体車でうまっているだだっ広い駐車場を五分かけて歩き、病院の前までたどり着く。息も絶え絶えなのだけれど、何も言わずにスルーしてくれると助かる。

 何にしろ、病院の中へと着いた。財布の中に診療の為のカードが入っていたので、ゼエハアと荒い息を整えながら受け付けの女性にカードを渡す。女性はそんな俺の状態に無関心なまま、「春賀彼方様ですね。お呼びするので席でお待ち下さい」と朗らかに言ってくれた。「あ、はい」と答え、病院独特の薬品臭さを耳で感じながら何気にふかふかな椅子に腰掛ける。縦横に並べられた鼠色の椅子達。俺以外にも診察を待っている人は多く、これまた長丁場になりそうだな、と思った。

 そうだ。

 受け付けの女の人の言葉を無視して。

 ――先に、父さん母さんに会いに行こうか。

 このまま長い間座りっぱなしもつまらねえ。生憎ポケットには財布と電源を消した携帯しか入っていないので暇潰しは何もない。さあどうする。選択肢は二つだ。

 父さん母さんに会いに行くか。

 それとも、とりあえず待つか。

「一応はサンタ試験中なんだけどなあ、俺」

 さてどうしよう。と、思ったのは数秒だけ。答えはすぐに出た。悩んでいても仕方ねえ。とっとと決めてとっとと実行するかね。そうだそうだしよう、そうしよう。

「ではいざ行動に移さん。……古風な口調って何気にしびれるものがあるよな」

「病院の中だから静かなのはいいけど、恥ずかしいこと言ってるのには変わりないわね」

「えいえおあ!」病院の中なのにも関わらず、思わず叫んでしまう俺。そんな俺の隣の席に、奴は居た。「ツチクラじゃねえか! え、なんで病院に!」

「言ったでしょ? 私はあんたが恥ずかしい言動してる時限定で現れるのよ」

「すごくね! 本当の本当にお前何者なんだよ!」

「そんなに大したやっこさんじゃないわよ、私は」静かにしなさいなと唇の前に人差し指を持っていった後、静かに語る。「いつも通り、あんたに漫画を貸しに来ただけの女なんだから」

 ほら、今日はこれね。これを読みなさい。

 そう言いながらツチクラは依然座ったままな右横の俺の膝にドスンと大きい紙袋をおろしてきた。いつも通りって言葉に引っ掛かりを覚えつつも、訝しい紙袋の中身を見てみる。

 そこには。

 少年誌で連載した漫画の中でも最上級のエロさを表現していた問題作が全巻揃っていた。「……つ、ツチクラさん。あの、これをこの場で読むのはあれなんですけど」

「ふうん。病院で読んでもあんたは興奮しちゃうのね。いいわ、私が許したげる。読んで興奮しちゃえばいいじゃない」

「お前は俺をどんな人間として見ているんだよ」

「化け物」

「人間ですらねえっ」

 俺が極力小さくそう言うと、「あら、あんたにも学習能力って備わってたのね。あったんかあったんか、学習能力あったんかあったんか」と何故だか知らないが満足気に頷くツチクラ。いきなり登場しただけでなくいきなりこんな漫画読ませようとする女って。

「何しに来たんだよ、ツチクラ。病気にでもかかってんのかお前」

「な、何言ってんのよ。決まってるでしょ。……あんたと同じよ」

「はあ?」

俺と同じってのはどういうことなのかという指摘はともかくとして、俺はまずそれを言うツチクラが今まで見たこともないくらい消沈したままだったのが気になったのだが、とりあえずの疑問として俺はこう聞く。「俺と同じってどういう意味だよ。この漫画が何か関係してんのか」

「いいえ。その残念な漫画は全くもって関係ないわ」

「残念な漫画ってお前言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 ツチクラの物言いについ我慢ならなくなってしまったので、膝の上にまだ尚ある紙袋に触れながら俺は叫んでしまう。「確かにこの漫画は残念な展開がテンコ盛りだ。だがな、それは読む目的によって変わるんだよ。そうさ、そうなのさツチクラ。お前みたいな女性にはわからねえかもしれねえが、その残念な展開が男は大好きなんだよ。夢だ、希望だ、妄想だ。この漫画は、それ以上でもそれ以下でもねえ」

「こっ恥ずかしいわ、あんたの残念な話しを聞く私が」

「俺の持論聞いた後の反応がそれかよっ」

 そう俺が溢れ出る思いのたけを押さえ付けながら出来る限り小さく言うと、若干顔を濁しつつも「アハハッ」と笑うツチクラ。一応ツチクラはいつも通りらしい。いつも通り、ドギツイ。俺のメンタル面崩壊中。

「はー。やっぱあんたと居ると落ち着くわ、私」

 結構物凄い決意した後この場に来たんだけどね。

 ツチクラは一つ小さなため息をつき、俺の顔を真正面に覗き込む為、ツチクラ自身の上半身を右に回し、俺の頬を両手で押さえて無理矢理ツチクラの顔を見る状態まで持っていかされる。顔の動きを強制されるという屈辱的な行為を受けた俺なのだけど、そして直ぐさま文句を言おうとしたのだけれど――それをするツチクラの表情があまりにもあまりにもだったので、俺は何も言えなかった。

「おかしいと思ったわよね。毎回毎回二週間毎にあんたがこうやって病院の診察待ちしてる時に、私が毎回毎回嫌いな漫画をあんたに貸しにくるなんて」

 でもね、理由があるの。それには理由があるの。今までは言えなかった。時間に余裕があると思ってたから。「でも、もう、半年くらいしか時間がないの。だから、ネタばらししようかなって思って。それで、私……」

「…………」

 ツチクラが吐露する話を聞きながら、俺は色々と思い返していた。否、思い返すことが出来たという表現の方が正しいだろう。

 ツチクラがカタギリ君と夜中に会ったこと。

 ツチクラが苦悶の表情をする姿を、俺はこれまでに二回しか見ていないということ。

 大学生活が始まると同時に、ツチクラと知り合いになったと同時に、ツチクラが漫画を貸しにくるようになったということ。

 ――ツチクラが嫌いな漫画を貸してくれる時、俺はいつも病院の待ち時間の渦中にいること。

 四年間という長い期間、俺が気付かなかった何か。

 ツチクラは、何かを俺に、隠している。

 そして、今。

 ツチクラは、俺に隠していることが何かをネタばらししてくれると言っている。「いいのか、本当に」

「何がよ」

「そんな、今まで隠してきたことを今になって急に俺にばらすなんてよ。いいぜ、俺はお前がずっと何かを隠していても。全然俺は気にしないからさ。いつも通りドギツイ対応してくれりゃ、俺はそれで全然いい」

「……あんたってずるいわ」

「ん?」

「何もわかってないくせに優しいなんて、ずるいったらありゃしないわよ」

 こっち見ないで、とツチクラは俺に言ってきた。言いながらツチクラは顔を下に俯き、俺の頬から離した両の掌を顔に被せる。俺はツチクラに言われた通り、見なかった。足元の床に置いた紙袋の中をさぐり、無表情で漫画を読んでいた。ツチクラが左横で俯く間、漫画を斜め読みする。ポーン、という何とも間の抜けた音の後名前を呼ばれる人達。立ち上がり、診察を受ける人達。周りを見渡すと当初居た人達が少なくなったことに気付く。そろそろ呼ばれるかもなと思い、漫画を紙袋の中に入れる。

 その瞬間。

 ポーンと音がなり、俺の名前が呼ばれた。

「…………」俺は無言のまま、ちらりと左を向いてみた。そこには未だにうなだれるツチクラの姿が。「なあ、ツチクラ。とりあえず呼ばれちまったから、先にこっちの用済ませてからでいいか?」

 俺がそう聞くと、ツチクラは何も言わずに首を一つ縦に振るだけだった。


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