第5話:初めての月見茶会
王都ハルバータの満月の夜は、星が控えめに瞬き、月光が街を優しく包む。
私はエリス・ルナリス、18歳、没落貴族の娘で王宮の雑用係。
「月影の庭」を発見してから数週間、月見草の魔法と精霊ルナ、庭師見習いのカイルと一緒に庭の復興を進めてきた。
昨日、カイルと月見草の苗を植え、夜光蝶が舞う幻想的な庭に胸を躍らせた。
今夜は特別だ。
満月の下で、初めての「月見茶会」を開く。
カイルと、いつも疲れた顔の侍女マリアを招待した。
庭を癒しの場にする第一歩だ。
「ふう、準備できた……かな。お茶の用意、月見草のハーブティー、全部バッチリのはず!」
私は呟きながら、庭の中央に置いた小さな木のテーブルをチェックした。
月見草の花びらを浮かべたハーブティーが、陶器のポットで温かく湯気を立てている。
テーブルには簡素な布と、ルナの光でキラキラ輝く月見草の花冠が飾られている。
どこからかフクロウの「ホウ、ホウ」が聞こえ、夜光蝶が月見草の光に誘われてふわふわと舞う。
庭は、まるで月光のオアシスだ。
「姉貴、準備オッケー? なんか地味なテーブルだけど、まあ、初めてならこんなもんか!」
ルナがふわっと現れ、テーブルをジトッと見ながらニヤリと笑った。
夜光蝶が彼女の銀色の髪に絡まり、フクロウの鳴き声が響く。
私は腰に手を当てて反論した。
「地味じゃないよ! シンプルでいいでしょ! ルナ、毒舌出す前に、夜光蝶で何かキラキラな演出してよ!」
「ふっふー、姉貴、いいねその気合い! よし、ルナ様の光のショー、特別に見せてやるよ!」
ルナはくるりと空中で一回転し、指をパチンと鳴らした。
月見草の光が強まり、夜光蝶がキラキラと舞い上がる。
蝶の翅が月光を反射し、庭全体がまるで星の海のようだ。
フクロウの鳴き声がその幻想的な雰囲気を深める。
私は目を奪われた。
「ルナ、すごい……! この庭、ほんとに夢みたい! これならカイルもマリアも癒されるよね?」
「当たり前! 私の月見草と夜光蝶のコラボ、完璧だろ? でも、姉貴、客まだ来ないじゃん。遅刻?」
ルナがニヤニヤしながら言った瞬間、苔むした階段から足音が聞こえてきた。
カイルのぼさっとした茶色の髪と、マリアの疲れた顔が月光に照らされる。
マリアは22歳、いつも貴族のわがままに振り回されている侍女だ。
カイルがシャベルを手に、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「エリス! この庭、めっちゃキラキラじゃん! 夜光蝶、こんなにいるなんて! 月見草もバッチリ咲いてる!」
「カイル、来た! ありがとう! マリアも、忙しいのに来てくれて嬉しいよ」
私は笑顔で二人を迎えた。
マリアは少し緊張した顔で、庭を見回した。
夜光蝶が彼女の周りをふわりと舞い、フクロウの鳴き声が響く。
「エリス……こんな素敵な庭、知らなかった。月見草の香り、なんか……心が軽くなるね」
マリアの声は少し震えていた。
私はテーブルに二人を案内し、月見草のハーブティーを注いだ。
ポットから立ち上る甘い香りが、庭の空気に溶け合う。
「ほら、マリア、座って。お茶飲んで、ゆっくりしてね。カイルも、今日は庭師じゃなくてお客だよ!」
「ふふ、エリス、優しいな。でも、月見草の状態、チラッとチェックしちゃうよ。ほら、この苗、根付きバッチリ!」
カイルは笑いながら、花壇を覗き込んだ。
ルナがふわっとカイルの頭上に浮かび、ジトッとした目で言った。
「草バカ、ほんと休まないね! 姉貴の茶会、ちゃんと楽しめよ! ほら、夜光蝶のショー、見てみな!」
ルナが指を振ると、夜光蝶が一斉に舞い上がり、月見草の光と絡み合って小さな蝶の幻を作った。
キラキラと輝く蝶が庭を飛び回り、フクロウの「ホウ、ホウ」が静かに響く。
マリアが目を丸くし、カイルが口笛を吹いた。
「うわっ、ルナ、すげえ! これ、魔法? 夜光蝶、めっちゃキレイ!」
「ルナ! 目立ちすぎだよ! でも……めっちゃ幻想的!」
私は笑いながらツッコんだ。
マリアがハーブティーを一口飲み、ふっと息をついた。
「エリス、このお茶……本当に癒される。仕事のストレス、なんか消えたみたい。ありがとう」
マリアの笑顔に、私の胸が温かくなった。
転生前の花屋では、客の笑顔が私の励みだった。
でも、この庭では、もっと身近な人たちの笑顔が見られる。
それが、すごく嬉しい。
「マリア、よかった! この庭、皆の癒しの場にしたいんだ。カイルも、ルナも、こうやって一緒にいると、なんか……幸せだよね」
「ふっ、姉貴、しんみりすんなよ! でも、まあ、私の月見草が主役だから、癒されるのは当たり前!」
ルナは得意げに胸を張り、夜光蝶が彼女の周りをキラキラと舞った。
カイルがハーブティーを飲み、目を細めた。
「エリス、ほんとだ。このお茶、月見草の香りがすごい優しい。庭も、夜光蝶も、フクロウの声も……なんか、特別な場所だな」
「でしょ? カイル、マリア、これからもこの庭、みんなでキラキラさせようね!」
私は笑顔で言った。
フクロウの鳴き声が響き、夜光蝶が月見草の光に溶け込む。
庭は、月光と笑顔で満たされていた。
ルナがふわっと浮かび、ニヤリと笑った。
「姉貴、いい茶会じゃん! でも、次はもっと派手にしようぜ! 夜光蝶のショー、もっと盛大にやっちゃう?」
「ルナ、派手好きすぎ! これで十分だよ。マリアもカイルも笑顔なんだから!」
私はツッコみながら、テーブルを見た。
マリアがリラックスした笑顔で、カイルが月見草を愛おしそうに見つめている。
この庭が、皆の癒しの場になる。
そんな確信が、胸に灯った。
月見草の光、夜光蝶の舞、フクロウの鳴き声が織りなす幻想的な庭で、私のスローライフがまた一歩進んだ。