第二話
五人の人影がエレベーターに乗り込んだ。
身長が百八十センチ程度の青年が、他のメンバーに告げる。
「入口に見張りを置いておいたからな、大成には屋上を見張ってもらおう。そこから退却する奴がいるかもしれん。残りは取引場所へ向かうわけだが、俺とニナはエレベーターで直接その階へ向かう。他の二人は十七階で降りてから階段で登るんだ。いいな?」
「見張りはどうするんスか?」
「エレベーターと部屋の前の両方に居るだろうから……エレベーター側はお前たちがやれ。部屋側は、俺たちがつぶす」
「部屋の連中が出てきませんかい?」
「俺が抑えよう。ただ、なるべく早く片づけろよ? こちらが先手を取れるんだからな」
「「「「了解」」」」
青年を除く四人が返事した。
静かに動きを止め、十七階に着いたことを電光掲示板と音声が知らせる。降りた二人が急いで駈け出した。
ドアが閉まったかと思うとすぐに動き出す。
「んじゃ、気をつけてね」
ニナは大成に手を振ると、大成も返した。
「おめえもな。アンタは……死にそうにねえな」
「油断大敵だ。お互い気をつけよう」
青年がそう答えると、丁度ドアが開いた。
屋上に着いた。大成は誰にともなく呟く。
「いよいよだ」
青年とニナは、三人の男がこちらに目を向けてくるのを無視し、目的の部屋へ向かっていた。意外と距離があるなと思っていると、見張りと思わしき金髪が一人で立っている。後ろからも見張りの一人がついてくるのが気配で分かった。ニナを促し、後ろへ振り向かせる。ニナが口を開いた。
「なんか用?」
後ろをついてきた男が口を開こうとする。
突如、怒号が聞こえてきた。男は顔をそらして状況を確認しようとした。
そのまま、何も目にすることなかったが。
ゴトッ――――首の落ちる音が廊下に響く。
「くそったれ!」
そう叫んで、目の前の見張りの金髪が青年に突っ込んできた。目にも止まらぬ速さで豪腕をふるう。
青年は避ける動作も見せず、逆に拳を合わせた。
激突。
金髪が顔色を変えて飛び退る。見れば、右の拳から血を流していた。
そう、この青年は分解系能力者だった。
この能力は、己の皮膚に触れた物質を、文字通り原子に分解する。ランクによって凶悪さはかなり変わるが、彼はランクAに達している。
これは銃弾や人はもちろん、ダイアモンドさえも難なく分解してしまうレベルだ。
勝負あったな――ちらりと脳をかすめたが、油断大敵、と頭から追い払う。
その行動は正しかった。なぜなら、奥の扉、すなわち一九〇五号室の扉が開き、新手が現れたからだ。直後、直径一メートル程の炎の塊が迫ってくる。後ろのニナと入れ替わっり、ニナが、念動力ではじき返す。
はじき返された炎は新手、すなわち具炎に直撃し
何事もなく吸収された。
跳ね返ってくる炎をしゃがむことにより回避していた金髪。今度は、炎を反射したニナに突っ込んでいく。いつの間にか右手の怪我が治りつつあった。
「肉体再生か!」
青年はめんどくさそうな表情を浮かべる。前に出た。
それを見た具炎が炎を発射。金髪はとっさに背をかがめて回避する。
青年は左後方に跳び、ニナが炎に働きかける。ぎりぎりのところで右へ逸らした。
金髪の傷も完治しており、お互いに無傷。壁に激突した炎も具炎が消し去った。
緊迫した時間が流れる。
「うおっ! 新手だ!」
エレベーターホールから青年の仲間の焦った声がする。どうやら、麻衣が加勢に来たようだ。
見張りは合わせて二人倒されていたが、人数的には互角となった。
形勢も互角。
(やりづらいな)
具炎が真価を発揮させるのは一人の時。炎の吸収が可能なタイプのため、狭い空間は全く問題ない。しかし、ここで火が燃え盛れば、スプリンクラーだけでなく警報も作動し、警備員と警備用ロボットがやってくる。
確かにわざと火をつけて退却するというのも手段の一つではある。
今回の作戦は囮。
これを知っているのは具炎と皇輝だけだ。敵に損害を与えられず退却してしまえば……作戦終了後に囮のことは伝えられる予定だ。その時に不満がたまることは、いかに暗部のメンバーと言えども簡単に予想できる。そのためにも、一人でもいいから敵を倒しておきたい。
具炎は悩んでいた。
その迷いを見抜いたのか、青年はいきなり突進してきた。
炎を生み出しぶつけようとするが、避ける気配が見えない。
「!? 念力のコーティングだ! 押しとどめろ!」
具炎が叫ぶと同時に、炎が霧散し金髪が青年へ向かう。
金髪の視界が反転した。
一瞬で投げ飛ばされたのか!? そのことに気づいて受け身をとる。視界にニナが腕を振り上げるのが入ってきた。慌てて腕でガードするとものすごい衝撃が体を走った。歯をくいしばって念力を押し返し、起き上ることに成功する。
その後ろで、
具炎はとっさに拳銃を抜いた。と同時に青年へと射ち放つ。
念力コーティングで弾丸を分解できない!――――青年は、衝撃をもろに喰らうことに顔色を変えたが、避ける暇はない。衝撃の緩和=思い切り後方へ跳躍し、そして吹き飛ばされた。さらに追い打ちをかけるが、今度はニナが防いだ。
(そろそろ時間がまずい)
全員が思っていた。
間を置かずに、具炎が再び火を生み出した。具炎は、十七階に響き渡るよう大声を出し下がっていく。
「退却だ!」
そのまま炎を発射し、ニナが反射する。
金髪が身を翻して駈け出した。跳ね返された炎が両Teamの間に落ち、燃え盛り始める。
Team:サイクルは階段を駆け下り、青年たち――Team:ツールは屋上へと駆け上がった。
スプリンクラーと警報が作動している。けたたましく鳴り響いており、警備員とロボットが来るのも時間の問題だ。
すでに火は消えていたが、十九階には死体が三つ転がっていた。
その頃、屋上では……
対峙。先に言葉を発したのは僕だった。
「さしずめ、君がプレイヤーAといったところかな?」
「BかCかもしんねえけどな」
(意外と愚かではないのかもしれない)
見た目と会話の対応の差に、少しだけ驚いた。
油断はしない。
「確かにね。ま、どうでもいい話なんだけど。
無駄話をしている時間はないし、君にはさっさと退場してもらうことにしよう」
つまらなそうに零す。愛用している黒いコートのポケットから電磁ナイフを取り出し両手に構える。
電磁ナイフ。それは、鉄をもたやすく切り裂く凶器。現在主流の近接武器だ。
彼は呟いた。
「ナイフ? てめえも身体系なのか?」
前言撤回。普通に低能だった。
君と一緒だね――――飄々とした調子でそう言い返してやりたい気持ちを抑え、代わりに舌打ちをしてやった。
優位に立っていると思いん込んでしまった愚かな子羊。表情からは、失言してしまったとの後悔が感じられない。嬉しさを隠し切れていない時点で彼が身体強化系能力者であることは間違いない。
不意打ちの成功は約束された。安堵をおぼえると同時に微かな落胆を感じる自分がいた。
そのことに軽く驚きながらも、苦々しげな表情は変えず投げつける。
右手に持ったナイフを。
彼は一瞬戸惑った。
相手の心理が手に取るように分かる。
なぜ武器を簡単に手放したのか? なぜそんなにナイフが遅く飛んでくるのか?
命をかけた戦いでなければ矢継ぎ早に質問してきそうだ。
できることなら、最大限に皮肉ってやりたかった。
「僕は重力使いなんだ」って。
左に回避した彼。見えない力に吹き飛ばされる。
相手は確かに身体強化系能力者だ。しかし、平らな地面で踏ん張ることは至難の業。その上、思いもよらぬ攻撃に彼は不意を打たれた。簡単に弾き飛ばされてしまい、コーティング済みのコンクリート壁に背中から激突。
息がつまり身動きが取れない。能力も弱体化するため、これは大きな隙になる。僕が見逃すわけもなく、左手のナイフを即座に投擲した。重力の後押しを受けたそれは、時速二百キロに迫る。彼は反射的に腕で防ぎ…………僕の狙い通り、硬化の弱まった左腕の骨を砕かれた。
「さすがは身体系といったところか」
余裕を見せながら、片腕しか砕かれなかったことを称賛する。
彼の悔しそうな表情は、僕の優越感を掻き立てる。
彼はこちらを睨みつけながら、腕に刺さったナイフを強引に引き抜いた。右手に構え、再び対峙。
――――――――――――――――――――
超能力戦闘術において、低ランクの重力系能力者は防壁の脆さや展開速度の遅さから蹂躙される可能性が高いと言われている。
しかし、高ランクになればなるほど、重力防壁の強度の向上と、能力発動までのタイムラグの短縮が顕著になる。さらに重力操作による三次元的な空間移動から、たいていの能力者を相手に戦いを優位に進められるようになる。
確かにさまざまな道具に頼らなければならない攻撃力の低さは否めない。
それでも、いくつかの能力を除けば、防壁突破の手段は限られており「近距離・中距離をそつなくこなすオールラウンダ―」という評価が一般的だ。
一方の身体系能力者。タイプによって強化部位の差異などはあれども、身体能力の高さは全能力者中随一のものを持っている。
皮膚の硬化により破壊力のみならず防御力も高く、接近戦最強の名を欲しいままにしている。
この二つの能力。同ランクの場合は、基本的に重力系がやや優勢である。
理由は明白で、重力系は生半可な重火器が利かないことに加え、接近されにくい。たとえ、近づかれたとしても重力操作で空中を利用し簡単に距離を取れてしまう。
だからといって、身体側が瞬殺されるわけではない。中距離から、たとえば、弾丸が飛んできても回避することが可能だ。かすめたとしても皮膚の硬化のおかげでかすり傷で済み、。また高い回復力で多少の傷はすぐにふさがってしまう。単純に重力との力比べになった時も、地形によっては押し勝てる。
参加者は重火器を使用できない。この制約は、皇輝にとって銃に比べて速度・威力に劣るナイフを使わなければならないことに繋がる。
本来、大成は、通常の対重力系能力者戦よりも有利な状況に置かれていたはずなのだ。
決して、大成が皇輝よりも不利だったというわけではない。
……あの不意打ちさえくらっていなければ。
――――――――――――――――――――
戦いは一転して、膠着状態に入っていた。
ナイフの投擲。予定調和のごとく敵は回避――重力による圧迫。相手は床に転がったナイフを掴み跳躍する。僕の頭上を飛び越え背後に回った。
素早くナイフを投げつけてくるが落ち着いて右に逸らす。力の弱まった左斜め方向から体を低くして疾走してきた。冷静な対処=後ろへ大きく跳躍。重力の操作によって距離をとった。
似たようなことの繰り返し。敵の傷は順調に増えているが、もうすぐ二桁に達するんじゃなかろうか、となんとなく嫌な予感をおぼえ、無意識のうちに顔をしかめた。
彼の声が聞こえる。
「意外と決着がつかねえな?」
強がっているものの、この場面だけを見れば明らかに僕の優勢で、遠からず決着がつくことは誰が見ても明らかだった。始めの一撃が彼に与えた影響は大きく、怪我した腕が戦いの足を引っ張っている。
避けられるはずの攻撃が当たる。突破できるはずの防壁に防がれる。精神的に追い込まれる。
さまざまな要素の積み重ね。彼は、左の脇腹・左の太ももを含め、浅いながらも数ヶ所から血を流すことになっていた。怪我は治せても血は戻らない。事実、切り傷の類は徐々に塞がっているが、彼の顔は蒼白で息もあがっている。
「……終わりの時は近い。君は着々と追い詰められているよ」
言葉とは裏腹に、僕の心はあまり晴れていなかった。
(予想以上に時間がかかりすぎている)
そのことが僕をあせらせていた。時間がかかれば敵の救援が来る可能性が高くなる。
あの時点で見張りの大半が倒されていたとみて間違いはないし、そもそもこちらの方が人数的に劣勢である確率が高い。いくら僕と言えども、そして敵が手負いと言っても、三人や四人を相手に生き残るのがたやすいとは思わない。焦りが、僕の選択を誤らせることもある。
――――勝つための最善策を探していた。
全ての電磁ナイフは地面に散らばっている……ポケットに手を突っ込み、ナイフを取り出すふりをする。周囲を見渡した。相手側に顔を向ける。彼の姿と蹴る動作に入っていることが目に入ってきた。
決断=上空へ飛翔する。ナイフが足元をかすったのが分かり、冷や汗が流れる。
滞空状態から落下。全ての力を攻撃に回す。唖然とした表情の敵が急いで回避動作に入るが、若干遅かった。地面にひびが入り、避け損ねた彼は衝撃波で宙を舞う。大理石の破片がいくつか突き刺さったのだろう。全身からおびただしい血を流しながら横たわっていた。
(出血多量か、ショックで死にそうだな)
念には念を、そんな言葉が頭をよぎった。
目の前の彼がよろよろと立ちあがる。
「こんな、こんなことがッ!」
一方的に打ちのめされていることが信じられないようだ。
「君は弱かった。それだけだよ」
とどめを刺すために近くのナイフを重力で引き寄せる。
「大成!!」
左の方から知らない少女の声が聞こえた。二,三メートル前に倒れている彼の名前だと思われる言葉を叫んでいる。
Fuck。テンションの上がったアメリカ人がよく連呼する四文字言葉。悪態をつくよりも早くナイフを敵に向け…………ほぼ同時、念動力と思わしきナニカに吹き飛ばされた。
ホテルの屋上から吹き飛ばされ地面に向かって真っ逆さま。それすなわち、紐なしバンジージャンプである。
そいつは確実に分類される。僕が世界で三番目に嫌いな存在――――絶叫系マシンに。
哀れ、僕。
空中落下を存分に堪能しながら決意を固めた。
「Fuck。あの女、殺す」
次回からしばらく皇輝側です。




