春
私の名前は杏子。優しい旦那と保育園児の男の子がいる、夢見る40代おばさん!!
と、職場の人には思われている。白い家に、ピンクのカーテンが揺れて、私は何の苦労もなく守られて生きているイメージらしい。そんなわけあるかい。
苦笑する。
でも幾度も、月日が経っても色々な人に言われると否定する気にもならなくなった。ちなみに、2人とも女の子で、もう成人している。それなりに子育てしてきたのだ。ふわふわとした人に見られるのは、心の内のどす黒い部分を上手く隠せているのだからと悪い気はしない。それに、何も知らない箱入り娘だったのは、違う意味であっている。違う意味で!
私は、幼少期の楽しい記憶がほとんどない。決して記憶喪失でも、重い病気にかかっていたわけでもない。今思えば、ただ育児放棄されていたのだ。それだけのこと。
「お前を産むつもりはなかった」
中2の春、母に言われた。父親が暴れたら、杏子が止めて!と、幼い私に言い続けていた母が。私を必要としていると信じていた母が。私には姉も兄もいたのに、二人には頼らなかった母が。吐き捨てるように言った。
私は、誰なのか分からなくなった。私は杏子でもなく、誰でもなくなった。ふわふわと漂い、杏子をぼんやり見つめる物体になった。ただそれだけ。周りは何も変わらない。
春になると、真新しいランドセルを背負う楽しげな新一年生を眼にする。私の記憶がよみがえるのは、時折割れた鏡の破片の一つが、前触れもなくランダムにクルクルまわりながら目の前にチラつくのに似ている。
「やったー!」
私は、新一年生直前に、いつになく飛び跳ねた。母が、小学校にあがる準備をしょうと言ったからだ。天気が良く、春風が気持ちよくて、3っ歳の離れた妹もお留守番で母と二人でのお出かけだ。こんな、うれしいことはない。姉も兄も、ピカピカのランドセルに学習机、見たことのない新品の道具たちをずらりと並べていたのを眼にして、私の番はいつだろうとワクワクしていた。普通の反応だろう。なのに・・・
???
私の前には巨大なゴミの山があった。母は嬉しそうに、薄汚れた赤いジューズケースと筆箱を見つけると、私に手渡した。
「良いのがあったね。良かったね。」
幼い私でも、これは使命をまっとうして、不要で捨てられた物だと分かった。
「大きく名前書いてあるね。まぁ、どうにかできるか。」
母は異国の言葉を話した。
帰り道に何を話したのか、勿論分からない。
ランドセルは母方の祖母が送ってくれた。いつも、どの兄妹よりも私の事を心配してくれて、電話や手紙をくれた。今思えば哀れに思っていたのだろうか、高級牛革のランドセルを送ってきた。すごく嬉しかった。私の為に選んでくれたと思うと嬉しくて仕方ない。でも、嫌な予感がした。はじめから、渋い赤色を放し、不穏な空気を感じた。想いと現実の違いが目の前にあった。革の手入れは大変で、小学生の、ランドセルに適していないぐらい今の私でもわかる。数日で亀裂が入り、ボリュームもなくなり、色あせ、卒業する6年生のランドセルより古く感じた。姉や兄のランドセルより、祖母の想いを裏切りたくないのに、正直みすぼらしかった。私は、その気持ちを6年間誤魔化しながら、祖母の想いを背負えた事にうれしいと想うことで納得させた。
そんな、春はいつしか苦手になり、私が外出できない季節となった。




