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提言「文化資本で稼ぎまくる〜相撲二団体構想と地方創生等についての雑草案〜」

作者: The Bikeway
掲載日:2026/02/20

はじめに (有限な文化資本の無限のスケーラビリティとデジタルインバウンド・地理的に無傷なIR構想)



「文化資本で稼ぎまくろうー。」

というと品が無く聞こえるかもだが、この雑草案は”文化資本を伝統維持と商用性との二つの面で分離させて運用する”という、画期的な案である。有限な文化資本の無限のスケーラビリティに着目した。国に帰属するゆえ独占的にそのIPを活用できるうえに、あくまで国という概念に帰属しているに過ぎず、物理的・地理的な制約はなく多角的に展開可能なのである。

また、文化資本と最新のテクノロジーを活かした「デジタルインバウンド」という新概念も提唱。観光や資本の一局集中という地理的・物理的限界を超える、新たな文化資本回転の在り方を導き出した。相撲二団体を束ねる機関は、まさに浮体式通貨収集設備となるだろう。浮体式文化運用、デジタルインバウンド、無傷IR構想。勿論、単に金を吸い上げる悪趣味なゼロサムゲーム、マイナスサムゲームには終わらせない。文化の付加価値分(プレミアム)を払ってもらいながら、それを公益に用いる。文化体験と再投資のループ。某国の中央集権制とも言える巨大テック企業によるデータ支配や別の某国の覇権主義的な視線を感じる技術が台頭する国際情勢下に於いても、倫理性の高い日本の技術にお金が集まる仕組みとしてもこの二団体構想を据えれば、文化輸出とその黒字の複利運用が為せる。デジタルインバウンドでステーブルコインなどの暗号資産・取引量を増やし、新時代の通貨覇権も狙える。他のコンテンツと組み合わせて、日本経済圏の決済網やプラットフォーム支配にも結び付けられる可能性がなくもない。身近な範囲でも、変化の多い時代、ストリーミングの企画として新しいエンタメ競技を作ったり、かなり大きくできなくもないという夢想。


日本は世界でも稀に見る長続き・多彩文化保有国家なので、コンテンツが生まれる土壌はしっかりしているはず。小口のエンタメはインセンティブ無しで勝手に良いネタが出てくる。良くも悪くもなのだが、米国式(?)の構築を成すと『混沌』が消える。本来、日本は勝手に各々がブランド化する対外的ゲリラ戦と、なんやらの代理戦争めいた不規則な内紛による相乗効果系が得意なカルチャー。なのでインスタントなところにお金をかけず、いかつい伝統文化からエンタメ要素を抽出・スピンオフして併存させて運用して相乗効果を狙う、さらには単にウケるだけではない副次的効果まで計算してけっこうな利益を得る成功例を作りたいところ。日本は文化資源については多く埋蔵してますから、資源大国です。大型インセンティブ設計は日本の長年の文化基盤と多様性の基盤に対しては勿体無い気がするので、トップ文化のエンドツーエンドトップダウン即ち自己完結型拡張に全振りする。これは壮大な実験である。稼げるもので稼ぐ。守るべきものは守る。


さらに、’文化資本そのもの’の可用性ある部分を上手く運用し、短期の収益性よりも本当に必要な長期的文化価値の保持・発展のための財源をつくる事で、これは多層的な文化保護事業になる。

基盤は保護、表層はがっつり運用。そしてその表層もいずれ地層となり、重層的な文化が養われる。これらが真に持続可能で繁栄する、豊かな創発文化と深い精神文化を持つ未来の日本像にもつながります。単に今の勘定を優先し古きを捨てるのではなく、単に古きを尊び今の勘定(拡張可能性)を捨てるのでもなく。多角的拡張のゆとりを保つ。多彩な歴史に学びましょう。



私たちが散々見過ごしてきた日本の価値があり、海外の人に教えてもらった事がたくさんあるというのも、痛いが重大な事実。美術なんかもそう。初手を打ってくれる日本好き外国人の方々には感謝、普通に日本を楽しんでくれる観光客にも感謝。然し、投機で便乗したり、決済網から何まで排日本経済圏を作り、日本にフリーライドする外国プレイヤー界隈が見られるのは問題…というのが現状ではないでしょうか。


そこで、公益財団法人格を維持しながら海外事業をスピンオフさせる圧倒的法改正を伴いながら、海外事業としての団体で世界規模プロスポーツ化し、スポーツベッティング採用で、無傷IR構想。対外的に日本の礼節と武道の精神性を伝道しながら、無傷IR構想としても成立させる凄技である。文化という国土着の資産を最高効率で回転させ、日本という国土を文化的即ち精神的な深みある土地として再定義する。今の日本の構造的問題、「文化の質は高く、経済的価値は安い」を無理にブランディングして背伸びせずとも鮮やかに深みをもって解決してみせる案なのだ。

これからの時代、ライブイベントとアート性・観光といった非代替性のあるアセットにこそ価値がつく。文化は国民皆のものだ。そして日本は幸運なことに、その文化維持を願う外国の方々も味方につけられる。今日もマネーは動いている。僕らはこのチャンスを逃すのか?さあ、はじめよう。


この案を率直に言って仕舞えば、

「伝統は使いよう*(1)、インバウンドは招きよう*(2)。」

とも言える。


*(1)伝統は守りつつ、使い分ける。

*(2)インバウンド外国からの観光客の方々は有り難いが、諸々の問題があるなら招き方を変えよう。仕組みを変えてこそ、皆にとってより良い価値を提供可能になる。



そして、読む前に了承いただきたいのが、

本雑草案には『数字は一切、出てこない』

という事だ。この辺りについても、寛容にお願いしたい。



相撲二団体構想で真正性と商業的流動性を確保。

伝統文化をブランド化はよく言われますが、これは高級ブランドのセカンドライン展開に加えて、エンタメ性を高める発想です。


無駄に力まず、賢く文化活用。文化資本は独占的ゴールドというか最早ゴールド以上に永続的スケーラビリティ有り、そして有機的一点ものアートとも言えますから。

稼ぎどころと稼ぎ方と…。これらを地理的な場所そのものと分けて運用する。地価高騰、不動産流出、エコシステム譲渡的な節もある自縛的インバウンドシステムではデメリットも目立ってしまうでしょうから、これらを変える提案というわけです。大胆に観光ビジネス構造改革。そして、対外的価値だけに拘らない自由な日本文化が育つフラットな土壌も維持する、という類の脱力的文化論な雑草案。やはり海外(特に欧米)にウケるかどうかだけの受動的日本文化史観点に立って先回りするだけでは窮屈で、新しい文化は育たないでしょうからね。対外的な芸術輸出は大昔からあるものの、本質的な価値は自ずと、勝手に生み出されてきたフィールドなんだというのも自覚しよう。


花形文化の亜流版を作ることで伝統を分離運用する。相撲の興行モデルの拡大運用で、文化資本の動的運用、背景の日本文化でレバレッジを効かせる形。日本の国土・文化という非代替財と、アート性と、ライブイベントのプレミアムを活かす。


この政策は文化継承にも寄与するでしょう。やはり長く育まれてきた国の文化は深いところで言語化されない、AIには理解できない感性レベルでの合理性があるものです。そして、日本の場合はその文化を守り国民が勝手に探求してきたお陰で世界的にも稀な文化大国となりました。日本文化をのこす、緩やかに受け継いでゆく事は大切だと思います。型にはめるのではなく、その言語化されない精神性の部分を伝えてゆく。私は勇ましい情景とか武勇趣味を持ってるわけじゃありませんよ。それから、一部の方は当記事を読んで「高尚な文化が汚れるのでは?」とも心配されるかもしれませんが、私は伝統の使い分け案を提示しております。そして、本質を守ろうとしていたものが形骸化し、その継承を本義と見誤り、かえって担い手ベースで文化剥落となる、そんな皮肉な現実がやってくるリスクもある中で、対外的に楽しんでもらい、その深みも理解してもらいながら、今の特効薬とするのです。正直、防衛産業より利回りは高いと思いますし、文化パッケージは複利が効きますから。



(色々と法改正を要する前提を飛ばした、現時点では空論である事に留意)



当構想/文章はだいぶ”散漫”で”思いつき色”の強い、あくまで雑草案レベルの長文であることをご承知おきください。というのも、「相撲」という”伝統”の良さある反面、縛りも多くもはや閉鎖的な文化と「ベッティング」とかいう事物の複合政策を語るわけですから、1人で細かく詰めたところで時間の無駄なのです。本文中、定性的なところ多め。実際のところ、税制考慮した法人格の在り方とか文化的価値も踏まえて、当構想は実現不可能だと思っております。でも皆思うところあろうかと。相撲は日本にしかない、ポテンシャル大の芸術的スポーツ興行ですからね。そして「インバウンドは招きよう」です。「伝統文化は使い分け」です。バイブス分けたら良さそうかなと。日本の文化資本をどう活かすか、ここが重要。何様ですが、デジタルでもなんでも合わせていくらでも価値創出チャンスを探す契機にしましょう。


まずはプロ相撲の二団体構想を説明し、後半に私が思い描く(思いついた)持続可能な観光施策等について、コト消費や文化資本に着目しながら書いております。大雑把に「第一章」とか「第二章」とかまとめておりますが、ご容赦ください。




第一章

「相撲二団体構想 NSKとWSW」


大体こんな感じ→

・部屋制度存続型の現行団体NSK(国内)と新設プロツアー個人参戦型の団体WSW(国外)が併存する。

伝統をまんま維持しつつ、革新を加える。現行の部屋制度・年間6場所制維持のNSKに加えて相撲版ATP(男子プロテニス)みたいな個人参戦型のポイント制ランク、国際都市大会ツアー興行の枠組みで運営される団体を加えるということ。対立せず併存する。MLBでいうとALとNLがある、その極端なバージョン。統括機構が大切になるけど、これは一旦後述。


・両団体の東横綱による一番勝負の統一王座戦(千秋楽)を、毎年場所変えながら日本の地方都市の自然の趣深いところで演出しながらやる。

大晦日とかが良いかも。何よりも文化的正当性と礼に始まり礼に終わりの格調と緊張感とやばめの新型スポーツ体験を世界に打ち出す。伝統と革新の共存で最後は現行団体のそれ以上に伝統感。地方創生の意義もある。相撲のワールドシリーズみたいな感じ。大半が”一瞬”で終わるスポーツの一番勝負という究極のイベントになる。その一瞬で生まれる価値が異様に高い。世界がライブで動く。お金も動く。日本の自然(開催地の周辺環境)がそのまま資本になって稼いでくれる。


・統一王座戦はプレミアチケット。

おそらく富める民に向けた入札形式での販売になるのでばか高くつく。高付加価値インバウンドや地方創生の意義。チケット取れなかった多くのファンがみる放映権も凄まじく跳ね上がって儲かる。取り組みの時回線切れたらかなり問題になるけど。チケットはやっぱり客たくさん入れるんじゃなくて単価吊り上げるタイプのイベントチケットだから、話題性と希少価値により、アート作品の入札するような試みで盛り上がる。


・チケット有無関係なく世界中の客によるベッティングで、かなりお金は入る。暗号資産ベッティングもOK。デジタルでのベッティング主体で国際的ネットワークでやるので、賭博でどこの治安がどうのとか懸念が出ない、単にお金が流通して入ってくる要領。集まったお金を調子乗って色々融通・証券化して経済がバブル化しないようにだけ注意。伝統は維持しつつ、海外のベッティング文化に乗っかって経済的利益は受けたい、という場合、NSKの方は文化保護重視でベットなし、王座戦だけベットありとかでも良い。どちらにせよ、オンライン・ベッティングという形を取ることによって、日本の治安が直接的にどうの、とかいう懸念は出てこないはずです。ふわっと語るとすれば、無形IR誘致、またそれを既存の興行に落とし込むみたいな要領です。「流石にNSKにベットはないやろ」と思うのなら、地方巡業にはベットあり、という形にすると面白いかもしれません。プロレス・ベッティングみたいな、新たに楽しい話が出来上がります。



・総合的に開かれた普段の場所/ツアー大会での大盛況と、この表現は何回も続けてくどいかもしれぬが「選ばれし客のみ招かれる閉ざされし王座戦」の美術品レベルのオークション価値高騰で普通に関係者ステークホルダーみんな儲かる。ベッティングはマイナスサムで巨額利益確保。MLBのボール幾らで落札みたいな、あれを連発します。

そして胴元というか運営側はあんまりにも儲かるから、ある程度の割合を公益性高い形で分配とか工夫。これが国益公益。でもシンプルにスポーツ興行としての収益は関係する人々みんなで分け合うから儲かる仕組み。notゼロサム/マイナスサム。国際化でファンコンテンツ流通市場も儲かる。


・かなりお金は入るし、日本文化の真髄みたいな雰囲気で王座戦売り込むわけだから、場を引き立てる装飾とかも全部職人技きわめたり。海外の富裕層が「これこそジャパン」「wabi sabi ya habibi」

海外のスポーツでの成功目指すキッズたち「NSKは俺に合わないかもな、WSWに行こう、そして夢の王座戦へ」→これまた相撲の幅拡がる。日本文化も品良くしてないといけなくなる。


・団体間移籍もある。部屋制度から個人参戦型に移籍した場合に、部屋とタニマチとか移籍分配金を得る。サッカー選手の移籍金、連帯貢献金的なやつ。力士個人の力による広告持ち寄り効果による主体的交渉も可能に。


→ これで、全体が回る驚異的なスポーツ振興ビジネスの完成です。マクロ的観点・より広義のステークホルダー視点においては(究極的には)、勝ち負けは関係ないやうな感じになります。勝っても負けてもお金が生まれるのですから。力士自身も活動は自由で、それによって成績以上にいくらでも工夫してビジネスを成立させる事ができます。これがスポーツの酷なところでもある。





ポイントもう少し深掘り


統一王座決定戦は、毎年、日本の何処かで行う。たとえば神社とかお城、もはや地方の山間部でもよい。威厳と品格を感じられる土俵周りを整えて、夜に開催。取組前には高名な音楽家が国歌演奏したり見所多し。選択と集中の観光需要喚起にもなるし、放映権とか賭け含めてコンテンツとしても強い。


地方創生。日本にしかない唯一無二のプロスポーツに対するオフィシャルな賭けで世界から財源獲得。開会から取組、閉会まで統合型”日本文化の伝播”に。選択と集中のインバウンド。デジタルインバウンド。コンテンツ強化。スポーツ振興、オープンなガバナンス体制。外貨獲得、暗号資産決済の拡大?等。


一瞬で決まる一番を世界が見守る。立合いは緊張感がすごい。行司さんも差し違えちゃったらヤバいからめちゃ緊張する。

全てが究極の一瞬。


お相撲さんの身体能力の高さはNFLとかNBA選手との国際的異種スポーツ交流によりネットで広まってるし、ロンドンでもやったし、伝統文化×プロスポーツ(しかも武道!)としてのお相撲の魅力がもっと広く伝わって観戦の人数とか規模が増えたらば、その1番美味しいところを日本が半ば独占的に享受できるはずだ。本家本元フィールドとしてのブランド力を活かせるし、このブランド力はまさに日本文化から来てて代替不可能な本国の半永久的資本であるから、うまい。((実際には、何よりも繁栄に寄与した人や関係者の方々が何か構想されてるのだと思うが、今回は私の思いつき語らせてください。))


そしてやはり、統括機構は1番根幹の部分なので重要ですよね。ここがどうなるかも政策になるか単なるビジネスになるかの分岐点です。今よりもオープンな統治も期待したいところ。

私が思いつく限りでは、既存のNSKと新設WSWの両団体が共同出資して傘下じゃなくて上に持株会社を作り、お互い子会社に入ってNSKとWSWをそれぞれスピンオフ上場、、国際展開の運営資金確保。高い収益性を見積もって、これは国家単位プロジェクト!なんて感じです。此処は表層許容。


正直、この一番重要なところはどうすればよいなわからないので、スポーツビジネス・企業運営の専門家の先生方に委ねます。読んでくださってる方いらっしゃったら、アイデアをお寄せください。


…というわけで、ここまでのポイントは主に以下の通り。


・有限な文化資本の無限なスケーラビリティ

・地方創生

・選択と集中の観光政策

・デジタルインバウンド

・浮体式文化運用

・文化資本は複利運用

・スポーツベッティング&放映権で大量マネタイズ〜外貨・暗号資産流入。遠隔利益

・統合型日本文化体験

・日本固有の自然資本と文化資本を活かす

・国策スポーツ・エンタメ収益化の理想形 まさに公益


・コト消費

・高付加価値、棲み分け観光

・スポーツベッティング

・伝統はキープ、革新は併設で。

・全て絡めた文化振興

・地方創生 

・どこからでも価値創出

・もはやアートなスポーツ




第二章 「コト消費と文化資本」


ライブイベントが生み出す価値


現代においてライブイベントは収益性高い。周辺地域への経済効果も大きいし、周辺地域が常に客多くてすごいみたいなことにならないよう、日程コントロール等もしやすい観光需要。人流確保、副次的文化交流も広まるのが良き。「人間の流動性」が高いってのは、お金の流動性が高い状況とまた一味違う。お金は単に流して融通されて増えたり減ったり価値の指標として機能しつつ交換されていきますけど、人間てのは流動するたびに経験値、データがついて、新たな価値創出の起因を拾っていくわけです。有機的データです。単に雇用の流動性とか客の流動性ではない。人間の流動性。価値を交換するツールではなく潜在的価値そのものが交流します。価値とかどうのとかなんかめんどいしドライな気もしますがあくまでそんな価値は相対化されてますし何も絶対的なことじゃないのでニュアンスであって、これはプラスの話です。

イベントはポジティブな経験の多層的絡み合いの起点になるわけです。


ところでライブイベントはスポーツでも音楽に限らず、なんでもよいわけです。然し二大巨頭の「スポーツ」と「音楽」を日本流に格式高く混ぜてしまおう、ってのがこのNSK WSW相撲構想です。UFCとATP(男子プロテニス)混ぜたみたいなグローバルマネーゲーム格調のやつがWSW、現行の伝統維持神事格調がNSKで、併存して、そんで最後のクライマックスだけぶつけ合う意地と意地、誇りのぶつかり合いを日本の地方都市で厳かにハイパーに伝統文化の演出をぶっ込んで行うということです。


日本が国際的に唯一無二の価値を示せる相撲はハイパーなチャンスを持っていると思います。確かに独自の形で発達したプロ野球やJリーグ、Bリーグなんかも魅力的ですし各地方都市で繁栄する魅力がありますが、もう繁栄しちゃってるし、アメリカとか欧州サッカーの規模感見せられてるので、今は相撲考えさせてください。土俵で相撲やったことある子なんてサッカーバスケ野球より限られるだろうから、なおさら文化的に芸術的価値ってか側面を作り出せる。今年開催されたロンドン公演を見て相撲の固有の価値とその潜在的収益性(もはや収益性顕在化してチケット高い高い言われてたか)を目の当たりにしたでしょう。イギリスの方々はおそらく地元で子供の頃からチームを応援して育ち代理戦争的熱狂のあるサッカーとかとはまた違う、独特の観点から日本文化という価値も込みで観戦されたと思います。本場所的ならもっと緊張感あったでしょうが、非常に盛り上がった。


文化資本で稼ぎまくろう。


まさにこれ(特に王座戦開催)はコト消費ですよね。最近は中国から来られる方も、爆買いいわゆるモノ消費からコト消費にシフトされているのですかね。欧米の方はスキーが多いのだろうか?電車旅は欧米の方、中国の方はバスが多いのか、、とか話題が逸れましたが、いずれにしてもおそらくコト消費、増えてます。

でも混雑とか、皆自由に旅してくれて日本を好んでくれるのは嬉しいけど、不定形な旅行スタイルのお客さん増えてくると地域住民はようわからんくなることも、白タク民泊とか、管理できてる?ちゃんとお金落ちてるの?というのはありましたね。皆の交通インフラ激混みなんて場所も困ります。これを公益性高い観光特区的なイベントやホテル運営で徹底的にうまく棲み分けるんですよ。徹底的高単価シフト、もてなしで導線確保。私はこの辺り、伝統あって皆に馴染みあるお寺とかの文化遺産×宗教法人なところにうまく協力してもらえたら、これまた国内フル稼働経済の側面からしてもメリットあって良いと思っている。

この相撲構想は王座戦の部分で棲み分け高単価インバウンド政策を組み込んでいるのです。本当に良い体験をしてもらう。やはり文化に敬意を持ってもらえるように、お互いにwin-winでないと。皆で公金投入してる共有財産みたいなもの、文化遺産等を資本としてちょっとお金出して何かくっつけて、それを良い体験になるよう頑張ってこちらも作って、文化的正当性にこだわってもてなして、まあまあ高めに払ってもらって、そんでフル回転して地元の雇用も生み出して、若い人も儲かって、お年寄りも若者が持ってない日本文化を海外の人にレクチャーして、皆儲かって、まあ色々、、という、かなり理想論です。

然し、ローカル線とか交通の足の安定的収益すなわち盛況な需要は確保したいところです。これがなくなるとどんどん過疎化してく地域あるだろうと。旅行客も別にどこにでもタクシーとか乗るわけじゃないだろう。バランス。何かあれば来る、大きいハコは負担大きいので作らんで良いから、自然を活かす。まさに著名な日本の建築家の作品のような、自然の要素を取り入れる、あの打ちっ放しの禅的な空間を思わせる、そんなのがあれば違うかな、とか思ったり。やはり海外の人にリスペクトされる人たち、まあ全て諸々の文化って国の宝となりますね。アニメとかも、なんでもそうです。防衛テック企業のボスが日本好きなら少なからず防衛にも実益あるんじゃないか...(やはりここは自前じゃないとダメか[有田焼は輸出用だったが、特に浮世絵、そしてアニメについては勝手に流行った節もある])等々、思わぬ間接的微細メリットポテンシャルがあるのです。

とはいえこれを海外向けに意図し始めたらイマイチなのではないかとも思いますが。

さらに私はいまスタートアップ支援とか研究開発促進、技術実装高速化(草表現)とか色々富国雑草案を趣味で練ってるんですが、これはまた今度にさせてもらいます。今度出したら読んでくださいね。いつになるかわからないけど。

p.s. →穏健自由主義構想をお読みください。


とにかく文化資本に働いてもらう構想です。別に不動産国有化完全管理!とかとんでもないことは言ってません笑。あくまで文化資本で稼ぐ。稼げるもので稼いでもらう。ちょっと公的に出資するから分けてもらう。そんなニュアンスかもね。米国政府もいろんな最新技術に対してこんなスタイル取っていたような。全く思いつきの理想論置かせていただいてますが、ご容赦ください。


コト消費に関して、著名起業家とかトップランナーも「デジタルコンテンツがどこからでも無料で得られる時代になって、これからますます価値が高まるのはライブイベントだ」としています。全てがデジタル技術に代替されていく中で、リアルの体験というものに相対的に高い価値がつくのは当然の流れなのでしょう。


そんな中でも相撲の、特にこの王座戦はまさに神事といった感じになりそうです。日本は特にアニミズム神道が(たとえあなたが価値観的に距離あるとしても)これまでの生活に多少は影響してるはずですし、そもそも仮想のモノをリアルに結びつける感性の達人に溢れた国家だと思うので、今こそ(改めて)スポーツに神事性を落とし込みたいですね。祭事ですし。スポーツと芸術文化、両輪で国を潤す。単なる興行とかパンとサーカスとは違うと、その意義を改めて認識して、閉鎖的にならず、更なるチャンスを掴んでほしい。そして儲かって国を潤してほしい。もう勝手に相撲の事を国民の文化として共有財産だと思ってるから。だからNHKも放送してるんでしょう、って。もはや相撲に関しては社会主義めいてきてます。某国式自由主義経済なスポーツにがっぷり四つな日本公益集団w日本なりのイノベーションやりましょう。某国のエリート官僚さんも多分驚きますよ。「相撲で来たか、コンテンツ強いな、、。引き出し多いな、、。」って。


まとめ (感想)


ここまで、相撲二団体構想について、システムの概要と経済的な収益性、そして社会的意義について書いて参りました。私はちゃっかりこの相撲構想にて、ライブイベントという概念にデジタルインバウンドという無理やりな新概念を混ぜ込みました。今の時代に即効性を感じさせる表現だからです。そもそもこの構想は相撲や日本の神道的側面の伝統文化尊重と維持のみならず、ちゃんと経済的にも人間的にも国際的に広い交流を生み出し、オーバーツーリズム対策にもなり、一種の文化プロパガンダにもなり(草)、日本国内の自治体の強み差別化、いろんな意味での棲み分け理論といったメリットあるソリューション実装を並立させ、そしてさらには自由市場システムのステークホルダーに皆でなるというやつですから、ある程度筋が通るでしょう。これまでいろんな社会経験をしてきた方ならお分かりでしょうが、一定の棲み分け、それぞれの持ち場の価値創出というコンセプトは持続可能な社会設計をするうえで非常に大切ですよ。然し価値の偏在、市場の失敗ということが起こりうる。そんで文化資本は豊かだし自然も豊かだなんて言ってインバウンドにシフトして観光立国化して乱立したらそりゃ混乱するわ笑。だからある程度統率のとれた形でがっぽり持ってく。資本主義社会ながら、中国の経済特区的に日本はカジノ特区、スポーツボロ儲け公益ビジネスを展開する、、かえって色々比喩が入り組んで矛盾ぽくわかりにくくなってしまったか。変えられない文化なら皆で参入(あくまで自由市場システムの中に自発型参入の形でステークホルダーになりやすく設計)して、さらにカジノがどこにできる怖いのどうの関係ない、オンラインでスポーツに対してお金が動くシステムを作って、まあ根本原理的にはマイナスサムで儲けさせてもらって、公益性確保すれば良いんじゃないでしょうか。デジタル上での賭け、ベッティングですから、治安とかどうのと言った懸念はない。然しギャンブル依存対策は絶対に軽視してはならないから、慎重に、どうにか上手く設計したい。ここは特に責任持って真剣に制度設計せねばなりません。あくまで皆のコンセンサスが取れる、適切だろう範囲で。シンプルになんでも楽しめるゲーム化する、機会あればお金の循環を生み付加価値を生むんだ、、、という健全な価値創出として成立する方向に持っていきたい。より良い付加価値ゲームとしてベッティング設計しよう。それとまあ力士の方々に負担が増える可能性は否めないってのがありますね。お金は関係者皆儲かっても、ベッティングでなんか精神的にも負担が増える可能性は高いか。

とはいえベッティングがこのアイデアの肝なので、さらにここで暗号資産関連の決済とか、日本としてフィンテック需要を掻き入れるのも忘れずに。日本のステーブルコインできたり、暗号資産も分離課税対象とか、どんどん整ってきてますからね。某国に負けじと本国も通貨覇権/暗号資産覇権狙いに行ってもらう。まあ国債が自国通貨建で国内で買われてるから覇権狙わなくて良いのかもだけど。この辺りはまた勉強します。


次に伝統ある武道の発展、さらには取れるならどんどん取りたい経済的繁栄に関する視点ですが、私は「武道を外に出そう!」としてオリンピック競技にして”伝統が国際競技化で壊された””審判どうなってんだ”みたいな意見が出てきて本来の意義が薄れて後味悪くなりうる形にしないで、単に趣向わけた団体2つ併存のプロスポーツ興業として、関係者皆で儲かれば良いのではと思ってこの記事を書いてるわけです。もはや国有企業ニュアンスになってきて日本相撲公社とかヤバいだろうみたいな気分になるかもですが、あくまでスピンオフしつつ自由市場に参入して、ビジネスに出資や労務の協力の門戸を開き、集まった皆で儲かる。周辺の皆にもメリットが行く、そういう形です。まあ国の技術入札とか日の丸プロジェクトみたいな感じで、より良い形にするために国の補助金やっても良いみたいな。

いや、『公益くじ』というのが1番現実的かもですね。公益財団法人で、公益くじ。とはいえ海外事業スピンオフはどうするか。

アメリカに倣ったスポーツビジネスとしての盛り上がりの流れも確かに楽しいけど、なんかここは敢えて真似せず伝統文化統合的な独自の威厳あるvibesを入れたい。そちらの方が格好良くて映えると思います。土俵では相撲のブランドを保ちつつ、と云う。真似して儲かるならなんでも良いのかもだけど、日本発の国際的メガスポーツビジネスを確立しましょう。

この日本に皆で作ってきた文化という資本があるんです。価値創出、シナジー、地方創生、効果ありますでしょう。伝統を維持しながら、もはや精神性を高めながら(多分江戸幕府より興行の精神性高めてる)、実力勝負と芸術性と収益性と全てを高め、皆でWin-Win、互いに潤わせ合いましょう。あくまで各々を尊重して個人主義的に、然し持続可能な形で、文化は守って、好きやって総和として盛えましょう。

まことに草でした。然しこれが今のところ一番、現実の延長上にある朧げな選択肢の中でもっとも”理想的且つ合理的な日本スタイル”である気がしたのです。

やはり分散型というか、棲み分けというか、その創造性と各地の総和、文化資本。うまく活かしていきたいですね。



こういった相撲のような花形文化の亜流・派生版を運用して、自由でフラットな日本文化は守る。無駄なパッケージングをしない、新たな文化が育まれる余地も残す。この伝統亜流版生成、分離運用することでスポーツベッティングビジネスを展開したり、日本文化・日本社会をコストにせず海外の人にエンタメを楽しんでもらえる環境を構築するのです。日本を舞台にした動的運用。日本というものだけが不動である、動産的運用。こうすれば地価高騰や不動産流出がなくなるはず。





...てことで、ご清読有難うございました。

雑な部分は多いかもですが、またアイデアを出していきますので、よろしくお願い申し上げます。





*扉画像「松林図屏風」は表題の”稼ぎまくる”トーンとは合わないと思われるかもしれませんが、内省的な雰囲気が「個の尊重」と「和」のテーマをうまく包摂しつつ美しく象徴的に表してるので、バランス取れてると思います。おまけに、草案めいた雰囲気のまんま実装され形になる、という願いも込めました。等伯の荒い筆致と余白の生み出す情緒が特異点であり、東洋の中で古くから通じる水墨画において『侘び寂び』的な、日本ならではの名作が誕生しました。やはり長く育まれてきた国の文化は深いところで言語化されない、AIには理解できない感性レベルでの合理性があるものです。そして、日本の場合はその文化を守り国民が勝手に探求してきたお陰で世界的にも稀な文化大国となりました。日本文化をのこす、緩やかに受け継いでゆく事は大切だと思います。型にはめるのではなく、その言語化されない精神性の部分を伝えてゆく。私は勇ましい情景とか武勇趣味を持ってるわけじゃありません。本質を守ろうとしていたものが形骸化し、その継承を本義と見誤り、かえって担い手ベースで文化剥落となる、そんな皮肉な現実がやってくるリスクもある中で、先ずは国が潤わないと話になりません。対外的に楽しんでもらい、その深みも理解してもらいながら、今の特効薬とするのです。まあ、実際には今の特効薬になり得ないんですが。とはいえ、文化パッケージは複利が効きますから。ご愛嬌。





...兎角に、読んでくれて有難う。

本雑草案に於いて数字は一切、出てこなかったが、画期的な構想をお楽しみいただけたのではないか。読書諸君には、これからも楽しく過ごしていただきたい。



***2025年12月に初稿のまま投稿するも、年跨いで思いついた時に追記を重ねました。もし何か内容にズレがあったら申し訳ないです。免責事項。



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