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オタクヒーロー

オタクヒーローと謎のコスプレイヤー(予告編)

作者: ゆいまる

 それは、気まぐれに吹き抜ける春風と共に、この澱んだ日本文化研究部通称オタ部の部室に突然訪れた。

 いつもの日常。そのなんとつまらなく、なんと素晴らしい事か。僕はこの瞬間までわかっているようで、本当の意味ではわかっていなかったんだ。

 ぼんやりと背中を壁に預け、特撮オタクには毎号チェックは必須の聖典てれ○くんを読んでいた僕は、隣でネトゲ連続プレイ自己最長記録更新に挑んでいるゲームおたくの中林のあくびで、顔を上げた。

 パソコンの青白い光に照らし出された彼の顔は、一日中カーテンを閉め切ったままの薄暗い部室でもわかるほどやつれていて、僕は少し心配になって声をかける。


「もう、いいんじゃないですか? 3日もぶっ続けでプレイしてるんですよ。いい加減、体に悪いですよ」


 どこかの国では、ネトゲのしすぎで本当に亡くなった例もあるとかないとか、聞いた事があるようなないような気がする。非常に曖昧なソースではあるけれども、ともかく僕は親友の体が心配で聖典を置いた。

 グラリ、中林の顔が力なく垂れ、伸ばし放題の髪の隙間から、疲労で血走った眼だけがこっちに向けられた。


「うるせぇ。72時間なんかまだまだ折り返しにもなんねぇんだよ。俺が目指しているのは連続168時間プレイだ。部長になったからって、偉そうにすんなよ、小木」


 ダメだ。ゲームのしすぎで完全に気がたっちゃってる……。

 引くつく頬を僕は何とか抑えながら、立ち上がると


「そんなんじゃないですよ。本当に心配で。大森もそうですよね?」


 こっちもまた、中林と同じくらいの時間動いた形跡のない、大柄の漫画・アニメオタクの大森に助けを求めた。大森はきわどい姿の女の子二人が描かれた表紙の同人誌から顔を上げもせず


「……だな」


 とだけ、答えた。

 大森は大森で、最近ますます無口と言うか……現実とのつながりが希薄になって来ている気がするぞ。不動の汗臭いトトロを見ながら、僕は小さくため息をついた。

 6畳ほどの小さな部室。今、ここを僕らたった3人の部員しかいないサークルで使っている。各々、其々の領域を侵さないように、スペースは区切られているが、それにしても汚い部屋だ。掃除をしたのはもう何年前の事かわからない。自分のスペースいっぱいに趣味の物を積み上げている上に、就職浪人となったOBのグラビアオタク、樹先輩がいたスペースは一応共有と言う名目のカオスな空間になってしまっている。

 アニメや特撮のポスターが天井にまではられ、ファミコンからの歴代のゲームのハードが床に散在している(Wiiからメガドライブとかネオジオ、ドリキャスまである)あちこちに漫画用の画材が転がり、コミケパンフやアニメやゲームの雑誌が、空のカップめんやスナックの袋と一緒に転がっている。

 どっからどう見ても、オタクの巣窟、健康のけの字もない、大学の吹き溜まりだ。

 まぁ、とはいっても、居心地は最高に良いんだけれどね。


 僕は変わり映えのしない風景に、ちょっとの安堵と親しみを感じ、しかたないか、と再び雑誌に手を伸ばす。その時だ。

 扉を叩く音がした。

 三人で顔を見合わせる。

 こんな場所にやってくる人なんか、まずいない。変態ぞろいのOBなら無断で入ってくるし、新入生が尋ねてくるとも思えないし、少なくとも現れるのは明日の入学式以降のはずだ。

 一体?


「泉さんなんじゃねーの?」


 中林がじとっとした目で僕を見る。泉、泉美奈子は僕の彼女だ。自分の彼女を自慢するのもどうかと思われるかもしれないが、才色兼備の帰国子女。そして僕の特撮好きを理解してくれる素晴らしい女性だ。

 扉の向こうの人物が、彼女なら、嬉しい。でも


「残念ながら、美奈子さんは今日までご両親と旅行なんです」


「じゃ……一体誰だ?」


 扉を見つめる。また、扉がノックされた。さっきより鋭い音だ。

 もともと警戒心の強い僕らは、高まっていく緊張に息を飲んだ。


「開けるしか、ないですよね?」


「そうだろうな」


 といいつつ、ネトゲの世界に逃げる中林。


「……だな」


 とさっきと全く同じ事を口にして、同人の世界に帰る大森。

 僕は嫌な予感を押し込めて、そっと扉を引いたのだった。これが、悲劇の始まりとも知らずに……。


 以下、僕らオタ部を襲う悲劇の一部をどうぞ……。


―――


 僕は、つきつけられた紙を信じられない気持ちで見つめる。

 そこに並んだのは、大学側からの無慈悲な通達。


『前期終了までに以下の条件が整わなければ、大学におけるサークル活動の自治規定により、日本文化研究部は実質廃部とみなし、部室の返上を速やかに行う事。


一、サークル部員を既定の7人以上集めること

一、サークルとしての活動実績を上げること


以上』


「ど、ど、どうしましょう?」


 通達を手に震える僕。しかし、こんな時こそ一致団結しなきゃいけないはずの部員はそろいもそろって、冷たい反応だった。


「どうするって、しらねぇよ。俺は、今、気分悪いんだ。部長のお前がなんとかしろ」


 少し前、とある女性と出くわしてから、もの凄く機嫌の悪い中林は、さらにその表情を険しくして吐き捨てるように言う。

 どうやら、その女性が中林の人間不信のきっかけになったようだが、何も話してはくれない。

 一方、地方コミケで見かけたコスプレ少女に一目ぼれして以来、腑抜けになった大森も


「……だな」


 デジカメからプリントアウトした女の子の写真を見つめたまま、動かない。


「そ、そんなぁ~~~」


 急に訪れた、日本文化研究部廃部の危機。に、僕は一人、茫然と立ち尽くす。

 だが、悲劇はここで終わらない。


――


「Excuse me」


 突然現れた、謎の外国人に僕は固まった。

 周囲を見回すが、いやしくも国立大という看板を背負う学生がひしめく食堂にあって、僕を助けようとする輩は皆無だ。

 文学部だろうが、理学部だろうが、英文学部であっても、押し並べて英語コンプレックスすを抱える日本人学生に、英語でいきなり金髪碧眼の妙に高貴な外国人にからまれたオタクを助けようなんていう、奇特な人間はいないようだ。


「あ、え、えと……」


 僕はAランチを持ったまま、引きつった笑みを浮かべ答えた。


「め、め、めーあい へるぷゆー?」


「Yes! I'm looking &%`*&"$|.......」


 何事かを流暢な英語で話し始める外国人。ハッキリ言って途中から早すぎて何を言っているのかわからない。僕はただただ、曖昧にニヤニヤするだけだ。目の前の外国人が何人なのかさえもわからない。なんとなく、顔つきが幼いから僕より年下なんだろうな、と言う事はわかるけど。

 かっこ悪いが、思わずこんな時に美奈子さんがいてくれたらと思った。彼女なら英語とフランス語とイタリア語は余裕のはずだから、きっとこの男の子を助けてあげられるだろうに。

 と、思った、その時だ。


「MINAKO!」


 目の前の外国人がぱっと眼を輝かせて手を上げた。

 え? 僕は振り返る。そこにいたのは他の誰でもない、美奈子さん。僕のかのじ……


「I MISS YOU!!」


 外国人はいきなり駆けだしたかと思うと、美奈子に思いっきり飛びついた。美奈子さんは驚いて彼を見つめるが、少ししてからさらに目を丸め、声を上げる。


「え? も、もしかして……あなた、パッド……パディなの?」


「そうだよ! ミナコ! ようやく、君を迎えに来れたよ!」


 美奈子さんを抱きしめたまま、外国人はそう叫ぶと有無を言わさず彼女をお姫様だっこした。騒然となる食堂。動けない僕。そんな人々の視線が集中する中、パッドと呼ばれた外国人はにっこり微笑んでこう言った。


「さぁ、一緒に僕とイギリスに帰って、約束通り、神の前で永遠を誓おう!」


 そして、あろうことか、あろうことか! 僕の、この僕の目の前で……


「my bride」


 と彼女の唇にキスをした。

 一体、一体、何なんだ、こいつ。

 っていうか……日本語話せるなら、初めから話せよ。


 と、恋の危機に直面した僕に、さらなる悪夢が訪れる。


――


 体が重い。昨日、飲み過ぎたせいだ。

 確かに、ここんところ、僕はオーバーワーク、もう限界。限界を自分で決めるなと言われても、もう、身も心もボロボロなんだ。


「ぶちょぉ」


 そう、部長。こんな重苦しい肩書きのせいで、僕は今、もの凄く苦しんでいる。


「ぶちょぉ」


 もう、夢の中ぐらいそんな呼び名やめてよ。

 僕は全ての現実が嫌になって背を向けた。それでもしつこいくらいに『部長』と呼ぶ声は僕を捕まえ、揺さぶってくる。

 もし、僕がデカレンじゃーなら、ただちにこいつをジャッジメントしてデリートしてやるのに。

 そう思いながら、腕を振り払おうとした、その時だ。ひじに、何か柔らかいものが当たった。枕とか布団の柔らかさじゃない。もっと温かく、魅惑的な……。


「ぶ、ちょ、お。お・き・て」


 かすむ目をこする。そして、僕は僕の目を疑う。

 だって、だって、そこにいたのは……


「えへへ。おはよ。ぶちょお」


 見知らぬ可愛い女の子。しかも、なぜか僕が昨夜着ていた服を着ている。


「え? ええ?」


 慌てて布団を捲り、自分の姿を確認。たすかった、パンツは履いている。辛うじて、履いている。パンツのありがたみをこれほど知るのは、きっと仮面ライダーオーズの火野映司と、僕くらいだろう。っていうか、これって……。


「あ、あの……」


 慌てて身を起こす。周りを見回す。

 いつもの特撮グッズ満載の僕の部屋。天井のラブレイドのポスターも、机の上のガンバライドのファイルも、棚に並べたソフビも昨日からなんにも変っていない。

 唯一、違うのは……。


「昨日は、楽しかったね」


「はいっ!?」


 僕の服を着て、一緒に布団に入る見知らぬ女の子。

 僕は混乱する思考を懸命に纏めようとする。しかし、二日酔いなのか、ガンガン痛む上に世界が回って見えるこの頭じゃ、なかなか記憶を辿る事さえ困難だ。

 でも、でも、でも、まさか、このシチュってことは、僕は、彼女と……。


「続き……しよっか」


 頬を赤らめ、僕の腕に抱きつく女の子。ぷにっとさっきの感触がまた、肘に……。いけないと思う理性とは裏腹に、本能がおっきしようと……って、うわっ。まずい! とにかく、とにかく、なんとかしないと!

 僕はあたふたしながら、彼女の腕を外そうとしたときだった。


 終末を告げる鐘が鳴る。


 ピ~ンポ~ン


 ザーーーーーーーッと引いていく血の気。そして、扉の向こうでしたのは


「正義君、いる? 美奈子だけど」


 今、一番会いたくない人の声だった。

 続いて


「こら! 小木正義! いつまでも寝てるんじゃない!」


 今年後輩になった明宮萌ちゃんに……


「兄貴! 迎えに来ましたよ! 大森先輩や樹先輩、中林先輩も、下で待ってます!」


 尾流建くんだ。

 どうして、どうして、皆さまおそろいで、よりによってこんな時に……。

 冷や汗が背中に伝う。


 と、となりで何やらごそごそする気配。見ると女の子が携帯で何かしている。


「やっとぶちょう おきた なう」


「あ、えと。何してるのかな?」


 よもやと思いつつ、おもいっきり引きつりながら聞く。女の子は無邪気な瞳をこっちにむけると、まるで悪気のない様子で「ツイッターです。昨日から、ず~っとつぶやいてたんです♪」とおっしゃった。


『終末が全てです』


 ドクター真木の声が聞こえた。

 僕は、完全にオワタと思った。


――


 これが、僕らに振りかかった災難、悲劇の一部。

 果たして、こんな状況の中、僕らは伝統ある日本文化研究部の存続を守り抜き、また降りかかる恋の受難も乗り越える事が出来るのか。


 目覚めろ、その魂! 


 ってか、もしもこれが夢なら本当に覚めてほしい!


本編はいつになるかわかりませんが、予告だけあげさせていただきます。



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