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年下の弁天様

作者: 52
掲載日:2026/01/17

「ごめんね、行けなくなっちゃった」

「そうなんだ。残念」

そう返したが、理由は聞かなかった。

――あまり乗り気ではないのだろう。


数人で飲んだ席で知り合った、年下の彼女とは

ウォーキングが趣味という共通点があった。

よく眠れるとか、食事に気をつけるようになったとか、

体に良いという話をしていたけれど、

酒を飲みながら言うのはどこか矛盾している気もした。


なんとなく、

「今度一緒に歩こうか」

そんなセリフが口をついて出た。

言ってから少し後悔した。

――本当は一人で歩くほうが好きなのに。


飲み会で盛り上がっといて、

このセリフを言わないのも何だかルール違反のような感覚があるのは

自分がオヤジだからだろうか。

相手は三十手前。まあ、断ってくるだろう。


「ほんと! 行きたい!」

マジか…。


後日、こちらからは誘わずにいた。

あの時はノリで返事しただけかもしれないし、

数日もすれば忘れるだろう――そう思っていた。


数日後、彼女からメールが届いた。


「こんにちは。ウォーキングいつ行きます?」

来たか、と思いながらも、まだ積極的になる気はなかった。


「いつもはどんなところ行く?」


「代々木公園とか、近所をお茶しながらウロウロって感じ」

ウオーキングというより散歩だな。


「じゃあ、普段着で歩く感じ?」


「そんなことないよ。ウェア可愛いの多いし、普段着も結構ウェア寄りw」


「オレもそんな感じw」


「この前、コース決まってるって言ってたよね?どんなとこ?」

そんな話をした記憶は薄いが、まあ言ったのだろう。


「一番行くのは四谷の“津の守弁財天”かな」


「えっ、神社? 他には?」


若い彼女には、渋い場所に思えたかもしれない。


「渋谷の“宇田川出世弁財天”とか」


「また弁財天? 好きなんだ〜」


テンションが落ちた気がした。

こちらとしては、それでもよかった。


「もう何年も行ってるから、好きなんだろうね」


「じゃあ、そこ行きたい」

意外な返事だった。


「明日行くつもりだったんだけど、一緒に行く?」


「OK! 何時頃?」


テンションが落ちてた気がするんだけど…。

行くつもりだったところに付いてくるだけだから

まぁいいか、と思っていた。





翌日。

これで彼女との短い縁は終わりかな。

いつも通り『津の守弁財天』に向かった。


外苑東通りを抜け、青山墓地、神宮外苑を横目に四谷三丁目へ。

新宿通りを渡り、少し下った細道を右に折れる。

その先に、ひっそりとした階段がある。


階段の上から見下ろす景色は、何度見ても胸をくすぐる。

古都のような趣ではなく、

雑多な建物のすき間を縫って落ちていくような、

少しばかり時間がずれるような風景だ。


ある日、この階段の下には中学生くらいの男女がいて、

互いに真剣な顔で向き合っていた。

映画のワンシーンのようだった。

こんな青春、オレにはなかったな〜、などと考えつつ

もしかして告白のジャマをしているのではと思いながら

赤い顔でうつむいている二人の横を通り過ぎながら

申し訳ない気分になったこともある。

そんな絵になる場所だ。


階段を降り右手へ進むと、

手前に小さな池を抱いた“津の守弁財天”がある。

こじんまりとした祠が、水の気配をまとって佇んでいる。


賽銭を入れ、軽く頭を下げ、手を合わせる。

特別な作法にはこだわりすぎないようにしている。

池を覗くと、黒い鯉が多い。

なぜだろう、と思いながら眺めるのが好きだ。


今日は時間があるので、もう一箇所行くことにした。

どこがいいか考え、“広尾弁天閣”を思い出す。

歩きながら決めればいい。


新宿御苑、国立競技場、青山墓地を反対側から眺め、

西麻布を抜けて広尾へ。

商店街の細い道を曲がった先に、小さな鳥居がある。

石が数個だけ並べられた短い参道。

祠の前には紙パックの酒やワンカップが置かれている。

挨拶し、そのまま帰路についた。





ウオーキングをすると本当にぐっすり眠れる。

カーテンを開けベットを整える。

スリープになっているスマホを起こすと着信が。

彼女からだ。

昨日の夜に届いていたようだ。


「今日はごめんね。明日も行くの?」


彼女的にまだ起きているという想定だったのだろう。

ヒマなオヤジは早く寝て早く起きるのだ。


「寝てたよw多分今日も行くと思う」

そう返しておいた。


いつもの朝を過ごしていると返信が来た。


「行くなら今日は参加! どこへ行く予定?」


乗り気じゃないわけじゃなかったのか。


「西新宿駅近くと、新宿中央公園の弁財天の二箇所かな」


「また弁財天w 女好きww」


「なにそれ」


「だって弁天様って、七福神で唯一の女でしょ」


元々知っていたのか、この前のメールで会話した後に調べたのか、

どちらにしろ知ってるのが何だか嬉しい気分になった。


「私、前に“自分の属性”っていうのを調べたことがあって、水属性って出たんだよね。その時、友達が“水といえば弁天様じゃん”って言っててさ。この前のメールのやりとりで、久しぶりに思い出した」


「オレも、水属性なんだよ」


送信してから、少し笑った。

――こんな縁もあるんだな。




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