7.
夕陽が差し込む部屋、初祷の間。
この部屋は王国設立時に初代王妃が祈りの捧げ、原初精霊と言葉を交わした場所と言われている。
1000年もの間、王家の重要な岐路に立った時に原初精霊から啓司を受ける場所になっていた。
グレイスが初祷の間に入るのは初めてではない。
グレイスが誕生した時にどのダイヤモンドを受け継ぐかを決めるため、初祷の間で原初精霊の啓司を受けイエローダイヤモンドを継承している。
ミシェルも同様にピンクダイヤモンドを継承している。
ラピスは昨日の結婚の儀でブルーダイヤモンドを継承したが、儀式の前にこの初祷の間で啓司を受けていた。
先程教会で精霊に言われ初祷の間に入らなければいけなくなった事を魔法通信でミシェルに伝えたところ、すぐに支度をしてくれていた。
『お城のメイドさん、執事さん、本当に仕事が早いわ…』
と帰ってきたグレイスが感心しているとメイド達によってすぐに部屋に押し込まれ身支度が始まった。
お清めの塩入りのお風呂に浸かり、身を清め。
白金の光を柔らかく纏う長衣のような祈祷服を身にまとっていた。
身体の線を締めつけるコルセットもなく、裾までゆるやかに流れる布が、彼女の動きにあわせて静かに揺れる。
背筋には繊細な刺繍が施され、光が当たると、まるで羽毛のような模様が浮かび上がる。
そして、額にはイエローダイヤモンドのティアラを付けていた。
全てミシェルが用意したものだ。
扉の外で控えていたクリスとアレックスはグレイスの姿を見ると、早足で初祷の間へ向かう。
城の西側にある初祷の間。
西に面した高窓から、夕陽が斜めに差し込んでいた。
白金のローブが黄金に染まり、静かな光が床の石に長く伸びる。
初祷の間は、まるで天と地の境にいるかのような静謐さに包まれていた。
初祷の間の前の扉でミシェルとラピスが待っていたところに合流したグレイス、クリス、アレックス。
5人で部屋の中に入って行った。
静かに扉をメイド達が閉め、その後5人で顔を見合わせた。
そしてグレイスは初祷の間の真ん中にある祈りの祭壇へ目を向け歩き始める。
コツン…コツン……
静寂の中でグレイスのヒールの音だけが響いている。
祈りの祭壇は小さな石壇でその表面には、古の言葉が静かに刻まれていた。
グレイスは膝を着き、その文を一度なぞるように見つめ、口を開く。
「アレイ・サリエル・ノヴァリア」
その瞬間、柔らかな光が彼女の足元から部屋全体を包んだ。
頭の中に映像が流れ込んでくる。
”誰かが泣いていて、その涙の色が朱。谷の底で静かに泣いている。”
”台風のような風が逆巻いていて、その中で何かが必死にもがいている。”
”砂の地にて、太陽が燦々と照らす。ずっと何かを探し続けている。”
”羽の生えた人間が、牢屋の中で手錠で囚われている。”
すぐに切り替わる映像はグレイスだけではなく、他の4人にも流れ込んでいた。
その映像が途切れると、グレイスには声が聞こえてきた。
《お願い…未来を、ーーを、取り戻したいの》
その言葉が終わると部屋を包み込んでた光がどんどん弱くなり、最初にグレイスが祈りを捧げる前の状態に戻った。
その場でスッと立ち上がったグレイスは考えるより先に4人の元へ走った。
「今の、見えた!?」
駆けてきたグレイスの声で4人は意識が現実に引き戻される。
「見えましたわ。」
ミシェルの言葉に他の3人が頷く。
「色々見えたな…。一旦整理する為に会議室に戻ろう」
ラピスを先頭に一行は部屋を出る。
ミシェルはグレイスの事を心配そうに見るが、何も無かった事に安堵しラピスの後を追った。
グレイスも部屋を出ようとした時、礼服の裾を誰かが引っ張るような感覚が起きた。
だが、誰もいない。
礼服をめくり、下を確認したが何も無かった。
ん?と疑問に思いながらもグレイスは皆と共に部屋を出た。
「さて…視えたモノを整理しよう」
ラピスが仕切り始める。
「私の記憶が正しければ、誰かが谷で泣いているのと、台風が起きている所があるのと、砂漠のようなところと、最後に…あれは天使族でしょうか?牢屋にいましたね」
アレックスの才がここで発揮された。
「谷。砂漠。ここはある程度場所の検討が着きますね。」
机に地図を広げたアレックスを皆で囲む。
「谷は眠りの谷だと思う。この大陸の有名な場所はそこだろう」
ラピスが眠りの谷を指さす。
「砂漠はきっと、不死の砂漠ですわね」
広大な土地を指さすミシェル。
「残るは台風と牢屋か…」
クリスはうーんと頭を抱える。
「まずは分かる場所に行ってみない?眠りの谷はここから馬車で2か月で着くもの」
グレイスは礼服のマントを脱いでいた。
「そうだな。それで何も分からなくても”解らなかった”で1個解決するもんな」
「そうですわね。準備は出来てましてよ」
既に馬車や食料の準備はミシェルとラピスがメイドたちに揃えさせていた。
「早朝、出発だ」
ラピスの言葉に皆が頷いた。