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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

ストックホルム症候群

作者: 佐藤ひろ
掲載日:2025/12/06

「警察だ!」

 佳寿(よしひさ)がドアを開けると、突然数人の男たちが雪崩れ込んできた。それに驚いて横へ体をずらすと、女性警官と思しき人が佳寿のことを玄関の外へ引っ張り出す。

「もう大丈夫だからね! 今までよく頑張ったね!」

 ――なんて言われても、意味が分からない。

 目を白黒させている間に、大輔(だいすけ)が男たちに拘束されて外へ連れ出されていった。一体何が何やら、と思っているうちに佳寿自身もパトカーに乗せられ、警察署に連れていかれた。

 佳寿はそこで初めて、大輔が人身売買で捕まったこと、自分は保護されたことを知らされたのだった。




 事の始まりは三年前。

 あれだけ世間では連帯保証人にはなるな、と言われているのに、父親が()()になっていたことだった。金額は膨れに膨れ上がって一億円。普通の家庭だった佳寿の家にそんな金があるはずもない。父親はあちこち金策に駆けずり回ったりもしたようだが、そもそも借りた相手がまずかった。一般金融ならいくらでもやりようはあったかもしれないが、闇金融だったのだ。なんで連帯保証人になんかなったんだ、と佳寿も母も父を責めたが、今さら遅い。佳寿も学校に通う暇があるなら、とアルバイトで金を稼いだ。しかし、佳寿の持って帰る金額など焼け石に水で、両親はすぐに金策に疲れ切ってしまった。最後は佳寿宛に「遺産放棄しろ」という書置きを残して、ふたりで心中してしまう。

 突然ひとりになった佳寿は、当然ながら呆然とした。遺産放棄しろと言われても、高校生に手続きは難しい。何より、葬式にすら闇金融の社員が参列しているのだ。当然、佳寿の一挙手一投足が監視されている。佳寿はそれでも遺産放棄の手続きを調べて行おうとしたが、その前に闇金融の社員に拉致された。

 そして、気づいたら闇オークションにかけられていた。開催場所は綺麗なホテルの一室みたいなところで、仮面をかぶった大勢の男女が酒を飲みかわしていた。そこは、これから悲惨な目に遭う人間――きっと彼らの目には人間に映ってないだろうが――を楽しむ場所だった。

 大粒の宝石、赤ん坊、泣き喚く女性、よく分からない書付、様々なものが出品されていた。そのなかのひとつとして、佳寿もステージに上げられることになった。

「さあ、お次は十七歳の男子。童貞処女で、虫歯も病気もなし。親が借金を苦にして死んだが、健気にも親の借金を返そうと名乗り出た。借金の金額は一億。ここからスタートだ!」

(借金返済に名乗り出てもいないし、遺産放棄しようとしたのに逃がさなかったのはお前らだろう!)

 佳寿は心の中で反論したが、そんな事情は参加者には関係ない。逃げようとすれば鎮静剤で眠らされるし、ハンストも拘束された挙句に点滴で栄養を入れられる。もちろん、舌を噛んだりしないように猿轡(さるぐつわ)をされたこともあるし、今も逃げ出さないように足首に鎖が繋がれている。

 ステージの上からは眩しいくらいにライトが当てられ、目も開けていられないほどだ。目を眇めて客席を見やっても、薄暗すぎて人が座っていることしか分からない。そこから白い札が時々上がって、入札と思しき動きをしていることが分かるくらいだ。

「一億五百万」

「一億七百万」

 佳寿の市場価値は順調に上がっているらしい。それに唇を噛みしめていると、時折パソコンへチャットで入る質問に司会が答えている。曰く、血液型はどうだ、臓器移植には使えるのか、本当に童貞処女なのか……。その質問には佳寿が同じ人間であることなど全く配慮されておらず、佳寿は恐ろしさに涙が出るのを止められなかった。オークションは進み、最後はふたりの男の競り合いになった。

「一億一千万」

「一億二千万」

 一億が元々の借金であるから、それを引いて今佳寿には二千万の価値がついている。それが高いのか安いのか、とぼんやり考えている間に、最後の一声がかかった。

「一億五千万」

「――これまでですね? もういませんか? ならば、一億五千万で落札です!」

(――ごせんまん。高いのか、安いのか……俺、買われちゃったんだ……)

 佳寿が呆然としている間に、男がアタッシェケースから札束を出しているのが見えた。キャッシュなんだ、と呆けた頭で眺めていると、闇オークションの職員がステージの上にいる佳寿を囲んで、その男の許へと連れて行った。

「これがお買い上げいただいたお品です。

 小川(おがわ)佳寿、十七歳、男。健康状態良好です。どうぞご確認ください」

 仮面をかぶった男は大男で、佳寿はその男の前に立たされて大いにビビった。自分に一億五千万出す、見上げるような大男。体は鍛えているのか締まっているように見える。金持ちであることは確定で、頭は小さい。男は佳寿の顎を掴んで、顔を左右に向けて確かめると、小さくため息をついてから頷いた。そして、顎で出口を示すと、今度は男の付き人と思われる男たちに佳寿は囲まれる。あれよあれよという間に車へと連れ込まれ、佳寿はマンションの一室へと移動させられていた。




「あの……」

「――俺の名前は御幸(みゆき)大輔。さっきお前を買った男だ。お前に求めるのはただひとつ、俺の性欲処理をすることだ」

「は、はぁっ!?」

 大輔に告げられた言葉に、佳寿は素っ頓狂な声を上げた。車のなかで仮面を外した顔は、佳寿が驚くほどの美男で、明らかに女に苦労する様子ではない。そんな男が佳寿に性欲処理を求めるだなんて思っていなかったので、驚きの声が出たのだ。

「――だ、だって、御幸さん……そんなに格好いいなら、いくらでも女の人寄ってくるでしょ……なんで俺なんかに」

「口答えはするな。――それに、俺は女は嫌いだ。

 俺が買った以上、お前は俺の言うことを聞け。以上だ。分かったら風呂場へ行くぞ」

 佳寿の言葉をピシャリと打ち捨てた大輔は、着ていたスーツを無造作に脱ぎ捨てると、まだ現状を理解しきれていない佳寿の手を引いて風呂場へと連れて行った。

 そこで行われたことは、佳寿にとってはトラウマになる出来事だった。シャワーを肛門にあてられて、お腹がパンパンになるまでお湯を入れられ、それを今度は出させられる。これを何度も繰り返された。お腹は苦しいし、恥ずかしい。何度も嫌だと繰り返しても、大輔はそれをやめようとはしなかった。

 ようやく拷問が終わったと思ったら、今度は寝室に連れ込まれ、両手を紐で縛られる。さらに足をたたむように縛られてしまえば、もう身動きは取れない。今までされたこともない暴挙にそれだけで恐ろしさが最高潮に高まっているのに、大輔はそこからさらに佳寿を凌辱した。

 口づけから始まって、喉を通って胸を愛撫し、乳首を散々に刺激したあと、動けずもがくだけの足を撫でて、刺激に立ち上がった佳寿の陰茎を撫でて舐める。佳寿にとってはそれだけで衝撃だったのに、そこから大輔はさらに恐ろしいことを始めた。ローションを手で温めると、肛門に指を入れたのだ。座薬さえ入れたことのない佳寿にとって、それは恐ろしい体験だった。最初は違和感がひどかったのに、いつの間にか慣れて大輔の指が増えている。それだけでも衝撃だったのに、さらに大輔は立ち上がった陰茎を佳寿のぬかるんだ肛門に挿入したのだ。犯された、と自覚した佳寿は、自分の体が途端に汚いものになったように思えた。まるで泥の詰まった肉の袋になった気持ちになり、自分の体を行き来する男性器がひどくおぞましかった。

「もう、やめて! やめてください! お願いします!」

「――何度も言っているが、お前に決定権はない」

「いやだ、いやだああああ!」

 悲鳴を上げても誰も助けてくれない。大輔は気の済むまで佳寿の体を使い、射精した。佳寿にとって唯一の救いは、大輔がコンドームをしていたことだった。

 そして、そこから大輔との生活が始まったのである。




 最初のうちは、大輔が恐ろしかった。

 暴力を振るわれるわけではない。だが、言うことを聞かなければすぐに風呂場とベッドへ連れ込まれた。そこで散々体を弄ばれ、泣いても喚いても許してはくれない。そこで挿入されることもあれば、前戯だけのときもある。これも大輔の欲望で弄ばれるならまだ佳寿の心は保てただろう。だが、このときの大輔はただ佳寿をいたぶるためだけに佳寿の体を触った。その冷たさに佳寿は打ちのめされ、何度も心を折られたのである。

 しかし、二人だけの生活が続くとそれなりに慣れてくる。佳寿もこの生活に慣れ始め、いつの間にか大輔と二人で顔を合わせるのが平気になった。

 逃げる気がなくなり、大輔の性格に慣れてくると、佳寿は次第に元気になった。大輔はお仕置きはするが、理不尽な言いつけはしないし、暴力も振るわない。セックスも慣れると快楽となり、ふたりの生活は落ち着いたものになった。

「――通信制の高校なら行かせてやってもいい」

 そのころには大輔も譲歩して、佳寿に通信制の高校へ通うことを許可した。もちろん、費用は大輔持ちである。

 最初に通っていた高校には途中から行かなくなっていたため、大輔が遠縁の叔父と偽って転学の手続きをした。先生にはいろいろ怪しまれたが、両親を亡くしたことによるショックでうつになっていて不登校になっていた、で押し通した。

 そうやってふたりの生活は続き、大輔と佳寿は次第に寄り添い合うようになった。

 叩き上げの成金、と自分を卑下する大輔は、かなり苦労して金持ちになったらしい。当然、非合法なことも行っていたらしく、その縁で佳寿を買った闇オークションにも招待されたらしい。なぜ自分を買ったのか、と佳寿が尋ねたところ、顔が好みだった、と小さく呟いた大輔を佳寿は可愛く思った。傷ついたふたりは寄り添うことで傷を舐め合い、いつの間にかお互いになくてはならない人になった。

 そうして、一年が過ぎ、佳寿は高校を卒業した。大学も通信制なら通っていい、と伝えられ、佳寿は大輔の仕事の手伝いができるように経営系の学部を選んで受験した。幸いにも真面目に勉強に取り組んでいたことで受験は一発で通り、佳寿は無事大学生になった。

 大輔も学業には協力的で、ふたりの仲はますます近づきつつあった。いつの間にか恋人同士のようになっていた。朝起きてキスをして、一緒に朝食を食べたあとは、大輔は仕事へ、佳寿は家のことをするか授業を受ける。夜仕事から帰ってきた大輔とまたキスをして、佳寿の作った夕飯を食べて、ふたりで風呂に入って寝る。もちろん、性的な接触がある日もあるが、ふたりでぴったり抱き合うだけの日もある。しかし、お互いに舐め合った傷が癒えてきたころ、その日はやってきた。




「もう大丈夫よ。今まで辛かったわね……」

 自分の肩をさする女性警官に、佳寿は冷たい目を向けた。――遅いのだ。今さら。けれど、同時にようやく救われたという思いもある。

「――なんであの人、捕まったんですか?」

「人身売買の疑いよ。あなたを買ったことが明らかになったので、逮捕状が出たの」

 その言葉に佳寿はため息をついた。――大輔には敵が多かった。そのうちの誰かがタレこんだのだろう。馬鹿だなあ、と思う。けれど、大輔につけられた深い傷はかさぶたになっただけで、今も疼いているのだ。

「事情を教えてくれますか?」

「はい」

 佳寿はすべてを語った。両親の死、闇オークションのこと、自分を買った大輔のこと、大輔に犯されて怖くて辛かったこと。けれど、同時に大輔が自分を守ってもくれたこと、高校や大学に通わせてくれたことも語った。

 佳寿を診た医者はストックホルム症候群だろう、と診断した。佳寿もそう思う。けれど、こうして生まれた気持ちは本物だ、と大輔を想った。

「大輔さんは、どうしてますか?」

「存外素直に供述しています。あなたのことも、それ以外のことも」

「そうですか。――会えますか?」

「今は捜査で忙しいから……」

 加害者と会いたがる被害者に驚いたのだろうか、警官は曖昧に言葉を濁した。佳寿も無理に会おうとはしなかった。会ってしまえば、お互いに崩れてしまいそうな気がしたから。




 警察から解放された佳寿は、紹介されたNPOにしばらく身を寄せてから、ひとりで生活を始めた。大学は大輔のお金で通っていたこともあって、中退の手続きを取った。

 幸いにも、通信制でも高校を卒業していたことが功を奏して、就職はそんなに困らずに決まった。小さなメーカーの営業で、佳寿の過去を同情してくれた社長が雇ってくれたのだ。

 ――佳寿は、こうして〈普通の生活〉を始めた。

 汗をかいて仕事をして、自分で稼いだお金で食事をとり、自分で借りた部屋で眠る。当たり前の生活。きっと、もっと早くに始まるはずだった生活だ。

 そして、それから五年が過ぎた。




「――もう来るなよ」

「お世話になりました」

 丸刈りの大男が、制服の男に頭を下げているのが見える。佳寿はそれを車にもたれながら眺めていた。

(――意外と変わんないもんだなあ)

 髪形と服装が変わった以外は、五年前とあまり変わらない。少し痩せたかもしれないが、それくらいか。門のほうへと歩いてくる大男が、その前に立っている佳寿に気づいて目を見張った。

「なんで来た」

「そりゃ来るでしょ」

「もう二度と俺には会いたくないだろうと思っていた」

「そういうことも思ってた。でもさ、やっぱり会いたかったんだよね。――おかえり」

 驚く大輔に佳寿は手を伸ばし、その荷物を奪い取った。そのままそれを車の後部座席に突っ込み、大きく伸びをする。

「どうせ、行くとこないんでしょ。――俺のとこに来なよ」

「だが……」

「もう罪は償ったじゃん。今さら俺たちがふたりで暮らしたって、誰も文句は言わないでしょ」

「そんなことはないだろうが……」

 楽天的な佳寿の態度に、大輔は顔をしかめた。美男だが、迫力のある顔だ。それがよく平凡な佳寿を選んだ、と今でも思う。

「どうせ無一文なんでしょ。俺がちゃんと稼いでおいたからね」

「どういう意味だ」

 佳寿は助手席から鞄を取り出し、それを大輔に突きつけた。大輔が鞄を開くと、大量の一万円札が雑に入れてあった。

「百万。――あんたが俺を買ったお金には全然足りないけど、まあ、あんたならそれを元手にどうにでもできるでしょ」

「――どういうつもりだ?」

「これでもう一回、始めようよ。今度はふたりでさ」

 大輔はその言葉に困惑した表情を見せる。それに佳寿は笑った。

「結局、俺はあんたを忘れられなかった。――ひどい目にも遭ったけど、あんたの傍は居心地が良かったんだ。だから、迎えに来たの」

「……ストックホルム症候群、ってやつじゃないのか」

「そうかもしれない。でも、それのどこが悪いの?」

 佳寿は大輔に笑いかける。少し、悪意を見せて。

「あんたが俺をこう()()()()んだ。――責任取ってよね」

「……そう、だな」

 大輔は持たされた鞄を、佳寿の車の後部座席に入れると、自身は助手席へと滑り込んだ。それに満足そうに笑った佳寿は、ぐるっと回って運転席へと乗り込む。

「免許なんて取ったんだな」

「仕事で必要だったからね」

「仕事、してるのか」

「当たり前でしょ。しないと食べていけないよ」

 感心したように言う大輔に、佳寿は笑った。今度は明るい笑みだった。

「――じゃあ、出すよ」

「どこへ行くんだ?」

「俺ん家!」

 その言葉に大輔は何かを言おうとしたが、結局口を閉じた。そして、車の振動に身を委ねる。

「――さあ、これから何をしようか」

 大輔は、佳寿の言葉に笑みを浮かべ、それからゆっくりと目を閉じた。明るい未来を夢見るように。

この作品をプロトタイプにした同人誌をBOOTHにて通販しています。

詳しくは活動報告まで。

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