第2話:精霊ルナとの出会い
王都の夜は、昨日と同じように星が瞬き、遠くの下町から市場のざわめきが聞こえてくる。
私はエリス・ルナリス、没落貴族の娘で王宮の雑用係。
昨日、偶然見つけた「月影の庭」で、月見草の魔法と精霊ルナに出会った。
あのキラキラした光と、ルナの毒舌な声が頭から離れない。
今日も仕事が終わった後、疲れた体を引きずってあの庭に向かった。
「ふう、今日も書類の山と貴族の文句に埋もれた一日……。でも、あの庭に行けば、全部忘れられるよね」
私は小さな呟きを漏らし、苔むした石の階段を下りる。
錆びた鉄の門をキィッと開けると、月光が庭を柔らかく照らしていた。
月見草がひっそりと咲き、昨日の魔法の光がまだそこにある気がする。
私は花壇のそばにしゃがみ、そっと月見草に触れた。
指先がふわりと光り、花がキラキラと輝き始める。
「やっぱり、魔法だ……。この花、私の気持ちに答えてくれるんだ」
胸が温かくなる。
転生前の私は、フラワーアレンジャーとして花に癒されていたけど、こんな不思議な力はなかった。
この庭は、私の新しい居場所になる。
そんな予感が強くなる。
その時、背後からあのキラキラした声が響いた。
「おっと、姉貴、また勝手に私の月見草いじってる!」
私は振り返り、ルナがふわっと空中に浮かんでいるのを見た。
銀色の髪が月光に揺れ、白いドレスがキラキラ輝いている。
彼女は腕を組んで、ニヤリと笑っていた。
「ルナ! びっくりしたんだから! って、勝手にじゃないよ。昨日、復活計画スタートって約束したでしょ?」
「ふーん、約束ねえ。で、雑用係の姉貴にこの庭を復活させる具体的なプランはあるの?」
ルナは私の周りをくるりと飛びながら、ちょっと意地悪な目で私を見た。
私はムッとして、腰に手を当てた。
「プランは……これから考えるよ! でも、この月見草を増やして、庭をキラキラさせたい。それに、ルナが守護者なら、教えてくれるよね?」
ルナはケラケラと笑い、月見草のそばに降り立った。
「いいね、そのやる気! じゃあ、特別に教えてあげる。この庭はね、昔、王妃の癒しの場だったの。月見草の光と香りが、心を落ち着かせるんだよ。で、私はその守護者、ルナ! 昼は寝る主義だけど、夜はバッチリ働くよ!」
「昼は寝るって……精霊なのにそんな適当でいいの? それに、王妃の癒しの場って、すごい歴史じゃない!」
私は目を丸くした。
ルナはキノコみたいな笑みを浮かべ、月見草を指さした。
「まあね。で、月見草の育て方、知りたい? 姉貴の魔法、ちょっとコツがいるんだから」
「知りたい! 絶対知りたい! ルナ、教えてよ。私、昔は花屋だったから、植物の扱いは得意なんだから!」
私は興奮してルナに詰め寄った。
ルナはちょっと驚いた顔をして、すぐにニヤッと笑った。
「いいよ、姉貴、特別にルナ様の月見草講座、開講してあげる!」
ルナはふわっと浮かび、月見草の花壇を指さした。
「まず、月見草は夜に輝く花。月光を浴びると、魔法の力が強くなるんだ。姉貴の魔法は、気持ちを花に伝えること。ほら、試してみなよ。心から『咲いて』って願ってみて」
「う、うん、わかった。えっと……咲いて、月見草。私の気持ち、届いて……!」
私は目を閉じ、月見草にそっと触れた。
胸の奥で、庭を復活させたいという願いが膨らむ。
指先が温かくなり、淡い光が広がった。
すると、月見草が一斉に花開き、庭がキラキラと輝き始めた。
まるで星空が地面に降りてきたみたいだ。
私は息をのんだ。
「すごい……本当に咲いた。ルナ、ありがとう! これ、めっちゃ楽しい!」
「ふっふー、でしょ? 姉貴、センスあるじゃん! でもさ、庭全体を復活させるには、もっと月見草を増やさないとね。雑草抜きから始める?」
ルナはニヤリと笑い、雑草だらけの花壇を指さした。
私は少し顔をしかめた。
「雑草抜きか……。確かに、この庭、ボロボロだもんね。よし、ルナ、手伝ってよ。一緒にやろう!」
「えー、私、精霊だよ? 雑草抜きなんて地味な仕事、姉貴だけでいいじゃん!」
ルナはふわっと浮かんで、わざとらしくあくびをした。
私はムッとして、腰に手を当てた。
「ちょっと、ルナ! 守護者なんでしょ? 庭を復活させるなら、精霊もちゃんと働くべき!」
「うっ、姉貴、口うるさいな! わかったよ、ちょっとだけ手伝う。ほら、私の光で雑草見やすくしてあげる!」
ルナが指をパチンと鳴らすと、月見草の光が庭全体を照らし、雑草がくっきり浮かび上がった。
私は笑顔になり、地面にしゃがんで雑草を抜き始めた。
土の感触、月見草の甘い香り、ルナのキラキラした光。
全部が心地いい。
「ルナ、この庭、昔はどんなだったの? 王妃が来てたってことは、めっちゃ綺麗だったんでしょ?」
私は雑草を抜きながら、ルナに尋ねた。
ルナは月見草のそばに座り、遠くを見るような目をした。
「うん、昔はね、めっちゃキラキラしてた。王妃がここで月見草の香りを嗅いで、笑ったり泣いたりしてたんだ。貴族のゴタゴタとか、王宮のストレスとか、全部ここで癒してたみたい。でも、王妃が亡くなってから、誰も来なくなって……こうなっちゃった」
ルナの声は少し寂しげだった。
私は手を止めて、ルナを見上げた。
「そうなんだ……。でも、ルナが守ってたから、この月見草はまだ咲いてるんだよね。すごいよ、ルナ」
「ふ、ふん! まあ、守護者だからね! でもさ、姉貴が来てから、なんかこの庭、久しぶりに活気出てきた気がするよ」
ルナは照れ隠しに鼻を鳴らし、くるりと空中で一回転した。
私はクスッと笑った。
「ルナ、なんかサトイモみたいな性格してるね。毒舌だけど、根っこは優しいでしょ?」
「サトイモ!? 姉貴、失礼な! 私はキラキラ輝く月見草の精霊だよ! ほら、もっと雑草抜きなさいよ!」
ルナはムキになって、私の頭の上を飛び回った。
私は笑いながら、土を掘り返した。
雑草を抜くたびに、月見草の根元が少しずつ見えてくる。
この庭を復活させるのは大変そうだけど、ルナと一緒なら、絶対にできる。
「ルナ、月見草って、どうやって増やすの? 種とか、植え方とか、教えてよ」
「ふっふー、姉貴、熱心だね。いいよ、種はね、月見草の花が枯れた後にできるんだ。満月の夜に採取すると、魔法の力が強くなるよ。で、土はふかふかにして、水は控えめ。月光が一番の栄養だから、夜に世話するのが大事!」
「満月の夜、か。よし、じゃあ次は満月まで頑張って準備する! ルナ、ちゃんと手伝ってよね」
「うっ、姉貴、ほんと口うるさいな! ま、夜なら付き合ってやるよ。昼は寝るけど!」
ルナはケラケラと笑い、月見草の光をさらに強くした。
庭全体がキラキラと輝き、王都の夜景が遠くに広がる。
私は土だらけの手を見ながら、胸が熱くなった。
転生前の花屋の記憶がよみがえる。
あの頃は、忙しくて花を愛でる余裕もなかった。
でも、この庭では、ゆっくり、じっくり、花と向き合える。
「ルナ、この庭、絶対に王妃の時代みたいにキラキラさせるよ。そしたら、皆がここで癒される場所にしたい」
「へえ、姉貴、でかい夢だね。まあ、いいよ。私もその夢、ちょっと乗ってみるか!」
ルナはニヤリと笑い、月見草のそばでくるりと回った。
彼女の光が、庭を一層幻想的に照らす。
私は立ち上がり、月見草の花びらをそっと撫でた。
「ありがとう、ルナ。あなたとこの庭が、私の新しい始まりだよ」
「ふん、姉貴、急にしんみりすんなよ! ほら、もっと雑草抜いて、キラキラ計画進めようぜ!」
ルナの声が夜空に響き、私は笑顔で頷いた。
月見草の香りが漂い、王都の喧騒が遠くに消えていく。
この庭でのスローライフが、今、動き出した。