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第三話(前編)

 空中から落ちるといっても僕が怪我することも死ぬこともあるはずがない。普通に重力を操作して、いったんホテルの壁に立った。少しその場に留まる。悪くない気分だ。それから地面に向かって駈け出した。徐々に減速し無事降り立つ。

 念力攻撃で意識を失っていたらと思うとぞっとするけど、そんなことは起きなかった。結構ほっとしている。

 内心ひやりとしていたが、顔に出ることはなかった。僕の心は金属製の檻の中。幾重にも囲われていると嘯いた。


 僕は万が一の避難場所がある大通りに足を向ける。




 待ち合わせ場所に着くと、すでに四人が待っていた。

 予想以上に梃子摺っていたからだろう、雑魚だった割には。

 僕の時間を無駄にしないようにすぐに諦めて欲しかった。犠牲者一人で万事解決のはずだったんだ、と周りに聞こえないように零す。そうすれば最後に着くこともなかった。

 任務には僕を含めて七人で行っていたから二人欠けたんだろう。一応聞いておくことにした。

「あれ? ほかの二人はまだなのかい?」

 具炎が首を横にふる。僕は沈痛そうな表情をつくった。

「そうか……」

「あいつらも覚悟はしてただろうさ。とりあえず本部に戻ろう。ボスへの連絡も済ませてある」

 具炎も悲しそうに答えた。すっかり騙されている。愉快愉快。

 ボスって人は非常に高齢だ。よぼよぼのじいさんにしか見えない。違法研究員を統括する幹部の義母が、三十くらいであることを考えると違和感を覚える。実力は高く訓練時もスパルタだ。老人があそこまで早く動けるなんて、人間の神秘を感じざるを得ない。 

「分かった。じゃあ二手に分かれて戻ろうか。リーダーと僕、それと君たち三人でいいかな?」

「「「はい。問題ありません」」」

 そう言う僕も、戦闘力と状況判断力の高さを買われて幹部の一人。前世も入れて、三十年以上生きているのは伊達ではない。若いので序列は最下位ではあるけど。それでも同年代とは比べ物にならないほど優秀だと言える。僕の自慢の一つ。ちなみに具炎の序列は三位だ。僕の二個上。

「途中で本部から迎えが来るはずだ。それまではBルートを歩いて戻るように」

 最後に具炎が念を押し、僕たちは別れた。





 月が雲に隠れており、月明かりが街道を照らすことはない。街灯がなければ何も見えなさそうだ。お先真っ暗とう言葉が唐突に頭に浮かんできた。街灯があっても、目の前が一瞬暗闇に包まれたかと勘違いしそうだ。それほどに薄暗い。なぜか背筋がひやっとした。

 しばらくしてから話しかけてみる。

「そういえば、敵にどれくらい損害を与えたんですか?」

「一人だけだ。お前の方はどうだ?」

「相手は一人で、死んだかどうかは微妙ですね。まあ、超能力も身体能力も低下は免れないでしょうけど。

 でも惜しかったですよ、ホント。あと二秒、二秒あれば、確実に息の根は止まってたんですけどね」

「運がなかったとしか言いようがないな。それにしても無傷なのはすごいと思うぞ。さすが天才ってところか」

「残念だけど天才じゃありませんよ……具炎さんも無傷じゃないですか」

「後衛だったからだ。それに、お前はまだ十五才だろ」

「死ぬほど努力したからってのはあると思いますが」

 前世から生きてきたんです

 とは言えるはずもないし、言うこともできない。そういうことにしておいた。

 でも、天才だとか凄いとか褒められるたびに、心にナイフを突き立てられている気分だ。別に精神力がないとか弱いってことはない。一番ではないけれどトップクラスのものは持っている。

 自分に才能がないと思ってるわけでもない。自分に自信があるからこそ、前世の力を借りていることが屈辱的っていうことだ。



 ……言うほど屈辱でもないけどね。僕の中にある残りかすのような良心が、ほんのちょこっと痛んでいるだけのお話。ああ、大いなる妥協。

「そんなことより、今回の作戦は僕の代わりに、二つ星のやつらを三人入れた方が良かったんじゃないですか? こう言うのもなんですけど、所詮囮じゃないですか」

 星二つというのは役職のようなもの。暗部のボスや幹部以下は、上から順に星の数が減っていく。三つ星→二つ星→一つ星という感じだ。暗黙の了解のように、どの暗部も三つ星までしかない。実に興味深い現象だ。おそらく大多数の人にとって。

「確かに、五人しかいない幹部から二人ってのは敵の目を引き過ぎたかもしれんな。でも、本命の方は何も問題なかったらしいから、それでよしとしようじゃないか」

「う~ん、本命が無事だったのはいいんですけど。

 いずれにせよ、囮を襲った方はドンマイですよね」

「クク、虹色に着色した……なんだったかな? いずれにせよくだらん悪戯だったことは知っているが」

「僕の義母が相手側に提案したらしいですよ? どうでも良すぎて覚えてませんが」

「具体的に、と言われると案外思い付かんしな。うむ、人生そんなもんだ」

 何の変哲もない世間話をしていると、いつの間にか迎えの車が目の間まで来ていた。黒い車。暗部用の車は全部黒色らしい。全部を見たことはないけどそう聞いた。

 以前と違い、完全な電池自動車や燃料電池自動車しか走っていない。ガソリン車は走ると違法扱いになる。もはや、金持ちの道楽として飾るほかに彼らが生きる道はなかった。

 二人とも後部座席に乗り込む。僕は運転していた男にお礼を言った。

 外面を良く見せることは大切だ。誰でも知っていることだと思う。実際にできるかどうか、実践しているかどうかは別だけど。そして秀才かつ人間として人格的に最悪な部類に入る僕は、内面を完璧に隠し通すことに成功している。

「やあ、夜中に悪いね。疲れてるだろう」

「いえいえ、王谷さんや高宮さんに比べれば随分と楽ですよ。今回は迎えだけでしたし」

 恐縮したように答える運転手。彼に対して質問する。

「あー、本部まではどれぐらいかかるか分かるかい?」

「少し待ってください……はい、三十分から四十分の間に着きます」

 感謝の言葉を伝えると、今度は具炎に伝えておいた。

「じゃあ少し休憩させてもらうよ。あと何日かで学校が始まるはずだったから」

「おお! お前も高校生になるのか。つーか、行く必要あるのか?」

「世間体とか将来のこととかいろいろあるじゃないですか。息抜きにもなるだろうし」

「そういや、中学はまともに通ってなかったな」

「ボスとあなたたちのせいじゃないですか……一瞬忘れてませんでしたか?」

「そ、そんなことはないぞ! 本当だとも!」

「具炎さんって嘘つくときに、右手で髪を弄りますよね」

 具炎は思わず右手を確認していた。

 馬鹿そうに見えるけれども、彼はこれでも五人しかいない幹部の一人。ほんとは賢いはずなんだ。これは擬態だ、たぶん。

 誰を油断させるために演技しているんだ?

「は!? しまった、だまされた……」

「…………」

 ジト目で具炎をねめつけていると、中学時代がふと思い出された。




 僕が暗部入りしたのは小学五年生の頃だけど(その経緯は、ここでは割愛させてもらうが)、当初はヤバげな知識ばかり詰め込まれた。体も全然できていない上に、頭も柔らかいからじゃないかと勝手に推測している。

 あとは暗部入りと少し関わるのだが、精神年齢が高く悪影響を受けにくいのが大きな原因だと教えられた。暗部としても、殺人鬼をつくりたいわけではないそうで、幼い時から訓練させる者はごく少数だそうだ。


 とりあえずは、中学生になると同時に登校禁止にさせられた。テスト日だけは登校が許されたので、満点ばかりを掻っ攫っていった。今となってはいい思い出だ。

「お前誰?」って聞かれたのは仕方ないことなんだと思う。でもこんな経験をするとは夢にも思っていなかった。少なくとも十五年前の僕は。

 トレーニング自体も凄かった。僕の為に作られた僕専用のプログラム、一年半にわたって朝起きる時間から食事の内容、トレーニング内容から一日の運動量に至るまで、全てのことが決められていた。途中で予測外の事態が起きた時のことも想定されていたと聞いたことがある。結局そんな事態にはならなかったけど……


 プログラム消化後は、三つ星からスタートして一年ちょっとで幹部に昇格した。自分の持つ才能を改めて自覚した瞬間でもある。

 そして、参加者は今のところ一人も欠けることなくここまで至る。




 どうやって連中を料理してやろうかな、と考えているといつの間にか眠っていたみたいだ。体を揺り起こされて目が覚めた。

 具炎が手招きしている。

「おら、ついたぞー」

 車から出て辺りを見渡す。他のメンバーはまだ見当たらない、どうしたものか。

「残りはまだ来てないみたいだね」

「そのようだな、先に中に入ろう」

 了解と返事して、門をくぐり十二階建てのビル=本部へと入っていった。ライトがところどころ点いているのが分かる。


 この建物は、表と裏の本部・暗部メンバーの寮・食堂を兼ねているので、研究所が抱えるビルにしてはでかい。寮は広くて安くて便利と三拍子揃っているので人気が高いらしい。名前は知らないが下っ端が話していた。食堂も早くて安くて美味いらしい。こちらも下っ端が以下略。

 プログラムでお世話になった暗部用のトレーニング施設が地下にある。今でも訓練時には利用しているが、プログラムの辛い思い出、いわゆるトラウマが甦るので少し苦手。

 昔を懐かしみつつ、小会議室のドアをくぐった。

 ボスと他の三人の幹部はすでに席に着いていた。「失礼します」と頭を下げ幹部用の席に向かう。僕も偉くなったもんだ、と感慨を覚えつつ自分の席に座った。

 本命の仕事を遂行したチームは、全員揃っているようで円卓の一部が埋まっている。

 僕は左に座っている幹部――序列四位の森嶋 修≪もりしま しゅう≫に話しかけた。

 彼は二十代後半で幹部では僕の次に若い。空間系能力者のランクAだが、変わったタイプで瞬間移動ができない。そのかわり、異空間に重量五トンまで収納することができ、自由に取り出したり、弾丸のように発射することもできる。同時展開は不可能だが、平面に縦横二メートルまで展開できるので、遠距離攻撃は吸収したり反射したりすることにも使える。生命活動を行っている生物は空間に弾かれてしまうため、人が中に入ったり、ウイルスをばら撒いたりすることはできない。……毒ガスの散布は可能だが、最終手段だと言っていた。本人も影響受けるからだと思う。

「そちらは特に問題は起きなかったみたいですね」

「うん、敵は君たちに目を引かれたみたいだから。こっちは安全で良かったよ」

 にこにこ笑いながら答える。この人が怒ったところは誰も見たことがない。心の底から優しいらしい。実際は腹黒!!とかあるのかもしれないが、外道テレパシーを感じないのでおそらく善人。僕と違って根っからのいい人だ。



 そんなことを思っていると、急に悲しそうな顔をした。

「君たちの部隊は……その、残念だった、ね」

 本当に悲しんでる!? 僕なんか、マジ使えね、としか感想を抱かなかったのに。一応悲しそうな顔をしてうなだれておいた。わお、人を騙すっておもしれ。

「はい、彼らは立派に戦ってくれました。本当に残念です……」

 敵の一人でも道連れにしろよ、カス! と思ったのは心に秘めておこう。シャレにならなさそうだ。

 そんなこんなで適当に話していると、残りのメンバーが帰ってきた。

「「「遅くなってすいません」

 三人とも頭を下げながら入ってくる。

 こっちは疲れてるからさっさと行動してくれよ、なんて内心では罵倒しつつ表面上はねぎらう。

「君たちの責任じゃないんだし気にすることはないさ」

 好青年を装うと彼らは感激したようで、「ありがとうございます」と更に頭を下げた。つくづく僕って人として最悪だなと思う。あるいは、外道・腹黒・鬼畜・冷血。だからどうしたって話だけど。

 これなら、精神系能力に目覚めたばかりのクラスの女の子(小学一年生)が発狂して、心を病んでも仕方ないのかもしれない。

 今、彼女はどうなっているんだろう? 能力の覚醒直後は、僕のことを認識できず、記憶も混濁していた。結局僕に関することは記憶から完全に抹消され、小学校にも復帰できなかったようだけど、もう精神病院は退院できたのかな? 今ではショックから立ち直ってちゃんと言葉も話せるようになっただろうか……

 どうでもいい話だけどね、ホント。


 今となっては心を覆い隠す術もたくさん学び、低ランクの精神系能力者に内心を見破られる失態なんて犯さない。心が分厚いシェルターに覆われているようだ、とは中学時代の校内カウンセラーの言葉。C+ごときに見破られるわけねえだろ、このアンポンタンが!って言ってやりたかった。



 僕って別のベクトルで凄いな、と自分に感心する。

 そろそろ会議もとい報告が始まるみたいだ。

 

やっぱり長すぎるので分けました。

すでに読まれた方には面倒をお掛けします。

すみません。

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