第6話:王子レオンの訪問
王都ハルバータの夜は、星が瞬き、月光が街を柔らかく照らす。
私はエリス・ルナリス、18歳、没落貴族の娘で王宮の雑用係。
「月影の庭」を発見してから数週間、月見草の魔法と精霊ルナ、庭師見習いのカイル、侍女のマリアと一緒に庭を復興してきた。
先日の満月では初めての月見茶会を開き、マリアの笑顔に癒しの可能性を感じた。
今夜は静かな夜。
庭で月見草の世話をしながら、ルナと次の茶会の計画を立てようと思っている。
「ふう、今日の仕事も疲れた……。でも、この庭に来ると、全部リセットされるんだよね」
私は呟きながら、苔むした石の階段を下りる。
錆びた鉄の門をキィッと開けると、月光が庭を優しく包み込んでいた。
月見草がキラキラと輝き、夜光蝶がふわふわと舞っている。
どこからかフクロウの「ホウ、ホウ」という低い鳴き声が響き、庭がまるで夢の世界のように幻想的だ。
私は花壇のそばにしゃがみ、月見草にそっと触れた。
指先がふわりと光り、花がさらに輝く。
「この光、ほんとに心が落ち着く……。ルナ、どこ? またどこかでサボってる?」
私は笑いながら周りを見回した。
すると、月見草の光の中に、ルナがふわっと現れた。
銀色の髪が月光に揺れ、白いドレスがキラキラ輝く。
夜光蝶が彼女の周りをくるりと舞い、フクロウの鳴き声が響く。
「姉貴、サボってるって何! 私はちゃんと夜に起きてるよ! ほら、夜光蝶も私のキラキラに夢中じゃん!」
ルナはニヤリと笑い、夜光蝶を指さした。
私はクスッと笑って反論した。
「はいはい、ルナのキラキラは最高だよ。でも、次回の茶会、もっとたくさんの人に来てほしいな。どうすればいいと思う?」
「ふっふー、姉貴、でかい夢だね! なら、もっとキラキラな演出しない? 例えば、私が夜光蝶で光のショーやって、フクロウも一緒に鳴かせちゃうとか!」
ルナはくるりと空中で一回転し、目を輝かせた。
私は笑顔で頷いたその時、苔むした階段から不意に足音が聞こえてきた。
フクロウの鳴き声が一瞬止まり、夜光蝶が月見草の光に隠れるように舞った。
誰!? カイルやマリアなら声をかけてくるはず……。
「ルナ、誰か来る! 隠れて! 衛兵だったら面倒だよ!」
「隠れる!? 私が!? 姉貴、この庭の守護者だよ! 怪しい奴なら、私の光でドカンとやっちゃう!」
ルナはムキになって光を強めたが、私は慌てて彼女を制した。
階段を下りてくる影が月光に照らされる。
20歳くらいの青年だ。
金色の髪に、豪華なけど動きやすそうな服。
王子の紋章が輝いている。
……え、王子!? レオン殿下!?
「うおっ、なんだこの庭! 月が地上に落ちたみたいだ! すげえ、キラキラしてる!」
レオンが目を丸くして庭に飛び込んできた。
夜光蝶が彼の周りをふわりと舞い、フクロウの鳴き声が再び響く。
私はポカンとしながら、慌てて立ち上がった。
「レ、レオン殿下!? なんでこんな夜中に!? って、ここ、ただの庭ですよ!」
「ただの庭!? エリス、雑用係の! こんなキラキラな庭、ただものじゃないだろ! ほら、夜光蝶もフクロウも! まるで魔法の国じゃん!」
レオンは大げさに手を広げ、庭をぐるりと見回した。
私はちょっとムッとして、腰に手を当てた。
「殿下、魔法の国って……大げさすぎです! ただの月見草ですって! 私、エリス、この庭を復活させてるだけなんです!」
「復活!? おお、雑用係のエリスがこんなすごいことやってるのか! 俺、夜の散歩で偶然見つけたけど、めっちゃいい場所だな!」
レオンはニカッと笑い、月見草に近づいた。
ルナがふわっとレオンの前に現れ、ジトッとした目で彼を見た。
「ふーん、昼間の王子が夜の庭に迷い込んできたわけ? 姉貴、このボケボケな奴、追い出す?」
「昼間の王子!? ハハ、面白い精霊だな! 俺はレオン、よろしくな! エリス、この庭、めっちゃ癒されるな。なんか心がスッキリする!」
レオンはルナにウィンクし、月見草を愛おしそうに見つめた。
私はレオンのマイペースさに圧倒されつつ、クスッと笑った。
「ルナ、追い出すなんて言わないでよ! レオン殿下、夜の庭に来るなら歓迎しますよ。でも……ボケすぎないでくださいね!」
「ボケすぎ!? エリス、俺の魅力はこれだろ! なあ、この庭、次も来ていい? なんか、こう、王宮のゴタゴタ忘れられるんだよな」
レオンの声が少し柔らかくなった。
私は月見草を見ながら、胸が温かくなった。
転生前の花屋では、忙しさに追われて癒しを与える余裕がなかった。
でも、この庭では、王子さえ癒せるなんて。
「殿下、もちろん来てください。この庭、皆の癒しの場にしたいんです。ルナの光と夜光蝶、フクロウの声で、もっとキラキラにしますから!」
「ふっふー、姉貴、いいこと言うじゃん! でも、昼間の王子、ちゃんと花の世話手伝えよ! ただ見るだけじゃダメだから!」
ルナがニヤリと笑い、夜光蝶がレオンの周りをキラキラと舞った。
フクロウの「ホウ、ホウ」が静かに響く。
私はレオンに微笑んだ。
「ルナの言う通り! 殿下、もし来るなら、雑草抜きくらい手伝ってくださいね!」
「雑草抜き!? 俺、王子だぞ! ……でも、まあ、エリスのためならやってやるか! 次は絶対来るぞ!」
レオンは大げさに胸を張り、ニカッと笑った。
私は笑いながらツッコんだ。
「殿下、ただのお客でいいですよ! でも、来てくれるなら、月見草のハーブティー用意しますから!」
「ハーブティー! やった! エリス、期待してるぜ! ルナも、もっとキラキラなショー頼むな!」
レオンがルナに手を振ると、ルナはフンと鼻を鳴らし、夜光蝶を追いかけてくるりと回った。
庭は月見草の光、夜光蝶の舞、フクロウの鳴き声で幻想的に輝く。
私はレオンとルナを見ながら、胸の奥で決意を新たにした。
この庭は、誰でも癒せる場所になる。私のスローライフが、また一歩進んだ。